食戟のトニオ・トラサルディー Sesame's Treet (ソーマXジョジョ) 作:ヨマザル
一台のタクシーが杜王町の市外に向かおうとしていた。
薙切アリスはその後部座席にチョコンと座り、近くのキオスクで買った『るるぶ杜王町』をぺらぺらとめくっていた。ときおり『へぇ──』とか『ホホォ──』とか愛嬌たっぷりにつぶやきながら、杜王町の観光情報を頭にたたきこんでいく。
北欧育ちのアリスには、日本の地理や名産品などの知識がほとんどないのだ。
と、アリスのバッグ(お高級なブランドものだ)から、携帯電話の着信音が鳴り響いた。
アリスは るるぶ を置くと、代わって携帯電話を手に取った。携帯の画面に表示された発信者の名前は黒木場リョウ。彼はアリスやタクミと同じく遠月学園の一年生で、アリスの従者を務める男だ。
日本の料理界に君臨する薙切家。その薙切家の一族であるアリスもまた、セレブ中のセレブであった。当然敵も多いし、何よりも困ったことに、『友達』を作ることが非常に難しい立場であった。
そのため彼女には、幼少のころから彼女の身の回りの世話や遊び相手を務める『従者』が付けられているのだ。
その『従者』が黒木場リョウだ。とはいえアリスと黒木場との関係は、古風で現代日本には相応しくない『主人と従者』と言うよりも、『奔放な姉に振り回されるしっかりものの弟』と言った関係に近いものだ。
それに黒木場自身も『従者』と言う言葉の持つイメージとは違い、傲岸不遜を地でいくような男なのだ。
アリスは電話を取り黒木場に話しかけた。
『で、どうリョーくん。リョーくんは無事にスタジェールを終わらせた?』
『……どうって俺の方は問題ないっす。お嬢こそ今どこにいるんすか? スタジェールは終わったはずでしょう。みんな探していますよ。迷子っすか』
『迷子って、失礼ねぇ。私は今《杜王町》に来ているよッ』
『《杜王町》って、どこっスか、そこ。やっぱり迷子になってたまたまそこにいるのでしょ?』
ぶっきらぼうな声が響く。黒木場もまた北欧育ちだ。日本の地理には詳しくない。
『失礼ねぇ。ちゃんと目的があって≪杜王町≫にきたのよ。でもこの場所がどこかは、よく知らないわ? ずいぶん北の方ってだけわかっているわ。あぁ──そーそー、海がとってもきれいな町よッ』
少しの間、携帯電話の先が静かになった。電話の先にいる黒木場リョウが頭を抱えている様子が、目に見えるようだ。
どんな理由であれ、いつもぶっきらぼうなリョー君を動揺させるのは楽しい。アリスはニコニコしながらリョーの返答を待った。
予想通り、電話口から深い・深いため息が聞こえた。そして、めんどくさい……という感情がダダモレの言葉が続く。
『はあ……わかりましたよ。迎えに行きますから、バッテリーが切れないように、どこかで携帯を充電しておいてくださいね。それからぁ、寝るところを決めなきゃですね。そのあたりで一番いいホテルを探して、予約しておきますよ』
『あら大丈夫よ。だってここには、堂島オジサマの依頼できたのですもの』
『はぁ、そうっすか…………確かに堂島シェフのアレンジなら手抜かりはなさそうですね』
『そうよぉ…………だから私の方は心配いらないわッ! それでリョー君の方はどうなの? リョー君のことだからスタジェールは心配ないだろうけれど、どう? 研修先では何か学べた?』
『俺のほうはバッチリっすよ。こんどの料理勝負でその成果をお見せしますよ』
そう言って不敵に笑う黒木場からの電話を切ると、アリスはこれからどうしようか、と頭を悩ませた。堂島との待ち合わせ時間まで、まだ5時間はあるのだ。その間、ぼうっと駅前をうろついているのも、馬鹿らしい。
(そうだわっ! ここに行ってみましょ)
アリスは、『るるぶ杜王町』のとあるページをめくって、タクシーの運転手に突きつけた。
「運転手さん、行先変更よ。ここに連れていって頂戴っ」
(クソっ、俺は何をやっているんだ)
トニオの友人たちを招いて行われたパーティの翌朝、タクミは屈辱感と共に目を覚ました。まだ日は登っておらず、厨房は暗い。だがいてもたってもいられず、タクミはさっそく日課の清掃を始めることにした。清掃は昨晩店を閉めるときにもやっているのだが、人一倍清潔に気を使うトラサルディーでは、朝昼晩の都合三回も清掃を行っているのだ。
寝床代わりに使っている休憩室から出て、タクミはシンと静まり返った厨房におり、電気をつけた。
厨房は昨晩片づけたときのまま、きちんと整理されていた。東北の朝のキリっと凍り付くような空気が、厨房を覆っている。不意に自虐的な気分になり、タクミは水道の蛇口を捻ると、あふれ出るキンキンの冷水に頭を突っ込んだ。
「くそっ!」
声を圧し殺し、小さく叫ぶ。
その後30分ほどして、涼子がやって来た。二人で協力して調理台とレンジをせっけんをつけたウェスでピカピカに磨き上げ、床をモップでこすっていく。
その間、タクミも涼子もほとんど口を聞かなかった。
やがて一人で客室の掃除を終えたトニオが厨房に戻って来た。その時には、すでに二人は調理場の掃除を終え、いつもの仕込み作業に入っていた。
「今日の仕込みは、低限でいいですヨ」
調理場に入ってきたトニオは、挨拶もそこそこに言った。
「涼子、あなたには今日一日休みを上げます……この一日を利用して4つ目の仕事についてよく準備して下さい……もう一度言いますが、棄権することもできます。この4番目の仕事をしなくても、遠月のスタジェールはもう合格です。だから無理して参加しなくてもいいですヨ」
「私、参加します」
涼子は大きくうなづいた。だがその声は深刻そうな色を帯びている。
「では、今日は休みを上げます。料理がしたかったら『にじむら』に行きなさい。億泰サンには話をしてありますから」
「はぃっ!」
涼子はチラリとタクミを見て、すぐに目をそらした。そして黙って厨房を出ていく。何を言ったらいいのか、わからなかったのだ。
昨晩と同じく、厨房にはタクミとトニオの二人が残された。
コホンと咳払いしてトニオが言った。
「タクミ……君には今晩のお客様、『東方仗助』氏と『ジョルノ・ジョヴァ―ナ』氏にドルチェをお出しするように言いましたね……参考までに私が作る予定のコースを、伝えておきます。ただ、お客様の顔を観て、変更するかもしれませんからそのつもりで聞いてくだサイ」
トニオはそういうと、自分が作る予定のコースの説明を始めた。
その説明を聞くうちに、タクミの表情がみるみると険しくなっていった。
「フフフっ、やっぱり海はいいわねェ」
アリスは大きく伸びをして、杜王町の海岸線を散歩していた。今朝列車の窓から見た景色がとてもきれいだったので、タクシーを飛ばして散策することにしたのだ。
「おさかな、見えるかしら」
今は引き潮だ。岩礁が顔を出し、岩の隙間にはあちこち潮だまりができている。アリスは岩礁をピョンピョン飛んでまわり、潮だまりを見て回ったり、綺麗な貝を拾ったりして子供のように遊んでいた。
空気は痺れるほどに寒い。だが冬空は青く澄み、遠くの山々まで良く見える。その山が、潮だまりの平らな水面に映る。
少し先に切り立った断崖が岬となって突きだしていた。そのまわりからは、まるでタケノコのような形の岩がにょきにょきと海から『生えて』ている。
「あれが『るるぶ杜王朝』 にでていた『恋人岬とボヨヨン岩』かしら……」
アリスはその岬に向かって小走りで駆け出した。
その時だ……ふいに岩陰から人影が現れた。
「ええっ?」
岩場を小走りにかけていたアリスは、驚いて足を踏み外し、バランスを崩した。たたらを踏み、倒れかかったその先は冷たい東北の海だ……
「キャッ」
「ウォォォっ!」
極寒の海にダイブする直前、『アリスを驚かせた人影』が動いた。
影の主である少年が、慌ててアリスの手を掴み強引にアリスの体を引き上げた。
だが、代わって自分がバランスを崩し……
アリスに代わって、海に落っこちた!
「ええっ! 嘘でしょぉ」
あわてて下を覗きこんだアリスは、少年が浅瀬に立っているのを見てほっとした。足元の海は浅く、少年のくるぶしほどの深さだったのだ。
ブツブツ言いながら、少年は浅瀬から脱出し、岩場に倒れ込むようにした。必死に靴と靴下を脱ぎ、風の来ない岩陰に隠れる。
「ねぇ、大丈夫? それに御免なさい」
アリスは大慌てで少年に駆け寄った。
「いや、コッチこそ驚かせてゴメンよ」
少年がニッコリと笑いかけた。
そして、盛大なくしゃみをした。ガタガタと身を震わせる。無理もない、跳ね飛ばした海水をかぶり、少年のズボンがびしょびしょになっていたのだ。
「アラアラ……『びしょびしょ』よ」
アリスは、コックコートに挟んでいたウェス(布巾)を取り出した。懐に入っていたため自分の体温で暖められているそれを、少年に差し出す。
「これで拭いて」
「あ、ありがとう」
少年はアリスを見てまばたきをした。少年のすわる位置からは、アリスの姿はちょうど逆光になっていて良く見えない。
だが、その光がまるで御輪のように輝き、アリスの銀髪と、透き通った白い肌を、体のラインを、照らしていた。息が止まるほどの美しさだ。
(うわっ……)
少年はほほを染め、うつむいた。
「どうしたの?」
「ちょっと向こうを向いてくれないか? 一端ズボンを脱いで水を絞りたいんだ」
「……あっ、ああ……はいはい」
アリスも頬を染め少年に背を向けた。
同時刻:
杜王町スタジアムから海岸の方向に向かって、うつむき、奇妙な鼻歌を口ずさみながら歩く女がいた。
……
ポテトLサイズが好き
ポテトLサイズが好き
ポテトLサイズが好き
でも
フライドチキンはない
フライドチキンはない
フライドチキンはない
カリカリの
それだけでいい
ポテトLサイズが好き
……
アイツが歌った歌だ。初めて聞いたのは何年前だろう。確か震災があった年だったから、もう5年近く前のことか。
麦刈恭帆は鼻歌を止めると、思いっきり足元のガードポストを蹴り飛ばした。
「ああっ! ムッカツクわ!」
無理もない。それほど、さっきの香西定文の態度にはイライラさせられたのだ。
お互い仕事が忙しかったから、アイツ……定文とはほとんど会っていなかった。この間、なぜか常秀と三人でレストランには行ったが、その前は2か月も会えなかったのだ。
なのに、ついさっき久しぶりに二人っきりで出会ったのに、奴ときたら、ほんの少し会話しただけでさっさと立ち去ったのだ。
「なにが、『駄目だ。ついてこないで』よ。えっらそうに! クソッ クソッ!」
ひとしきり悪態をついた恭帆は、だが先ほどの定文の顔を思いだし、クスッと笑った。
再会した定文は、確かに涙目でこちらを見ていた
その顔は昔と全く変わらなかった。5年前も、自分と再会したとき、あの男は『感動して』大泣きしたのだ。あの時はたった1・2週間会わなかっただけだったのに……
(なのに今、何故私は一人なのだろう)
グスッ
恭帆は涙ぐみ、グイッとまぶたをぬぐった。そのまま、やけっぱちな気持ちでズンズン歩いていく。すると不意に、恭帆の目の前に不自然に連続して盛り上がった丘が目に入った。それは震災後に突如隆起した『壁の目』と言われた丘の残りだ。
恭帆はそのふもとまで歩いていった。その景色には確かに見覚えがある。
(そうだ……ここは確か……)
恭帆は目をぱちくりさせた。
(ここは私が土に埋もれていた定文を、『掘り出した』ところだ)
恭帆は足を止め、あたりをぐるりと見回した。懐かしさに胸がいっぱいになる。
恭帆は、しばらくその場にたたずんでいた。そして上からその景色を眺めながめようと、『壁の目』に登る。その奇妙な丘に登りきると、上から香西定文と初めてであったその土地を見下ろしてみた。
定文…………
また涙がこみ上げてきた恭帆は、あわててその土地から背を向けた。
すると岡の反対側に、美しい海が広がっているのが見えた。海は静かに、太陽の光を受けてキラキラと輝いている。びっくりするほど美しかった。
あの海をもっと良く見たら、このクサクサした気持ちも少しは晴れるかしら……
「ヨシっ! 行ってみるか!」
恭帆はポンと壁の目を駆け下りると、海に向かって全速力で走り出した。
だが……
彼女が海で目にしたのは、期待とはすっかり違ったものであった。そこで恭帆が目にしたのは、岩影でうつむき、正座している美少女の姿。そしてその横にいる、パンイチで中腰となりズボンに足をかけている若者の姿であった。
その頃タクミは、トラサルディーの客室でテーブルについていた。リセッタ(レシピ)をまとめたノートを広げて、パラパラとページをめくっている。本日のドルチェに何を作るべきか、考えれば考えるほど悩みが深まっていたのだ。
コースの締めくくりを飾るドルチェと言えば、まずはパンナコッタ、ティラミス……オーソドックスなものが思い浮かぶ。どれも上手に作れば最高の味わいのドルチェになるはずだ。だが、そんなオーソドックスなチョイスで良いのだろうか。
一方で先日の失敗が頭をよぎる。もし冒険して、そのアレンジが惨めな失敗に終わったら『もう挽回することは出来ない』のだ。慎重に考え抜かなければならない。
タクミは惨めな気持ちで昨晩の失敗を思い返した。
先日タクミが侵した間違いは2つ。
ひとつは『奇抜なアイデアに頼り、アーモンドの本来の味わいを生かしきれなかった』こと。
そしてもうひとつが『コースの調和を乱し、前後の料理の味わいを殺した』ことであった。
どれも突き詰めれば、タクミがちゃんと周囲を見ていなかったために引き起こしてしまった問題だ。
確かに温かいスープと冷たいアイスクリームの温度差を楽しませようという狙いは、悪くはなかった。だが、アイスクリームで冷やされた舌がアーモンドの香りと味わいをとらえきれなくなってしまう事にまでは、思いが寄らなかったのだ。
だが、それはまだいい。タクミ一人の失敗ですむ。最悪なのはコースの調和を乱したことだ。
振り返ると、その日のコースはこのような構成であった。
アンティパスト:
タルタリエ ディ トンノ フレスコ(マグロのタルタル)
プリモピアット:
ペスカトーラ(漁師風 魚介のパスタ)
アーモンドのズッパ、白米のアイスクリームのせ
セカンドピアット:
マグロのトリッパ(マグロの腸を煮込んだもの)
グリリア ミスト ディ トンノ(マグロを頬肉、尻尾、大トロ、赤身などに切り分け、それぞれの部位に最適な焼き加減、味付け、香りづけを施したもの)
コントルノ:
涼子のクロスティーニ(トマト、マグロの燻製、『モッツアレラチーズの白味噌漬け』か『豆腐の塩麹付け』を薄切りにして、バジルを挟んだもの)
ドルチェ:
ブティーノ・ディ・リーゾ(お米のタルト)
こうしてコースの流れを見てみると、改めて涼子がよく考えていたことがわかる。正直、彼女の料理は技術的につたない部分があった。味も、たぶんタクミの作ったズッパの方が上だったはずだ。
だがタクミのものよりも涼子の出した品の方が、コースの流れの中で見たときには価値がある品であった。
涼子はちゃんと、マグロ尽くしと言うコースの狙いを汲んでクロスティーニの具にもマグロを使っていた。それに、客が最後までコースを楽しめるように、クロスティーニの土台になっているパンにも気が配っていた。そのパンは、向こう側が透けそうなほど薄切りにスライスされており、腹にたまらないようちゃんと考えられていたのだ。
味のバランスもいい。
セコンド・ピアットに提供された トマトとマグロの濃厚な出汁のトリッパ、サッパリと薫り高く焼き上げたグリリア ミスト ディ トンノ。どちらを食べた客の舌も、涼子のクロスティーニの塩味でリフレシュされて、最後の優しいドルチェの味わいを深めたはずだ。
だが……
タクミが作った『白米』のアイスクリームを食べた客は、マエストロ・トニオが次に出した米のタルトを食べているときに、途中でおなか一杯になってしまったはずだ。
コースのメインに、テーマと全く関係のない『山』をイメージさせるアーモンドを主役に据えた料理を出したことも、今考えれば大失敗だし、そもそもお米のアイスクリームが、最後のコメのタルトとかぶってしまっている。アイスクリームの土台に香ばしく揚げたパスタを使ったのも、単品としては有りだ。だがコースの前半にそこまで腹に炭水化物を入れてしまっては……
タクミは頭を抱えた。
トニオに怒られたのは、当然であった。
(俺は、いったい何をやっているんだ)
タクミはうつむき、ガンと、テーブルに拳を叩きつけた。誰もいないレストランの店内に、乾いた音がむなしく響く。
「……悔しい、くやしい、悔しい!」
タクミは成長を続けている。それには確信があった。トラサルディーで修業をしているこの期間にも、イタリア料理人としての基礎力が圧倒的に上がっているのは、日々感じていた。だがタクミは、その基礎力をうまくいかせなかった……と言う訳だ。
タクミも良くわかっている。集中すると周囲が見えなくなるまでのめり込む自分の性分を。その性分が、自分の料理をここまでの高みに引き上げてくれたのは事実。だがその一方で、周囲が見えなくなることでこれまで何度も『失敗してきたこと』も、タクミには良くわかっていた。
これまで実生活では……いや店でも、弟のイサミがなにくれなくフォローしてバランスを取っていてくれたからこそ、なんとか成っていたのだ。
それもうっすらわかっていたし、だからこそタクミはイサミにとても感謝していた。
(だが……)
タクミはポケットから携帯電話を取り出した。イサミの携帯番号を表示させ、じっと見つめる。
その時
カタリ
とタクミの背後から物音がした。
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ……
振り返ると、そこにはサングラスをした一人の男が立っていた。年齢は堂島シェフと同じくらいだろうか。赤毛の痩身の男だ。まるで抜身のカミソリのような、見るからに只者でない雰囲気を漂わせている。
ひときわ目につくのがその服装だ。男は、緑地に銀色の筋が走り回った風変わりで派手なコートを着ていた。
ド ド ド ド ド ド ド ド ド ……
「悩みがあるようですね、タクミ・アルディーニ君。私が入ってくるまで気配に気が付かないほど、何かに集中していたのですか」
男は目尻がつり上がった形状のサングラスを外し、そう言った。垂れ下げた前髪に指を巻き付け、くるくるともてあそんでいる。
「!? ドア開いていましたか。スミマセン、まだ開店前なんです」
「ああ、大丈夫ですよ。ドアは閉まっていました。私は、『忍び込んで』来たので」
男はヘラっと答えた。
ド ド ド ド ド ド ド ド ド ……
「えっ?」
では……タクミはさりげなく包丁を握りかえた。
故郷のイタリアでは、マフィアが店のみかじめ料を取りたてようとするのはよくあることだ。ここ日本にもヤクザと言う反社会的集団がいることは知っている。この見知らぬ人物も、そういった類の男であろうか。
「お客様、まだ開店前です…………申し訳ございませんが開店まで店の外で待っていてもらえませんか」
「お断りします……と言ったら?」
男はサングラスをはずした。そしてタクミの方にゆっくりと近寄り、耳元で『友達になろう……』と囁いた。
「なっ」
タクミは身をすくめた。
あわてて一歩、男から距離を取る。
その様子をいぶかしげに見ていた男は、ポンと手をたたいた。
「ああ、そうでしたね。変装を解くのを忘れていましタ」
そういうと、男は大袈裟な動きでくるりと回りながらコートを脱ぎ捨てた。
……すると、そこには先程とは全く違う顔の男が立っていた。
赤毛は銀色の長髪にかわり、肌は白く鼻からはピアスが垂れ下がっている。魔術でも使ったかのような一瞬の変身だ。
(!? 良くできたマジックか?)
タクミはその男の顔を確認して、包丁から手を離した。男は、先日のパーティーにも出席していたミキタカゾであった。
ミキタカゾは、たった今見せた早変わりには一切言及せず、ニコニコとタクミに頭を下げた。
「タクミさん、お早うございます。少し外出しませんか? トニオさんに頼まれたことがありまして、貴方に手伝ってほしいのです」
「いっやぁ、ちょっと誤解しちゃったわ。ハハハ……」
照れ隠しに、恭帆は自分より5歳年下のハーフの少年をパンパンと叩いた。
「済みませんね、誤解させるようなことになっていて」
ニーノはムッツリとうなずいた。すぐにヘの字口になり、プイッと恭帆から顔を背ける。その頬は真っ赤に腫れていた。すっかり誤解した恭帆が、思いっきりニーノの頬を張ったのだ。
「まぁ体は乾いてきたみたいで、良かったわね。ニーノ・トラサルディー君♡」
アリスは苦笑いをして、その腕をそっと取った。
「アンタこそ濡れなくて良かったな」
ニーノはアリスの手を外し、再び顔をそむけた。その頬が少し赤くなっているのは、きっとさっきとは違う理由だ。だが、すぐにブルるッと体を震わせた。強い海風が吹いたのだ。半乾きの衣類に冷たい海風があたるため、ニーノの体は急速に冷えていた。唇が、すっかり紫になっている。
「大変ッ」
恭帆が心配そうにその様子を見やる。
「あなた、体が冷え切っているじゃあないの……えぇと、こんな時はどうすればいいのかしら」
そして、携帯を取り出すと何やら検索を始めた。
「大丈夫です」
ニーノは強情に言った。
「ねぇ、俺のことはほっといてくださいよ……」
アリスは、その唇に人差し指を当てた。そして、ニーノの顔を下から覗き込む。
「あら、でももう少し体をあっためた方がいいわよ♡」
「……えっ‽? ……」
戸惑うニーノをしり目に、アリスはテキパキと岩を拾い集め、即席のかまどを作った。そして、うんうん言いながら流木を拾い集めてくると、その中に放り込む。
「こういう時はたき火よ……ええと、あなたライターかマッチを出しなさい」
「いや、そんなもの持ってないッすよ」
情けない。と言わんばかりに、アリスは肩をすくめて見せた。
「何言っているの。アナタ、フリョーでしょ? キアイが入っているフリョーなら隠れて煙草を吸うためにライターやら、マッチやら、何か持っているに違いないわッ」
「いやいや、何を言っているんすか? だから、俺はそんなもの吸いませんよ」
「そうなの? それは困ったわね」
アリスは首を傾げた。
「あなたが見た目だけのファッションフリョーだったなんて、予想外だわ」
「…………」
「うげうげっ……」
携帯で何やら検索していた恭帆が、突然悪態をついた。うんざりした顔をして携帯をしまう。
「面倒くさいのが近寄ってきたわよ。お二人さん、ちょっとお姉ぇさんの後ろに下がっていて」
「えっ?」
「いいから、そこの岩影に隠れていなさい……そうすれば安心だから」
ようやくニーノとアリスも、恭帆が見ている者が何か気がついた。だが『隠れていなさい』と言う指示には従わない。二人は、はぁっ……とため息をつきながら、恭帆の隣に並ぶ。
「無理しないで、お姉ぇーさんの影に隠れていなさいよ」
「そうはいきませんよ。あれ……杜王連合の連中でしょ」
「……なにそれ」
「珍走団っすよ。このあたりにゃまだ生き残っているんです」
恭帆の質問に対するニーノの返答を聞いて、アリスが目を輝かせた。
「あら、やっぱりアナタはファッションヤンキーじゃなかったのかしら?」
「……この辺りじゃ当たり前の情報っすよ」
「あらあら、ゴメンナサイ。アナタはヤンキー(アメリカ人)じゃなくてイタリア人だったわね」
「確かに両親はイタリア人っすけど、俺はずっと日本で暮らしてるんすけどね……」
「まぁ、そうだったのね」
そん緊張感に欠ける二人の会話を聞きながら、恭帆は一人緊張感をもって前方を凝視していた。
杜王連合がどうしようもない連中であることは、よく知っている。やつらは昔、恭帆に無理やり薬を飲ませて乱暴しようとしたことさえあるのだ。ここにいる美しい若者たちを見つけたら奴等がどんな行動をとろうとするか、それは自明であった。
(何とか守りきらなきゃ……)
恭帆はスタンドを出現させた。全身に地図がペイントされた影のようなスタンド、それが恭帆の能力(スタンド): ペイズリーパークであった。
その能力は『自分や他人を行くべき方向へ導く能力』である。 その強力な能力と反比例して力は弱い。 だが、人間の足首を捻ることぐらいならできる。
(そうよ、私がやらないと)
果たして近寄ってきたのは、三人組のチンピラであった。
「おっはよぉ~~」
三人は見るからに軽そうなノリで、アリス達の目の前に立ちふさがった。男はアリスと恭帆の美貌を見て、ぴゅぅっと口笛を吹き、となりの男とハイタッチした。
「キミ、かっわいぃねぇ! ハーフ? モデルとかやってない?」
そう言って、なれなれしくアリスの肩に手をかける。
「この銀髪、染めてるのォ? こっちの人形みたいに透き通った肌は、メークで作った訳じゃないよね」
「君、絶対に芸能人でしょ?」
「あら、止めてくれないかしら」
アリスの声が冷たくなる。
「そんなぁぁ、連れねぇこと言うなよ」
「そっちのお姉さんも、めちゃくちゃイカすよなぁ」
一人の男が今度は恭帆の腕をとる。
「なんっつーかオッシャレーっなネェーサンって感じだ」
「 なーなー、俺たちいいもの持ってるんだよ。気持ちよくなろうぜぇ~~~」
そう言って尻ポケットを探り、ピンク色の袋に詰められた錠剤を見せびらかす。
そして残った一人は舌打ちしながらニーノの肩に手をかけた。
そして、『今すぐ消えろ』と囁いた。
「なんだとォ、テメー」
ニーノはいきり立って男に殴りかかった。
だが逆に簡単に返り討ちを喰らう。
ちょっとッ! やめなさい!!
アリスが叫んだ。
だが男たちはニヤニヤ笑うだけだ。
抵抗するアリスを取り押さえ、動きを封じる。
そして一人の男が倒れたニーノを踏みつけようと、足を上げ……
ステンと転んだ!
「ゲブッ」
硬い岩の上に背中を思いっきりぶつけて、男はむせ、痛みに悶絶した。
ニーノは起き上がり、すかさず飛びかかる。
「おいおいっ」
アリスと恭帆を組みしこうとしていた男たちが、ゲラゲラと笑う。
恭帆は、そのスキを見逃さなかった。
拳を固め、男の鼻面を叩くッ!
そのまま男の手首をつかみ…………
「ウオオォッ!」
男の体が、一回転したッ!
そのまま激しく岩の上に体をぶつける。
恭帆は駆け寄り……
男の鳩尾に膝を落とした。
「ガハッ」
悶絶する男は恭帆を捕まえようと両手を伸ばした。
恭帆は逆らわず、逆に男の手に掴む。
男の太い腕と恭帆の細腕が、相撲で言うガップリ4つのように組み合い…………
コキッ
男の手首が、奇妙な方向に捻られた。
悶絶する男を尻目に、恭帆はスクッと立ち上がった。
「なっ、なんだオメェ──。合気道でもやってやがるのかよぉ……よせ、来るなっ! 近づくなッ!!」
残された男が叫ぶ。
男はアリスの手をねじりあげた。
「 ち……近づいたら こいつの 腕をねじ切ってやるッ」
「……へぇ、そう」
「なんだァてめェ 携帯なんか出しやがって」
「あなたうるさいわ」
恭帆はそう言うと、携帯をしまった。
そして男の警告を無視して走りより、男の膝を蹴り砕いた。
8部キャラが登場しますが、4部キャラとかぶって混乱しないよう、名前を変えています。
東方定助 -> 香西定文
広瀬康穂 -> 麦刈恭帆
元ネタ
香西定文
姓: 東方->西向->向西->香西 / 名:定助+仗世文->定文
麦刈恭帆
姓: 荒木先生の前作BTに出てくる広瀬康一の元ネタとなったらしき麦刈康一より
名:当て字