『それでどうするのだ、我の宿主よ?』
私の目の前に立っている黒い龍、ファーちゃんは私に問う。
威厳に満ちた顔にちょっと渋めの声。どっかのまるで駄目なおっさんのような声ではなく、なんか優雅優雅と魔法のステッキを振りそうだったり、『私が天に立つ』と眼鏡をかけてそうだし、巨大な十字架の武装兵器を振り回しそうな牧師さんな声でもある。うーん、ダンディ。
だがその威厳も、夢の中で出会った大きさではなく、ぬいぐるみサイズの姿で言われると、色々と残念になっております。言い忘れていたが、ここは夢の中ではなく、現実世界で私の部屋である。
説明するならば、夢の中での特訓を経て、私はファーちゃんの実体化に成功したのだ。これで私は自分の中にいるファーちゃんと現実世界で話せるようになったのである。わざわざ会うために寝るのも疲れるんですよ。
まあしかし、こんなことが出来る私は、やはり優れているのですよ。ふふん、褒めての良いのだよ?おっと失礼、素が出てしまった。
『貴様のそのよく解らぬ実力は、一体どうなっておるのだ・・・』
何故かファーちゃんは、喜びよりも呆れが強かったんだですけどね。酷いよね。
え、ファーちゃんを実体化してまずくないかって?ふふん、心配ご無用。私の家の四方には、魔よけの物を置いているのだ。たまたま神社の修繕工事の張り紙を見て、お布施としてそれなりに援助をしたのだ。神様は敬うべき、そうすべき。
そうしてお礼として貰ったのが、何やら走り書きがされたお札。なぜか太陽のような温かさを感じた、紙なのに。それをファーちゃんに見て貰ったら、『貴様ぁ!それをどこで手に入れたぁ!?』と叫び声を上げました。どうやら、神気を纏ったお札らしく、魔よけどころかファーちゃんを浄化しかけたみたいだ。なので、これを家の四方に貼って、見事な結界が出来ちゃったらしい。これで悪魔等にばれることもない。なので、こうして特訓が出来るのだ。
だが実体化が出来るようになったのが、全て良いことに繋がるわけではない。
この実体化、ファーちゃんを出してるだけでも体力が減るのである。そりゃもうゴリゴリと削られていく。まるで常時ランニングをしているような感じで。
そして何より燃費が悪いのだ。ぬいぐるみサイズでこれなのだから、実物大は更に消費量が増える。一度、景気よく実物大で実体化させようとしたらそのまま意識を失ったのだ。
『いきなり何をしておるのだ貴様は』
と目を覚ました私にファーちゃんは言ったのである。酷いのである。
ということで、今は燃費の改善と実体化時間を延ばそうとこうして毎日特訓をしておるのです。
まあ、これはそれほど問題じゃないのだ。
大きな問題なのは、前にも言ったのだが、私とファーちゃんは一心同体、それこそ魂レベルの繋がりだ。私がファーちゃんであり、ファーちゃんが私である。説明している私ですら何を言っているの分からなくなってきた。
つまり、ファーちゃんを実体化=私自身の魂を現実世界に出すということだ。それがどういうことかって?
ファーちゃんが傷つくと私も傷つくらしい。それを聞いた際は、それはどこの週刊漫画の幽霊波紋でしょうか?と聞き返してしまいました。すまない、話が逸れた。
言ってしまえば、ファーちゃんが死ねば私も死ぬ。うん、理不尽!
もっとも、腐ってもファーちゃんだ。元々が伝説となっている邪龍なのだからそう簡単に傷つかないしやられもしない。伊達にドラゴンをやってないから!長い間、宝物庫の番人をやってないから!でもドラゴン殺しはかんべんな!とは、ファーちゃんの言葉である。
さて話を戻そう。
『どうするのだ?』というファーちゃんの問いを聞きながら、私は煎餅をバリボリと齧っている。
うーん、このお煎餅、ネット評価だとそれなりなんだけど、私にはちょっとしょっぱいかな?いや待て、煎餅単品だから駄目なのではないか?ということで、私は口の中にしょっぱさが残るうちに温かい緑茶を啜る。
なんということだ、緑茶の渋みが煎餅のしょっぱさを中和している!そうか、これはお茶と一緒に食べるのが正解なのか。確かに、この食べ方なら美味しいな。うんうん、これにはあの評価にも納得。
それで、どうするって何を?
『・・・なぜ、我はこやつに宿ってしまったのだろうか・・・?』
伝説の邪龍であるファーちゃんがなんか黄昏ている。威厳のある龍の姿で黄昏ているのは酷く・・・シュールです。えっと、その、頑張れ!あ、この煎餅食べる?
『・・・いただく』
私がそっと差し出した煎餅をバリボリと食べるドラゴン。これは向日葵の種を齧るハムスターに似た光景である。ヤバい、シュール差が加速している。
それで、どうするって何を?
しばらくして、私はファーちゃんに再度尋ねた。煎餅を食べてお腹が満たされたのか、ファーちゃんの威厳が戻りました。
『我と同化したことで、宿主には様々な縁が舞い込んでいる。それこそ財となるモノは特に集まりやすい。そしてその力は更に大きくなっていく。本来ならば限度はあるが、同化したことによりそれがなくなっている。まさに財の収集機だ』
一度言葉を止めるとファーちゃんは茶を啜った。実体化出来たことを考え、ファーちゃん用の小物を揃えている。
『だが同時に、その力によって我らに厄となるモノも来る。縁とは良縁もあれば悪縁もあるからな。そして多くの財を持てば、それに群がる輩もおるということ。このままでは、いずれは貴様も財によって殺される。我やジークフリードのようにな。嫌であろう?』
ファーちゃんの言葉に、私は首をブンブンと縦に振る。今までに訪れた私の出来事を考えれば、否定しようもないことなので。そのために私は、あの手この手でシッチャカメッチャカに楽しみつつも、厄を払い除けてきたのだから。
『うむ、何かおかしいと言わざるを得ないがまあいい。宿主の出鱈目さは今に始まったことではないからな。じゃが、今度はなかなかに苦労するぞ?なにせ今度は底なしの馬鹿と見た。おまけに力もある。さてどうする?』
うん、楽しんじゃえばいいと思うの。私はファーちゃんに事もなげに言った。
相手は馬鹿?ならば私も馬鹿になればいい。その言葉に、ファーちゃんは固まった。固まった後、笑い出した。
『そうだ、そうだったな。我の宿主は常識と非常識の狭間にいる。常識を語るも狂気に走り、狂人を装って物事をを引っ掻き回す。貴様も馬鹿だったな』
酷いのです、私は狂人ではないのです。ちょっと楽しんじゃおー!という欲に走るだけの常識のある人間なのです。私の抗議に、『え、それは本気で言っているのか?』と割と真面目に言われてされにショックです。
さてさて、取りあえず今後の方針は決まった。馬鹿を盾にしつつ私も馬鹿をやる。
『踊る阿呆に見る阿呆、同じアホなら踊らにゃ損損』というじゃないですか。だったら、物事を引っ掻き回しても罰は当たらないでしょう。
ということで、私は全力全壊で楽しむことにした。悪魔?天使?堕天使?なんぼのもんじゃーい!誰であろうともはや私は止まらない。全てを巻き込んで引っ掻き回し、最高のタイミングで後戻りできないように梯子を外す。ああ!これぞ最高のエンターテイメント!
絶頂でビクンビクンしている私に、ファーちゃんはドン引いておられます。でもそんなの関係ねぇ!見ているがいい!私は自重を止めるぞー!最高にハイって奴だー!
『ああ、なぜに我の胃は痛むのだ・・・』
ファーちゃんの言葉を右から左へ聞き流し、私は自室で叫び声を上げる。そんな中、コンコンと窓を叩く音がした。おかしい、ここは2階なのである。しかも、聞こえた方にはバルコニーなど無い。チラリと窓の方を見ると、何故か人がいたのである。それもほぼ全裸の幼女が、窓ガラスに顔をくっつけてこちらを覗いていた。
『ファーブニル、見つけた』
短編から分離させた方がいいのかなぁ。