戦車と麻雀のコンチェルト   作:エルクカディス

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およそ一か月ぶり、エルクカディスです。
第2話でサンダース戦行けるかと思ったらまたもや字数1万字越えで断念…

大洗と清澄、それぞれの様子をお楽しみください!


2話 ―甘味処・須賀屋へようこそ!―

「大洗女子の戦車道の方たちですか? 清澄高校の須賀京太郎です。学生議会の依頼で助っ人に参上しました」

 

「大洗生徒会長の角谷杏、ようこそ大洗女子学園へ。歓迎するよ、須賀君」

 

キャノピーを開放し、操縦席から降りた京太郎が自己紹介する。

それに答えるように杏も自己紹介をして、右手を差し出す。

その右手に自分の右手を差し出す京太郎、2人はガッチリと固い握手を交わす。

 

「遠路はるばるご苦労様だね… まぁ、大洗(うち)が無茶を言ったせいなんだけどね、とりあえず来てくれて助かったよ。ありがとう」

 

「事の顛末は聞いています、角谷会長。まぁ、交渉の手段は褒められたものでは無いですが、事情は理解しています… 納得しているかは別ですけどね」

 

自分たちをここまで振り回したのだ、ちょっとした嫌味くらいは許されるだろうと会話のジャブをかます京太郎。

杏に対する京太郎(一年坊主)の嫌味。

杏を敬愛する… と言うか主人()に忠実な(いぬ)の桃が騒ぐかと思いきや、驚くことに肩を震わせながら耐えていた。

京太郎の派遣で清澄(むこうさん)に多大な迷惑を掛けているのだ、ここでキレて喚き散らせば下手すりゃ全てがご破算である。

杏も杏で「たはは… こりゃ手厳しいね。」と呟きながら背中に冷や汗を流していた。

 

さて、そんな心温まる会話をしている京太郎と杏、桃、柚子以外のメンツはどうしているかと言うと…

 

「ところで他の皆さんはどうしたんですか? やけに静かにこっちを見てますけど…」

 

京太郎の言う通り、京太郎たち4人を遠巻きに見ながら沈黙を保っていた。

と言うか、脳の処理が追いついていないのか皆が皆、半口を開けてフリーズしている。

そして、京太郎が首を傾げておよそ30秒…

長いと取るか、短いと取るか微妙な時間が過ぎて…

 

「「「お、男の子ぉぉぉぉぉおおおおおおお!?!?!?!?」」」

 

全員が再起動を果たした。

天地を揺るがしそうな大絶叫とともに。

 

「えっ? えっ? 男子? ちょっと私スッピンだ!? やだもーーー!!」

 

「あいいいいい!? だんし!  男子なんでぇええ!?」

 

「エルヴィン… 夢かも知れないから思いっきり殴ってくれないか?」

 

阿鼻叫喚の大パニックである。

この混乱の坩堝にドン引きしながら京太郎は傍にいた柚子に聞く。

 

「ちょ、みなさんどうしたんですか…?」

 

「クスッ、大洗(うち)って女子高でしょ? そこの戦車道の助っ人に男子高校生が来たからみんなビックリしてるの」

 

聞かれた柚子は口に手を当てて可笑しそうにちょっと笑いながら答える。

それを聞いた京太郎は「はぁ… そんなものですか…」と再び混乱している戦車道面子を見渡す。

混乱して大声を上げているもの、目を見開いて未だにフリーズしているもの、各々の反応はそれぞれだが、一致しているのは暫く収まりそうにないということだ。

と言うか吃驚し過ぎて既に全員の目に京太郎は映っていない。

 

「まぁ、落ち着くまでしばらくかかると思うから… 今のうちに校長と職員室に挨拶しておいで。寝泊まりする部屋にはあとで案内を付けるからさ」

 

京太郎の腰をポンと叩きながら杏が言う。

それもそうだと同意した京太郎は、一時的な転校手続きの書類などを貨物から取り出して校舎の方に歩き出す。

が、一歩踏み出して、思い出したかのように生徒会面子の方を振り返って…

 

「先ほどは嫌味言ってすいませんでした。まぁ、こんな自分ですが仲良くしてください。これから2か月よろしくお願いします」

 

と頭を下げた。

そして、今度こそ本当に校舎の方に向かって歩き出す。

 

「なんだ… 良いやつじゃないか」

 

嫌味な奴かと心配した杏だったが、どうやら良い奴そうだと京太郎の評価を改めて、そっとため息を吐いた。

 

 

…………………………………

……………………

…………

 

 

 

「改めまして、長野県立清澄高校から来ました須賀京太郎です。未熟な1年生ですが、戦車道全国大会に出場される皆さんのサポートをさせていただきます。全国大会終了までの短い期間ですが、よろしくお願いします!」

 

校長室、職員室と到着の挨拶回りを済ませた京太郎、再び戦車道のメンバーの前に姿を現していた。

何とか大混乱から現実に立ち直っていた19人の少女たちが整列、彼女たちの前に立ち京太郎はキチンとした着任の挨拶をする。

 

「はい、須賀君ありがとね。…女子高に男子が来たんだ、みんな色々聞きたいことがあると思うから質問タイムと行こうか」

 

京太郎の挨拶のあとそう杏が切り出すと、予想通り挙手の嵐。

あまりの想像通りの状況に苦笑いをしながら杏が指名したのは…

 

「ほい、それじゃトップバッターは… 武部ちゃん」

 

「はーい! 2年生の武部沙織です! 須賀君はなんで大洗に来たんですか!?」

 

いきなり核心をついた質問である。

大洗が廃校の危機を迎えていることを未だ大洗女子学園生徒会は公表していない。

この質問を京太郎に答えさせると廃校の件がバレてしまう危険性が大である。

京太郎も先ほど杏から廃校の件は内密にしてほしいと伝えられていた。

杏の顔を伺う京太郎。

杏はコクリと小さくうなずき、口を開く。

 

「それに関しては私の方から説明するよ」

 

そうして説明を始める杏。

曰く、大洗女子が戦車道を止めたのは20年も前の話でノウハウが完璧に失われてしまったこと。

曰く、戦車道履修者が22名集まったが、自動車部の協力を得たとしてもノウハウ喪失の影響は大きくマンパワーが不足していること。

 

「そこで、友好校である清澄に全国大会まで人手の提供と協力を打診したんだ。清澄にロリコン副会長・内木(独自の情報源)が居てね… 須賀君っていう優秀な人材がいるって知ったから、指名させてもらったんだ」

 

つらつらと理由を述べる杏。

協力を打診と言っているが、実態は学校の名誉を盾に取った脅迫だ…

その裏を十分すぎるほど知っているので京太郎は少し苦い顔。

少し腹は立つが… この場で抗議するほどのことでもないだろう。

後で、小言ぐらいは言うつもりだが…

 

「それじゃ次の質問は… 大野ちゃん」

 

「はーい! 同じ一年生の大野あやです! さっきゼロ戦で降りてきたけど、須賀君のゼロ戦ですか!? あと何時からヒコーキに乗ってますか!?」

 

元気いっぱいに大野あやが質問する。

この質問には京太郎が… と言うか先ほどの質問が例外すぎて杏が代理で答えただけだ。

 

「うーん… まず一つ訂正。あのヒコーキは零式艦上戦闘機(ゼロ戦)じゃなくて、紫電改っていうヒコーキです。同じ旧日本帝国海軍の戦闘機でゼロ戦の後継機です」

 

「残りの質問だけど、一週間ほど前は『赤とんぼ』って言われている九三式中間練習機に乗っていました。紫電改(これ)は大洗に行くって言うので父から譲ってもらった機体です。それとヒコーキには小学校のころから乗っています」

 

「じゃ次… 松本ちゃん!」

 

「会長、エルヴィンと呼んでほしい… まぁ、いいか… 須賀君は空戦道をやっているのか?」

 

「いえ、武道としての空戦道はやっていません」

 

「はい! 二年生の磯部典子です! 清澄と言えば麻雀のインターハイ優勝の大金星だけど、須賀君はメンバーの人と顔見知り?」

 

「ははは… 実は俺、その麻雀部の部員なんですよ」

 

「二年生の秋山優花里と言います! 好きな食べ物はなんですか!?」

 

「当然、パイロットご飯の巻寿司です」

 

こんな感じでワイワイと質問タイムは進んでいく。

特に麻雀部部員であることが明らかになった瞬間は大いに盛り上がった。

なんやかんやで19人全員が質問することになった。

そして、やっと戦車道の練習に入ることになったのだが…

 

「んじゃ、須賀君。これ資料だから」

 

そういって手渡されたのはB5サイズのノートのようなもの。

受け取った京太郎は首を傾げつつ…

 

「戦車の整備マニュアルか何かですか?」

 

と聞いた。

 

「いんや、須賀君が乗る38(t)戦車の操縦マニュアルだよ。生徒会チーム(私たち)も一緒に乗るからね」

 

「………………………へ?」

 

杏の返答に固まる京太郎、心の中は大混乱だ。

今、角谷会長は何と言った? 俺()戦車に乗ると言ったか…?

あれ? 俺って戦車道のサポートに来たはずなんだけど…

 

「ちょ、ちょっと待ってください! 俺も出るんですか!?」

 

「あれ? 言ってなかったっけ?」

 

「聞いてませんよ! と言うか戦車道って()()()武道でしょ!? 男子が出るとか有り得ないじゃないですか!!」

 

「ちっちっちっ、世間ではそう思われてるけどね、()()()()()が正解だよ、須賀君。実は男子で戦車道やっているのも本当に極少数いるんだよね」

 

「………」

 

「それに戦車道の大会規定では参加選手は女子のみって規定されてないんだよね」

 

「…つまり、ルールの裏をかくと…」

 

京太郎の言葉にニンマリとした表情で無言の肯定を返す杏。

そして京太郎は思った。

そういえば清澄の久(部長)も相手の心理の裏をかいたり、規定スレスレのグレーゾーン作戦が好きだったなぁと。

生徒会のトップってなんでこんなに策謀を巡らすのが好きな性格をしたのが多いのだろうかと本気で天を仰ぎたくなった。

そして、大洗にいる間は杏に振り回されるんだろうなと悟った。

 

「…でも俺は清澄高校の生徒ですよ、他校の生徒が試合に出るのは許されるんですかね…?」

 

無駄とは悟りつつも… なお抵抗を試みる京太郎。

 

「それについては大丈夫だ。須賀は短期国内留学生と言う扱いになってるから、現在の学籍は大洗女子になっている」

 

桃のこの一言がトドメだった。

もはや退路など何処にも存在しない…

京太郎は観念した表情でマニュアルを読むべく倉庫の近くにあった椅子に向かう。

と、途中で足を止め杏に声を掛ける。

 

「角谷会長! 紫電改を雨曝しにするわけにはいかないので、ハンガーのどこに入れればいいですか?」

 

「すぐに出せる場所がいいよね? あとで自動車部に聞いておくよ」

 

「よろしくお願いします」

 

今度こそ、マニュアルを読むべく深く腰掛ける京太郎だった。

 

 

…………………………………

……………………

…………

 

 

「…戦車の整備、エンジンの方は問題なさそうだな… 問題は操縦と砲撃か…」

 

ジックリ4時間ほどかけてマニュアルを読み込んだ京太郎。

結果、自分に出来ることと出来ないことの差が激しすぎるという結論に至った。

 

「やあ、どんな感じだい?」

 

本日の練習が終わったらしく、皆が京太郎の方に集まってくる。

かなり集中していたらしく京太郎は練習が終わったことに気付いていなかった。

 

「やはり選手としては役立てそうにもないですね… 整備に関してはなんとか行けそうですが、操縦と砲撃に関してはサッパリです」

 

「ふむ…」

 

杏に現状の自分を分析した感想を答える京太郎。

整備に関しては実家がアレなので自信がある、しかし操縦と砲撃に関しては全くの初心者、如何ともし難い。

が、ここで疑問が浮かぶ…

航空機用エンジンと戦車用のエンジンは別物ではないのか、と…

ところがどっこい、実は航空用の高馬力エンジンと戦車用のそれとは結構共通点がある、と言うか航空用エンジンが戦車用に流用された例と言うのも多数あったりする。

有名どころではミーティアエンジン、こいつはスピットファイアやムスタングに搭載されていたマーリンエンジンを戦車用に改修したものだ。

また、T-34やM4A3シャーマン、クロムウェル戦車などかなりの戦車が航空用エンジンをベースとしたエンジンを搭載していたりする。

航空用エンジンと言えば星形エンジンが有名だが、直列空冷や直列液冷のエンジンも数多い。

この分野は実家でエンジンを弄り慣れている京太郎の独擅場だ。

ヒコーキ乗りは自分の愛機のエンジンの面倒くらい見ることが出来なければ務まらないのだ。

 

「えっ、でもヒコーキ飛ばせるなら地面を走る戦車くらい動かせるんじゃ?」

 

「そうだよ、戦闘機に乗ってるなら銃撃もするんでしょ? なら戦車の主砲も撃てるんじゃ?」

 

梓とあゆみが不思議そうに聞く。

彼女たちにしてみれば「難しいヒコーキに乗れるなら戦車くらい楽勝!」と言った感覚なのかもしれない。

彼女たちのセリフを聞いて深―い溜息を吐く京太郎。

ここはきちんと訂正しておかねばなるまい。

 

「あのなぁ、戦車と戦闘機じゃ機動が違い過ぎるだろ… 2Dと3Dじゃ求められる感覚やセンスってもんが全然違う… あとヒコーキの銃撃ってのは、機銃が固定されていて機体の運動で照準を合わせるんだ。戦車は砲塔で砲自体を動かして照準するから全然違う」

 

長々と京太郎は説明するが…

では、彼自身が考える自分の試合でのベストポジションは何かと聞かれると。

 

「無線かなぁ… 一応、航空特殊無線技士を持ってるからなぁ」

 

この言葉を聞いた杏は即座に京太郎をカメさんチームの通信手に任命する。

一応、京太郎のポジションは決まったが、戦車道の試合中何があるかわからない。

なので、今後操縦と砲撃も一応訓練するという事になった。

 

「じゃあ、練習も終わったし… お風呂で汗を流した後、須賀君の歓迎会と行こうか!」

 

「では1時間後にレクリエーションルームに集合だ」

 

「おーーーーっ!!」

 

「お… おー…」

 

杏と桃の号令にノリノリで答える女子校生多数。

そのノリに流石の京太郎もちょっと引き気味… と言うかこの後絡まれるのが目に見えている。

はてさて、どうやって切り抜けるか考えるだけでも頭が痛い。

 

そんな心配をしつつも京太郎は柚子から教えてもらったシャワー室で汗を流し、紫電改の空きスペースに突っ込んだ荷物から新しい服を取り出して着替える。

再び紫電改の空きスペースに頭を突っ込み、一抱えほどの大きさのクーラーボックスを取り出して校舎にあるレクリエーションルームに向かう。

そこにはすでに様々なお菓子やジュースが用意されていた。

 

京太郎が着いた頃には、既に数人が来ていて仕上げの準備をしているところだった。

その数分後にゾロゾロと汗を流した面々が到着し歓迎会の準備が完了する。

 

「それじゃ、須賀君の大洗女子戦車道参加を祝って… かんぱーい!!」

 

「かんぱーーーい!!」

 

杏の掛け声で乾杯し、京太郎の歓迎会が始まった。

もちろんグラスに満たされているのは当然ジュースである。

 

「ねえねえ、須賀君って麻雀部なんでしょ? 清澄の麻雀部ってインハイで優勝したじゃん。須賀君も結構強いの?」

 

「須賀殿! 須賀殿はどんな戦車がお好きですか!?」

 

で、この催しは京太郎の歓迎会である。

そしてここにはジュースやお菓子が一杯で女の子たちのテンションは天井知らず。

加えて参加者は同年代の男子との交流が殆ど無い女子校生(うえたけもの)

当然、京太郎を囲んでの再びの質問攻めになるのは当然の流れだった。

 

「ちょ、ちょっと! 一気に聞かれても答えれませんって!」

 

女子に囲まれてあたふたする京太郎。

いや、この場合は包囲と言った方が正しいだろうか…

好奇心に火のついた女子高生の迫力は半端なかった。

独り身の男子高生(モテないクン)からしたらリア充捥げろと言われること間違いなしのシチュエーションであるが、楽しむ余裕などとうに吹っ飛んでいて、代われるものなら代ってほしいのが彼の本音である。

 

ひとしきり京太郎への質問攻めが終わると、少女たちはそれぞれグループを作って楽しそうにお喋りを始める。

主な内容が京太郎のことなのはご愛敬。

京太郎もせっかく開いてくれた歓迎会なのだから、ここで皆と交流するために積極的に会話に加わっていく。

もともとのコミュ力が高いため自然に会話に加わって行くのは流石と言えよう。

尤もそんな京太郎が会話するのに苦戦した少女(猛者)もいる。

西住みほ、秋山優花里、丸山紗希の3名だ。

 

「ふえぇぇええ…! あ、あの! そのッ!!」

 

(…あっ、これは咲と同じコミュ障のパターンだわ)

 

京太郎に話しかけられると目に見えて狼狽え、会話が出来ないみほ。

幼いころから戦車道の家元の娘として戦車に打ち込んできた人生、高校も黒森峰、大洗と見事に女子高ばかり。

まともな異性との交流経験など父親くらいと言うさみしい青春、当然異性への免疫など無いに等しい。

おまけに本人のおどおどした性格と些か低いコミュニケーション力も合わさって、京太郎とまともに目すら合わせることが出来ない。

まるで京太郎と初めて会った中学生の頃の咲のようである。

何気に京太郎の感想が失礼だが、男子限定と考えれば案外的を得ていた。

 

「おおっ! 須賀殿はコメット巡航戦車がお好きでありますか!? あれは良い戦車ですね!!」

 

(ゲッ! 火を付けちゃったか!? 長くなりそう…)

 

戦車道のメンバーとの交流会なので好きな戦車の話題を振った京太郎だったが…

振った相手が悪かった。

始まる優花里の怒涛のマシンガントーク、戦車愛ゆえのリビードーが溢れ出ている。

何故か京太郎のことを「須賀殿」と呼ぶ優花里だが、京太郎がその呼び方について疑問に思う隙すら与えない勢いだ。

 

「…………………………………………」

 

「…………………………………………」

 

「……………………………いる…………」

 

(一体何が居るんですか!?!?!?)

 

三人目の紗希に至っては前の2人が霞んで見えるほどだ。

取りあえず喋らない、あと、なんかボーっとして明後日の方向を見ている。

その表情と相まって何か見えてはイケナイものが見えてるようで少々怖い。

と言うか、ボソッと「いる」と発言したので、紗希の目線の先を見る京太郎だが…

そこには当然のごとく何もなかった。

軽くホラーである。

これから紗希と話すときは諏訪大社のお守りを持っておこうと本日で最も失礼な考えをする京太郎だった。

 

「あっ、そうだ…」

 

「どうしたの? 須賀君」

 

紗希との心温まる?会話のあと、京太郎は沙織と料理話で盛り上がっていた。

そのときあることを思い出して、慌てて端っこにおいてあったクーラーボックスに走り寄る。

 

「ん? そのクーラーボックスは須賀のか? 誰のか分からなかったから放っておいたのだが…」

 

「よし、氷は溶けてないし温度も低い。大丈夫だな…」

 

桃の疑問に答えず中身のチェックをする京太郎。

どうやら中身に問題は無いらしく、満足げな表情だ。

 

「これ、皆さんに挨拶代わりと言っては何ですが… ババロアです。お口に合えばいいんですが」

 

京太郎がそう言いながら、中身をテーブルに出すと歓声が上がった。

やはり女の子は甘いものに目が無いようで、みほや紗希も目を輝かせている。

ガラスカップの中のほんのりピンク色の苺風味のババロア、彩りにミントが添えてあるシンプルなものだった。

シンプルでも美味しそうな見た目のソレが皆に配られ…

 

「それじゃ、いただきまーす!」

 

皆そろってスプーンで掬って一口。

 

「………………………」

 

「………あの、お口に合いませんでした?」

 

口に入れた瞬間一瞬にして無言になる大洗の少女たち。

「もしかして美味しくなかった?」と心配になった京太郎が声を掛ける。

が、次の瞬間。

 

「おいしーーーーーー!!」

 

「ええっ! なにこれーーー!?」

 

「やだもーーー! こんなババロア初めて!」

 

大絶賛の嵐である。

一口々々ジックリ食べてウットリとした表情をする娘がいるかと思えば、ガツガツと一心不乱に食べる娘もいる。

反応は千差万別だが、共通しているのは皆ババロアの虜になっていることだろう。

そんな至福の時はあっと言う間に過ぎ去り、カップをテーブルに置いた少女たち。

ゆっくり京太郎の方を向いて…

 

「………………ッ!」

 

余りの迫力に思わず後ずさりする京太郎。

最早その眼光は飢えた肉食獣のそれである。

ジリジリと距離を詰めてくる。

先ほどの質問攻めが、鹿せんべいに群がる奈良の鹿だとするなら、いまの皆は獲物に集まる飢えたライオンだ。

 

「ねぇ、須賀君…」

 

ガシッと両肩を掴まれた京太郎。

これでは回れ右して全速前進すらできない。

出遅れた京太郎に出来ることはただ一つ…

 

「私たちの質問に正直に答えるように… 君には黙秘も事実を偽る権利も一切ない、イイネ?」

 

「アッハイ…」

 

有無を言わさぬ杏の迫力に、蛇に睨まれた蛙状態。

頸を縦に振ることしかできなかった。

どんな無理難題が飛び出るか戦々恐々の京太郎。

まぁ、22人の女の子のただならぬ迫力の前には拒否という選択肢など雲の彼方なのだが…

 

「質問はただ1つだ… このババロア、どこの店で買った!?」

 

「……へっ?」

 

背中に冷や汗を流しながら待っていた京太郎への質問はババロアの出処…

京太郎にとっては拍子抜けもいいところである。

 

「聞こえなかった? このババロア、どこの店で…」

 

「あの… ソレ、俺の手作りです」

 

再びの質問を遮り京太郎が遠慮がちに答える。

が… その答えで場が凍り付く。

今まで口にしたことが無いほどの絶品のババロア、おそらく何処かあまり知られていないが実力はピカ一の洋菓子店の一品だろうと大洗の皆は考えた。

女の子は甘味に目が無い。

このババロアの店を知ろうとするのは当然の流れである。

 

「えっ…? 手作り…?」

 

そこへ齎された衝撃の事実。

このババロアが京太郎の手作りと言うのは想像の斜め上。

と言うか、このプロ顔負けのお菓子が一男子高校生の作だと予想しろと言う方が無茶である。

 

「ほ、本当でありますか!?」

 

「え、ええそうですよ… 秋山先輩…」

 

ズズイっと顔を突き出して問い詰める優花里。

腰が引けながらも肯定する京太郎。

実は京太郎、お菓子作りの経験は長かったりする。

仕事の関係上、両親ともに不在の時が多かったせいで妹の京子がグズることがよくあったのだ。

幼い京太郎は無い知恵を必死に絞り、彼女を宥める手段としてお菓子作りを思いつき実行。

その目論見は大成功で事あるごとに京子は京太郎に手作りお菓子をねだる様になり、それが習慣化してしまった。

結果、三つ子の魂百まで、雀百まで踊りを忘れずとの格言通り、小さいころに付いたお菓子作りの習慣は中々消えず現在まで続いている。

それでここまで腕を上げたのだから凄いと言う他ない。

尤も大洗の面々にとってそんなバックグラウンドなんぞはどうでもいい。

 

「…と言うことは…」

 

「須賀君がいる間はこのレベルのお菓子が食べられるってこと…」

 

それに気づいた瞬間、大歓声が上がる。

少女たちにとって最大の問題、それは美味しいお菓子が食べられるかどうかその一点に尽きる。

 

 

…………………………………

……………………

…………

 

 

さて、大洗で京太郎が歓迎の洗礼を受けているころ清澄の麻雀部面子、何をしているかと言うと…

まこの実家に集合していた。

なお、パジャマと着替え、咲以外はノートパソコン持参である。

 

「まこ、ゴメンね。急に思いついて押しかけたりして」

 

「別に構わんけぇ、親も友達が来るのは大歓迎ちゅうとったし」

 

何故5人そろってまこの家にいるのか?

京太郎の特訓の為である。

実は毎日、夜にネット麻雀のルームを利用して皆で京太郎と対局する手はずになっている。

で、それだけなら各々の家からパソコンをつなげば済む話であるが、部活中に久が閃いたのだ。

 

 

 

「ねえ、これから須賀君が帰ってくるまで毎日お泊り会しない?」

 

時は少々遡って、放課後の麻雀部部室。

自慢のアホ毛をピコンと跳ねさせて何やら久が思いついた…

と言うよりも突拍子もない事を言い出した。

 

「久… ワリャ、行き成り何を突拍子のないことを…」

 

久の行き成りの提案に「何言ってんだ、こいつ?」と言った表情で言い返すまこ。

ジト目で見られてちょっと腰が引けた久だが、とりあえずは詳しい説明をしないと前に進まない。

 

「だって、アレでしょ? 皆でネト麻で須賀君と対局して、どこを直すべきかチャットやメールで議論して… 面倒じゃない!」

 

だったら5人一緒にいて対局、久たち実力者は頭を突き合わせて京太郎に教えるべき事柄をじっくり議論した方がいい。

悪くない思いつきである。

 

「でも、夜にやるんだじぇ。帰りが遅くなりすぎないかな?」

 

優希の心配も最もである。

京太郎の大洗でのスケジュールを考えれば、ネト麻での練習は最低でも午後六時以降になる。

その時間から始めるのなら終わるのは午後八時… 最悪十時を超える可能性すらある。

嫁入り前の女子高生が出歩くには少々… いや、かなり不適切な時間だ。

治安の良い長野とは言え流石にマズイ。

 

「だからお泊り会って言ったじゃない」

 

出歩くのがマズければ、出歩かないようにすればいい。

単純な解決策である。

 

「なるほどのォ」

 

「確かに良い手ですね、部長」

 

「でも、行き成り泊まるなんて… 準備が大丈夫ですか? お泊りする家の人が…」

 

感心したように頷くまこと和。

一方の咲はお泊りする家の事情の方を心配している。

たしかに、2~3日後ならともかく、今日いきなりお泊り会で泊めてくれと言うのも中々無茶な話だ。

久の方もその心配は頭に合ったらしく少々渋い顔で「そうなのよ…」っと言っている。

 

ここでデキる女・まこがすかさず携帯を取り出し電話を掛ける。

手短に用件を伝え、二三言話してピッと電話を切る。

 

「心配はいらんぞ、ワシの家は大丈夫じゃ」

 

このようなやり取りがあって急遽、染谷家に麻雀部の5人でお泊りが決まった。

ちなみに、このお泊り会は京太郎が大洗にいる日に行われる予定…

つまり、月曜から木曜の平日四日間行われるのだ。

あと金曜日は京太郎がヒコーキで清澄に帰ってくるため部活は休み。

お泊り会場は咲、和、優希、久、まこの家を持ち回り。

よくぞ親御さんの許可が出たものである。

 

 

「とりあえず京太郎がネト麻にインするまで時間があるから、牌譜の検討でもするじぇ!」

 

お風呂でサッパリした後、寝間着に着替えた優希が鼻歌交じりに京太郎の牌譜を持ち出す。

牌譜の分析など優希の勉強嫌いを考えれば驚天動地のことなのだが、京太郎(おもいびと)の為ならなんちゃらと言ったところか、嫌がるそぶりは全くない。

まあ、サポート役に徹していた京太郎だ、牌譜の量などたかが知れているのだが…

 

「それにしても、この牌譜の少なさを見ると… 如何に私たちが須賀君に頼り切っていたかがよくわかりますね…」

 

「和… 胸にグサッとくるからそれは言わないで…」

 

「ううっ… ごめんね京ちゃん…」

 

ため息交じりの和のセリフに久が少なくない精神的ダメージを受け、咲が半ベソになる。

 

「まぁ、だからこそ国麻を蹴ってまで京太郎の新人戦に力を入れようとしたわけじゃが…」

 

「…大洗の横やりさえ無ければ…」

 

どうやら5人の中での大洗の評価はどん底に近いようである。

京太郎の新人戦の為に時間を使うと決めたところでの大洗女子からの横やりだ。

大洗(むこう)の事情は理解するが、当然のごとく納得は出来ない。

更に言うと、怒りは大洗だけに向いているのではなく…

 

「それにしても内木副会長(ロリコンバカ)の泣き顔はスカッとしましたね」

 

仄暗い笑みを湛えて和が言う。

年上… 3年生をバカ呼ばわりなど和らしからぬことこの上ないが、それだけ大洗の騒動に京太郎を巻き込んだ張本人への怒りが深い証拠だ。

 

「ふふふ… トビ無しの役満複合ありのルールだったからねぇ、内木(バカ)の点数合計、-100万はいったかしらねぇ」

 

久の笑顔も相当コワいが、まこ、咲に優希も似たような表情なのでこの場では普通に見えてしまう。

実は内木副会長、今日の麻雀部の部活に連行(およばれ)されたのだ。

生徒会の業務は会長の久の命令で他の役員に押し付けた上で…

当然、異論は出たがニッコリ笑顔で久がお願い(きょうはく)すると、役員たちは高速で首を縦に振って了解の意を示した。

 

で、内木君を部室に連れ込み彼をメインにした麻雀が始まった。

ルールはトビ無し、赤々で役満の複合ありと言う、とんでもルール。

優希が東場で毟りに毟り、まこが内木の上がり牌を完全封殺。

久が悪待ちの奇襲攻撃で直撃を奪い、和がデジタル打ちで格の違いを見せつけ、咲が嶺上開花の責任払いを連発する。

止めに「麻雀って楽しいよね!」とニッコリ笑顔で宣うのだからもはや処刑である。

ちなみに目は一切笑っていなかった。

 

日が傾くころには内木の持ち点はハコ下も下の-100万点オーバーと言う目も当てられない点数。

何より泣けてくるのは10局近く打ったのにヤキトリと言う理不尽さだろう。

白目を剥き、彼の半開きの口から魂が抜け出ていたのが印象的だった。

 

「まぁ、少しは溜飲が下がりましたけど…」

 

「罪を償うにはまだ達していないじぇ!」

 

いつの間にか牌譜の分析からお喋りに変わっていた。

フリフリの寝間着を身にまとい、ポリポリとお菓子を齧りながら宣う和。

それに元気よく同調する優希。

久たちも優希の意見に賛成らしく、後日再び内木君の拉致と対局と言う名の拷問の開催が内々で決定する。

 

「京太郎がネットに接続しよるまで、まだ時間があるのォ」

 

内木副会長の話題をいったん打ち切った咲達。

まこがチラッと時計を見るが、京太郎のログイン予定時間までまだ間がある。

 

「大洗で京ちゃんの歓迎会やってるんだっけ?」

 

咲のその一言で、5人の脳裏に無数の美少女に囲まれて鼻の下を伸ばしている京太郎の映像が浮かぶ。

その場の空気が一段と重くなったようだ。

 

「フフフ… 私たちから離れた場所で京ちゃんに手を出すなんて… イケナイ女狐たちだなぁ…」

 

「角谷さんにはクギを刺しておかないといけないわね… 特大の」

 

嫉妬と言うか怒りと言うかそんな感情が沸き上がる咲達。

感情の矛先が京太郎に一切向かず、まだ見ぬ大洗の面子に向いているのが乙女心の不思議なところだ。

まぁ、咲たちの視点から見れば、大洗の面々は京太郎と言う油揚げを掻っ攫うトンビで京太郎は被害者なのだから妥当なところだろう。

 

「でも、気を付けないと本当に須賀君を取られかねませんよ」

 

「むむっ、それは絶対に許せないじぇ!」

 

和が示す懸念は5人共通の思いだ。

咲を除くと京太郎と出会って半年ほどだが、その間に育んだ恋心は本物だ。

麻雀部のメンバー全員が京太郎をめぐる恋敵という修羅場一歩手前の状況だが、お互いが背中を預け合ってインターハイを戦い抜いたチームメイトだ。

当然、お互いに敬意は持っているし、京太郎に対する思いも知っている。

その辺は5人とも弁えている。

だからこそ、自分以外の麻雀部のメンツ(チームメイト)が京太郎を射止めたのなら納得するし、祝福もするつもりだ。

しかし、どこの馬の骨とも知れないポッと出の人間に掻っ攫われたりしたら死んでも死にきれない。

 

「本格的に何か手を打たないとマズいかもしれないわね…」

 

爪を噛みながら思案する久。

あのコミュ力抜群で人の良い京太郎のことだ、2か月の間に無意識に1人や2人落としていたとしても不思議ではない。

問題は落ちた女の子が京太郎にアタックを仕掛けるかもしれないということだ。

京太郎は一週間のうち5日は大洗学園艦、週末の2日を長野で過ごすスケジュールである。

大洗の女子との京太郎争奪戦ともなれば、付き合いの長さと言うアドバンテージはあれども、しばらくの間は大洗の方が交流できる時間が長い…

 

「みんな、聞いてくれる?」

 

「どうしたんですか? 部長」

 

「大洗の角谷さんには一応特大のクギは刺しておくわ。でも、それだけじゃ須賀君が盗られるのを防げるかどうかわからないわ」

 

「そんな…!」

 

「だから、こちらも積極的にアクションを取らなければならないと思うの。お互い暗黙の淑女協定に従ってたけど… この際、皆で手を組みましょう」

 

そういう久にまこが答える。

 

「ほう… 具体的には?」

 

「大洗に須賀君が盗られないようにすることが第一よ。須賀君が清澄(こっち)に帰ってきたときに5人で積極的にアタックを掛けてガッチリ捕まえるのよ! 須賀君に誰を選ぶか決めてもらうのはその後!」

 

「おおおっ!!」

 

グッと拳を握りながら力説する久。

咲達はパチパチと拍手をしながら盛り上がっている。

 

「はい、部長! 積極的にアタックってどうするんだじぇ!?」

 

ノリノリで優希が質問する。

 

「そうね… スキンシップとかどうかしら?」

 

「おおっ、それならのどちゃんが京太郎に胸を触らせるとかいいじぇ!」

 

「ちょ! ゆーき! 何てこと…     それ、ありかも知れませんね…」

 

調子に乗った優希の悪乗り発言に最初は抗議の声を上げる和だったが…

途中で考えが変わったのか最後にボソッと不穏なことを呟く。

取りあえず変なテンションになっていることは確実、異性の目が無い女子会でこんなテンションになると、あとは暴走するだけだ。

キャアキャア言いながら盛り上がっていく5人娘。

聞き耳を立てると「5人まとめて」とか「既成事実を」などの物騒な単語が聞こえてくる。

本当に実行はしないと思うが、京太郎が聞けばドン引き間違いなしだ。

 

で、この女子会の会話を聞き耳立てて聞いている人がいる。

まこの母親だ。

愛娘に好きな男子がいること、チームメイトと一緒だが積極的にアタックを掛けると言う会話を聞いて安堵のため息をつく。

家の家業のせいもあるが麻雀にのめり込んだ愛娘のまこ。

女性雀士は結婚が難しいという都市伝説があり密かにまこの将来を心配していたのだ。

良い人を捕まえられずに、愛しの一人娘が嫁ぎ遅れや行かず後家…

娘の幸せを願う親としてはあまり歓迎できる事態ではない。

それが回避出来る、少なくとも恋愛に関して一歩引いてチャンスを逃すような人生を送ることはなさそうなので少し安心材料が見えたのだ。

「赤飯を炊けるのはいつ頃かしら?」と呟きつつまこの部屋を後にする。

なお後日、竹井家、片岡家、原村家でも同様の光景が見られた。

件の都市伝説、かなり業が深いのか真実なのか判断に迷うところである。

 




《人物紹介》

須賀京太郎

年齢:15歳
所属:清澄高校
部活:麻雀部
家族構成:父、母、妹

割と色々なことがそつなくこなせるハイスペック人間。特にコミュ力は抜群。
特筆すべきことは、実家の家業の影響で飛行機全般に非常に高いスキルを持っている。
両親に鍛えられた操縦の腕はホンモノ。
現在、事情により大洗に短期留学扱で出向し、戦車道のお手伝い中。
音痴なのが欠点だが、開き直っていてカラオケではそれをネタにして笑いを取っている。




今回の投稿は以上です。
次話も一ヶ月くらい先になると思います。
気長に待っていてください。

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