「これあげる」
目の前の少年から渡されたそれに、私は言葉を失った。
場面が一気に飛んだと思うので、ここで一つ回想をさせて貰おう。
教会絶対燃やすホーリーガールなジャンヌ・ダルク共に、
子供の求婚(子供特有の『私、大きくなったらパパのお嫁さんになる!』)に、
「なら俺の子を産んでくれるか?」とマジレスしやがったヘラクレスの部屋に突撃した所まで遡る。
扉を壊さないように、器用に両扉を押してお開けつつ、その勢いを殺さずに中へと突入。
そのままの勢いで、突然のことに呆気にとられたヘラクレスの下へと向かう。
私とジャンヌが顔を合わせて頷き合い、私は幼女の方を、ジャンヌがヘラクレスへと走る。
そして私が不思議な顔をしている幼女を抱きかかえて危険人物から引き離すのと同時に、
ジャンヌがその危険人物に飛び蹴りを食らわしたのだった。
その後、器用にくの字に曲がったヘラクレスが尻から壁に突っ込み、壁に嵌ったわけだ。
なんとも奇妙なオブジェの完成である。
なお残念なのは、鹿や鰐の剥製の頭ではなく、
むさくるしい筋肉男のなので、その光景は正直酷いです。とても子供にお見せできません。
なので、私は幼女の目を右の掌で覆い、その光景をシャットアウト。
「お姉ちゃん、どうして私の目を覆うの?」
と言ってくる幼女の言葉を受けつつも、一緒にゆっくりと後ろに下がる。
こっから先はアール18指定だ!
「おい、ジャンヌ!一体何のつもりだ!」
奇妙なオブジェクトになったヘラクレスは、壁に嵌りつつも割と平気だったようだ。
あ、何とか無理やり出てきたけど、そのせいで壁に罅が入ってるよ。
お前の尻は鋼鉄なのか、鉄の尻か、鉄尻(てっけつ)なのか?
鉄尻のヘラクレスと呼ぶべきだろうか?
「どうもこうも有りません!一体何を言っていたのですか!あんな、破廉恥なことを!」
顔を赤らめつつも叱責するジャンヌに対し、ヘラクレスは首を傾げる。
「一体なにが破廉恥だと言うのだ?女の願いを聴くのは男の務めだろ。
それもも女からの告白なのだから、それを無下にするなど俺には出来ん」
その言葉に私が感じたのはただ一つ、『世界観が違う』
「相手の歳を考えろと言っているのです!何を子供の一時の思いに本気になっているのですか!」
「愛に年齢など関係ないだろう!それに、子供の思いを受け入れるのも男の役目だ!」
「私の教えでは厳罰ものです!なんて破廉恥で!はしたないのですか!」
「はしたないだと!?貴様はあの子の思いをその言葉に貶める気か!?」
やいのやいのと言い出すお二人を、私は野次馬の立場で盛り上げるべきなのか、
それとも健全な一般人として諌めるべきなのか、距離を取りつつ熟考する。
『いや、止めるべきではないのか?』
一心同体ゆえに、私の考えを理解しているファーちゃんのお言葉。
おかしい、こういう諍いは龍の大好物ではないのか?
金!女!戦い!が竜にとっての酒の肴にして娯楽なのではないのか?
某龍探求のボスはお姫様を攫ったし、ラスボスは世界を手にしようとしたドラゴンではないか。
お姫様の方は勇者に『昨日はお楽しみでしたね』されたらしいがな。
『宿主よ、お主は龍について一から学ぶべきだ。というか、我が一から教える。
このままでは龍の尊厳がいらぬ方向へと螺子曲がりそうだからな』
あれれー?ファーちゃんが真剣に言っているぞ。
まあ、勉強ならばバッチこいですけどね!
そんな漫才をしていると、お二人の様子が変わった。
「いい機会です。貴方とは一度色々とOHANASHIがしたかったのです。
貴方の言動に関しては、私も思うところがありましたからね」
「ほう、面白い。一度お前とは本気でやりあってみたかったんだ」
何やら双方ともに口論があらぬ方向へと過熱してきたようだ。
挙句の果てに、「表に出ろ(出なさい)」と言いだしたぞ。
するとジャンヌは、私の方に顔を向けてきた。なおその顔は、出会った際のような笑顔だ。
「すみません、急な予定が出来てしまったようです。
申し訳ないのですが、今から席を外させて貰います。
ええ、この男に説法をしなければなりませんので」
「ふん、女の願いを聞き届けることも出来ないとはな。良いだろう、俺の覚悟を見せてやる」
そう言いながら、二人は部屋を出て行った。
何故か、そう方の手には話し合いには不向きな、寧ろ真逆な獲物が握られていた気がしたが。
「お姉ちゃん、ジャンヌ様とヘラクレスはどうしちゃったの?」
私に抱きかかえられていた幼女が、首を傾げながらも私に尋ねてきた。
取りあえず、二人とも絶対に負けられない戦いに行くんだよ、と諭すことにした。
二人が出ていくと、部屋に残されたのは幼女を含む子供たちだけ。
取りあえず、子供たちを安全だろう場所へと移動させねばならないな。
しかし、ここで問題が発生。私はこの場所について全く知らないのだ。
なにぶん、半ば拉致の如く来てしまったため、私はこの場所については素人。
下手に動けば、逆に私が迷子になることは確実だ。
うむうむと悩んでいると、先ほどゲオルクと名乗った少年が目の前を通った。
これは救いの手だと直感した私は、有無を言わさず彼を拘束すると、
早口で捲し立てる様に事情を説明して子供たちを預け、その場を華麗に去った。
その後、何やら叫び声が聞こえたが、多分気のせいだっただろう。
「ゲオルク様が倒れたぞー!誰か担架をー!」
と聞こえてきたが、多分気のせいだろう。
『鬼め』
失礼な、私は人間です。
ファーちゃんの言葉に異議を唱えながら一人で歩き回っていると、不意に視線を感じた。
きょろきょろと周りを見回すが誰もいない。
あ、また視線を感じた。だがその視線は不思議なものだった。
それは舐める様な視線でもなければ、痛々しい視線でもない。
しいて言うなら、私を観察するかのような視線だ。
もう一度周りを見るが、やはり誰もいない。
ならばここはひとつ、私の隠された第六感を使うべきだろう。
『お主にそんなものはないだろ』
何を言うかファーちゃんよ。ファーちゃんの力を身に着けた私だ。
ならば、スーパーウルトラハイパーミラクルロマンチックな力が目覚めているかもしれない。
流石に人を武器にするとかは無理だろうがな。
という事で、私は目を閉じて心を落ち着かせる。
あ、そう言えば部屋の電気って切ったっけ?あれ?卵とか冷蔵庫に残ってたかな。
そんなことを思いながらも、私は精神を集中し、視線を感じた方向へと指を向ける。
そこにいるのは解っている!素直に出てくれば何もしないぞ!
素直に出てこないと、一生オレンジジュースが飲めなくなる呪いをかける!
『そんな呪いは無い』
ファーちゃんのマジレスを聞きつつも、私は相手の出方を窺う。
すると、角から少年が顔を出した。あ、目があった。
目と目が合う瞬間ヤバいと思ったのか、少年はふいっと隠れた。
しばらくすると、同じ場所から顔を覗かせ、じっと私を観てくる。
そして始まった私と少年の見つめ合い。じっと動かず、ただ互いが互いを見つめてる。
そんな異様な光景。
そして降参したのか、それとも無害と思ったのか、少年が私に駆け寄ってくる。
『気をつけよ、どうやらただ者ではないようだぞ?』
ファーちゃんの言葉に耳を傾けながら、私は駆けよってくる少年に目を向ける。
うむ、何も感じない。私からすれば、ただの少年でしかないぞ。
なんというか、どこからどう見ても少年だ。十中八九、少年と言える少年だ。
それこそ私のような、普通の一般人だ。
『お主は論外じゃ』
そんなことを思っていると、少年が私の目の前に来た。
何やら息が切れているのか、少し顔を赤らめている。
ふむ、息切れか、取りあえず落ち着かせようようと、ヒッヒッフーの呼吸を教えてみた。
そして今に至るのである。
『宿主よ、一体どうした?』
私の様子に、ファーちゃんも声をかけてくる。
だが、今の私にはファーちゃんの言葉を返せるほどの余裕がない。
何故ならば、何故ならば!
ナニコレめっちゃかわいいじゃないですかヤダー!!
私は渡された物を見て、テンションが爆アゲ状態。
可愛い可愛い!を連呼して兎のように飛び跳ねだす。
「気に入ってくれてありがとう。そんなに喜ぶなんて思わなかった」
何故か少年が若干ひいているが、そんなことは関係ないのだ。
これは可愛いものだ。これは良いものだ。
この頬ずりしたくなるような形、思わず見とれてしまいそうなつぶらな瞳、
そしてクッションのように柔らかく、毛布のようなモフモフ感。
なんて可愛いのだろうか、このヴォーパルちゃん!
ああ、この兎なのに兎じゃない感じ!
丸い兎のフォルムなんだけど、何故か不釣り合いに角ばった剣を携えている。
そのつぶらな瞳とは真逆の、仰々しい鈍色の鋼鉄の帽子。
そしてモフモフな白い毛に、所々見える赤。
ゲーム『沈黙の丘陵』のマスコットのヴォ―パルちゃん。
正式にはヴォ―パル・トリコーン・ラビットちゃんである。
可愛いさと無骨さを兼ね備えたこのキャラクターは、
『沈黙』シリーズになくてはならないほどの人気者な存在になっている。
2作目からは、隠しコマンドでヴォ―パルちゃん装備が出てくるというほどだ。
しかし、そもそも商品化されていないはずだが・・・。
「僕が、作った」
私の疑問を察したのか、少年が答える。
確かに私はヴォ―パルちゃんが好きだが、なぜ解ったのだろうか?
「僕のお友達が教えてくれた」
何やら申し訳なさそうな少年。
なるほど、つまり人の気持ちが解る存在がいるという事だな。
そう思った私は、すぐさま頭の中で色々と考えてみた。
取りあえず、色々とな。
そして数秒後、少年は顔をトマトの如く真っ赤にして倒れた。
いかん、やり過ぎたようだ。
真っ赤な顔の少年を俵のように抱え、道行く人に治療できる場所を尋ね、案内して貰った。
治療室では、運ばれていたジークがベッドで横になり、
その隣では「負けていません!私はまだ負けていません!」「俺だってまだ負けてはいない!」と、
カーテン越しから聞こえる口論が煩かった。
または「なぜ俺がこんな目に合わなければいけないんだ・・・」と、
呪詛のごとき言葉が漏れていたのも追加しておこうか。
その後、曹操と出くわし、色々と話を一方的に聞かされた。
なんでも私が出会った少年はレオナルドというらしく、境遇からして人見知りなのだとか。
それ故か、彼からプレゼントを貰った私にいたく驚いたらしく、
「そうか、レオナルドが心を許したのなら、やはり俺の目に狂いは無かった」とか言っていた。
いかんせん、私の頭はもはやハンバーグのことや家のことでいっぱいなりつつあったので、
取りあえず適当に聞き流して終わった。
そして、頭を押さえているゲオルクが現れ、気付けば家に戻っていたというわけだ。
いやはや、一体なんだったのだろうか?
『なにやら厄介な連中に目をつけられたな』
同情を含んでいるファーちゃんの言葉。だが、それは私に宿ったファーちゃんも同じ。
私一人だけが苦労をするのではない。ファーちゃんも一緒に苦労して貰うぞえ。
『宿主の方が、彼奴らよりも数段厄介者じゃの』
溜息を吐いたファーちゃんの言葉を、褒め言葉として受け取っておくことにした。