食戟のトニオ・トラサルディー Sesame's Treet (ソーマXジョジョ)   作:ヨマザル

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黄金の心と風の一皿

 二日前、アメリカ、マイアミの路地裏:

 

 トガアッ! 

 

「なんだとテメェッ! オレの頭が、キューピーさん見てぇだとぉ?」

「なっ、そんな事言ってねぇぞ」

「この期に及んでウルセェゾ。テメーは確かに俺の髪型を侮辱しやがったァ」

「なんだコイツ、メチャクチャだ」

 

 ゴブゥッ

 

 東方仗助の周りを取り囲んでいたストリートギャング達が、一歩退きかけた。そのとき、不幸な一名が怒り狂った仗助の拳をまともに受けた。

 男は一撃で意識を失い、仰向けにぶっ倒れた。

 

「テメぇ、俺たちに逆らって、この街で生きていけると思うなよぉ!」

「おっ、ガンを抜くのかぁ? だが覚悟しろよ。テメェラが引き金をひく前に、その顔面を歪めてやるぜ。ビカソみてぇになぁッ」

 

 マイアミ、そこは世界有数の美しいビーチを誇る観光名所だ。

 だがその華やかなイメージとは裏腹に、アメリカ有数の犯罪都市でもある。観光客が目をキラキラさせながら歩く目抜き通りの裏には、すさんだ目のギャングたちがたむろす無法地帯が広がっているのだ。

 

 そんな路地裏はどこも薄暗く、道の隅にはゴミが散乱している。所々アスファルトがひび割れ、その隙間から雑草が頭を出している。

 

 その路地裏の一つで、流暢な英語をまくし立てながら地元のギャングをシメアゲている東洋人がいた。

 東方仗助だ。

 

 仗助の近くを取り囲んでいたギャングの中で、まだ立っているは三人だけだ。

 ギャングたちは素手でとはいえ恵まれた体格で暴れまくる仗助をもて余していた。ついに業を煮やしたギャングの一人が、懐から銃を取り出した。

 銃を仗助に向け、引き金をひこうとする。

 

 だがそれを察知すると同時に、仗助もスタンド:クレイジー・ダイヤモンドを出現させていた。

 次の瞬間、ギャング達の銃と顔面が同時にぶっ飛ぶ。

 引き金が引かれるより早く、クレイジー・ダイヤモンドがその圧倒的なスピードで殴り飛ばしたのだ。

 

 ブッ飛ばされたギャングたちはヨロヨロと立ち上がった。

 互いの顔を見て首をかしげる。

 

「ぐぐっ」

「お、おい、お前の顔、そんなだったか?」

「お前こそ、なんか変だぞ」

「お前こそ、そんな眉だったか」

 

 仗助が言った。

「おうっ、テメーらちっとばかし、カッケー顔にしてやったぜ。感謝しな」

 

 ゲジ眉だった男は糸のような細眉に、細眉だった男はケンシロウのような激眉に、そして垂れ気味の眉だった男は、ラオウのようにそもそも眉毛が、なくなっている……

 クレイジー・ダイヤモンドが歪めて『直した』からだ。

 

 「ひいぃぃっ!」

 自分の身に起こった不条理な現象に恐怖し、ギャング達は悲鳴を上げて逃げ出していく。

 

 ちょうどそのギャング達と入れ違いに、別の東洋人が路地裏に入ってきた。その東洋人は、逃げ去っていくギャングなどには気を留めず、ただ仗助の様子だけに注目している。

 そして、深くため息をついた。

「ヤレヤレだ。久しぶりに会ったが、訳のわからん危ない性格は変わってねぇ様だな」

 

「あっ、承太郎さん。お久しぶりッス」

 ついさっきまで頭から湯気が出るほどぶちギレていた仗助は、承太郎を認めると表情を変えた。ビッと直立不動の姿勢になり、礼儀正しく頭を下げる。

 

「オメーが奴らを追ってこの路地裏に入っていくのを見たときは、正直焦ったぜ……ぶちギレたお前が、取り返しのつかねぇところまでやっちまうんじゃあねぁかってな」

「ハハハッ、大丈夫ッスよ。ちゃあんと冷静に、手加減してたッスよ」

「……みてえだな。良かったぜ」

 承太郎は帽子をかぶり直した。そして手に下げていた小ぶりなスーツケースを仗助に渡した。

 

「承太郎さん、コイツはッ?」

「そうだ……例の『弓と矢』の破片だ、な……だが正確にはコイツは吉良の奴が持っていた物とは違う、別の奴だ。2001年4月7日にイタリアのコロッセオ近くでsw財団のスタッフが回収したものなのだが……」

 

◆◆

 

 ザァワーっと木々が揺れる音だけが聞こえていた。まっくらな森の中にその音だけが吸い込まれていく。

 

「レクイエム(鎮魂歌)ねぇ。この矢に、そんな秘密があったなんてなぁ」

 仗助は首をかしげて、矢をスタンドに近づけさせた。

「聞いたぜぇ……こいつをスタンドに直接打ち込むんだろ?」

 この矢をクレイジー・ダイヤモンドに打ったらどうなるんだ。仗助は矢を目の前にかかげ、マジマジと観察する。

 

 その様子にミスタが激昂した。

 ミスタは懐から空気銃を取り出し、銃口を仗助に向けた。

 同時にミスタはスタンド:セックス・ピストルズを出現させた。玉子大の小さなスタンドがミスタの肩から複数現れる。

 小さなスタンド達は、ペチャクチャ喋りながら、ミスタと仗助の間を飛び回る。

 ミスタのスタンド:セックス・ピストルズの能力は弾丸操作。いくらクレイジー・ダイヤモンドの速度と精密性が『至近距離から発射された弾丸を摘まむ』ことが出来るとはいえ、直前に軌道を変えられたら反応しきれないはずだ。

 

「おい、テメェッ! ソイツから手を放しやがれッ」

「あぁ?」

「オメーにゃ、ソイツを手にする資格はねぇッ。なぜならオメーは、ソイツを手にするための代価を支払ってねぇッ……俺たちが払ったみてぇな、犠牲をよぉ……」

 

「へぇ……」

 ミスタが本気なのを悟り、仗助の目が据わった。

 

「ミスタッ」

「ジョルノ、止めるなよ」

「いやミスタ、ここは抑さえてください。我々から手を出すことは控えましょう。ここはイタリアじゃあない、彼らの街です……それに、ここにいるのは彼だけではありません。もう一人潜んでいます」

「何だとォ」

 たじろぐミスタ。

 

 ジョルノは涼しい顔をしてミスタの頭上を指差した。

「……そこのアナタ、降りてきてください。アナタがそこに隠れているままでは友好的に話をすることは難しいですから」

 

 すると、ジョルノが指差した木の上からごそっと物音がした。

 

「流石だね……気配は完璧に消したつもりだったんだけどな」

「確かにまったく気配は感じませんでした。でも私のスタンドが『強い生命力』を感じたのです。熊のような強い生命力を。それで気が付くことができました……どうですか? そろそろ姿を見せてくれませんか」

「ああ……ちょっと待ってくれないかい? すぐに降りるから」

 そう言うと木の上に潜んでいた男が飛び降りて、仗助の隣に立った。

 

 その男はマタギのイクローだった。

 

「育朗、助かったぜ。俺が留守にしていた間、街を守ってくれてよぉ~~」

「僕は大したことをしていないよ」

「イヤ助かったぜ。お前がいてくれたから俺は安心してアメリカからコイツを持ってこれたって訳ッスよ」

 

 と、いつの間にか仗助の手にある矢が再びバラバラになっていた。

 クレイジー・ダイヤモンドによって直された矢が、再び元の姿:鏃と、矢筈(やはず:鏃と矢羽をつなぐ部分)、それに矢羽の三つに戻されたのだ。

 それぞれの端は、まるで『アリ』にでも咬みきられたようにネジ切られていた。

 仗助は懐からネックレスを取り出した。そして矢筈をネックレスの石ごとギュッと押し潰し……石と一体化させた。続けて矢羽も、同じようにしてネックレスと一体化させる。

 もう一度ネックレスを首にかけたら、残るパーツはジョルノから奪った鏃だけだ。

 

「チッ……2対2かよ、メンドクセぇなぁ……」

 ミスタは拳銃を2人のちょうど真ん中に向けた。

「だが勘違いするなよ。俺とセックス・ピストルズの銃にかかりゃ、二人ぐれぇどうってことないぜ。どうする? 鉛玉を喰らって額に穴を開けるか、それとも矢を返して土下座するか、どっちか選べや」

 

「悪いけど、どちらもごめんだね」

 イクローは手をクロスさせた。

 その腕から手首を基点にして刃が出現する。刃はイクローの肩までぐぐっと伸びた。刃渡り60cmはあるであろうか。凶悪な外見の刃だ。

 

「そんなワガママは、とおらねぇなあ~~」

 ミスタは撃鉄を起こす。

「その刀カッケーなぁ……それがお前の能力かよ? だが教えてやるぜ、『銃は剣より強し』って言葉の意味をなぁ」

 

「そんなちゃちな銃の破壊力じゃ、僕は倒せないよ」

「あぁ? 試してみるかぁテメー」

 

「ミスタッ!」

 ジョルノはミスタの拳銃に手をかけ、ムリヤリ銃口を下に向けた。

「待ってください」

 

「だがよ、ジョルノ」

「ミスタ、ここは僕に任せてッ!」

「チッ……」

 ジョルノの剣幕にミスタは気圧され、おとなしく銃をしまった。

 

 ジョルノはミスタに礼を言うと、ゆっくりと仗助に近づいて行った。

 ジョナサン・ジョースターの血をひく二人は、互いに鋭い視線をぶつけあった。

 

「アナタが東方仗助さんですね。ポルナレフさんから貴方の名前は聞いていましたよ」

「お前が、ジョルノ・ジョバァ―ナか。昔コーイチが世話になったそうだなぁ」

 

 と、ジョルノが仗助に手を差し出した。

「初めまして。ジョルノです」

 

「おおっ、こちらこそ」

 二人はにらみあったまま握手を交わす。

 

「……で、どうしますか? このままトコトンやりますか?」

「それを決める前に、まずは俺の質問に答えろ。オメ―達は何を考えてこの『杜王町』に来たんだ?」

 

「それをこれから説明します。でもわかってください、ボク達はアナタの町に……いえ、日本に手を出すつもりは有りませんよ」

「へぇ、そうかい」

「そうですよ……で、どうしますか? もう一度聞きます。トコトンやりますか」

 どちらでも構いませんよ。ジョルノは涼しい顔で仗助を挑発した。

 

「そうだな、まずは飯を食いながら話を聞かせてくれや」

 東方仗助は手に取った『矢』をジョルノに返しながら、そう言った。

「コイツは返しておくぜ、俺には必要ねェモノだからなぁ」

 

「……ありがとうございます。では、まずは純粋にディナーを楽しみましょうか」

「おうっ」

 二人はトラサルディーに向かって歩きかけ……仗助は再び足を止めた。

 

「どうしました?」

「いや、ちょっと髪型が乱れちまってよォ」

 そういうと仗助は懐から櫛を取り出し、念入りになでつけ始めた。

 

 そのとき……『大事故』が起こってしまった。

 イライラとしたミスタが、仗助に向かって『言ってはいけない言葉』を口にしてしまったのだ。

 

 ミスタは仗助にむかって

「おい、そんなマンガ見たいな髪型、ほっとけよ」

 と言ってしまったのだ。

 

 だがミスタは本当に悪気がなかったのだ。

 

「…………」

 黙りこくった仗助は、ユラリ……と体を揺らし、ゆっくりとミスタの方へ歩きだした。

『仗助ッ! 落ち着くんだ』

 イクローは全身の力を振り絞り、仗助にしがみついた。

 

 仗助は一旦足を止めた……だがイクローが全力でしがみついているにもかかわらず、仗助はゆっくりとミスタの方を振り向いた。

「……」

 その顔つきを見たミスタは黙り込み、ゴクリ……とつばを飲み込んだ。

 

『仗助ッ!』

 仗助にしがみついているイクローが叫ぶ。だが仗助の顔を見てとても抑えきれないと見切ったイクローは、一転してジョルノに助けを求めた。

『ジョルノ君っ! そこの彼を連れていったん引いてくれッ! ここは……彼は、ボクが落ち着かせるから……』

 

「わかりました。ミスタ、こっちへ」

「おっ、おう……」

 

 と、黙りこくっていた仗助が口を開いた。低い声だ。

「チイッと……まてよ」

「…………」

「おいテメェッ! いま俺の頭のこと、なんつったッ!!!!!!!」

「ジョルノッ、早く彼の視界からその男をどかせっ!」

「わかりましたッ」

 

◆◆

 

 

──────────-

 人間がリアルに思い込むことは、実現する。

 もちろんそれは常識に縛られた一般人に成り立つ話ではない。一般人は『そんなこと起こり得ない』と頭から否定する思いが強烈過ぎるためだ。

 だが『無垢な赤ん坊』や、心身をコントロールできる格闘家(グラップラー)には可能だ。例えば、攻撃されたイメージを強く思い描いただけで、本当に体から傷が現れる現象が、観察されているのだ。

 一説によると、とある伝説的な格闘家は、その現象を利用し想像上の敵と戦う訓練を頻繁に行っていたという。しかも、その様子を見ていたものにさえ、あたかも彼の目の前に本当に敵がいる様に感じたという。

 尚、近代ボクシングにおけるシャドーボクシングとは、この現象を利用して古代中国で行われていたトレーニング視邪動 目心具(しゃどう ぼくしんぐ)を源流としていることは、言うまでもない。

──────────-

民明書房刊: 愚拉武拉ー刃鬼より

 

 そしてここの厨房にも、思い込む力(妄想力)の強い男がいた。

 タクミ・アルディーニである。

 

(よし……)

 タクミは目をつぶり、ある男の姿を強く想像した。そして再び目を開く。

 するとタクミの横には弟の《イサミ》が立っていた。

 もちろん本物ではない。タクミが(弟ならこう言う、こう動く)……と、その行動をトレース(想像)した姿だ。

 いつも一緒にいた双子の弟のことなら『こんなときはこう言う、こう動く』ということを知り尽くしている。

 

 タクミの想像上の《イサミ》が、口を開いた。

『お兄ちゃん……トニオさんが見ているブロード、もうすぐ仕上げにかかるようだよ。準備しないと』

(わかった)

 タクミも鍋に火をかけた。そして《イサミ》に鍋を見ているように頼む。

 

 そしてさっとイタリアン・セロリを洗い、タコ糸で縛り上げたものをトニオに持っていく。

 

「ベネっ」

 トニオはすこし顔をほころばせ、セロリを受け取った。

 

『お兄ちゃん、少し火を緩めて鍋を揺すった方がいいよッ』

(心得たッ)

 

 タクミはすぐさま駆け戻り、鍋を揺する。

 そしてトニオから受け取ったブロードを鍋の中に投入していく。

 

《イサミ》は周囲の様子を良く見て、それをタクミに伝えている。

(もちろん実際は、《イサミ》なら今頃トニオさんの様子を再確認するはず……と意識したタクミが意識の片隅でトニオの様子を観ているのだが…………)

 

『ねぇお兄ちゃん、トニオさんの下準備がもうすぐに終わりそうだよ』

(そうか……俺ももうすぐ終わるから、イサミは引き続きマエストロ・トニオの動きを見ていてくれッ)

『わかったよ、お兄ちゃん』

 そういって《イサミ》は、なぜか宙を漂ってきたプチトマトの精霊をパシッと人差し指ではじきとばした。

(ああ、頼んだぞ)

 妄想上の弟に話しかけると、タクミも自分に課せられた下ごしらえを仕上げていく。

 

 一方のトニオ:

 彼はブロードの火加減を調節すると、今度はおもむろに小麦粉を取り出した。

 

「おっ……」

 横で見ている丸井が、メガネをずりあげた。

「トニオ シェフがパスタを作るようですね。これは勉強しないと」

 

「フフフッ……」

 腕組みをした堂島シェフが、壁際で見学している生徒達に話しかけた。

「トニオの動きや視線を良く観るがいい。そして、いったいどれだけの修行を積めばあの領域に到達できるのか、料理の奥深さを考えることだ」

 

「えっ?」

 吉野が首をかしげた。

 

「ふっ、観ればわかるさ」

 

 

 トニオはまるで蕎麦作りに使うような木鉢を取り出した。その中で手早く粉を配合する。そして冷蔵庫から取り出したペットボトルの液体を陶器の瓶にうつす。

 

「なんだか、お蕎麦みたい」

「……半分正解だ。ここまでは蕎麦を作る技法を真似たものだ」

 

 その横にトニオはもう一つ木鉢を置いた。そこに別の粉を開ける。

 

「どうして別の木鉢を……もしかしたら、二種類の麺を作るのかしら?」

「すぐにわかる。良く観ていなさい」

 

「…………」

 トニオは真剣な顔つきで、最初に用意した木鉢の前に立った。

 瓶の水を柄杓にとり、ハラリ……と粉の上に撒く。

 そして両指をたて、木鉢の中で弧を描いていく。まさに蕎麦で言う『水回し』だ。

 あっという間に粉の粒子にまんべんなく水を染み込ませ、一塊にする。

 

 固く絞った布をその塊にかけると、今度は、もう一つの木鉢の前に向かう。

 その手に持っているのは、卵だ。トニオは別のボールにいくつかの卵を割り入れた。さっと下処理をして、黄身を少し取り除き、白身とのバランスをとる。

 そしてサッとかき混ぜると、木鉢の中に撒き、こねあげていく。

 こちらも布巾をかける。

 

 その後、寝かせていたもう一つの種の様子を見ると、もう一度布巾をかけ直す。そして板と丸太を持ってきた。種を板におき、その上に丸太を乗せる。

 そして……

「!! うォォォァォッ!」

 

 ダッ! ダッ! ダダダダッッ! 

 

 トニオは丸太の上に乗り、一心不乱にもも上げを始めたッ! 

 不安定な丸太の上で、まるで短距離走のオリンピック選手の様に美しいフォームを保ちつつ高速で足踏みを繰り返すッ! 

「ぬっ、ググォッッ! プハァ──ッ!」

 

「ハッハッハッ、キレのあるいい動きじゃないか。トニオの奴も『体のメンテナンス』は欠かしていないようだな」

「いや、堂島シェフ、問題はそこじゃなくて……」

「……そうよ。あれはうどんの作り方よ。なぜ……」

「……イヤ、涼子。それも確かにおかしいけれど、私が思うに最初にツッコムべきところはそこじゃないような……目付きとか、表情とか……」

 

 と、何故か玄関口でドタバタと暴れる音がした。

 何事? と涼子が店の前に出ようとする。すると今度は急に物音が止んだ。

 そして、トラサルディーの扉が開く。

 

「今日は、よろしくお願いします」

「……」

 顔を見せたのは、予約客のジョルノ・ジョバァ―ナと東方仗助だ。

 その後ろに控えるように、イクローとミスタが立っていた。二人の顔はなぜかゲッソリとしており、疲れているようだ。

 仗助は少しバツが悪そうにもぞもぞしている。

 

「ジョースケさん。ジョルノさん、それにミスタさんとイクローさん。今日は予約していただいて、ありがとうございました」

 厨房から出てきたトニオが、4人に挨拶をした。

 

(始まったぞ)

 タクミは、武者震いをした。

 

◆◆

 

 貸切られたトラサルディ―の店内:

 部屋の中央にしつらえられたテーブルに、ジョルノ・ジョバァ―ナと東方仗助が差向いに座っていた。

 残る二人はテラス席に案内されたため姿が見えない。

 

「よぉ~~、さっきは悪かったな」

 その一人、仗助が口を開いた。

 

「いえ、こちらこそ。ウチのミスタが失礼な事を言いました」

 ジョルノは両手をテーブルの上にのせ、言った。肘をつき組み合わせた手から、ジョルノのスタンド、ゴールド・エクスペリエンスの姿がチラリと見えた。

 

「失礼ィ? いや……まぁ、その話はもう止めようぜ……しかし、変な気持がするもんっすねぇ。知らねェ親戚と会うって言うのはよぉ~~」

 クレイジー・ダイヤモンドが、仗助の肩口に《一瞬》姿を現す。

 

「そうですね。僕にとっても驚きでしたよ。まさか僕に親戚がいるなんて思ったこともありませんでした」

「しかしこうやって顔を突き合わせると、何ッつーか、少しだけ『血のつながり』って奴を感じるような、感じねェような……」

「私も妙な気持ちです。それにしても意外でしたよ仗助さん。あのジョースター不動産の莫大な財産を相続した方にしては、ずいぶん質素に暮らしているようなので」

 

「あぁ、ありゃぁ、もうオレの手元にはねェっすからねェ」

「相当な割合の遺産を、スピードワゴン財団に提供されたと聞きました」

「おお、おかげで四六時中スカンピンっすよぉ。でも、お前の方は羽振りいいんだろ? その『商売』はうまくいってるんダローからよぉ」

「いえ、零細企業ですからね。カツカツですよ……わが社の『財務状況』、アナタならご存知でしょ。『スピードワゴン財団:超常部門』のスポンサーであるあなたなら、簡単に入手できる情報ですよね」

 

「……まぁ、な」

 仗助が頭をかく。

 ジョルノはその動きに、一瞬ピクリと体を震わせた。

 互いの一挙手一動に細心の注意を払いながら、二人は言葉を選び、ギゴコチなく会話を交わしていく。会話の転がり用によっては、いつ『殺しあい』が始まっても、不思議ではない雰囲気だ。

 

 そんな二人の元へトニオが前菜を持ってきた。

「おおっ、トニオさんッ。待っていましたよ」

 これ幸いと、ジョルノが顔をほころばせる。

 

「しかし、仗助さん。こんなにスゴイ、イタリアンの料理人がいるなんて、杜王町の人は幸せですよ。これほどの料理人はイタリアでも数人いるかいないか……だと思いますね」

「ああ、俺もトニオさんの料理を初めて食べた時は、そっりゃぁ~~感動したぜ」

 

「それは私も同じです」

 ジョルノがうなずく。

「トニオさんの料理は、何と言うか『古典的』なのに『新しい』感じがします。例えて言えば、『王道を行きながら実験的』な某漫画のような感じでしょうか」

 

「アリガトウございます」

 トニオは皿を手にしたまま、優雅に頭を下げて見せた。

「ワタシの料理を気に入ってくれているようで、光栄です。今日は楽しんでください。まずはアンティパストのパンツァネッラです」

 

「パ……パンツ……、トニオさん、コイツはどういう料理なんすか」

 

「これはトスカーナ州の郷土料理で、主にイタリア中部の地域でよく食べられている料理デス。ふやかした古いパンのぶつ切り、トマト、玉ねぎ、セロリ、バジル等を、オリーブオイルと酢であえていまス」

 トニオはにこやかに言った。

「元々は古くて固くなったパンを何とかして食べるために作られた料理です。でも、このパンがトマトの汁やオリーブオイルなどをすって、堪らなく濃厚な味わいをウムのです。美味しいですよ」

 

「……色とりどりで美しいパンツアネッラですね。美味しそうだ」

「サラダの中にふやかしたパンをぉ? 変な料理ッスねぇ。だが、トニオさんがメチャメチャ旨そい料理だって言うなら、コイツは待ちきれねぇッス、サッサと食べるっスよぉ~~」

「えぇ、話は後です」

 

 客室のジョルノと仗助、そしてテラス席のミスタとイクローは、ほぼ同時に皿に手をつけた。

 そして……

「?! なっ、なんて美味しいんだッ。こんなに新鮮な野菜達が、それぞれの味わいを主張しながら、しかし料理としての纏まりも持ちつつ、競演しているなんて!」

「こりゃあイケルぜっ! サラダを口に入れた瞬間ッ、サッパリした酸味とオリーブオイルと黒胡椒の芳醇な香りが口一杯に広がりやがるッ」

「こっ、これは……信じられない。このパンに染み込んだトマトの甘味、バルサミコの酸味ッ、すべてが溶け合って生まれる旨味ッ。これは小手先の業から生まれる味じゃあないッ。真実の、料理の道を突き進む覚悟と、日々の研鑽だけが産み出すことのできる、黄金の味」

「なんて、キレと驚きの組み合わせッスか! 例えて言えば《マツモトのボケに対するハマダのツッコミ!》《杉内俊哉選手のチェンジアップ!》」

 

 四人は、あっという間に前菜を食べ終えてしまった。

 

 そして……

 

「うぉぉぉおおっ! 腹が」

「クッ……これは」

あ ああ

 4人はほぼ同時に腹を抱えた。まるで腸が腹から飛び出してきそうな、『奇妙な』感覚に襲われたのだ。

 その痛みは、急激に大きくなり……

 

 ズビッ

 

 一瞬、四人が四人とも、まるで腸が腹を突き破って出てきたような感じを覚えた。そして腸の蠕動はどんどん激しくなり……すぐに消えた。

 

 腸の蠕動がおわると、今度は逆に胃腸の調子が最高に良くなっていた。いくらでも食べられそうだ。

 

 ジョルノと仗助はあまりの旨さに驚愕し、目を輝かせていた。

「イヤハヤ、まさに圧倒される美味しさですね。仗助」

「ジョルノ、このパンは普通と違う味だな。だが、うっめぇなあ」

「ええ、これはトスカーナの塩無しパンです。しかし、これほどしっかりと味が入っているパンは、イタリアでも中々無いですよ。恐らくトニオ シェフが自分で作った自家製パンでしょうね。しかも、このパンツアネッラ専用に焼き上げたパンだと思いますよ」

「この料理の為に専用のパンを自家製ッスかぁ、まぁトニオさんならそこまでやっても全然不思議はねぇッス」

「僕もそう思います。いや、本当にスゴい料理人だ」

 

◆◆

 

「麺の発祥の地がどこか、それは定かじゃない。だが麺は中央アジアから中国を経由して日本へと伝播するルートと、イタリア半島へ伝わるルートの二通りがあったのは、事実なはずだ」

 堂島が解説を始めた。

「トニオが今打っている麺には世界中の様々な技法が隠されている。よく観ておくのだな」

 

 寝かせていた麺の種を取り出すと、トニオは水だけでねった方の麺をさっと伸ばした。

 次に、今度は卵だけでくくった麺の種をとり、細く平らに伸ばす。

 伸ばしたパスタ生地の上に、さきほどさっと伸ばした麺をいれ、包んでいく。

 麺で麺を包み込んだ両端を掴み、優しく振る。すると麺は少しずつ延びて行った。

 ある程度の長さになったら、面を二つに折り、また伸ばしていく。

 

「これは、『中華料理』の技法だよ」

 丸井が感嘆の声を上げた。

 

「そうだ」

 我が意を得たりと堂島がうなずく。

「二重にして伸ばした麺の中心部は、日本のうどんを参考にした、コシの強い麺。その周りを追う面は、イタリアン伝統の手法で練った、モチモチした触感の麺だ。性質の違う二つの麺を組み合わせて使う」

 

「性質の異なる素材を組み合わせて複合性能を上げる……まるで、日本刀みたいですね」

「そうだな。日本刀は芯の部分に柔らかい鋼を使って粘りをだし、外側に固い部分を使って切れ味を高める。一方のトニオの麺は、中心部を硬くして歯ごたえをだし、外側は柔らかくて薫り高い配合の麺でおおい、モチモチした触感を高めている」

 

「おいしそう……」

 じゅるっと、涼子が涎をすすった。

 

(トニオ シェフはすごいわね。でもアルディーニ君も、やるじゃあない)

 厨房で忙しく働くタクミの動きを見て、アリスは内心舌を巻いていた。

 タクミは自分の仕事を丁寧に進めながら、同時にトニオの料理の先回りをして材料の下処理、具材だし……等のサポートを行っていた。

 眼が眩むほどの厨房の喧騒の中、自分の料理にじっくり向き合いながらも、厨房の様子にも注意を怠らない。それは言うは簡単だが、実際に実行するのはとてつもなく難しい作業だ。

(そうか。彼も幸平創真と同じく、父親が営む『町の定食屋』で子どものころから『実践』を積んできたプロの料理人……だったわね)

 同じく子供のころから料理に親しんでいたとはいえ、アリスがいたのは研究室だ。悔しいがタクミや創真には、これまで踏んできた場数の数ではかなわない。

 

(それにしても、こうしてみていると、トニオ・トラサルディ―殿の腕前は驚異的ね。もしかしたら堂島オジや四宮シェフと張り合えるのではなくって)

 世界は広い……世間には知られていない、こんな素晴らしい料理人がいるなんて。

 

 とアリスは、トニオとタクミがそれぞれ取り出したモノに気が付き、唖然とした。

(うそでしょ、二人とも……何を考えているの)

 

◆◆

 

 トニオ氏には、イタリアに帰ってきて欲しいのです。

 ジョルノの独り言を聞いて、仗助の眉がしかめられた。

 

「……冗談だろ?」

「私はいつでも、本心しか口にしないですよ。私は『トニオ・トラサルディー氏にイタリアに返ってきて欲しい』そう思っています」

「そりゃあトニオさんが決めることだ。里帰りしたくなれば、帰るだろうよ。だが、それはあの人が望めば……だな」

「モチロンですよ。でも私には自信があります。きっと彼は私の『友達』になってくれるでしょう。そうすれば『友達』のいう事は聞いてくれると思います」

「へぇ……だがお前はオレの『友達』には成れないかもしれないっスねぇ~~」

「それは残念ですが……」

 

 束の間ジョルノと仗助の視線がぶつかる。

 だが、そんな一触即発の雰囲気は一瞬にして無くなった。

 

 ちょうどそのとき、トニオがプリモ・ピアットを持ってきたのだ。

 その皿を見たジョルノ、そしてテラス席のミスタは、思わず硬直した。

 

 ド ド ド ド ド ド ド ド ド ……

 

 ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ……

 

「馬鹿な……信じられないッ。こんなの『冒涜』だッ!」

 トニオが出したプリモ・ピアット。それを見て普段は冷静なジョルノが明らかにイライラしていた。無理もなかった。

 

 イタリア人は、自らのイタリア料理に心から誇りを持っていて、その真正性を保つことにとても大きな努力を払ってきた。

 もしもインターネットで『イタリア人の怒らせ方』を検索したら、検索の上位にくるものは二つだ。

 一つは、『ピザにパイナップルを乗せる』こと

 そしてもう一つは、『パスタにケチャップをかける』ことである。

 

 つまり、まさにトニオが出したプリモ・ピアット:『ナポリタン』のことだ。

 

 その皿の上には青ピーマン、赤、黄色のピーマンの千切りと、タマネギ、ソーセージ、マッシュルーム、それにケチャップを和えた『パスタ』が乗っていた。さらにそのケチャップの上には、タップリの粉チーズと、目玉焼きがかけられている。

 

「どうした、ジョルノ?」

 

「どうしたってッ! あなた、こんなものを見て何故怒らないのですカッ!!」

 ジョルノが言った。

「僕はトニオさんを見損ないましたよ……パスタにケチャップをかけるなどッ! ぱ……パスタが真っ赤じゃあないですカッ!!」

 

「へぇ……お前ずいぶん怒っているなぁ。だが落ち着けよ、このナポリタンは旨そうじゃあないっスカ~~」

「ナっ! ナポリタンッ! その名前がすでに我々をバカにしています。こんな『冒涜』な料理に、偉大なるナポリの名前を付けるなんて……」

 

「へぇへぇ……」

 仗助は憤っているジョルノをしり目に、フォークに手を取った。半熟の卵を崩してたっぷりと麺に絡める。そして、ナポリタンをクルクルッと綺麗に巻き、口に放り込む。

 もう一口

 もう一口

 仗助は、必死にナポリタンをほおばり始めた。

 

「……仗助?」

 一言も口を利かずに食べ続ける仗助を見て、ジョルノが不審げな顔をする。

 だがナポリタンから立ち上る、鼻を刺激する香気……官能的なまでに食欲を刺激している。

 ジョルノは戸惑い、自分でも信じられない……と言う顔をしながら、恐る恐るナポリタンを口に入れる……

「これは……」

 口に入れた瞬間、濃厚なトマトケチャップの旨味、甘味、酸味がジョルノを襲うッ! このトマトケチャップは、市販のものではない。おそらくはナポリタン専用に、トニオが開発した物だ。その特製トマトケチャップが、もちもちとした生パスタに良く絡まっている。同じく適切にバランス調整された自家製ソーセージ、あめ色になるまで炒めて旨味が完璧に引き出されたタマネギ、プリッと触感が楽しいマッシュルーム。時折存在を主張し、舌を爽やかな状態に保つための色ピーマンたち……

 悔しいが、絶品であった。

 

「……どうよジョルノ、絶品だろぉ?」

「……認めたくはないですが……」

 

 トニオの料理は続く。

 セカンド・ピアットは、アンコウのマルケ風トマト煮(コーダ・ディ・ロスポ・アッラ・マルキジャーナ)だ。

 

 さらにコントルノとしては、セージ、フェンネルのようなハーブ、それにセリ、ホウレンソウ、大根の薄切り等を揚げたフリットがでる。

 

 二人はアンコウの濃厚な旨味に身を震わせ、続けて野菜のフリットの爽やかな香りに心を痺れさせた。

 

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『無駄ァッ』

『ドララララぁッ!』

 ジョルノのスタンド:ゴールド・エクスペリエンスがテーブルを破壊する。

 破壊したテーブルに仗助のスタンド:クレイジー・ダイヤモンドが触れる。

 すると、破壊されたテーブルが、幾つもの鏃になって、宙に浮かぶ。

 そこに再びゴールド・エクスペリエンスが手を触れると、その鏃の半数が蜂に変わる。蜂達は、残った鏃とトマトの型のトニオのスタンド:パールジャムを抱き抱え、とびまわる…………

 

 ジョルノと仗助の爪がぐんぐん伸び、反り返った。やがて爪がすっかり剥がれ落ち、ささくれだった指が、再び綺麗な見た目になった。

 同時に仗助とジョルノは頭をかきむしり、まるで頭が陥没してしまいそうなほど頭皮をかきとっていく。

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 その後……

「何だか時差ぼけがすっかり解消された気がするぜ」

「僕もです」

 誰でも旨いものを食べれば幸せな気持ちになる。その食事を共にした相手と、打ち解けないわけはない。いつしかジョルノと仗助は、まるで十年来の友のように打ち解けていた。

 

 そこに、コースの終わりを告げるドルチェを持った、タクミ・アルディーニが姿を表した。


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