新しい世界で俺は忍者になる! 作:ルーニー
「…………」
「顔、怖いよ?」
もはや通いなれた道場の入り口の前で、私と親友はカバンを持って立っていた。もう1人の親友は用事があるということで今はここにいない。だから私と親友だけなんだけど、親友の表情が強張っている。
「そんなに緊張しなくても、彼なら受け取ってくれると思うよ?」
「べ、べつに緊張なんてしてないわよ!」
手に持っているカバンを握りしめながらそっぽを向くように拗ねる親友。今日は2月14日。いわゆるバレンタインデーだ。私も親友も家族や友達に渡すことはあっても異性、しかも同級生に渡したことはない。別に本命とかじゃないんだけど、でも1度助けてもらっておいて感謝だけっていうのもどうかと思ったから渡すだけだ。親友はそうでもなさそうだけど。
何度も通った道場への道。重苦しそうに歩く親友の姿は、まるで戦場へ出向かうようだと思ってしまい思わず苦笑してしまう。まぁ、確かに親友にとっては戦場なのかもしれないけど。
途中でもう1人の親友のお父さんとばったり出会って親友の様子を見てとても微笑ましそうな表情を浮かんだことを除けば、普段よりもゆっくりではあるが特に何事もなく道場へとたどり着く。中に入る前に親友は深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、やっとのことで中に入る。中には思った通り親友の兄である先生と目的である彼が対峙している。いつもの光景でもあったけど、でも彼の様子は少し違う。今までのように楽しそうな表情を浮かべているのではなく、どこか真剣味のある表情を浮かべていた。
「行きます!」
目に見えない、いや見えてるには見えてるけど早くてついていけてない。それほどの早さで攻撃を行う彼に、あぁまた一歩人間をやめてきてると諦観すらしてくる。
けど、今日は珍しく1人だけで組手をやっているんだなと思った。普段なら勝てないことがわかっているから経験値を倍にすると言って分身して2人がかりで組手を行っていたのに、今日はどうして1人だけなんだろう。……分身して組手するっていうことに特に疑問を持たなくなっちゃった辺り私も毒されたんだなぁ。
多分数分も経ってないのかもしれない。それぐらい短い時間だというのに、彼は肩から息をするほどに疲れていた。一方の相手をしていた先生は息切れをしている様子もなく、少し汗をかいている程度で彼を見ていた。彼は縦横無尽に動き回って下から蹴り上げるような動作で打ち込み続けていた。対する先生は見て防ぐか受け流すだけ。技量も年齢も体格も経験値もどちらが上かわかりきっている以上、彼だけが大きく体力を消耗していくのは仕方のない話だろう。
「っし!それじゃ、行きますよ先生!」
「来い」
今までは何をしていたのか、あらゆる角度からの打ち込みの練習だったのかなと思っていると彼が気合を入れて宣言をした。と思った瞬間彼の姿が消えた。どこに行ったのかわからなかったけど、よく見れば一瞬で先生の懐まで近づいていて、さらにしゃがむことで一瞬視界から姿を消し、跳ね上げるかのように下から先生を蹴り上げる。子供と大人の体格差といっても過言じゃないのに、彼の突き上げる蹴りは木刀に防がれたにもかかわらず5m近くも浮いた。
それを見逃さんばかりに体勢を即座に整え、蹴り上げた先生の背後に素早く飛び上がる。それを察したのか身動きが取れないなりに背後にいる彼を確認し、左右からくる蹴りを手にしている木刀ですべて防いでいく。
そして蹴った勢いを利用して先生の背後から上へと変わり、そして勢いをつけるためか宙にいたまま体をひねって回転へと変える。
「獅子連弾ッ!」
その回転と合わせて着地と同時に全体重を乗せたかかとおとしが襲いかかる。防いでいるのに珍しく先生の苦し気な唸り声が上がり、しかし次の瞬間には木刀を振り上げて無理やり距離を取らせて即座に立ち上がる。
「エイシャオラできたぞオラああああ!」
真剣な表情をしている先生に対して、さっきの技ができたのがよっぽどうれしいのか両手を空に向けて膝をついて歓喜の咆哮を上げる彼。さっきまでの息もできないような緊迫感はどこにいったのか。
「確かに身動きが取りにくい空中にしてはいい連撃だ。だが、まだ防ぐ余裕がある。もっとスムーズにできるようになれば確実にダメージを与えられるようになるぞ」
「ハイッ!」
こいつら一体何に備えているんだ。思わずそう言いたくなるほどの師弟の会話の内容に、思わずため息が出る。お姉ちゃん、あなたの彼氏は戦闘民族とかなんですか。
「それじゃ、少し早いが休憩にしようか」
いつの間にか2人の間に親友のお父さん、ここの道場の師範代がお茶を持って立っていた。2人は慣れているのか、それとも近づいてきていたのがわかっていたのか特に反応することなくお茶を受け取って先生は師範と一緒に道場から出ていった。
「んじゃ人形相手に獅子連弾打ち込む練習を……」
「休憩だって言ってたでしょこの修行バカッ!」
いつの間にか持っていたタオルとお茶をバカに向かって投げる親友。それは綺麗にバカの頭に当たり、突然だったこともあってか当たったのがペットボトルの柔らかい部分だったはずなのにカエルを踏み潰したかのような声を出しながらとても痛そうに頭を押さえてうずくまった。
「何すんだ小娘ぇ!いつ修行してようが俺の勝手だろうが!」
「休憩もなしに修行し続けてるんじゃないわよ!体壊しても知らないわよ!」
「忍者がこの程度で体壊すわけないだろ!」
毎回思うんだけど、その忍者に対する信頼はなんなんだろう。確かに年齢にそぐわない、というかもはや人間離れした動きや力を出せているけど、そんなことをしているから体を壊すんだっていうことをなんでこのバカは聞かないのかな。
「んで?ここに何の用だ?運動音痴ならここに来てないけど?」
運動音痴。もう1人の親友を呼ぶときに彼はそう呼んでいる。明らかに名前で呼んだほうが短いし、もう1人の親友も名前で呼んでと言っているがそれを無視して運動音痴と呼んでいるあたり、なにかしらのこだわりがあるのかもしれない。いや、たぶん面倒くさいだけかな。いまだに私たちのこと小娘だの少女だの呼んでいるし。
「違うわよ!あ、あんたに用があったの!」
「俺?」
普段なら用事があるなしにかかわらず親友が引っ張ってくるような形なんだけど、今回はそういうことがなかったのか疑問気な表情を浮かべる。
「……今日何の日か知ってるでしょ?」
「今日?」
さすがに今日がどういう日かぐらいはわかるはずだと思っていたけど、彼は視線を上に移し、ほほを掻きながら少し考えるようにうなっていたがすぐに視線をこちらへと移していい笑顔でのたまいやがった。
「……今日何日だっけ?」
思わず頭を抱えそうになった。いや、ある意味予想通りの返答に深いため息が出る。
「今日の日にちぐらい覚えておきなさいよ!というか毎日日にちぐらい確認しなさいよ!」
「曜日と祝日、期限日だけ覚えておけば生きていけるだろ」
せっかくの覚悟が台無しになったと言わんばかりに怒り狂う親友に、バカはそんなのんきなことをほざいた。さすがの私も怒りを覚えないでもないけど、それ以上に親友は怒り心頭だったのかバカの胸ぐらを両手でつかんで思いっきり前後に振り続ける。
「今日は!2月!14日!」
「あ、もうそんななのか。へぇ。早いなまだ1月の気分だった」
日にちを言ったにもかかわらずそれがどうしたと言わんばかりにのんきな声を上げるバカ。なるほど。いや、私は別に何でもないんだけどね?親友のほうがね?とっても不憫でしかないじゃないか。
親友のほうはもはや怒りを通り越してもはや呆れとなったのか深く、そして強くため息を吐いて胸ぐらを離す。どうせさっき怒ったこともいつもと同じ理由だと思っているんだろうバカは服を整えていたが、親友はそれを尻目にラッピングされた箱をカバンから取り出して勢いよくバカに突き出す。バカは何かわからないのか受け取りつつも不思議そうな表情で箱を見ていた。
「なにこれ?」
「ちょ、チョコよ!どうせ誰にももらえないだろうし、前に助けられたから仕方なくよ!」
チョコ。その言葉を聞いた瞬間、バカは驚いたのか目を見開いて箱と親友を交互に見る。思った反応じゃなかったのか、親友はまだ受け取ろうとしないバカを不安げな気持ちを隠すようににらみつけ始める。
「……な、なによ」
「……お前、俺に渡そうなんてよく思ったな」
……うん。なんか、うん。予想していた返事とは違う気がする。受け取らないとかじゃなくて渡してくれるとは本当に思っていなかったらしく、恐る恐るといったようにその箱を受け取った。
「……あんた、自分はもらえないって思ってたの?」
「もらえるわけないだろ。もらえるとしても母さんだけだろ」
自覚あったんだ、とは正直思いはしたけど、まぁあんなことをしていたらそりゃもらえるとは思えないだろう。逆に思っていたらそれはそれで図太いとは思うけど。
「はい。私からも、あの時のお礼として」
はじめて男の子に渡すからちょっと緊張してたんだけど、なんだかその緊張もなくなってきちゃった。渡すつもりで持ってきたのだから渡そうとは思っていたけど、でもそういう雰囲気じゃない中で渡すのも憧れというか夢が覚めたみたいでちょっと複雑だ。
「……今日は修行したらケガするのかな?」
珍しく、本当に珍しく修行やめておこうかななんて言葉が聞こえてきた気がした。幻聴かな?と思ったんだけど隣にいた親友も同じように目を見開いているのを見るに間違いないのかもしれない。
明日の天気予報って雪でよかったっけ?
バレンタイン過ぎてから思いついた。ここから先生妹の塩入チョコ(分布偏りあり)を食すところまで考えたんですがこれ以上はさすがに1週間過ぎたらアウトだろということで抜きです。
チョコは自分で買って食うものなんです。自分で買うものなんです(血涙)