戦車と麻雀のコンチェルト   作:エルクカディス

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本当に遅くなり申し訳ありません。
色々事情とモチベーションの低下が重なった結果遅れに遅れました……

今回はプラウダ戦です。
活動報告にも書きました通り、長くなるので前編と後篇に分けました。
それではご笑納ください。


7話 ―吹雪と戦車と恋と想い―

「ロン、面前清一色一盃口ドラドラ、16000です」

 

「あちゃー…… うかつじゃった、振り込んでしもうたか……」

 

まこが河に捨てた一筒で和がアガリを宣言し、手牌をパタッと倒す。点数は8翻で倍満の大物手、この局でまこの点数は空になり対局が終了した。

 

「まこー、今の振り込み、ちょっと迂闊すぎなかった?」

 

「そりゃそうじゃが…… この勝負手じゃけェ、仕方ないわ……」

 

先ほどの振り込み手に対する久の窘める声に渋い顔で答えるまこ、彼女は久に自分の手を示して見せる。彼女の言う通り確かに勝負を仕掛けるべき手だった。

 

「あー…… 緑一色一向聴、確かに仕方ないかもね……」

 

「じゃろ?」

 

和に直撃を貰う直前のまこの順位は4位、しかも南3局で自分の親番は流れた後である。ちまちま小物手でアガっていては上位など全く望めない、ここで一発逆転を狙うしかなかったのだ。

 

「んんーーー…… 早朝から打ち続けたから体が硬い……」

 

椅子に座りながら大きく伸びをする咲。今日は祝日と言うこともあり朝早くから麻雀の練習三昧と洒落込んだ清澄高校麻雀部、もうかれこれ4時間はぶっ続けで打ち続けている。現在時刻は11時半、朝の苦手な咲は少し眠そうだ。

 

「それじゃ、ここらへんで休憩でもしましょう。和、お茶でも入れてくれる?」

 

「分かりました。あっ、テレビをつけてもいいですか?」

 

そう断りを入れてリモコンで部室の一角にあるテレビのスイッチを入れる。

 

『……突出した大洗女子学園をうまくプラウダ高校が待ち伏せましたが、解説の石動一尉、今後の試合展開はどうなりますか?』

 

『流石は昨年の優勝校のプラウダ学園ですね、一気に試合の主導権を握りました。現状、大洗女子の取れる選択肢は限りなく少ないですね……』

 

画面が映し出されると同時にスピーカーから砲撃音が流れ、続いて雪原を爆走する戦車が映し出された。右下にワイプが出ていて、女性アナウンサーと陸上自衛隊の制服を着た解説員が映っている。

 

「あっ! これ京太郎が出てる試合だじぇ!?」

 

「ええっ! そう言えばプラウダ高校対大洗女子学園って出てる……」

 

京太郎が出場している試合と分かるとズズィと画面に被り寄る咲、和、優希の一年生トリオ。そんな彼女らを年上の余裕と言うかなんというか、苦笑しつつ見つめるまこと久。戦車道の試合の方に気を取られ、お茶汲みのことがすっかり頭の中から抜けた和に代わり、まこが「よっこいしょ」と腰を上げてお茶を淹れに向かう。そんな間にも試合は新たな展開を迎えていく。

 

『おおっと! プラウダ高校、大洗女子学園を完全に包囲しました! 大洗女子は廃教会の中に立てこもっています! 大洗女子学園、早くもピンチを迎えています!!』

 

『これはこれは…… もしかするとこのまま試合が決まる可能性もありますね』

 

試合の状況は大洗女子学園がプラウダの作戦にまんまと引っかかったところ。解説の言う通りプラウダがこのまま一気呵成に押し込めばそのまま試合が決まってしまうだろう。

 

「うーん、何と言うか…… ここで大洗女子が負けてくれれば須賀君が早く帰ってくるんでしょうけど……」

 

「あー、和の言いたいこと分かるわ」

 

「そうだよね…… 京ちゃんが早く帰ってこれるから負けてほしいって思うけど……」

 

「京太郎も出場していて頑張ってるから勝ってほしいって気持ちもあるんだじょ……」

 

和、咲、久、優希が複雑な胸の内を話し合っている間にも試合は進んでいく。

 

『戦車道全国大会準決勝! 大洗女子学園は隊長の力量とチームの結束が試される展開となりました! ところで石動一尉、初出場で準決勝まで駒を進めるという素晴らしい成績を上げている大洗女学園ですが、誰か注目の選手は居ますか?』

 

プラウダ高校に追い立てられまくって、ついに廃教会の中に逃げ込んだ大洗戦車隊。プラウダ高校の隊長・カチューシャは此処で自軍に追撃停止の命令を下す。そのまま試合は両チームとも動かない膠着状態に突入する。

 

『そうですね、隊長の西住みほ選手を挙げられる方が多いでしょうが…… 私は別の選手に注目しています』

 

『と言うと?』

 

『38(t)戦車に乗車している須賀京太郎選手ですね』

 

『本大会の黒一点…… と言うか、戦車道では超珍しい男子選手の須賀選手ですか?』

 

解説員として出演している女性陸上自衛官(W A C)の石動一等陸尉、アナウンサーに気になる選手の話題を振られて京太郎の名前を出した。余りに予想外の名前だったので一瞬呆けるアナウンサー、彼女は隊長のみほあたりかなと予想していたのだ。

 

『ええ、選手名簿に載っている情報によると戦車に乗り出したのは此処1ヶ月からだそうですよ』

 

『ええええッ!? それってほとんど素人!』

 

『そうです、たった1ヶ月の戦車道歴なのに無駄な緊張感が無い自然体、なかなか出来ない事ですよ? それと一回戦、二回戦でのチーム内での様子を小耳に挟んだのですが…… どうやら試合の要所でチームを引き締めたり、相手の策を見破る良い目も持っているようですね。少なくとも大洗女子で最も警戒するべき選手かも知れません』

 

『はへー……』

 

かなりの高評価に続く言葉が出てこないアナウンサー。そんな彼女を尻目に石動一尉は京太郎を推挙した理由を語る。サンダース戦での活躍や、チームのムードメーカーとしての立ち位置、通信内容からその状況把握能力の高さ等々。チームの纏まりを作り上げる選手として高い評価を与えていた。

 

『相手戦車を撃破するような派手な活躍をする選手が注目されがちですが…… こういったチームの纏まりを作り、良い雰囲気を作り出す選手は重要ですよ。それに戦場を俯瞰的に観察する広い視野も持っているようですね。須賀選手のようなメンバーはチームが危機に陥った時ほど真価を発揮します。先ほどは「このまま試合が決まる」と言いましたが…… この危機を乗り越えたら大洗にも勝ち目が出てきますね』

 

『そ、それほどですか?』

 

『ええ、それほどです。 ……それにあの2人の息子が下手こいてむざむざ負けるとは思えませんしね……』

 

石動一尉が最後に呟いた一言は誰にも届くことは無かった。

 

 

 …………………………………

 ……………………

 …………

 

 

 さて、南半球はニュージーランドの会場を借り切って行われている高校戦車道全国大会準決勝、試合開始早々から深々と降り積もる雪の冷気が選手の体力と気力をドンドンと奪っていく。廃教会の中なので風こそマシではあるが、空気自体は痛みを感じるほど冷たい。

 

「ううっ…… どうしてこんな状況に……」

 

 一年生の誰かの呟きが聞こえる。その内容は此処にいる大洗女子学園戦車隊のメンツのほとんどが思っていることだ。しかし、どれだけ嘆いても自分たちがまんまとプラウダ高校が仕掛けた罠に引っかかり包囲されているという現状は変わらない。

 

 (まぁ、1回戦、2回戦と順当に勝ち進んで、皆少し増長してたしなぁ…… 油断はあったよなぁ)

 

頭を右手で掻きつつチームの面々を見渡す京太郎。皆の表情には試合開始前まであった過信ともとれる自信は全くなく、士気は最底辺まで落ち込んでいた。まぁその過剰な自信から慢心を招き、考えなしの力押しに走って今の事態に陥ったのだから自業自得ではある。

 

(無駄に力押ししてこない辺りプラウダのカチューシャ先輩、かなりの策士だな…… 下手な動きをすればあっと言う間にヤられちまうんじゃないか?)

 

ハッキリ言えば絶体絶命の状況だ。実力では格上の相手に包囲されて部隊の士気はドン底、打つ手なしの八方塞がりである。

 

(それにしても、流石は去年の全国大会を制したチームの隊長だな。人は見かけによらないって言葉そのものじゃねぇか……)

 

そんなことを考えつつ京太郎は準決勝が始まる直前のことを思い出していた。

 

 

 …………………………………

 ……………………

 …………

 

 

「須賀君、君を大洗女子学園戦車隊隊長補佐官に任命するよ」

 

「……角谷会長、藪から棒に何ですか? いきなり…… それにその戒名みたいに無駄に長い肩書は一体……?」

 

試合会場に設けられた戦車の整備ゾーンでエンジンの最終調整と暖機運転をしていた京太郎に杏が声を掛ける。ちなみに、普段学園艦内での戦車の整備は自動車部が行っているが、試合会場での整備は選手しか出来ないことになっている。なので、エンジン整備なんかに精通している京太郎が試合前の最終調整を任されているのだ。

閑話休題(それはともかく)、突然杏から訳の分からない役職を振られた京太郎は困惑気味、そもそも副隊長と言う役職があるので態々隊長補佐官なんて役職を作る意味が分からない。もっとも、副隊長はトリガーハッピーかつノーコンの桃、頼りになるかと言えば首を傾げざるを得ない。

 

「いやね…… ちょっと耳を貸してくれる?」

 

「ほんと一体何なんですか?」

 

文句を言いつつも素直に耳を貸す京太郎。なんやかんや言って女子に優しい京太郎は頼まれごとをされたら余程理不尽なものでない限り聞いてしまう。この性格こそが無自覚に女子を落としてしまう最大の原因だったりする。そして、咲達にとっては知らぬ間にライバルを増やされている悩みの種なのだ。

 

「いやさ…… 西住ちゃんって引込みがちな性格でしょ? 準決勝、決勝ではプレッシャーもすごくなるだろうし…… かと言って補佐役になるはずのかーしまがあの性格だから、もう一人くらい隊長を支えるメンバーが欲しいって思ってさ」

 

「あー、なるほど……」

 

杏の言い分を聞いて思いっきり納得してしまう京太郎。彼の脳裏ではみほとポンコツな幼馴染が重なって見えた。

 

「それに大洗(ウチ)は初出場校で準決勝まで進んだ大穴だからね、今後相手になる名門校が西住ちゃんに突っかからないとも限らないからね、その盾役も欲しいのさ」

 

恐らくそっちの方が本命だろう。戦車道の名門校にとってド素人集団の大洗女子が勝ち上がってきた事実はかなり煙たいものだろう。事実、戦車道名門校の過激なファンの一部からは大洗の躍進に対してブーイングもあるという。下手すれば隊長のみほに嫌がらせぐらいはあるかもしれない。まぁ、みほに向くだろう矛先は、男子戦車道選手という異端中の異端である京太郎が表に出ることで大体吸えるはずだ。京太郎に求められるのは空母『翔鶴』並みの被害担当艦としての役割と言うわけである。

 

「承知しました。まぁ、ポンコツの扱いには慣れていますし、盾役もきっちりこなしますよ」

 

「ありがと、ほんと頼もしいねぇ」

 

かなり損な役割を二つ返事であっさり引き受ける京太郎。礼を言う杏に「いえいえ」と返しつつ、戦車の調整の続きにかかる京太郎。もうすぐ試合開始前の礼なのでそれまでには終わらせないといけない。まぁ、ものの20分ほどで全て終わらせた京太郎はすぐにみほの元に行き、プラウダ高校との開始の礼をする場所まで移動する。杏から京太郎のことがきちんと伝わっていたらしく、桃は京太郎に「よろしく頼むぞ」と声を掛けた。

 

「あら? 西住流の…… あなたが大洗の隊長ね? それとそっちの2人は初対面よね? プラウダ高校のカチューシャよ」

 

「……ノンナです」

 

顔合わせ場所に来てみれば、妙にデカい態度のちんちくりんと冷めた表情の長身女子というアンバランスなコンビがいた。ちんちくりんの方はカチューシャと言いプラウダ高校の隊長、長身のほうはノンナと言いプラウダ高校の副隊長だ。

 

「……あっ、お、大洗女子隊長の…… に、西住みほです! お、お久しぶりです!」

 

「副隊長の河嶋だ」

 

「隊長補佐官の須賀京太郎です」

 

プラウダ側の隊長達とみほは顔見知りだが、京太郎と桃は初対面。なので一応の自己紹介をする訳だが…… 相手校の隊長たるカチューシャに目線を合わせるとどうしても身長差から見下ろす感じになってしまう。それは失礼だろうと思い3人とも屈んで目線を合わせたのだが、それが気に障ったらしい。なにやらいきなりカチューシャがノンナの名前を呼んで、肩車をしてもらった。

 

「貴女達はね、このカチューシャよりも何もかもが下なのよ! 戦車も技術も身長もね!」

 

もしここに継続高校の隊長が居れば「その行為とセリフに意味があるとは思えないな」などと呟いただろう。それだけカチューシャの行動は突飛だった。まぁ、肩車については、知り合いに似たような背丈の先輩が居るので彼女がそんな奇行に走った理由を察していたが……

呆気にとられるみほ達三人を尻目にデカい態度で上から見下すカチューシャ。ただ肩車された上からと言うのがシュール過ぎて今一威厳も迫力もないのだが……

 

「ところでなんで男子が此処にいるのかしら……?」

 

「え、えっと……」

 

「あー…… 俺のことですよね? まぁ、20年ぶりに大洗女子の戦車道が復活したんで、人手不足解消のために友好校からお手伝いで来たんですよ」

 

みほがちょっと答えに詰まったので、とっさにフォローに入る京太郎。その京太郎の返事を聞いて「ふーん……」と言いつつ、ジロジロと値踏みするような視線を京太郎に投げかけるカチューシャ。

 

「気に入ったわ! 貴方、大洗なんかに居ないでプラウダ(ウチ)に来なさい!」

 

ニィッと肉食獣のような笑みを浮かべてとんでもないことを宣った。流石にこの発言は予想外過ぎた。普段、コミュニケーションのアドリブはドンと来いの京太郎でさえフリーズするくらいである。

 

「プラウダなら優勝の栄光すら掴めるわよ? そんな弱小校なんかじゃ100年かかっても無理な栄光をね!」

 

周りの様子を気にせずペラペラと京太郎を勧誘するカチューシャ。さっき会ったばかりなのに、いったい京太郎の何がそんなに気に行ったのであろうか?

 

「ちょ、ちょっと待ってください、カチューシャ先輩! 俺は正式には清澄高校の生徒で大洗女子の生徒じゃないんですよ!?」

 

「あら、プラウダに来るならどっちだって同じじゃない。ねえ、ノンナ?」

 

「ダー」

 

無茶苦茶な理論である。京太郎が反論するもどこ吹く風…… こういった手合いには正面からNOを叩きつけるしかない。

 

「……カチューシャ先輩、折角の誘いではありますけど、俺は清澄も、大洗も離れるつもりはありません」

 

正面からの拒否の京太郎の返答に、「えっ、須賀君プラウダに行っちゃうの?」とか「そんな……」と動揺していた大洗生たちがひとまず落ち着いた。とくにみほは絶望的な表情を浮かべていたが、京太郎の言葉を聞いてホッとした表情になる。

一方でこの返答に不満なカチューシャ。すごくムッとした表情で京太郎に話しかける。

 

「このカチューシャの誘いを断るってわけ!」

 

「はい、そんな要求、呑むわけにはいきません。俺には清澄高校でやるべきことがありますから」

 

バチバチと火花が飛びそうなくらいに睨みあう京太郎とカチューシャ。30秒はそうしていただろうか、突如、カチューシャが笑い出した。

 

「クク…… アハハハハ! ますます気に入ったわ! なら賭けをしましょう! この試合でカチューシャたちが勝ったら、キョーシャ、プラウダに来なさい!」

 

「へぇ…… ずいぶん一方的な賭けですね? そんな賭けに乗るとでも?」

 

「あら? 賭けに乗らないなら乗らないでいいわよ? まぁ、どの道、私たちが負けることなんて絶対ありえないから拒否も当たり前よね。それに勝ってしまえばキョーシャを手に入れることなんてどうにでもなるんだから!」

 

そう言うと笑い声を響かせながら自分の高校の駐車エリアに向かって帰っていくカチューシャたち。地吹雪のあだ名の通り、場をさんざん荒らしてあっという間に去って行ってしまった。後に残されたのは呆気にとられる大洗女子の面々と、難しい表情でカチューシャたちが去って行った方向を見つめる京太郎だけだった。

 

 

………………………………

………………

………

 

 

思い出すだけでも次第に頭が痛くなってくる。初対面の男子にいきなり自分の高校に転校してこいなど想像の埒外だ。第一、京太郎は助っ人として大洗の戦車道に来ているのであって、本当は清澄高校(きよこう)麻雀部の人間だ。カチューシャの戯言に従ういわれは全くない。それにイザとなれば紫電改で飛んで逃げることも出来る。

 

「まぁ、それでも勝っちまえば話は簡単なんだけどな……」

 

そう言って周りを見渡すが目に入るのは心が半ば折れかけている戦友ばかり。この状況で勝つなど高校戦車道最高峰と言われる黒森峰女学園でも不可能だろう。

 

(拙いなぁ…… せめて士気だけでも持ち直さないと次の攻撃であっという間に敗北だ…… まぁ、降伏勧告なんて遠回りなことしてきてくれたおかげで貴重な時間は確保できたわけだが……)

 

そう、大洗戦車隊が廃教会に逃げ込み戦線が膠着状態に陥ってからしばらくしてからである。プラウダ高校から白旗を掲げた軍使がやってきたのだ。

 

「カチューシャ隊長の伝令を持ってまいりました『降伏しなさい、全員土下座すれば許してやる』だそうです。また返答の期限は3時間…… 後ほどに返事を伺いに参ります、では」

 

無条件降伏を突き付けたも同然だ。当然、大洗の皆は反発する。伝えることを伝えて踵を返し帰っていく軍使の背中に罵詈雑言を投げかけるが包囲された事態が変わるわけでもない。ついには「特攻して大洗魂をプラウダ(やつら)に見せつけて玉砕しよう!」などと過激な意見が歴女(カバさん)チームから出てくる始末である。

が、隊長のみほがこの流れに懸念を示した。

 

「でも、こんなに包囲されちゃ…… 一斉に攻撃を掛けられたら怪我人が出るかも……」

 

みほの懸念は真っ当なものだった。確かに戦車道に使用する戦車は特殊カーボンコーティングで内張りされており、使用する砲弾も競技用に開発されたモノを使用するのでかなりの安全は保障されている。だが、やはり砲撃競技であるが故の危険性は付きまとう。他のスポーツに比べて致傷率が高いのは否めないのだ。その点からいうと、チームメイトを気遣うみほの心配を一概に弱気の虫と切って捨てることは出来ない。

 

「みほさんの指示に従います」

 

「私も! 土下座くらいどうってことないよ!」

 

「私もです!」

 

「準決勝に来ただけでも上出来だ、無理はするな」

 

みほの意見に真っ先に賛意を示したのはあんこうチームの面々。そして麻子の言う通り大洗チームは大健闘したと言えるだろう。20年ぶりに戦車道を復活させた高校が全国大会に出場し準決勝まで駒を進める、普通ならば十分すぎる実績だ。ここでリタイアして来年の大会に向けて入念に準備をし、より上の成績を目指すという選択肢をとっても誰も批判はしないだろう。だが、全国大会で優勝しなければ廃校と言う大洗女学園の事情は特殊過ぎた…… この場でその事情を知っているのは生徒会の杏達3人と京太郎のみ…… この話の流れに杏、桃、柚子の表情が強張る。

 

「ダメだ! 我が校は優勝しなきゃいけないんだ!」

 

「どうしてです!? 言ってはなんですが、大洗(わたしたち)は初出場校です。準決勝に出られただけでも十分な実績ですよ!」

 

「勝つ以外の何が大事なんだ!!」

 

耐えられなくなったのだろう、突然大声を出した桃。それにみほが反論するが桃は頑なに優勝に拘りを見せる。みほたちから見れば桃の拘りようは妙に映るだろう。が、大洗女子学園の抱える裏事情を知った者からすれば、この桃の態度は仕方の無いモノだと同情するだろう。

 

「私、この学校に来て…… 皆と出会って…… 初めて戦車道の楽しさを知りました。この学校も戦車道も大好きになりました! だからその気持ちを大事にしたままこの大会を終わりたいんです」

 

そしてみほが語ったこの言葉、これを聞いた桃の表情が大きく変わった。

 

「何を言っている…… 負けたら我が校は無くなるんだぞ!」

 

そして遂に決定的な事実を口に出してしまった。

戦車道の選手が委縮してしまうから…… 大会には何も知らず楽しんで欲しいから…… 母校の廃校を阻止したい…… 様々な葛藤と矛盾を飲み込み、杏はあえて廃校の事実は伏せていた。だが、ここにきて桃が口を滑らせた。ただ、彼女を責めることは出来ないだろう。人一倍大洗女学園に思い入れのある桃だ、もはや追い詰められて精神も限界に達していたのは誰が見ても明らかだったから……

 

「廃…… 校…… 学校、無くなっちゃうんですか……」

 

ただ、メンバーにとってこの土壇場で自分たちの双肩に『負けたら廃校』と言う重すぎる荷物が乗っていたなど堪ったものでは無いだろう。実際、生徒会メンバー以外は皆、動揺を隠せずにいた。

 

「おい、須賀。お前は知っていたのか?」

 

そんな中、38(t)戦車の砲塔に腰かけて冷静に成り行きを見ていた京太郎に麻子が声を掛ける。清澄生の京太郎にとっては他人事ではあるのだが、あまりにも反応が無さ過ぎたので麻子が不審に思ったのだ。

 

「まぁまぁ、冷泉ちゃん。須賀君のことに関しては全責任は生徒会(うちら)にあるから…… それにこの状況じゃ、全部話さなきゃならないだろうしさ」

 

そう言って皆の前で全てを語り始める杏。文部科学省学園艦教育局のお偉いさんから廃校の事実を告げられたことから始まり、戦車道を復活させるために東奔西走したり、様々な予算を遣り繰りしたり……

 

「で、人手が足りなくなるだろうから何処かにいい人材は居ないかなって探してたら、情報網に須賀君が引っかかったから来てもらったのさ」

 

「まぁ、相当強引な手段ではありましたけどね」

 

「あはは…… それは本当にすまないと思ってるよ…… だから須賀君に関しては燃料代とか色々融通してるしね。あれで結構予算が圧迫されてるんだよ?」

 

「余所から助っ人を引っ張ってくるんですから必要経費だと思いますけどね」

 

京太郎と杏の一寸したジャブのやり取りもあった。まぁ、京太郎のことに関しても説明は避けられない。杏はそれについても包み隠さず話した。どうやって大洗に引き込んだかとか、麻雀の新人戦が近い中ある種無理やり引っ張って来たとか…… で、この事実に激しく反応した面子が居る。アヒルさんチームの面々だ。

 

「か、会長! 幾らなんでも大会を間近に控えた選手に何てことするんですか!!」

 

バレー部としてメンバー不足で大会に出られない、そのことから大会に出るという事に関してある種の神聖さを感じているのだ。そんな彼女たちから見れば杏のやったことはハッキリ言って許せない行為だろう。当然非難の声が上がるが、それを抑えたのは当事者の京太郎。いきり立つバレー部の面々を宥めながらこう言った。

 

「まぁまぁ、俺と生徒会の間で話はついているから大丈夫ですよ。それに…… 何も俺は新人戦を諦めたわけではないんですから」

 

同時に覚悟を決めた者特有の凄味のある笑みを浮かべる京太郎。そんな彼を見てこの場に居る殆どの少女たちが胸をドキッとさせる。みほはそんな京太郎に完全に見惚れポーっとした表情をしている有様だ。何時もは飄々としている杏もドキッとさせられたのだが、深呼吸して心を落ち着かせて皆に向かって一声かける。

 

「ま、まぁ。幸いまだ時間はあるんだ…… 少し頭を冷やして考えようじゃないか」

 

 …………………………………

 ……………………

 …………

 

これがプラウダ高校の軍使が来てからの経緯である。停戦期間は残り2時間ほど。今は一分一秒でも決戦に向けて準備の時間が欲しい所。正直言って、京太郎は落ち込んでいる暇など無いと考えている。

 

(さて…… どうやって士気を回復させるか…… この様子じゃ叱責は効果が薄そうだしな…… ハッキリ前を向けるだけの希望が欲しい所なんだけど……)

 

被っている鍔付き飛行帽の上から頭をガリガリと掻いて思案するが中々いい案は浮かんでこない。一旦考えをリセットするかと深呼吸して視線を別のところに向けると、みほと目があった。

 

「須賀君は諦めてないの?」

 

周りが半分諦めモードに染まっているなか、京太郎の目から闘志の色は消えていない。そんな京太郎の様子をみほは不思議に思い疑問をぶつけてきた。

 

「ええ、ヒコーキ乗りって諦めが悪くて天邪鬼なんですよ。「降伏しろ!」なんて言われるとむしろ反発して「やってやろうじゃねぇか…… 目にモノ見せてやる!」って思うんですよ。それに、大洗を勝たせるために助っ人に来た俺が諦めちゃ不義理も甚だしい……」

 

苦笑しつつみほの疑問に答える京太郎。

 

「それに、信じてますからね」

 

「何を?」

 

「西住先輩が、大洗の皆と作る『大洗流の戦車道』を。あの時、西住先輩言ってましたよね?『みんなが笑顔になれる戦車道』がやりたいって。みんなと楽しく戦車道を続けていきたいって」

 

その京太郎の言葉にハッとした表情をするみほ。

 

「ここが踏ん張りどころですよ、西住先輩」

 

ウインクしながらそう告げる京太郎。見方によったら相当に気障ったらしいのだが、不思議と京太郎はこういった仕草が似合うのだ。

で、みほの方は京太郎のその言葉を聞いて闘志が戻って来たらしい。表情を覆っていた影がスッカリ消えて生き生きとした表情に戻っていた。

 

「ありがとう、須賀君……」

 

そう言って他のメンバーが居る方に向かうみほ。

 

(須賀君…… また助けられたね…… この恩は何時か必ず……)

 

胸に湧き上がる思いを今は一旦伏せて、メンバー全員に声を掛ける。

 

「皆、まだ試合は終わってません。まだ負けたわけじゃありませんから」

 

「西住ちゃん……?」

 

みほの言葉を聞いて、涙を浮かべて半分泣いていたウサギさんチームをはじめとした皆が彼女を見つめる。流石の杏も心の中では最早諦めていたのだろう、みほの言葉に呆けた返事をしてしまった。

 

「頑張るしかないです。だって、来年もこの学校で戦車道を続けたいから…… みんなと」

 

瞳に強い意志の光を湛えて「みんなと」の部分を強調して話をするみほ。この言葉が大洗戦車隊を支配していた悲観的な空気を洗い流していく。

 

「私も西住殿と同じ気持ちです!」

 

「そうだよ! トコトンやろうよ! 諦めたら終わりじゃん、戦車も恋も!」

 

「まだ戦えます!」

 

「うん」

 

皆がみほを見つめるなか、優花里がいち早く士気を取り戻す。そして優花里に続いてあんこうチームのメンバーも士気を取り戻していく。

 

「降伏はしません、最後まで戦い抜きます。ただし、怪我をしないように冷静に判断をしながら」

 

「修理を続けてください、三突は足回り、M3は副砲、寒さでエンジンのかかりが悪くなってる車両はエンジンルームを温めてください。時間はありませんが落ち着いて」

 

「はい!」

 

みほの出した指示に打てば響くような返事が全員から返ってくる。大洗チームは最悪の状況を脱したのだ。

 

(これなら大丈夫そうだな…… やっぱり大洗の皆は強いな。 さぁて、俺も負けてられないな。やるべきことをやるか)

 

大洗がピンチを切り抜ける切っ掛けを作った男は静かに工具箱を手に取ってエンジンのチューニングの準備を始める。その背中を一人の少女が胸に湧いてくる温かい思いを乗せた瞳で見つめていた。

 

「それにしてもこの吹雪(ブリザード)…… なかなか止みそうにないな……」

 

廃教会の外では極寒の猛吹雪が吹き荒んでいる、まるで戦車道全国大会準決勝の行方を暗示しているかのように。

 




以上です。

まぁ、いつもと比べたら少し短くなってしまいました。
如何でしたでしょうか?
京太郎と言うキャラを絡めつつ、原作の流れをある程度守るのに苦労しました(上手くできたとは言っていない)。

もしよければ感想を、作者は感想に飢えているのです!

あと、誤字等見つかりましたら報告してくだされば大変助かります。
ではまた次話でお会いしましょう。

これからもよろしくおねがいいたします!

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