戦車と麻雀のコンチェルト   作:エルクカディス

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凡そ1か月半ぶりですかね?
色々リアルも忙しく投下間隔が長くて申し訳ない……
取りあえず最新話が出来たので投下しますね。

今回は日常回になります。
あの人の心に変化が……
それではご笑納ください。


4話 ―戦車と麻雀の中休み―

 トン トン トン……

 

 此処は大洗女子学園の大倉庫の中。今現在、倉庫は戦車道に使用される戦車の車庫兼整備場として使われており、5両の戦車が鎮座している。戦車が5両、かなりのスペースを使うのだが大倉庫はかなり大きく、まだまだ余裕がある。と言うか大倉庫の空間の3分の2が空いている。そんな大倉庫の片隅で緑のマットが敷かれた正方形の机を囲む4人とそれを取り巻く人影がある。

 

「うーん…… ポン!」

 

 桂利奈が元気のいい声で啼く。そう、単に麻雀を打っているだけだったりする。卓を囲っているメンツは桂利奈、妙子、あや、そして京太郎。全員一年生である。取り巻きで観戦しているのも全員一年生で上級生は誰一人としていない。何故かと言うと、今日は一年生の授業が半ドンで終わる日というだけである。

 さて戦局であるが、現在東4局。少々落ち着きのない桂利奈が片っ端から啼いて啼いて啼きまくるせいで場の流れはぐちゃぐちゃ、もう少し考えろと言いたい。実際、啼きまくったせいで手牌は役無しの裸単騎地獄待ちだ。そしてその煽りをうけた妙子とあやの手牌も手詰まり感がすごい。何とか聴牌まで持ってきたのは良いがすでに待ち牌は全て(ホー)に出ていて品切れである。

 そんな中、京太郎は不気味な沈黙を保ちつつじっくり手作りに専念していた。

 

「あーあ…… また流局かな?」

 

 あやがそう呟くのも納得である。山牌残り3枚でこの戦況、誰でも流局は確実と判断するだろう。妙子もアガリを諦めているのが表情から分かる。一方の桂利奈は能天気に牌をツモり、手牌から三萬を河に捨てる。その瞬間、京太郎が動いた。

 

「ロン! ダブ東ホンイツ三暗刻ドラ3で24000!」

 

「あいいいぃぃいいい!?!?!?」

 

 桂利奈に倍満を直撃させた。この失点で桂利奈はハコ下になりゲームが終了する。ほぼ流局が確定みたいな状況だったので油断しきったうえでの不用意な振込みだった。

 

「あ゛ー…… やっぱり現役麻雀部は強いわー……」

 

「というか4半荘やって須賀君以外みんなヤキトリって……」

 

 そう、すでにこやつ等は4半荘も打っていたのだ。そして京太郎は4半荘全部で打っていたのだ。現役麻雀部員 vs 大洗女子麻雀素人軍団。結果は一方的なものとなった。京太郎がアガり続ける一方で大洗女子の面々は一回もアガレなかったのだ。イカサマを疑われる状況だが、全自動卓なので積み込みは不可能。加えて後ろから打たない面子が見ているのでイカサマはありえなかった。

 

「須賀君、麻雀弱いって絶対に嘘でしょ!」

 

「いや…… 確かに俺弱いはずなんだけど……」

 

 あゆみの言葉に困惑顔で答える京太郎。それもそうだろう、何せ当の本人が4半荘連続で誰かをトバして1位を獲得した現実が信じられないのだから。まあ、これにはちゃんと理由がある。要は清澄麻雀部の環境が特殊過ぎたせいだ。清澄高校女子麻雀チームは初出場でインターハイ優勝の栄光を掴んだチーム、それだけチームの咲達5人の実力はもの凄く高い。そんな中に1人混じるのが高校から麻雀を始めた京太郎である。清澄麻雀部は京太郎を含めて全員で6人、京太郎以外は全国レベルの雀士。そんな環境にいれば自分の実力を過小評価しても仕方がないだろう。下手しなくても自分の実力すら見誤るのは必定だ。現に、ここ最近京太郎はメキメキ腕を上げてきているのだが全くそれに気付けていない。

 インターハイが終わってからは久、まこ、咲、和、優希が出来うる限り京太郎のレベルアップに協力している。むしろ、それのみに集中していると言っていいだろう。平日の夜はオンライン麻雀とチャットを駆使しての練習、週末は京太郎が長野に帰るのでみっちり部室での練習とかなり濃い内容をこなしている。さらに京太郎の練習に付き合わないときは自分たちの指導力の向上のための勉強までしているのだ。これで京太郎の腕が上がらなければ嘘である。

 まぁ、清澄と大洗と行き来する過密スケジュールを難なくこなす京太郎が一番凄いのだが……

 

「麻雀ってこんなに簡単にアガレるものだっけ……?」

 

 大洗学園艦にある雀荘で武者修行した時の京太郎のセリフである。清澄では最高成績は精々2位、しかもたったの1回だけだったのだが、大洗では1位率が3割を超えているのだ。このギャップは中々すごいと言えよう。いろんな意味でだが……

 

「あぃぃぃぃいぃぃぃぃぃ……」

 

 雀卓に突っ伏しながら唸り声を上げる桂利奈。東一局で京太郎に満貫を直撃され、東二局では倍満を京太郎がツモってさらに点数を毟られた挙句、東三局で三倍満の直撃である。一矢報いる暇さえ無く点を割ってしまったのだ。そりゃ元気印の桂利奈でも凹むのは無理もない。

 

「ええい、女は度胸よ! 負けたままでは大洗生の名が廃るわ!! 須賀君、もう一勝負!!」

 

 前向きな性格の忍が、ちょっと放心気味の妙子を押しのけて卓につく。その目は意地でも勝ってやると戦意に満ちていた。そのメンタルの強さは評価に値するだろう。忍の負けん気に触発されたのか梓とあけびがやる気を漲らせて卓についた。尤も相手をする京太郎にしてみれば……

 

「おいおい、既に四半荘連続で打ってんだぞ…… ちょっとお茶で一服くらいさせてくれよ……」

 

 大分お疲れのようである。

 

「あれ、何やってんの?」

 

 京太郎の求めに応じて妙子がお茶を淹れてくれたので、それで一息ついていたら倉庫に誰かが入ってきた。まぁ、声で誰が入ってきたかすぐに分かった。大洗女子学園の生徒会長・杏だ。杏が来たということは当然のごとくセットで桃と柚子も一緒である。

 

「いやー、全自動麻雀卓が倉庫の隅っこに転がっていたのを見つけたんですよ」

 

「そしたら須賀君があっと言う間に修理して使えるようにしてくれたんです!」

 

「牌も一緒に見つけたので、せっかくだから須賀君を囲って打とうということになりまして」

 

 杏の質問に桂利奈と優季、あゆみが答える。杏がチラッと雀卓を見るが、中々立派な全自動卓である。こんなモノが転がっていたということは、大洗女学園もかつては麻雀部があったのかもしれない。

 

「なるほどねぇー、で須賀君と打ってみんなの戦績はどうなのさ?」

 

「あのー…… それが……」

 

 言いにくそうに梓が口を開くが、聞かれたからには答えねばなるまい。全く歯が立たずにボコボコにやられたと素直に言うと、案の定、杏の忠犬が喚きだした。

 

「四半荘もやって誰も須賀から点棒を一本も取れないとは弛んでるんじゃないか!? 大洗魂はどこ行った!!」

 

「まぁまぁ、かーしま、須賀君は本職の麻雀部員さ、それも天下の清澄高校の。ド素人のうち等じゃ勝てやしないって」

 

 大洗魂って何だろうと首を傾げながら興奮している桃をなだめる杏。だが、相手の土俵とは言え大洗生(みうち)がやられっぱなしなのは面白くないのもまた事実。そこで少し発破と言うか大洗メンバーのやる気を出す陰謀を頭の中で組み上げていく。そんなタイミングで新たなメンツが倉庫に入ってきた。

 

「こんにちはー! 不肖秋山優花里、参りました!」

 

「こんにちはー」

 

「あれ、皆で何やってるの?」

 

 残りの戦車道面子である。少し前に3年と2年も授業が終わっていたので、皆が集まる時間になったのだ。後から来た面々もまさか全自動麻雀卓があるとは思わず、それで麻雀をやっていたと京太郎から聞いて少し吃驚していた。そして麻雀を打つことに興味を持ったようだ。

 その様子を見た杏がニンマリと笑みを浮かべる。

 

「1年生だけ須賀君と麻雀を打ったのは不公平だねぇ……」

 

 杏のその言葉を聞いた京太郎は背筋にゾクゾクとした悪寒を感じる。間違いなく厄介ごとに巻き込まれると……

 

「根詰めて練習ばっかりも何だねぇ…… そうだ! 今日の練習は休みにして須賀君と打つ麻雀大会にしよう! 須賀君より上の順位でゲームを終えたら須賀君のお菓子を食べる権利が貰える特典付きで!」

 

「おおぉっ!」

 

「おい、ちょっと待て! 何連荘させる気だ? おまけに俺に全くメリットが無いぞ」

 

 杏の提案にノリノリで答える大洗戦車道面子。条件を満たせば京太郎のお菓子が食べられる特典付きと聞いてテンションの上がり方は半端じゃない。一方の京太郎は当然抗議の声を上げる。このままだと休憩なしで何連荘させられるか分かったものじゃないからだ。

 

「須賀君の抗議も当然だねぃ、なので須賀君にも特典を付けよう」

 

「……いったい何です?」

 

「女子は須賀君にロンされるごとに一枚脱ぐこと!」

 

「………………はい?」

 

「きゃぁあああああ!!!!」

 

 突然投下された特大の爆弾、つまりは脱衣麻雀である。一瞬理解が追いつかなかった京太郎はポカンと間抜け面を晒し、女子勢からは悲鳴が上がる。が、何故か楽しそうな悲鳴だったが……

 

「鳩が豆鉄砲を喰ったような顔してるねぇ、須賀君。もう一回言うよ、()()()()だよ、()()()()

 

「ちょ! おま!」

 

「ウチ等だけが景品付きはフェアじゃ無いっしょ。当然リスクを背負わないと、須賀君の手作りスイーツと釣り合う賭け金っていやウチ等のストリップじゃないかなぁーと」

 

「流石にマズイでしょうがぁあぁぁああああ!!!!」

 

「好みの娘を狙い撃ちにしてスッポンポンにしてもいいんだよ」

 

 トンデモナイことをニヤニヤ顔で宣う杏。何故か場の雰囲気も箍が外れたようにノリノリになっている。流石にこれは阻止しなければマズイ…… というか実行して外部にバレたら事である。必死に止めにかかる京太郎だが、火のついた女子高生を止めるには些か力不足、焼け石に水の見本みたいな状況である。火消しに必死の京太郎、「なんでみんな嫌がらないんだよ!?」と本気で疑問に感じている。付き合ってすらいない男子に下着姿や裸を見られるなど年頃の少女にとっては絶対避けたい状況のはずだ。なのに、このノリとヤル気は一体…… 京太郎の頭の中で疑問符が大乱舞していた。

 

「さて、じゃあまずは言い出しっぺから行きますかねぇ。私、かーしま、小山対須賀君で始めよっか」

 

「話を聞けぇえええええ!!!!」

 

 

 

 

 …………………………………

 ……………………

 …………

 

 

 

 

 

 

「ひ、酷い目に遭った……」

 

 海がオレンジ色に染まり、水平線の彼方に夕日が沈もうとしている。彼はいま学園艦の中にある左舷公園に来ている。船体中央の左舷の端にある緑地公園で、学園艦で暮らす人々の憩いの場所である。いま大洗学園艦は舳先を北へ向けているのでこの公園から沈んでいく夕日を眺めることが出来る。

 酷く草臥れた様子の京太郎、それも当然である。さっきまで連続で7半荘は麻雀を打ち続けたのだから。しかも杏の余計な提案で脱衣麻雀だったのだから救われない。京太郎は1位を取れなかったら上の順位の女子にお菓子を作る、女子は京太郎にロンされるたびに一枚脱いでいくというルールだ。京太郎にとってお菓子を作るのは別に問題ではない。大した手間ではないしお菓子作りは趣味でもあるのでドンとこいである。しかし、自分は麻雀部員である。麻雀をする以上は勝たなければならないが、ここで立ち塞がるのが脱衣ルールだ。当然、女の子を脱がせるわけにはいかないので、必然的に京太郎の上がりはツモのみに限定されてしまう。このあまりに大きすぎるハンデを背負いつつも京太郎は全ゲームで何とかトップを取ることに成功していた。

 当然、誰一人として一枚も脱がせていない。

 

「いつか必ず仕返ししちゃる……」

 

 事の元凶の杏への仕返しを心に誓う京太郎。何度対局中に杏だけを狙い撃ちしてマッパにしてやろうかと思ったことか…… 湧きあがる報復の欲求は精神力でなんとか抑え込んだ。加えてハンデの大きい麻雀を打ち続けたので精神的にボロボロである。

 荒んだ心を癒すためお気に入りのこの公園までやってきた京太郎。口から出た誓いの言葉が何故か広島弁、どうやらまこの影響を受けている様子である。

 

「きれいな夕日だな……」

 

 疲れた体を公園にある柵にあずけ、顔を照らす夕日を見て呟く京太郎。空の上から沈みゆく夕日を見るのが好きな彼だが、こうやって海を行く船からゆったりと眺める夕日と言うのもオツなものだと思う。サァァァっと穏やかな潮風が彼の綺麗な金髪を撫でていく。不思議な心地よさに体から疲れが抜け落ちていくみたいな気分になる京太郎、すべての生き物の母なる海には不思議な癒しの力があると信じてしまいそうになる。

 

「ん? あれは西住先輩?」

 

 潮風に心を載せていた京太郎、その視界にふと見覚えのある人影が写りこんだ。中肉中背の栗色髪のショートカット、特徴的な後ろ髪を見れば戦車道チームの指揮官を務める西住みほだとすぐに分かった。彼女も左舷公園に来ていて、デッキの端の転落防止用柵に体を預けている。沈みゆく夕日を眺めながら何やら考え込んでいるようだ。

 

「西住先輩、こんなところでぼーっとしてると、夏とはいえ風邪をひきますよ?」

 

「えっ? す、須賀君……?」

 

「はい、皆の雑用係・須賀京太郎ですよ」

 

 先ほどまでの自分自身を棚に上げてみほに声を掛けて注意する京太郎。突然、後ろから声を掛けられたみほの方は一瞬身を竦ませるが、相手が京太郎だと分かってホッとした表情を浮かべる。コミュ障の彼女だが京太郎相手に普通に話せるまでにはなっているらしい。短い期間にここまで彼女を手懐けたのは、京太郎の高いコミュニケーション力の賜物だ。流石と言うほかないだろう。

 

「須賀君はなんでこの公園に?」

 

「……疲れた心を癒しに、ですね」

 

「……えっと、どういう事かな?」

 

「……脱衣麻雀ですよ…… ロン封じでアガるのにどれだけ神経を磨り減らしたことか……」

 

「あ、あはははは……」

 

 みほがこの時間に公園に来た理由を京太郎に尋ねるが、ゲンナリとした表情の彼の答えを聞いて乾いた笑いしか出てこなかった。京太郎がお疲れである理由の一端に自分が入っているのだから、まぁ当然であろう。

 

「それにしても何で皆、脱衣麻雀の参加を嫌がらなかったんだ? 普通は男に下着姿や裸なんかを見られたくないはずだよな?」

 

 ブツブツと愚痴をこぼす京太郎。それを聞いたみほは心の中で「だって須賀君は女の子を傷つける様なことは絶対しないって、皆分かってるから……」と呟く。どうやら京太郎は戦車道のメンバーからかなり信頼されているようである。と言うか戦車道のメンバー全員確信犯らしい。京太郎からすれば、あんなしんどい麻雀打つくらいならそんな信頼はドブに投げ捨てたいだろうが……

 頭をガシガシと掻きつつ、ハーッと大きく息を吐く京太郎。自分の中で幾分か整理を付けたのか少しマシになった表情をみほに向ける。

 

 

「で、西住先輩は何か悩み事ですか?」

 

「えっ? なんで……」

 

「いや、幼馴染が居るんですけど…… そいつ家庭のゴタゴタで悩んで塞ぎこんでた時があったんで…… 今の先輩の雰囲気がその時の幼馴染と同じだったから、もしかしてと思って……」

 

「そうなんだ……」

 

 悩み事を抱えてモヤモヤしていて、気晴らしにこの公園に来ていたことを言い当てられて驚くみほ。「まぁ、余計なお節介なんですけどね」そういってペロリと舌を出しておどける京太郎。言いたくなければ言わなくてもいいというサインだ。そんな京太郎の様子が可笑しかったのかクスッと笑うみほ。どうやら肩の力が少し抜けたようだ。

 

「須賀君、少し話を聞いてくれる?」

 

 そう言ってポツリポツリと話を始めるみほ。以前いた黒森峰が自分のせいで全国大会10連覇を逃したこと、そのことで様々な人から後ろ指を指され家元の母に叱責されたこと、戦車道が怖くなり逃げ出したこと、大洗でできた友達のおかげで再び戦車に乗ったこと、姉のまほのインタビューを見て居たたまれなくなったこと…… 胸にたまった澱を出すかのように少しずつ話していく。

 

「私…… 分からなくなっちゃった…… 西住流の戦車道のモットーは常勝不敗、でも…… 何もかもを犠牲にして勝つことに意味があるのかなって……」

 

 そう言ってじっと聞いていた京太郎に顔を向けるみほ。その表情は笑っていた、しかしその笑みは……

 

「アハハ…… 西住の私がこんなこと言うなんて…… おかしいよね……」

 

 余りにもチグハグで、今にも壊れそうな自分を嗤う嘲笑だった。このまま放って置いたらこの人は必ず心が折れて立ち直れなくなる…… 直感的に京太郎はそう感じた。

 

「後悔してます?」

 

「……えっ?」

 

「川に落ちた戦車の搭乗員を助けて優勝を逃したことを…… そのまま見捨てて戦闘を続けて…… 優勝した方が、助けなければ良かったって」

 

「そんなこと…… そんなことない!」

 

「…………」

 

「あの娘たちが犠牲になっても優勝の方が良かったなんて思わない! そんなの絶対嫌だ! 助けなければ良かったなんてそんなの思わないよ!!」

 

 小さな声で京太郎はみほに問うた、助けたことを後悔しているのかと。その問いに返ってきたのはみほの爆発するような感情。彼女にしては珍しいほどに声を荒げていた。それを聞いた京太郎の顔に微笑みが浮かぶ。

 

「もう答えは出てるじゃないっすか」

 

「……へっ?」

 

 思わぬ京太郎の言葉にポカンと間抜け面を晒すみほ。京太郎はその表情を見て少し吹き出しそうになるが、ここは我慢。そして話を続ける。

 

「即答でそれだけ強く言い切るんですから、それが西住先輩の本心ですよ。もっと胸を張ったらどうです? 私は正しいことをしたんだって」

 

「で、でも……!?」

 

「そりゃ周りは色々言うでしょうけど、そんなの鼻で笑えば良いんですよ。俺は先輩の考えは正しいと思いますよ。もっと自分に自信を持ちましょう」

 

 彼女に必要なのは自身を肯定してくれる人間。みほの中では既に答えが出ている。しかし、事件後の黒森峰にはみほを否定する人間しかいなかったせいで弱っているだけだ。だから京太郎は肯定する。西住みほと言う人間を、その考え方を。彼自身みほの考えは正しいと感じている。だからこそ言葉で彼女を後押しする。

 

「だけど…… 私は西住流の人間だから……」

 

 尚も言いよどむみほ、そんな彼女を見て京太郎は少し考える。顎に手を当てて少し思案した彼は「フム」と零して、再び彼女に話しかける。

 

「西住先輩、黒森峰にいたときは戦車に乗るのは楽しかったですか?」

 

 この言葉にみほは首を横に振る。やはり黒森峰では楽しくなかったようだ。

 

「じゃあ、今、大洗で戦車に乗るのは?」

 

 少し迷いつつも今度は縦に首を振って楽しいと意思表示をするみほ。京太郎はそれを見て「我が意を得たり」と口元を綻ばせる。

 

「スポーツって楽しくなけりゃダメなんです。そりゃ目標や志も必要でしょうけど、楽しく無けりゃ続けられませんからね。俺なんて清澄の麻雀部で麻雀打ったらいつもドベか3位でボコボコにされてるんです。それでも続けてるのは楽しいからですよ。麻雀部の皆と打つ麻雀が楽しいから……」

 

「伝統の黒森峰じゃ西住の名に連なる者として義務で続けていたのかもしれませんが、今年復活したこの大洗じゃ西住流の(しがらみ)は無いでしょ? 先輩なりの戦車道をやっても誰も文句言わないと思いますけどね」

 

「私なりの…… 戦車道……」

 

 京太郎の言葉に感じ入るのもがあったのか小さく呟くみほ。

 

「そうです、武部先輩や五十鈴先輩、秋山先輩、冷泉先輩…… その他のメンバー全員で作り上げていく戦車道です。そうだ、何なら大洗流として新しく立ち上げますか?」

 

「ほら、それなら胸張って言えるじゃないですか。「私の戦車道は大洗流だ! 優勝放棄して人命救助を優先させて何が悪い!!」ってね」

 

「クスッ…… 須賀君、それかなり乱暴だよ」

 

「乱暴上等! こういうのは言い切ったもの勝ちです」

 

 結構な勢いで無茶苦茶言っている京太郎。それが可笑しかったのかクスッと笑いながら突っ込むみほ。もう先ほどの壊れてしまいそうな危うさは無くなり、吹っ切れたいい笑顔になっていた。そして彼女はフッっと一息抜くと群青に染まりつつある空を見上げる。

 

「私なりの戦車道か…… そんな事、考えたこともなかったなぁ」

 

 もう夕日は完全に沈み、体を撫でる潮風も少し寒く感じる。ちょっとした沈黙が二人の間に流れるが、嫌な静かさではない。どちらかと言えば不思議な心地よささえ感じる静かさだ。みほと同じく、京太郎も空を見上げていた。

 

「さて冷えてきましたね…… 俺はネットでの麻雀の特訓があるので失礼しますね」

 

「うん…… あ、あの! 須賀君!」

 

「何ですか?」

 

「色々ありがとう…… 少し楽になった気がするよ」

 

「どういたしまして。西住先輩、苦しくなったり悩んだりしたら一回立ち止まって周りを見渡すといいですよ。先輩には手助けしてくれる人が一杯居るんですから」

 

 京太郎がそういうと、公園の向こう側から「みぽりーん!」と呼ぶ声が聞こえてきた。声がする方に目を向けると、沙織を先頭に優花里、麻子、華がこちらの方に小走りで向かって来ているのが見える。それを横目で見て「ねっ」と言う京太郎。みほはそれを見てクスッと笑う。

 

「じゃあ、先輩。また明日」

 

「あっ!」

 

 踵を返して薄暗がりの道を歩き出す京太郎。そんな彼の背中を見てみほの中にある変化が起きる。

 

「何だろう…… 何か胸がドキドキするよ……」

 

 誰も聞くことが無かった彼女の呟きが宵の空に溶け込んでいった。

 

 

 

 

 

 …………………………………

 ……………………

 …………

 

 

 

 

 

 時間は京太郎が公園でみほと会話していた時より少し遡る。まだ太陽は地平線から少し高い位に浮いている。そんな時間の長野の空で1機の飛行機がゆったりと飛んでいた。機首に搭載された最大馬力160 hpを発揮する空冷星形エンジンの瓦斯電(がすでん)神風(かみかぜ)」が軽快なエンジン音を響かせている。100 km/hほどの飛行機としては非常にゆっくりした速度で飛んでいるこの機体、複葉単発の複座機で驚くことに材質は木製布張りである。三式陸上初歩練習機(K1Y2)と言うのがこの機種の名前だ。名前の通り飛行機の操縦を習う際に一番最初に乗る機体である。

 

「じゃあ和ちゃん! 実際に操縦してみましょうか! 右手で操縦桿(スティック)を握って、左手はスロットルレバーに添えてね! 両足はラダーペダルに! まずは直線飛行よ! 真っすぐに飛ばすの!」

 

「は、はいッ!!」

 

 後席で操縦桿を握っていた京太郎の母親である須賀ケイが伝声管に向かって声を張り上げる。それを受け取るのは前席に座っている和だ。返す返事は緊張感のせいか少し震えた感じがする。ケイは敏感にそれを感じ取って再び伝声管を使って話しかける。

 

「大丈夫よ、もっとリラックス! 操縦桿を握る手に力が入るとヒコーキは敏感にそれを感じ取るから、もっと体の力を抜いて!」

 

「は、はぃい! 操縦桿は生卵を握るが如く、ですね!」

 

「そうそう! 私が後席に乗っているんだからもっと気楽にね!」

 

 戦々恐々と両手と両足を操縦装置の所定の場所に持っていく和。ケイがリラックスと言っているがやはり硬さは抜けない。まぁ、これは仕方がないだろう。なんせ実機の操縦に初チャレンジするのだから、直線飛行のみだけとはいえ緊張して当たり前である。

 

「それじゃ、You have control !(君が操縦せよ)」

 

「あ…… アイ ハヴ コントロール!(操縦を引き継ぎます)」

 

 和の復唱を聞くとケイは「You have.」と伝声管に返し、操縦桿から手を離す。この瞬間、機体のコントロールは全て和の手に委ねられる。先ほどまではピシッと真っすぐ飛んでいた機体が、コントロールが和の手に渡ってしばらくすると機首方位(ヘディング)が微妙に左右に振れだしたり、エンジンのカウンタートルクによって少しずつバンクが左へ傾いたりする。まぁ、フラつきはするが10分ほどは何とかコントロールして飛行できていた。全くの素人にしては上出来とケイは評価し、頃合いを見計らってコントロールを自分に戻す。その時に「いい調子、上出来よ! Nice control !」とコメントするのを忘れない。和が操縦桿から手を離し、付けていた皮手袋を脱いでみると緊張のせいか手は汗だらけになっていた。

 

 その頃、地上では先に飛行体験を終えていた咲達4人と京子、京太郎の父エイノが熱いお茶を飲んでいた。まだまだ暑い時期ではあるが、オープンコクピットの機体に乗って飛行していると案外体は冷えるものである。ついでに言うと何故か雀卓も持ち込まれており咲、優希、まこ、京子の4人が闘牌中だ。

 

「須賀のおじさん、本当に何から何まですいません」

 

 久はと言うと、エイノとお茶を飲みながら話していた。若い少女とお茶をしているせいかエイノはニコニコと機嫌がいい。もしこの光景をケイにでも見られでもしたら制裁を受けること間違いなしである。

 

「何、大したことじゃないさ。心の翼を持つものが増えるなら大歓迎さ」

 

 京子から誘いがあったとはいえ、京太郎の両親に操縦訓練の諸々に骨を折ってもらった事に恐縮しきりの久。座学用の教材を用意してもらったうえ、訓練用の機体までハンガーの片隅から引っ張り出してもらったのだ。おまけに2人には教官役までしてもらっている。当然、頭など上がらない。付け加えるとケイとエイノの指導は丁寧で、まず基礎の座学から操縦桿の動かし方まで実物を使ったりして手取り足取りしっかりレクチャーしてくれていた。大洗に教官役で訪れた陸自の某T一等陸尉の「戦車なんてばーっと動かして、だ ーっと操作して、どーんと撃てばいいんだから」と宣い、いきなり実戦に放り出すアバウトな指導とはエラい違いである。

 まぁ、戦車は操作ミスしてもエンストで止まるだけで済むが、飛行機の場合は下手にミスすると地面とディープキスしてそのまま三途の川を渡ることになる。教官の指導方法の違いは、この点も大きいのだろう。

 

「それに、ウチの京太郎や京子が世話になっているしね。これくらいはお安い御用だよ」

 

「それでも…… 特に機体なんて大変じゃなかったですか?」

 

「ハハハ、K1Y2って需要が無くてね…… なにせ用途が初心者の訓練用。趣味や好みで乗る人の多い戦闘機や雷撃機みたいな人気は無いうえ、今はもっといい訓練機が幾らでもあるからね。態々、古臭いK1Y2を引っ張り出すまでもないんだ」

 

「だからあの機体もハンガーの片隅で埃を被っていたんだ。たまにはエンジンを動かしてやらないと本格的に動かなくなるからね。今回のことは渡りに船だったんだ。だから気にしなくていいよ」

 

 実際、いま和が乗っている三式初歩練習機は一応エイノが販売している商品である。まぁ、値段は本当に二束三文で、10年前に手に入れて以来全く買い手がつかない不良在庫の典型なのだが。

 

「あれ、商品だったんだ…… ウチの所有機だと思ってた……」

 

 河に二索を捨てつつ京子が零す。中古レシプロ機の販売・レストアを手掛けているだけあって須賀家のハンガーには多種多様の機体が商品として置かれている。その中に混じって家族所有の機体も幾つか留め置かれているのだが、三式初歩練習機もその中の1つだと京子は思い込んでいたのだ。まぁ、無理もない。京太郎と京子のパイロットとしての第一歩も件の三式初歩練習機だったのだから。

 

「京子ちゃん、そんなにいろんな機体持ってるの? あっ、それポン」

 

「家族で7~8機は持ってますね」

 

「そんなに持っちょるんか?」

 

「ええ、売り物の機体はその4倍はありますよ」

 

 咲と京子とまこが話しながら麻雀を打つ。ちなみに優希は現在点数が一人沈み、次に誰かに上がられたらトンでしまうので話に加わる余裕をなくしている。

 

「そう言えば京子、よく無線で『ブレイズ』とか『エッジ』とか言っちょたけど、あれは何じゃ?」

 

 一番最初に訓練飛行をしたまこは、終わったあと地上でずっと京子と喋ったりしていた。時折、京子が無線で上空を飛ぶ両親と交信していたのだが、その時聞き慣れない単語が聞こえて気になっていたのだ。

 

「ああ、それTAC(タック)ネームです。優希先輩、それチーです」

 

 優希が捨てた三萬を啼いて手に加えつつ、答える京子。

 

「タックネーム?」

 

「ええ、ヒコーキの無線交信で使用される便宜上の名前です。ちなみに『Blaze(ブレイズ)』が父で『Edge(エッジ)』が母です」

 

「京子も持っちょるんか?」

 

「ええ、持ってますよ。私のTACはカピバラを縮めた『Capi(カピ)』です」

 

「それ可愛いね。あっ、優希ちゃんそれカン。もう一個カン…… で、ツモ! 嶺上開花!」

 

「おー、大明槓の責任払いで優希のトビじゃな」

 

「じょぉぉぉおぉおおおおおお!!!!」

 

 点数に余裕のある咲とまこと京子がTACネームについて話しながら麻雀を打ち、優希は負けまいと必死に無言で麻雀を打つ。が、その甲斐も無く河に捨てた五筒を咲が大明槓、そして怒涛の連続カンで嶺上開花を自模、責任払いで優希のドベが決定してゲームが終了した。

 

「ドンマイ、優希。じゃあ、須賀君のTACネームはなんていうの?」

 

「兄さんは『Cipher(サイファー)』ですね」

 

「……何て意味だじぇ?」

 

「ええっと…… 暗号って意味だったと思います…… 確か、小学生の時にお爺ちゃんから貰ったはずです。そうだよね? お父さん」

 

 優希を慰めつつ久が京太郎のTACネームを訊く。それには即答した京子だったが、意味を訊ねる優希には額に手を当てて記憶を手繰り寄せながら答える京子。元々は祖父のTACネームだったらしく今一つ由来とか意味とかを詳しく覚えていなかったようだ。

 

「ハハハ、まぁ皆もその内TACを使うことになるだろうから、今のうちから考えておくといいよ」

 

 ニコニコと愛娘と息子の部活仲間の会話を見ていたエイノが言う。それを聞いてあーだこーだと自分たちのTACネームを考え出して盛り上がる咲達。この後、地上に降りてきた和も加わってまさしく姦しいさまになっていく。ちなみに、優希のTACネームの第一候補は満場一致で『Tacos(タコス)』だった。本人もノリノリだったのでほぼ決定だろう。京子も楽しそうに会話に加わっていて、それを見ていた須賀夫妻は愛息子と愛娘は良い仲間に巡り合えたなと頬を綻ばせたのだった。

 




4話は以上です。
もう一話日常回入れてプラウダ戦に行こうかと思います。

そういえばそろそろ艦これの冬イベントが始まりますね。
もしかしたらイベントのせいで筆が更に遅くなるかもしれませんが、その時はご容赦を。

感想、評価は大歓迎、いっぱい書いてもらえるとモチベーションも上がると思うのでよろしくお願いします!

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