戦車と麻雀のコンチェルト   作:エルクカディス

8 / 9
おおよそ5か月ぶりです。
ようやっと新話が完成したので投下。
流石に遅すぎて読者のみなさん流石に飽きてしまったかな…… と戦々恐々しつつ投下します。


8話 ―決着!準決勝―

 深々と雪が降り、厳しい寒さが体に堪える。北海道の方言に「しばれる」と言う言葉があるが、まさしく体が縛られるという感覚を実感できるくらい気温が下がっている。周りには風を遮るものが一切無い一面の雪原だという事も原因の一つだろう。

そんな雪原に一本の鉄道が敷かれていて、その上にシキ180型大物車を改造して大型野外ディスプレイを搭載した「シキ181」と呼ばれる車両が鎮座している。画面にはポリゴン化された地図に、同じくポリゴン化された大洗女子、プラウダ高校の戦力が示されている。その映像を食い入るように見つめる人々は遥々ニュージーランドまで戦車道全国大会準決勝を観戦に来た日本人と、現地のニュージーランド人。その中には当然、大洗女子の保護者の姿もあった。

 

「完全に囲まれてますけど、お、お嬢は無事でしょうか!?」

 

「落ち着きなさい、新三郎」

 

観戦者の中には、華の母親である五十鈴百合と五十鈴家の奉公人の新三郎が居る。大洗女子が完全に包囲され劣勢に立たされている状況をみて新三郎は動揺を隠せなかったが、百合の方は落ち着いた態度を崩していない。華は結構肝の太い性格をしているのだが、母親譲りのようである。

 

「大洗女子…… どうやら持ち直したようね」

 

「そのようですね」

 

さらに雪原の中に設けられた観客席に目をやると西住しほと西住まほの姿もあった。二人はみほの母親と姉だ。

 

「このまま総崩れになって、見る価値もない試合になるかと思ったけど…… どうなるかしら? 流れが読めなくなったわね」

 

第62回戦車道全国高校生大会の決勝においてチームメイトの人命救助を優先し、優勝を逃す原因となったみほの行動、それを厳しく叱責した本人の口から出たとは思えない大洗女子を評価する言葉。その言葉が信じられなくて目を丸くし「お母様……」と声を掛けるまほ。

 

「勘違いしないで、まほ。みほのやっていることは明確に西住流とは相容れないことよ」

 

「はい…… わかっています……」

 

期待を込めた目で母親を見るまほに、切って捨てるような言葉を言うしほ。表情が硬いせいで冷たい性格と見られがちなまほであるが、彼女は妹のことを相当心配している家族思いな少女だ。さらに言うと、母親のしほもその言動から冷徹な性格だと思われることが多いが、内心は全く違ったりする。

 

(大洗女子で良い仲間に出会えたみたいね…… 少し安心したわ。でも…… 戦車道を続けていることで頭の固い連中があの子になんて言うか……)

 

第62回大会の件でしほがみほにきつく当たった理由、それは頑固な西住流の古株や長老の追求からみほを守るためだ。彼女自身はみほの救助行動を当然のものだと思ってるし、よくやったと内心で褒めていたりする。しかし、西住流は巨大な組織だ。その中には当然、みほを非難する頭が固くて自分たちの常識に固執する老害連中が大勢いるのだ。そこで、家元のしほ自らみほを叱責して見せれば少なくともそういった外野が煩くなることは防げる。芯の強いみほとはいえ、大人の汚い社会の(しがらみ)からくる追及に彼女が耐えきれるとは思えない。何と言っても彼女はまだ高校2年の17歳なのだ。圧倒的に社会経験と人生経験が足りていない。

 

(はぁ…… 叱ったあとの十分なフォローを怠ったのは大失敗ね…… 母親として何をやっているのかしら、私……)

 

みほを守るためとはいえ、その行為が彼女にトラウマを植え付け、大洗への転校の切っ掛けとなったのは予想外、本末転倒も良いところだろう。正直言って母親としては後悔しかない。それでも、みほが大洗で良い環境を手に入れたのは不幸中の幸いと言える。

 

「それにしても、大洗でみほは良い仲間に恵まれたようね」

 

「ええ、それに気になる男の子(ひと)も出来たようです」

 

まほの言葉にピクリと反応するしほ。娘二人に浮いた話が全く無いことを気にしていた彼女にとってはある種の朗報だったりする。

 

「それは、誰かしら?」

 

「大洗に助っ人で来ている須賀京太郎と言う男の子です。いま男子戦車道選手として出ている彼です」

 

少々シスコンを拗らせ気味のまほ。妹の現状が気になるので伝手と人脈を使って大洗にいるみほの情報を集めていた。正直言ってストーカー一歩手前の危ない行為だ、一線を踏み越えないか心配である。

 

 

………………………………

………………

………

 

 

意外と思われるかもしれないが日本と言う国は世界屈指の豪雪地帯だ。日本列島の西にある日本海、この海をシベリアから吹き出す乾いた寒気が渡るときにたっぷりと水蒸気が補充される。そして、その水蒸気を含んだ寒気が日本列島に到着し大雪を降らせるのだ。

準決勝が行われている現在のニュージーランド、そんな日本を上回るような大雪が降っている。ハッキリ言って異常気象だ。そのせいで準決勝を続けるかどうかの審議が大会本部で行われている。少なくともこの悪天候が続く間は試合の停止が宣言されて戦車を動かすことは出来ない。じゃあ、まったく何もできないのかと言うとそうでも無かったりする。

 

「ふむ…… 北西方向、距離500にT-34/76が2両…… 地形は南東方向への駆け上がり、斜度は15%位かな?」

 

雪の中に伏せて愛用のNIKON M511双眼鏡を覗いているのは我らが京太郎。見ている先にはプラウダ高校の部隊の一部が居るのだが、決して双眼鏡を使ってパンツを覗き見している訳ではない。じゃあ何をしているのかと言うと偵察である。廃教会でみほが「敵の情報があれば作戦も立てやすいんだけど……」と呟いたのが切っ掛けである。万全の作戦を練るため偵察隊を出すことになった。偵察に出たのは麻子・ソド子のペア、優花里・エルヴィンのペア、そしてソロの京太郎の合計3隊だ。

 

「後は障害物なんかの位置関係を調べるか…… 先輩方は上手くやってるかな?」

 

移動の用意をしつつ他の偵察隊の心配をする京太郎。もっともその心配は杞憂だ。麻子とソド子は見つかりはしたが逃げながら敵の位置を特定する余裕があったし、優花里たちに至っては「雪の進軍― 氷を踏んでー♪」と調子はずれの歌を歌いながら偵察するほど余裕があった。まぁ、そんなに敵に近づいていないからこその余裕なのだが。

一方の京太郎は白を基調とした雪原迷彩のウェア姿でテレマークスキーを履いている。優花里たちとは違い敵部隊ギリギリまで近づき、スキー特有の機動力で相当広範囲の情報を拾い集めていた。お前は何処の国の正規軍の偵察兵なのかと問いたいぐらいのスキルである。まぁ、京太郎にこんな無駄な技能を仕込んだのはケイ(ははおや)だったりする。彼女曰く、エネミーラインの越え方を知っておいて損は無いとのことだ。妻のこの発言を聞いてエイノ(ちちおや)は苦笑するしかなかったそうであるが……

何はともあれ、こうして有効活用できる場面があったのだから母親の教育は無駄ではなかったという事だ。母の教えを有効活用して京太郎は膨大な量のプラウダ高校の戦力配置と地形情報を持ち帰ることに成功、隊長のみほを大いに喜ばせることになる。

 

「あの雪の中で、こんなに詳細に…… これで作戦が立てやすくなりました! ありがとうございます!」

 

麻子・ソド子ペアと優花里・エルヴィンペアも結構な情報を持ち帰っていたが、京太郎の持ち帰った情報量にははるかに及ばない。4人娘は少し遅れて帰ってきた京太郎の持つ偵察情報を見て驚愕した。

 

「ヒコーキで有視界飛行することもあるから地形読むのは慣れてますし、目が良くなければヒコーキ乗りは務まりませんよ」

 

この場合、目が良いとは単純に視力のことを言っているのではなく、視界に入ったものを瞬時に区別する能力のことだ。特にヒコーキで有視界飛行をしていると地上の対象物や小さなランドマークを見つけるか否かが飛行ルートを外れないためのカギになることが多い。後はスキーの機動力のなせる業であろう。38(t)戦車にコッソリとスキーを積み込んでいた京太郎の行動はまさしくファインプレーだったわけだ。他にも色々と荷物を積み込んでいるようではあるが……

 

「いつまで続くのかな…… この吹雪……」

 

「うううっ…… 寒いね……」

 

「お腹すいた……」

 

「やはりこれは八甲田……」

 

「天は我々を見放した……」

 

「隊長、あの木に見覚えがあります!」

 

「良いコト考えた、ビーチバレーじゃなくてスノーバレーってどうですかね?」

 

「良いんじゃない? 知らないけど……」

 

「寝ちゃだめだよ、パゾ美」

 

索敵の成功と言う吉報が齎されるなか、更なる問題が大洗女子学園を襲った。一度は持ち直した士気が吹雪による低温と食糧不足によって再び低下してきたのだ。皆の顔に不安げな表情が浮かび、話す声にも元気がない。一部は映画の八甲田山のセリフを真似する余裕のあるメンツもいる様であるが……

外は吹き荒ぶ真冬のブリザード、今、居るところは暖房どころか隙間風が吹き放題の廃教会の中。ハッキリ言って我慢できないほど寒い。おまけに着ているパンツァージャケットの下は白のスカート、しかも丈は膝上までしかないのだ。正直言って雪原でする格好ではない。ちなみに京太郎の格好だが、上着は皆と共通の紺のパンツァージャケット。しかし、下は同じ色のセパレートタイプのフライトスーツを穿いているのでそこまで寒さを感じていない。

 

「食料は?」

 

「こういう事態を予測してなかったので、さっき配ったスープ以外は乾パンしか……」

 

「何も食べるもの無くなったね……」

 

「さっき偵察中、プラウダ高はボルシチとか食べてました……」

 

食糧について相談する桃と柚子、沙織、優花里。しかしいくら相談しようが嘆こうが無いモノは無いのだ。こうも希望の持てる材料がないと焦りばかりが募る。

 

(ううっ、お腹すいたなぁ…… でも、何とかして士気を高めないと……)

 

と、頭を悩ませるみほ。黒森峰時代に厳しい練習を経験している彼女ですら気が滅入っているのだから、空腹と言うのが如何に士気を下げるものなのかが分かる。

 

「あれ? なんだかいい匂いがする……」

 

鼻腔を何とも良い匂いが擽り、スンスンと鼻をひくつかせるみほ。匂いが強い方へ視線を向けると、デカい寸胴鍋を鼻歌交じりでかき混ぜる京太郎の姿があった。いつの間にか即席の竈がそこら辺に転がっているレンガで組み上げられている。加えて傍らにはいつの間にか集められた燃料用の薪が積まれている。

 

「……須賀君、何やってるの?」

 

「あっ、西住先輩、もう少しで出来上がるので待っててくださいね」

 

そう言って鍋の中身をお玉で金属製のスープカップに注ぎ、木の枝で作った串に刺して竈で炙った薄切りのフランスパンをスープに浮かべる。仕上げにシュレッドチーズを適量のせてカセットガス用トーチバーナーで焦げ目がつくまで炙って完成だ。

 

「はい、西住先輩。冷めないうちにどうぞ」

 

京太郎から手渡された即席オニオングラタンスープ、湯気と一緒に何とも良い匂いが空腹を刺激する。クーっと可愛らしい音がお腹からなってしまい赤面するみほ。他の面々に次々とスープを配っている京太郎にもその音が聞こえたのだが…… 素知らぬ顔でスル―する。どうやら聞かなかったことにしたようだ。

スプーンで掬ってスープを飲むみほ。出来立てアツアツなので口に入れる前にフーフーと冷ますことは忘れない。パンからジワリと滲みだすタマネギの甘みとチーズのコク。そして何より寒さで凍てついた体にしみこむ暖かさ。さっきまでのネガティブな気持ちは吹き飛んだ。

 

「おいしーーー!」

 

「これは温まりますね」

 

「須賀殿、こんなスープどこに隠し持っていたのでありますか!?」

 

種明かしをすると大洗の自室で炒めタマネギのペーストを大量生産して持ち込んでいたのだ。それを熱湯に溶かして固形コンソメを入れて味を調えれば完成と言う寸法である。水は試合会場に大量にある雪を溶かし、携帯浄水器で濾過して調達。まさにサバイバルそのものである。というか、よくそれだけの準備をしていたなと呆れるばかりである。

 

「お腹が膨れて気分が向いてきたみたいですね…… さて、西住先輩。ここで一発景気づけに檄をどうぞ!」

 

「ふえぇぇぇぇぇええ!?」

 

皆の表情が綻んで気持ちが上向きになってきたのを確認し、突然みほにキラーパスを投げる京太郎、その不意打ちに慌てるみほ。「いきなり何言うの! そんなの無理だよ!」と抗議しようと思ったが…… みほを見つめる一年生軍団の期待に満ちた視線に気づき後に引けなくなった。ここでヘタレて引っ込むと折角盛り上がった雰囲気が再び冷めてしまう…… コミュ障気味のみほでも流石にそれぐらいの空気は読める。何かを言わなければいけないが、何を言っていいのかサッパリわからない。必死になって考えるが何も浮かんでこず焦るみほ。頭をフル回転させるがついにその不可に耐えきれなくなったのか

 

「アアアンアン、アアアンアン、アアアンアン~♪」

 

何やら珍妙な歌と一緒に踊りだした。

 

「あの恥ずかしがりのみほさんが……」

 

「皆を盛り上げようと……」

 

「微妙に間違ってるけどな……」

 

いきなりあんこう踊りを踊りだしたみほの真意を盛大に勘違いする優花里、華、麻子。彼女たちは、皆を盛り上げるために恥ずかしさを押し隠してまでみほはあんこう踊りを踊っているのだと解釈したのだが…… 良い盛り上げ方が思いつかずにヤケクソになっただけだったりする。

 

「私も踊ります!」

 

「やりましょう!」

 

「みんな行くよ!」

 

「仕方ないな」

 

で、友達とは有り難いものでみほに合わせて踊り出すあんこうチーム、そして他のメンバーもどんどん踊りに参加しだす。最終的には京太郎を除く全員が踊りに参加する。ファーストペンギンのみほに全員が同じ方向へ付いていくこの状態、某戦車のゲーム界隈ではレミングスと言う。閑話休題(それはともかく)、25人もの女子生徒がそろって珍妙な踊りを踊り出す。しかも、妙に手ぶり足ぶりがそろっているこの状況、知らない人が見たらどう思うだろうか? ハッキリ言って集団錯乱とみられても不思議ではない。

ちなみに、戦車道の大会は試合会場に仕掛けられたカメラや望遠カメラ、ドローンなどで映像が中継される。 ……で、この映像を見た人々の反応はと言うと……

 

「…………」

 

五十鈴母と新三郎は無言無表情でスクリーンを見つめ……

 

「フフフ、ハラショー」

 

大洗女子学園を応援しに会場に来ていた聖グロリアーナ女学園の隊長・ダージリンは余りの可笑しさに堪えきれず上品に笑い……

 

「あ、あの娘は……」

 

西住母は額に手をやって溜息をつき、西住姉のまほは顔を盛大に引き攣らせた。しほは母親として娘には人並みの幸せを掴んでほしいと願っている。だが、その肝心の末娘、気になる男子がすぐ傍に居るのというに、その男子の目の前でとんだ奇行に走りだした…… 我が娘ながら何を考えているのやら…… もう少しは周りの男子の目を気にして欲しいと思うのは母親として贅沢な悩みなのだろうか? 

 

(……中学、高校と女子校だった弊害がもろに出てるわね…… ハァ……)

 

もっとも、しほのこの悩みはみほの父親の常夫に言わせると「お前が言うか?」と言うだろう。あの娘にしてこの親在り。西住しほ、一体過去に何をやらかしているのだろうか?

で、場面を廃教会に戻す。未だにあんこう踊りを盛大に踊り続けている女子メンバー。どうやら踊り出して少しハイになってきたみたいである。そして彼女らをドン引きしながら見つめる京太郎。こんなカオスな空間がいつまで続くのかと京太郎が頭を悩ませ始めたときに、救いの手は意外なところからやって来た。

 

「アアアンアン、アアアンアン、アアアンアン~♪」

 

「あ、あの~……」

 

「アアアンア……」

 

何やらどこかで聞いたような声がし、それを合図にピタッと動きを止める大洗メンバー。声のした方向を見ると白旗を持ったプラウダ高校の生徒が2人、困惑顔で突っ立っていた。

 

「あの~…… 降伏勧告の回答を頂きに来たんですが…… お取込み中でしたか……?」

 

3時間前にやって来た時の高圧的な態度は何処へ行ったのやら、大洗にお伺いを立てる今の様子は非常に腰が引けている。

 

「あの~…… 回答を頂けると大変ありがたいのですが……」

 

正気に戻ったみほたちは赤面して慌てに慌てるが…… 時既に遅し。彼女たちの痴態は全国に生中継された後である。

 

 

………………………………

………………

………

 

 

アイドリングさせたマイバッハHL120TRM(エンジン)の振動がお尻に響く。内燃式発動機故の排熱が車内を暖め、外よりもずっと過ごしやすい環境になっている。そんなIV号戦車D型改車内の車長席で手書きの地図を見つつ眉間に皺を寄せるみほ。作戦の最終確認をしてるのだろうか、ブツブツと「ああでもないこうでもない……」と言っている。プラウダからの軍使に「寝言は寝てから言え」と返答を突き付け、すぐに戦闘態勢を整えてからずっとこの調子である。この試合に自分の母校の命運がかかっていることが更なるプレッシャーをみほに与えていた。

 

「西住先輩、肩の力を抜いて。そんだけ力が入ってたら勝てるモンも勝てませんて」

 

「須賀君……」

 

そんなみほに気楽に声を掛ける京太郎。

 

「そうだよ、西住ちゃん。ここまで来たんだ、あとは楽しくやろうよ」

 

「会長……」

 

車外からキューポラを開けて杏もみほにそう声を掛ける。そしてニッと笑みを浮かべて、彼女は自分の乗車である38(t)戦車に乗るべくⅣ号戦車から離れる。その背中を追うかのようにキューポラから顔を出して杏を見つめるみほ。38(t)戦車のキューポラに身を沈めるその時、杏はみほの方を見ずに言葉を紡ぐ。

 

「西住ちゃん、私たちをここまで連れてきてくれて…… ありがとうね」

 

不意打ちに掛けられたその言葉に吃驚するみほ。しかし、違和感なくその言葉は彼女の心の中に染み込んでいく。杏の姿が完全にキューポラに呑み込まれて暫くの間、言葉もない彼女だったが、弾かれたかのように勢いよく車内に身を沈め、Ⅳ号戦車の空きスペースに身を縮こまらせている京太郎に声を掛ける。

 

「須賀君、すごく大変な役割を振っちゃったけど…… お願いします!」

 

杏の言葉で背負っていたものを色々吹っ切ったのか、その声色は弾んでいた。そして、みほに限らずチーム全体の雰囲気が明るい。士気を何度も浮き沈みさせてきたが完全に持ち直しているようだ。教会に追い込まれた時の悲壮な雰囲気は何処にも無く、あるのはただ自分の出来ることを全力でやる、その決意だけだ。

 

「Roger !(了解!) 目には自信があるんで任せてください!」

 

そして、京太郎も力強い声で返事を返す。元々は38(t)戦車乗り込みの京太郎だが、今は四号戦車に乗っている。これも打倒プラウダのための作戦の一環なのだ。そもそも、試合の途中で乗り込む戦車を変更しても良いのかと言う疑問があるのだが…… 実はルール上なんの問題も無いのだ。ルールでは戦車が撃破された瞬間、要は白旗が上がった時点でその戦車に乗り込んでいた選手は戦死状態として扱われ、白旗判定後1分間の無線通信を除いてそれ以降の同じ試合への参加ができなくなる。そして、相手チームの戦車への直接の工作などの反則行為が禁止されている以外は基本的にルール内なのである。つまり、試合の途中で乗員を入れ替えても問題はないし、もっと極端な例を出せば、下車しての単独行動すらOKなのだ。

そんなこんなで、作戦遂行のためⅣ号戦車に乗り換えたのだ。

 

「あっ、そうだ…… 須賀君」

 

「何です? 西住先輩?」

 

なにやら良いコト思いついたと言った感じで京太郎に話しかけるみほ。ちょっとニヤついたその笑顔にイヤーな予感を感じながらも律儀に返事する京太郎。

 

「須賀君には隊長命令でもう一つ仕事をしてもらいます」

 

「……へっ?」

 

「作戦開始前の演説と檄と状況開始の合図をやってもらいます!」

 

「ちょ!?」

 

嫌な予感的中である。みほからの突然な無茶ぶり、当然のごとく京太郎は抗議の声を上げるし、そう言った役割は隊長の役目だと理路整然と反論する。が、みほは隊長命令と引く気配を全く見せない。清澄麻雀部の面々のお陰で意固地なった女子はテコでも動かないことを骨の髄まで身に染みて知っている京太郎。このまま押し問答しても時間の無駄だと早々に悟り、隊長用のマイクロフォンをみほから受け取った。

京太郎にマイクロフォンを渡しながらニヨニヨとご機嫌なみほ。あんこう踊りのときのキラーパスの仕返しが出来たと少しご満悦である。

で、マイクを口元に構えつつしばし頭を悩ませた京太郎。チラッと腕時計を見ると停戦終了時刻まで凡そ7分。それを見て士気高揚の演説の内容が決まったのか一つ深呼吸した後、送信スイッチを押し込む。

 

「諸君、私は戦争が好きだ」

 

「いや、須賀殿…… 流石にその演説は無いと思いますよ?」

 

京太郎が何を言おうとしたのかすぐに察した優花里がツッコむ。そして5対の冷たい視線が突き刺さり肝の太い京太郎も流石にたじろぐ。白けた雰囲気が1秒、2秒と車内に漂う。完全に腰が引けた京太郎、「アハハ……」と誤魔化し笑いをしながらもういちど時計に目をやると残り4分を切っていた。コホンと咳払いをし、仕切り直す為にもう一度送信スイッチを押し込む。

 

「全車聴け、停戦時間も残り3分を切った。間髪入れず、大洗女子(こちら)に止めを刺すべくプラウダの猛攻が始まるだろう。プラウダ高校は強豪だ、去年の優勝校の栄冠は伊達ではない。試合序盤は確かにプラウダ高校に追われるだけだった。しかし、連中はミスを犯した! 我々を実績のない素人の集団と侮り停戦と言う立て直しの時間を与えたことだ!」

 

ついさっき特大のネタ演説をかまそうとした大馬鹿者と同一人物とは思えないほどしっかりした内容だ。

 

「連中の慢心と油断によって得た黄金より貴重なこの時間で、俺たちは戦友との絆を確認し、己の成すべきことを知り、覚悟を決めた。戦う意思を固めた我々はもう追われるだけの獲物じゃない! 傲慢なプラウダに窮鼠は猫を噛み殺すということを教育してやろう! 連中に慢心と油断と傲慢の代償をしっかり払わせてやれ!」

 

ノリノリでメンバーを煽りに煽る。この檄に各車、物凄く殺る気に満ち溢れていく。無線機越しに「ウォォオオオ!」と女子高生らしからぬ野太い喊声すら聞こえてくる。これなら大丈夫、そう確信した京太郎は野太く意思を込めた声で号令を発した。

 

「C'mon. It's pay back time !(行くぞ、仕返しのお時間だ!) All tanks, let's move out !(全戦車、行動開始!)」

 

時計の針が停戦終了時刻を刺したその瞬間に京太郎の号令が無線機を通して全車に伝わった。そして闘志をその身に満たした6両の鋼鉄の獣たちが反撃の牙をむき出しにして一斉に廃教会から飛び出した。

 

 

………………………………

………………

………

 

 

「一体全体どうしたっていうのよ!?」

 

「どうやら大洗女子はこちらの陣形の一番分厚いところを突破したようです」

 

停戦時間終了と同時に始まった大洗の総突撃にプラウダ高校側は一時的な混乱に陥る。プラウダの隊長のカチューシャは包囲網を作るに当たり、防備の薄い部分をわざと作っていた。囲まれて追い詰められている大洗は防備の薄いところを突破しようとするだろう。そこを再度包囲、タコ殴りにするのがカチューシャの作戦だったのだが…… それがものの見事にカスリもしないどころか、一番あり得ない部分に突撃を掛けられたわけだ。

ちなみに圧倒的戦力をもって自軍を包囲する敵軍に対しての前進突撃によるこの無謀な撤退戦、実は戦史上に僅かながら例があるのだ。時は天下分け目の関ケ原、東軍8万に囲まれた薩摩隼人で構成される島津軍約800。その包囲を突破し伊勢街道を使って本国へ退却するため、士気旺盛な東軍正面に突撃を仕掛け敵軍中央を掠めるように撤退、見事成功したいわゆる『島津の退き口』である。ちなみにみほの出身は熊本県、つまりは薩摩のお隣だ。

予想外の突撃に混乱するプラウダだが、流石は去年の優勝校、カチューシャの一喝で態勢を立て直し、大洗女子を追撃する。逃げる大洗、それに追いすがるプラウダ。お互い全力で機動しながらの砲撃なので命中弾はほとんどと言っていいほど無い。このまま弾切れか燃料切れまで千日手が続くのではと思われたが、一刻も早くこの追撃を振り切り、相手フラッグ車の撃破に向かいたい大洗女子が次の一手を打った。

 

『じゃ、西住ちゃん。後は頼んだよ』

 

「……会長、気をつけてくださいね。」

 

カメさんチームの38(t)戦車が徐々に速度を落として隊列から離脱、そして一気に反転しプラウダの隊列に吶喊を仕掛けた。杏達に与えられた仕事は勝つことではなく、追いすがってくるプラウダ高校の足止め、所謂『捨て奸』だ。

 

「それじゃ、追い詰められた大女の意地、見せてやろうかね」

 

砲手席で杏がペロリと唇を舐めて呟く。その顔には不敵な笑みが張り付いていた。ちなみに本来の砲手である桃は装填手に横滑りしている。軽戦車1両で重戦車を含む大部隊に立ち向かうとは無謀の極みだが、杏、桃、柚子の三人は女の意地を見せた。砲手兼車長の杏の指示に的確に応えて戦車を手足のように操る柚子。ほんの一瞬だけ訪れる攻撃のチャンスを逃さず的確に敵戦車に砲弾を送り込む杏。そして、手早く砲弾を装填し杏の砲撃を確実にサポートする桃。歯車がかみ合うとはまさしくこのことだろう、三人が三人とも自分の役割を確実にこなした38(t)戦車は軽戦車とは思えないほどの大立ち回りを演じる。4両のT-34を撃破と言う戦績はみほも予測していなかった大金星である。もっとも、引き揚げようとした瞬間にプラウダ副隊長のノンナの長距離砲撃で吹っ飛ばされるというオチをしっかり付けたが……

なにはともあれ、カメさんチームの大奮闘で大洗女子は金よりも貴重な時間を手に入れることが出来た。そして、プラウダ高校の隊から十分距離を取ったⅣ号戦車は雪原のただ中で停車していた。

 

「それじゃ、西住先輩。行ってきます」

 

「須賀君、気を付けて」

 

キューポラから乗り出したみほが京太郎と言葉を交わす。戦車を下車した京太郎は偵察の時に使った雪原迷彩のウェアとテレマークスキーを装備し、腰には大出力の携帯無線機、首からは愛用の双眼鏡をぶら下げている。どこからどう見ても偵察兵のそれである。

 

「無線はちゃんと私が中継するから心配しないでね!」

 

「須賀殿、御武運を!」

 

「無茶はするな」

 

「須賀君、お願いします」

 

沙織、優花里、麻子、華の4人もハッチから顔を出して京太郎に声を掛ける。それに京太郎は笑顔とサムズアップで答えると、そのまま敵フラッグ車の偵察に適した場所を探して移動を始める。そして集落の中にある時計台を見つけて、双眼鏡で敵フラッグ車を探し始める。

 

「……見つけたぜ」

 

建物の影に上手く車体を隠しているが、車体の一部と赤く染められた旗が見つかった。当然、目標とするプラウダ高校のフラッグ車だ。ニヤリと口元を笑みで歪め、無線機でフラッグ車を見つけたことと、その座標をみほ達に知らせる。

 

「敵フラッグ車発見、座標はGE-2301、一両のみでアイドリング中、over」

 

『須賀君、ありがとう!』

 

京太郎の報告の後、無線機からみほの弾んだ声が返ってくる。敵フラッグ車の発見は逆転勝利への絶対条件、それがこんな早くなされたのだから指揮官としては有り難いことこの上ないだろう。しかし、続いてみほから伝えられる情報は大洗の厳しい状況を伝えるものだった。

 

「カメさんチームが……」

 

『うん、敵本隊の攪乱に成功して撤退すると連絡があった直後に撃破されたみたい……』

 

廃教会からの強行脱出の際、カメさんチームは捨て奸じみた遅滞戦術のためプラウダ高校の本隊に乱戦を仕掛けていた。カメさんチームの奮戦は凄まじく、敵戦車2両撃破、1両走行不能、1両小破の大戦果を挙げている。最終的には撃破されたとはいえ殊勲賞モノの大武勲だ。ちなみにだが、カメさんチームに引導を渡したのはノンナの長距離砲撃である。

 

『でも、カメさんチームと須賀君のお陰で、どっちがフラッグ車を先に撃破するかというスピード勝負に持ち込むことが出来たし…… 状況は5分と5分だよ。オーバー』

 

「ハハッ…… これは俺にもプレッシャーがかかりますね」

 

京太郎に課せられた役割は偵察による敵フラッグ車の発見、そして、敵フラッグ車を撃破するためにあんこうチームとカバさんチームの誘導・管制だ。京太郎の双肩に大洗女子の勝利がかかっているといっても過言じゃないだろう。ある種の代理指揮官ともいえるその重圧に普通ならビビるのだが、京太郎は薄っすらと笑みさえ浮かべていた。

 

「いいでしょう、清澄高校麻雀部雑用係の実力、見せてあげましょう」

 

そう言って無線機に向かい、各戦車の詳細な座標を伝えながら、あんこうチームの誘導を始める。カバさんチームは起死回生の一手の為に待ち伏せだ。そうやって勝利を掴むために京太郎とみほ達が動いている一方で、他の大洗の戦車は何をしているのかと言うと、プラウダの本隊の追跡から必死に逃げている最中だった。

 

「何よあれ! 反則よ! 校則違反よ!!」

 

キューポラから身を乗り出したソド子が叫んでいる。まぁ大洗の戦車が八九式中戦車、M3中戦車リー、ルノーB1bis、それに対してプラウダがT-36/76、T-34/85、KV-2、IS-2という戦車本体のスペックを見れば反則じみた性能差があるのは間違いない。そんなスペック差がある相手が自分たちのフラッグを掲げたアヒルさんチームの八九式中戦車に砲弾を雨霰と撃ち込んでくるのだから、叫んで罵倒もしたくはなるだろう。罵倒したところで事態が好転するはずもないのだが……

そうこう言っている間に、ついにプラウダの砲弾がM3中戦車リーを捕らえた。エンジンに被弾しそのまま横転、二、三回ほど転がったあと横倒しで止まり白旗が上がった。悪いことは続く。そのすぐあとルノーB1bisにも砲弾が命中、戦闘不能となり白旗があがった。

砲撃の元は重戦車のIS-2、砲手は高校戦車道界屈指の長距離砲撃手であるノンナだ。冷静沈着な彼女は2両の撃破を確認すると砲の照準をアヒルさんチームの八九式中戦車に合わせる。

 

『よくやったわノンナ! この調子で大洗のフラッグ車も叩き潰しちゃいなさい!』

 

「ダー、カチューシャ」

 

隊長のカチューシャからの無線に短く答えた後、彼女は引き金を引くべく照準器に精神を集中させる。意識の中から周りの騒音や振動が消え去り、八九式中戦車に重なろうとしているレティクルのみが彼女の世界を形作る。そして、八九式とレティクルが重なった瞬間、ノンナが引き金を引きIS-2の主砲が火を噴いた。

 

「諦めるな! 諦めたら試合終了だぞ! 廃校だぞ!!」

 

盾となる味方が全滅し単独で逃走をするアヒルさんチーム。車長兼装填手の典子はそう叫びながらチームの士気を必死に維持していた。状況は絶望的、いつプラウダの砲撃が直撃し撃破されてもおかしくは無い。そんな状況であってもアヒルさんチームのチームワークは崩れないし、顔に諦めの色は全くない。元々、彼女たちはバレー部員で、バレー部が廃部になったあともバレー部の復活を目指して活動し、バレーの練習を欠かさなかったのだ。ある意味、大洗戦車道履修者の中で一番諦めが悪い集団と言えるだろう。そして、勝負の女神と言うのはそんな泥臭い連中が大好きらしい。

偶然にも操縦手の忍が戦車を蛇行させたタイミングと、ノンナの撃った砲弾の着弾するタイミングがかち合ったのだ。八九式の後面をほぼ直角で直撃するはずのその砲弾は、左側面装甲を入射角10°で命中し、跳弾となって明後日の方向へ飛んでいった。もっとも、受け流せたと言ってもそこは重戦車の大口径砲、跳弾の衝撃だけで八九式に甚大なダメージを与え、まともな逃走は不可能になった。しかし、このわずかな時間が大洗に大きな福音を呼び込んだ。

 

『プラウダ高校、フラッグ車戦闘不能! よって大洗女子学園の勝利!』

 

一発で仕留めそこなったことを確認したノンナは急いで二発目を撃とうとして引き金に指を掛けたその時、大洗女子学園の勝ちを告げるアナウンスが響き渡った。

 

 

………………………………

………………

………

 

 

「みほ……」

 

「お母さま、みほが勝ちました」

 

試合の決着がついたアナウンスを聞き、少し驚いた表情をするしほ。長女のまほの言葉にも「そうね」と言葉数少なく反応するのがやっとの様子だ。

そもそも戦車道では大番狂わせ(ジャイアントキリング)と言うのはかなり珍しい。特に準決勝や決勝などの試合に使える車両数が多くなればなるほどこの傾向は顕著に出てくる。例は無い事は無いのだがそれもプラウダ、サンダースや聖グロリアーナ等のある程度実力が近いチーム同士での話。大洗vsプラウダの試合と言うのは戦車道を少しでも知っている人間からすれば100人中100人が大洗の必敗と答える試合なのだ。それだけ両者の実力と実績の差は大きすぎるのだ。

しかし、そんな世間の目を嘲笑うがごとく大洗が勝利をもぎ取った。この試合結果は高校戦車道界に大きな影響を及ぼすことは間違いないだろう。

 

「それにしても、勝つとは思わなかったわ……」

 

口元がわずかに綻ぶしほ。試合終了時は驚いたが、なんだかんだ言って可愛い娘の勝利、嬉しくないわけがない。

 

「ええ、悔しい話ですが、団結力と柔軟性、決断力は黒森峰よりも上だと思います」

 

可愛い妹の勝利で嬉しいのだが、次の決勝で当たるチームの手強さも同時に再認識することになったまほは少し複雑な表情だ。そのまま2人は試合の内容について寸評を交えながら話す。

 

「では、お母様、この試合の最大のポイントは須賀君だと?」

 

まほの言葉に軽くうなずくしほ。

 

「そうね、彼が居なければ大洗女子は反撃する前にチームが瓦解していた…… 正直言ってムードメーカーと言うものの役割を過小評価していたわ」

 

脳裏で京太郎の活躍を思い浮かべつつ、今後、西住流でも彼のようなチームの雰囲気を作る選手の育成は急務だと思い至るしほ。

 

「まほ、貴女にだけこんな声を掛けるのは不公平だと思うのだけど、大洗女子に、みほに、西住流の神髄を見せてあげなさい」

 

「……はい」

 

「それと、初めての姉妹同士の対戦よ…… 後悔の無いように、心行くまで楽しみなさい」

 

「……はい!」

 

実に母親らしい言葉をまほに掛けつつ、会場を後にするしほ。雪を踏みしめつつ戦車道とは異なることに思考を向けはじめた。

 

(それにしても須賀京太郎…… 聞いたことない名前ね。恐らく戦車道とは全くかかわりのない子だったのでしょう……)

 

(まほの言う事が本当だとすると、みほは彼に気があるみたいだし…… 幸い助っ人選手になるくらいだから戦車道に理解もあるみたいね。娘の幸せの為に少し情報を集めてみるべきかしら)

 

清澄高校麻雀部部員・須賀京太郎、本人のあずかり知らぬところで西住流の家元にロックオンを掛けられたようである。

 

 

………………………………

………………

………

 

 

「勝ったぁぁぁあああああああ!!!!」

 

大洗女子チームの待機場所は大いに盛り上がっていた。それはそうだろう、絶体絶命の窮地からの大逆転勝利。そして学校存続へ望みを繋いだのだ。盛り上がらない方がおかしい。

 

「せっかく包囲の一部を薄くして、そこに引き付けてブッ叩く心算だったのに…… まさか包囲網の正面を突破できるとは思わなかったわ」

 

そんな中、カチューシャとノンナがやって来た。もちろんカチューシャはノンナに肩車されてである。カチューシャ達がやって来たことで大洗陣営が静かになる。ノンナがみほの前まで歩みを進めて立ち止まり、みほとカチューシャがお互いに見つめ合う。一言、二言少し会話した後、カチューシャが地面に降りてみほに右手を差し出す。

 

「決勝戦、見に行くわ。このカチューシャをガッカリさせないでよね」

 

「はい」

 

カチューシャの右手を握り返しながら、彼女なりのエールに笑顔で返事を返すみほ。二人の間に友情が結ばれた瞬間だった。

 

「ミホーシャのこともだけど…… キョーシャ! 今回は負けたけど、アンタを諦めたわけじゃないわ。もしプラウダに来たくなったらいつでもいらっしゃい!」

 

握手を終えたカチューシャは京太郎を見つけると、いつものデカい態度で堂々と言い放った。まぁ、京太郎にとってこのタイプの少女は優希で慣れているので苦笑いしつつ軽く流す。

 

「あれ、須賀君。それってフライトスーツだよね? なんで着替えたの?」

 

カチューシャの言動で当然皆の視線は京太郎に向く。そこには既に愛用の飛行服に着替えた京太郎が佇んでいた。

 

「なんでって…… これから長野に帰るからだけど……」

 

梓の疑問に「何いってるんだ?」と言う表情で答える京太郎。これには周りの少女たちの方が「お前こそ一体何を言ってるんだ!?」と言う感じで驚愕する。

 

「えっ…… 長野に帰るって、紫電改で? 本気!?」

 

「須賀殿!いくらなんでも無茶すぎますよぉ!!」

 

「そうだよ! 確か紫電改じゃ航続距離足りないでしょ!!」

 

優花里達の言うとおりだった。今、京太郎の紫電改はクライストチャーチ国際空港に駐機されているが…… 当該地点から長野までは大圏航路の概算距離で9,000 kmを余裕でオーバーする。当然、その航路上に島はほとんどなく紫電改の航続距離では飛ぶことは出来ない。となるとオーストラリア大陸やマレー諸島がある西回りのコースという事になるのだが……

 

「オーストラリア、パプアニューギニア、インドネシア、フィリピン、台湾を経由すれば飛べますよ。概算で12,000 kmくらいですね」

 

京太郎の言うとおり、シドニー、ケアンズ、ポートモレスビー、ソロン、ダバオ、マニラ、台北、鹿屋を経由すれば各都市間の飛行距離は紫電改の航続距離に収まるし、時間をかければ可能だろう。離着陸、給油、休憩時間の一切を勘定に入れなければ巡航速度400 km/hで大体30時間あれば到着する計算だ。諸々の所要時間も加味して京太郎は3日ほどかかると考えている。正直言おう、アホの極みである。

 

「駄目ダメだめダメ駄目!! 幾らなんでも危険すぎるよ!!」

 

「須賀君の出向を要請した生徒会としては安全に責任が持てないからねぇ…… 流石に許可できないなぁ」

 

ウサギさんチームの面々が涙目で京太郎にダメ出しをしまくり、生徒会の面々は後頭部にでっかい汗を流しながら流石に不許可と言い張る。他の面々はこの突拍子もない計画にドン引きである。

大洗学園艦はそこそこ速度が出ると言っても経済巡航速度は20 knot、下手すると日本まで10日は掛かる。清澄で麻雀の練習をしたい京太郎にとってこの時間がもどかしいのは確かに分かる。だからと言って単発単座の戦闘機に乗って太平洋を西回りに縦断などという大冒険を認める訳にはいかない。結局、杏が電話で学園長に掛け合って学園艦を最大速力の40 knotで航行させること、長野に帰る予定だった土日の分の埋め合わせは必ずすると生徒会が確約し、京太郎がしぶしぶ譲歩して場が収まることになる。

 

「ねぇ、ノンナ……」

 

「なんでしょう、カチューシャ」

 

「キョーシャってもしかして…… 馬鹿?」

 

「ええ、紛う事無き馬鹿だと思います」

 

一連の騒動を茫然と見ていたカチューシャとノンナの中で京太郎の評価がわずかながら下方修正されたのは言うまでもない。

 




以上になります。
京太郎は出来ると思い込んだら一直線に突き進むある種の突撃馬鹿だと思うんだ。
更新速度がこうも遅いこの作品でこういうのもなんだけど……

感想欲しい……

気が向いたら感想評価、よろしくお願いします。

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