第17話
あれから私とまどかは走り去っていってしまった巴さんを探し続けた。けれどいくら探しても彼女は見つからず、連絡をしても全く繋がらなかった。
「はぁはぁ……ほむらちゃん、繋がった?」
「いいえ。そっちの方は?」
「ダメ、やっぱり家にも帰ってないみたい」
「そう……」
頭の中で他に彼女が行きそうな場所を巡らせるも見当がつかない。このまま見つからなければ大変なことになる……私はそう確信していた。
インキュベーターが言うには魔女と戦わなくなってから彼女の精神状態は大きく乱れている。恐らくソウルジェムも相当濁っているはずだ。まだまどか達には魔女の正体が魔法少女であることを話していない。
そのことは追々、話すつもりでいる。だけど今は一刻も早く巴さんを見つけ出してソウルジェムを浄化しなくてはならない。さもなければ彼女は魔女となってしまい『まどか』の望んだ未来が消えてしまう……
起こりうる最悪の展開を想像して危惧していると、まどかが何か驚いたような表情をしてこちらを見ていた。いや正しくは私の後ろの方にいるとある人物のことを見ていた。
「仁美ちゃん!!」
振り返ってみるとそこには、今日途中で早退した仁美の姿があった。まどかの呼ぶ声に気づいた彼女はゆっくりとした動きでこちらに視線を向けた。
「あら……まどかさんにほむらさんではありませんか。ごきげんよう……」
「仁美ちゃん、身体の調子はもう大丈夫なの?」
「何を言っておりますの?」
心配そうにまどかが尋ねるが、等の彼女は何を言っているのか分からないといった反応をしていた。
何だか様子がおかしい。そう思った私は仁美に問いかけた。
「見る限りあまり体調が良さそうではなさそうだけど、あなたはこれから何処へ行こうとしていたの?」
「何処ってそれは…………ここよりもずっと素晴らしい場所ですわ」
「!!」
この時、私は彼女の首筋に魔女の口づけがしてあるのを見つけた。少し遅れてまどかもそれを発見して私の方を向く。
「仁美、良かったら私達にもその場所へ案内してもらえないかしら?」
「あらそうですの。それならご一緒に行きましょう……えぇ、その方がずっといいですわぁ……」
恍惚として話す彼女だったが、急に糸が切れたように項垂れてブツブツと呟きながら歩き始めた。隣にいる
しばらく歩いているといつの間にか周りに仁美と同じ項垂れた人達が大勢いて皆、ある場所へと向かって歩いていた。
恐らくこれは『箱の魔女』の仕業ね……私はあまりコイツとは戦ったことはないけれど、幾つか前の世界で巴さんはかなり手強かったと言っていた。注意しなくちゃいけないわね……
それから歩き続けて数分後、魔女に魅いられた人達が目指していた目的地が見えてきた。
「あの廃墟に魔女が……」
まどかの発言に私はある違和感を抱いた。先の方にある建物は寂れた小さめのホールだった。だけどこれまでの箱の魔女の出現場所とは大きく異なっていた。
この魔女はホールではなく廃工場に出てくるだったはずだ……これまで各時間軸ごとに違いは発生していたが、魔女の現れる場所が変わっていることはほとんど無かった。しかも例の工場はここから大分遠くの場所にあり、ここまで出現場所にムラがあったことは一度もない。
私は並んで歩いているまどかの手をそっと握る。
これから起こりうるかもしれない悪い出来事を避ける為に、必要最低限のアドバイスをする。
「何があっても、私のことを信じて……」
いきなり手を握られてビックリした様子を見せたが、すぐに真剣な面持ちになってコクリと小さく頷いた。
☆
廊下でマミさんが抱えている悩みを聞いたわたしは、この人になんて言ってあげるべきなのだろうと考えていた。わたしも魔女と戦っているとき、心の何処かで自身の恐怖心と戦っている……だからマミさんが悩んでいることは決して気に病むことではない。
思ったことをそのまま伝えるのは簡単だ、だけどそれだけではダメ。前に大切な
相手の心を労りながら言葉を交わす、その難しさを知ったと同時にわたしは自分の未熟さを痛感していた。
しかしその考えは、視界に仁美ちゃんが映りこんだ瞬間に中断された。
「仁美ちゃん!!」
「あら……まどかさんにほむらさんではありませんか____」
仁美ちゃんの普通ではない状態と首筋に浮かび上がっている紋様を見て、すぐに魔女に魅入られてしまっていると気づく。それから彼女の後を追い、廃墟が目に入った。
今度は一体どんな魔女が待ち構えているのか……戦いを前にして身構える。ほむらちゃんがわたしの手を握ってきたのはそんなときだった。
「何があっても、私のことを信じて……」
今までほむらちゃんの方からこういうことをしたのはあまりない。ちょっとだけ嬉しく思いはしたけど、それと一緒にこれまで感じたことのない緊張感に包まれた。
わたしは魔法少女としての経験はまだまだ浅く、ほむらちゃんがあの建物を見て、あるいはそこにいる魔女の気配を察して何を感じたのか分からない。
だけどこれだけは確かに分かる。わたしは何があっても、相棒のことを信じ続けるということ。
そして返事と共に緊張しているほむらちゃんの気を少しでも和らげてあげるためにわたしはギュッと握られた手に力を込めた。
★
廃墟の中は薄暗くて、わたし達の前を歩く仁美ちゃんの姿を追うのだけでもかなり大変だった。それだけではなく、段々と奥に進むにつれて魔女の結界独特の嫌な雰囲気が身にまとって重苦しく感じる。
「さあ……着きましたわ……」
仁美ちゃんの足がピタリと止まる。彼女の横から先にあるものを見てみると、そこにはほんのりと明かりが点っていて、何十人もの人達が集まって何かをしていた。
「仁美ちゃん。一体何を……」
言い切る前に仁美ちゃんは前へ進んでいって、虚ろな目をしたおじいさんから大きめのボトルを受け取り、中に大量の液体の入ったドラム缶に注ごうとしていた。
その容器には見覚えがあった。毎日パパが服を洗うときに使うもの、ママが前にわたしに教えてくれた使い方を間違えると大変なことが起こってしまう日用品……
『いいか、まどか。『洗剤』とかいったこの手の物は、扱いを間違えるととんでもないことになる。
例えばこの酸性の洗剤と塩素系の漂白剤を混ぜちまうと有毒なガスが発生して、家族みんなあの世行きだ。だから取り扱うときはくれぐれも注意しろよ』
「ダメッ!!」
わたしは一心不乱に駆け出して、仁美ちゃんから洗剤のボトルをひったくる。そしてドラム缶の方も何とかしようと向けた。でもその必要はなかった。
「早くこっちに!!」
ほむらちゃんも一緒に飛び出していて、わたしが別のことをしている内にドラム缶を蹴っ飛ばしていて中身を床にぶちまけていた。
ほむらちゃんに手を取られてわたし達は廃墟の中を突き進んだ。
「あの部屋に隠れるわよ」
指示にしたがって手前に見えるドアを開けて部屋の中へ滑り込む。一先ずこれでもう安心だ……そう油断しきった瞬間、わたし達の前に魔女が現れた。
「まどか、変身するわよ!!」
「うん!!」
ほむらちゃんの声が響き、彼女から指輪を受け取ろうと手を伸ばす。
だけど指輪を受けとる寸前、突然わたしとほむらちゃんの身体を何かが縛り付けた。
「えっ?!!」
「なっ?!!」
あり得ない出来事に目を白黒とさせる。
嘘だ、こんなことあるはずがない……だって、だってこれは…………
「どういうことなんですか……マミさん!!」
わたし達の身体をリボンで拘束した張本人に向かって大きく叫んだ。するとマミさんは生気の感じさせない表情で言った。
「戦えない魔法少女なんて、もう必要なんかないでしょう? だからここでいっそ楽になってしまおうと思ったの……」
「巴さん……何をバカなことを!!」
「お願いです、目を覚ましてください!!」
二人で彼女を正気に戻そうと必死に呼び掛けるが、まともな反応は返ってこなく薄ら笑いだけが聞こえるだけだった。
どうにかして拘束を解こうともがいていると、目の前にパソコンのような形をした魔女がじりじりと迫っていた。そしてわたしに画面に映っている『ある映像』を見せつけた。
「あっ…………」
次の瞬間、わたしの意識はプツリと途絶えた。
目を覚ますとそこには魔女もマミさんもいなく、呆然と立っているほむらちゃんの姿があった。
「ねぇ、さっきまでいた魔女はどこにいったのかな? それにマミさんも……」
そこまで言ったとき、ほむらちゃんがわたしの方に顔を向けた。その表情を見た途端、わたしの身体の熱が一気に引いた。
氷のように冷たい目、見るだけで人を傷つけるが出来そうな視線、完璧な敵意の籠った目付き……これまで一度も見たことのないくらい恐ろしい顔つきをしたほむらちゃんが目の前にいた。
「ほ、ほむらちゃん?」
『……………………』
あまりの怖さに自然と後ずさりをしてしまう。するとほむらちゃんは何を喋ることもなく、ただ離れていく距離を詰めようと一歩、また一歩と足を動かしていた。
そうしていると背中に堅いものがぶつかる感触を感じる。見なくても分かる、壁とぶつかってもう下がることが出来ないのだ。
ほむらちゃんは顔と顔がぶつかりそうになるくらいまで近づいてきて、それからゆっくりと口を開いた。
『このときを長い間、待っていたわ……』
「えっ……?」
声をあげると一緒に肩を力強く掴まれる。それはいつものように優しいものではなく乱暴でまるで身体を引き裂かれんばかりの勢いだった。
「痛い……痛いよ、ほむらちゃん」
『ずっと求めていたあなたの強大な魔力、素質。それが遂に私のものになる……』
「何……言ってるの……?」
身体の芯から急速に熱が引いていく、これから自分は何をされてしまうのか……急変してしまった相棒の顔からは何も読み取ることが出来ず、ただただ不安で仕方がなかった。
『そうね、簡単に言うのなら私はずっとあなたのことを騙していたってことになるのかしら』
「騙す……?」
『えぇ、あなたの持つ魔力を手に入れるために接触して関わりを持ち、そしてその力を手に入れる……』
「!!」
その言葉を聞いた瞬間、わたしの中で電流が走った。
ほむらちゃんはその変化に気づくことなく懐から拳銃を取り出して、銃口を向ける。
『今からあなたを殺してその力を奪い取る……偽りとはいえ、それなりの付き合いだったからすぐに楽にしてあげるわ』
「…………わたしと相棒でいてくれるっていう約束は嘘だったの?」
『逆に聞くけど、この私と……相棒でいられるなんて本気で考えていたのかしら? 所詮あなたは都合のよい駒なのよ』
「そっか、分かったよ……」
直後わたしはほむらちゃんの持つ銃を奪うために彼女に飛びかかった。
出せる力を尽くして銃を手中に納める。それからトリガーを引き、いつでも撃てる体制に入る。
『鮮やかね……』
「うん……ほむらちゃんとの戦いのお陰だよ」
『厄介なことを教えてしまったようね』
自嘲気味に笑う彼女にわたしは躊躇なく弾を撃った。
「あなたじゃない、大切な相棒である『ほむらちゃん』の方からだよ」バキュン
銃弾は、ほむらちゃん……の偽物の眉間を撃ち抜き、その偽物は撃たれているのにも関わらず平然とした様子でこちらへ不気味な笑みを見せた。
『あなたには効かなかったようね、この箱の魔女の精神攻撃が』
「ほむらちゃんの真似事をするんだったら、もっと上手くなってからやれば良かったのにね」
『鹿目まどかにとっての最悪の暁美ほむらを演じたつもりでいたのだけど、どうして平気でいられたのかしら?』
偽物がわたしの前でした行為は、以前ほむらちゃんを疑っていたときにマミさんの話を元に思い描いていた『妄想のほむらちゃん』がしていたことと同じだったのだ。
「最初はビックリしたよ、でもすぐに気付いたよ。本物のほむらちゃんがそんなことするはずないってね」
『どうやら私の見通しが甘かったみたいね……』
「わたしとほむらちゃんの絆をバカにしていたからだよ」
だけどわたしが偽物だと見抜いた理由にはもう一つだけあった。それはほむらちゃんが廃墟に入る前に言った言葉を思い出したから。
『もっと時間をかければ、どのようにしてあなたが彼女に対してそういう感情を抱くようになったのか分かったかもしれないけど……残念ね』
「あなたみたいな魔女にこれ以上わたしの大切な思いでを汚させたりしない、もう惑わされたりしない!」
『ふふっ、強いのね……でも「あなたの相棒はどうかしら」?』
「えっ?!」
その言葉と同時に周りの景色が変わり始めて、いつの間にか目の前にいた偽物も消え去っていた。そしてわたしの目にとまったものは…………
「あ、あぁ……まどか。ごめんなさい……わた、私は……違う。違う、ちが…………あなたは……うわああああ!!!」
魔女が見せる幻覚に必死に抗うほむらちゃんだった。
それを捉えた途端、彼女の元へと駆け出そうとする。だけどわたしは自分の身体を拘束しているリボンの存在を忘れていた。無理な体勢で動こうとしたせいでリボンが更にくい込む。
「うぐっ……ほ、ほむらちゃ…………」
「はぁ……はぁ……大丈夫、私もあなたを、信じじじじ……てるからぁ……」
少しでも安心させてあげるために手を伸ばすも、ほんの少しだけ距離が足りない。そう頑張っていると、今度はマミさんが顔を上に向けて狂ったように笑い始めた。
「あと少し……あと少しよ!! これで私は楽になれる。それに、みんな一緒に逝くのなら、もう何も怖くないわ……、一人ぼっちじゃないもの!! あっはっはっはっはhhhh……!!!」
マズい……この状況は本格的にマズい、元々魔法少女であるほむらちゃんとマミさんは今は戦うことが出来ない。わたしも変身しようにもほむらちゃんのつけている指輪がない為、何も出来ない。
と危機感を感じていると、その最悪の状況に拍車をかけるように魔女の使い魔達がわたし達、三人の手足を捕まえて力一杯引っ張ってきた。
「あ、ああああ……」
「まど……へ、変身を……」
「あっはっはっ、はへぇ…………」
さっきの偽物がやっていた例えとは違い、今度は本当にわたし達を裂くつもりだ。
正気を取り戻しかけているほむらちゃんだったけど、もう間に合いそうもない…………
ザシュッ!!!
その音と共に胴体が真っ二つに裂けた。
魔女の使い魔の身体が。
「えっ……うわっ!!」
「くっ……!!」
捕まえていた使い魔は裂かれた後、自然と消滅して同時にリボンの拘束も解けた。そのせいでわたしとほむらちゃんは地面に叩きつけられてしまった。
「ほむらちゃん、大丈夫?」
「え、えぇ……」
魔女の幻覚からも解放されたみたいでホッと息を吐く。そして少し離れたところでマミさんが力無く倒れる姿も目に入った。どうやらマミさんが気絶したことで拘束も無くなったらしい。
「ふぃー、三人とも間一髪ってトコだったね」
「!!」
わたしでも、ほむらちゃんでも、マミさんでもない第三者の声に大きく身を構えようとする。だけど隣にいるほむらちゃんがそれを制した。
声の主は暗闇からこちらへと近づいてきた。わたしはその人の姿を見て、思わず大声をあげた。
「さやかちゃん……その格好!!」
現れたのは青のドレスを纏い、右手に剣を持ったさやかちゃんだった。さやかちゃんは驚くわたしを見て、申し訳なさそうに謝った。
「ごめん、まどか……本当はあんたにもちゃんと相談するつもりだったんだけどね」
「決心はしたのね」
「うん……ちゃんと決めたよ。たとえ怪物のような身体に変えられたとしても、あたしはこの街を……大切な人達を守るために戦うってね」
『オオオオオオオ!!!』
「ヤバそうだったら無理はしなくていいからさ、この戦いはあたしに任せて!!」
ニッと笑うさやかちゃんだったけど、魔女本体が現れたことにより、鋭い表情に変わる。
そしてわたし達にそう言い残して魔女に立ち向かっていった。
「さやかちゃん、一人じゃ危険かも……ほむらちゃん!!」
「……………………」
急いで彼女に加勢するために、ほむらちゃんに変身しようと声をかける。けど彼女は何も喋らずにでただ俯いていた。
まだ魔女に攻撃された残っているのかもと思って、今度は思いっきり身体を揺すりながら名前を呼んだ。
「ほむらちゃん!!!」
「…………!!」
「良かった気付いてくれて、さあ早くわたし達も変身しよう」
「そうね。今はそんなことに囚われる場合じゃないわね」
反応してくれたほむらちゃんから指輪を受け取って、変身する状態に入る。そして『魔法の言葉』を大きく唱えた。
「『変身!!』」
魔法少女の姿に変身したわたしはすかさず弓を構えて、狙いを魔女へと定めた。
「ほむらちゃん、この魔女は絶対に倒そうね!!」
「えぇ、もう絶対に屈したりしない!!」
★
???「チッ……もう少しだったのに邪魔が入ったか。やっぱり君の言った通り、美樹さやかも油断ならなかったね」
??「まぁ、こうなることは大体予想は出来ていたわね」
???「じゃあさっきのタイミングで邪魔してやればよかったんじゃないのか?」
??「心配ないわ。一つ目の爆弾となる箱の魔女は恐らく撃破されてしまう……だけどしっかりと予防線も張ってあるのよ」
???「どういうことだい?」
??「あの子の能力を思い出せば、自然と分かるはずよ」
?「…………」
???「ん~、分かんないや」
??「ならもう少し待ってなさい。魔女を倒した後……二つ目の爆弾が彼女達を始末する様を」
☆ to be continued…… ★
※次回、謎の二人組(+α)が遂にまどか達に牙を向く!!!
☆次回予告★
第18話 Bをもう一度 ~ 臆病者でも構わない