「もしも堕天使総督のことを思うのなら、あの人のためにぜひ行動するべきです」
私の前に立つ彼女は、私に優しく微笑んでした。
「彼の寵愛が欲しいんでしょ?なら、彼のためにも頑張らなくてはいけませんよ」
笑顔のそれに、私は不思議と心を許していた。
彼女は腕を組んでしばらく考えると、ポンと手を叩いた。
「そうだ! 確か彼、神器の研究に没頭していて数多くの神器を集めていましたっけ。
だったら、彼のために神器を集めれば、あの人も君を認めてくれると思いますよ?」
「神器を集める・・・」
「そうです、神器を集めるんです。アザゼル様に愛されたいなら、
彼が喜ぶことしなくては駄目ですよ!
そうすれば、アザゼル様だって、貴女を認めてくれますわ」
「アザゼル様が私を・・・」
彼女の言葉は、私の心に沁み込んでくる。
そうだ、アザゼル様の寵愛を受けるならば、私がアザゼル様のために何かしなくてはいけない。
アザゼル様のために神器を集めれば、きっと私を愛してくださる。
私は私の幻想に満たされる。
アザゼル様が私の手を取り、私を愛してくれると囁いてくれる、その願いが私の心を掻きたてる。
「そう、その通りです」
激しくなる胸の鼓動を感じる私の手を、彼女は自身の両手で優しく包み込む。
彼女の顔は、優しい笑顔のままだ。
「私は貴女の想いを尊重します。アザゼル様を慕うその思い、私にはとても見ていられないのです」
そして彼女は私の耳にそっと囁いた。
「もう我慢しなくてもいいの。貴女は貴女の想いのために行動しなさい。
大丈夫、貴女の願いはきっと叶うわ。私がそう思うのだから」
その言葉に、私は自分の道を決めた。
そう、私はアザゼル様に愛されるために行動するの。私の想いはもう止まらない。
ああ!アザゼル様!私は貴方のために、貴方が欲している神器を集めてきます!
そしてどうか!その時は私を認めてください、そして愛してください!
貴方のその手で私を抱きしめ、そして寵愛をください!
もう我慢しなくてもいい。彼女の言葉が私の背を押してくれた。
私は私の想いのままに!私は自分の口が笑みなるのを抑えることができなかった。
「良い顔になったわ。やはり笑顔は素敵ね」
彼女は私を見ながら優しく微笑んでいた。
「聖女?」
「ええ、教会で持て囃されている修道女がいるのよ。名前はアーシア・アルジェント。
なんでも人間に限らず動物さえも傷を癒すことができるらしいのです。
今じゃ、周りからは聖女様と慕われていますわ」
「ふ~ん?それでそうして僕にその話を?」
「きっと、貴方なら興味を持ってくれると思ったから。
だって、とても面白い趣味を持っているみたいですので」
彼女はそう言いながら、チラリと僕の『兵士』たちを見る。
ああ、やっぱり気付いているんだ。
椅子に腰を掛けていた僕は、彼女を少し見直した。
そして目の前の彼女の言葉に、僕は興味をそそられた。
僕は自分の『兵士』たちを見回す。物言わぬ彼女たちは、元は敬虔な修道女たち。
僕が彼女たちを欲しくなったから、僕は彼女たちの居場所を無くさせ、僕が眷属にした。
今では身も心も僕に堕ちた、可愛い可愛い僕の下僕。
あれだけ、主に敬虔出たというのに、今では僕だけを見ている、僕だけを求めてくる。
その姿を見るのは、僕にとってはとても素晴らしいことだ。
やっぱり、心身深い女(子)を穢すのは気分がいい。
僕は視線を彼女に戻すと、彼女は優しい笑顔で僕を見ていた。
「それでどうしますか?仮に私の提案を断るなら、他にもちかけますが」
「いや、続けてくれないか?その話に興味がある」
「そう!貴方に話を持ちかけて良かったわ!」
僕の承諾に、彼女は変わらない笑顔だった。
そして彼女は語る。
件の聖女アーシア・アルジェントは、とても信心深く敬虔な修道女だという。
うん、ますます僕好みじゃないか。
そして人を疑うことを知らない、まるで雪のように純白な心の持ち主で、
彼女はあらゆるものを癒す力も相まって、まさに聖女の生き写しだとか。
ああ!最高!なんて素晴らしい存在なんだ、アーシア・アルジェント!
彼女はまさに僕の理想の子だ!
僕の心はアーシア・アルジェントでいっぱいになった。
ああ!穢したい!そんな雪のような純白の聖女様を、僕が徹底的に汚したい!
その綺麗な瞳を曇らせ!真っ白な心を真っ黒に染め上げたい!僕の心に染めてしまいたい!
主を思う敬虔な心を完全に堕落させ、その口からは僕への愛だけを言わせたい!
その綺麗な顔を快楽で蕩けさせ、快楽に貪られながら嬌声を上げさせたい!
僕の心を高鳴る!
ああ!アーシア・アルジェント!君は絶対に僕の物にしよう!
そうだ、まずは教会という加護から引き離して絶望させよう。
僕はそのための脚本を考えだす。ああ、待っていてくれアーシア!
「その笑顔はとても素敵です!貴方にこの話を持ちかけて本当に良かったですわ」
彼女は僕を見ながら、優しい笑顔だった。
「何を迷う必要があるのですか?」
彼女は私にそう言った。
私を見つめる彼女の目は、私の迷いを見通す様に鋭い。
「だがそんなことをすれば、子供たちが・・・」
「それがなんですか?」
私の言葉に、彼女は事もなげに言い放った。
「このままでは聖剣使いを生み出せませんよ。そしてその原因は解っているはずです。
もう一度言います。何を迷う必要があるのですか?」
彼女は私の手を取る。
「貴方は憧れた筈です、物語に出てくる聖剣を。その聖剣を振るう自分を夢見た筈です。
残念ながら、貴方にはその資格がありませんでしたが」
少し悲しい顔をした後、彼女は笑顔になる。
「ですが、それを跳ね除けた貴方は、聖剣使いを生み出すことを目指しました。
それは教会も、ましてや天使様も認めてくださったでありませんか。
そう、貴方は悪くないのです。これも全て、主へのためですよ」
「主へのため・・・」
彼女の言葉が、私の心に沁み込んでいく。
「そう、主へのためです。貴方の聖剣実験は、悪魔を滅ぼすためへの大きな一歩です。
先ほども言いましたが、それは教会も天使様も許しています。
ですから、貴方は悪くありません」
「私は・・・悪くない。私は・・・許されている」
彼女の言葉が、私を心をぐらつかせる。
そんな私に、彼女は笑顔を曇らせ、悲しい顔で語る。
「それとも、今まで積み上げてきた貴方の夢を捨てるのですか?
その躊躇さえ捨てれば、貴方の夢見た聖剣使いは誕生するというのに」
ああ、聖剣。夢に見た聖剣。私の生み出した聖剣使いが、悪魔たちを斬り裂く。
憎き悪魔共が絶望に支配され、恐怖に支配されながら逃げ惑う。
私の心は昂った。
そうだ、何を迷うことがある。
聖剣使いの誕生は、教会、ましてや天使様も認めてくださったではないか!
そうだ、私はすでに許されているのだ!
ならばなぜ迷う、なぜくだらない戸惑いで、私の夢を諦めなければならないのだ!
私の理論を使えば、聖剣使いは生まれる。
そのためならば、たかが実験体が犠牲になろうがどうでもいいではないのか?
そうだ!実験体たちも、その身で聖剣使いを生み出す礎になるのだ。
それは実験体たちの悲願ではないのか?
その身を持って、聖剣使いの一部となれるのだ!きっと彼らも幸福に違いない!
そして見ているがいい、悪魔たちよ。
私が生み出した聖剣使い達が、貴様らを一匹残らず滅ぼすのだ!
私はその光景を幻視して、大声で笑った。
「良いです、良いです!その笑顔!やっぱり笑顔は素敵ですわ!」
彼女は、笑顔で私を見つめていた。
「汚らわしい堕天使の血が混ざった子を生かすのは、
あなた方にとっては看過できるモノなのですか?」
私は困っている人を笑顔にした。
『可哀想に。貴女は父親のせいで、貴女は大切なお母さんを失ったんですよ。
そうです、全ては貴方の中にある堕天使が悪いのです。
堕天使のせいで貴女は失ったのです、大切な家族を。
ですから、貴女には堕天使を憎む権利があります、その思いをぶつける権利があるのです。
さぁ、その思いをぶつけるためにも、貴女は生きなくてはいけませんよ。だから、笑って』
私は泣いている女の子を笑顔にした。
「貴方が眷属にしたネコショウですが、確か妹がいませんでしたか?
もしかしたらその妹も姉と同じように、その身に素晴らしい力が宿っているかもしれません。
なら、何を迷うのですか?あなたは主で彼女は下僕。
主の命令は絶対。それが悪魔社会のルールじゃなかったのでは?」
私は悩んでいる悪魔を笑顔にした。
『ああ、可哀想に!君はお姉さんに見捨てられたのですよ!
自分勝手なお姉さんのせいで、君は悪魔になるしかなかった!
そうです、全ては自分勝手なお姉さんが悪いんです。君を見捨てたお姉さんが悪いんです。
だから、君はお姉さんを恨む権利がある。憎む権利があります。
さあ、君の想いをお姉さんにぶつける為にも、頑張りなさい。ほら、笑って』
私は絶望している小猫を笑顔にした。
『貴女は貴女の信じる道を行ってください。
大丈夫です。主は貴女をちゃんと見ています。
貴女の中にある、悪魔さえも慈しむ心を持ち続けてください。
たとえ教会に裏切られても、どんなに心を砕かれようとも、
貴女が諦めない限り、その思いは叶うと思います。
そのためにも笑いましょう』
私は泣いている修道女を笑顔にした。
「ああ!みんなの笑顔は素敵です!」
私は大声で叫ぶ。私は多くの方々を笑顔にしてきた。
私は笑顔が大好き。皆が笑顔になれば、全てはハッピーになるのですから。
私は笑顔になっていった人たちを思い出し、その身を悶えさせる。
笑顔は私の原動力!笑顔は私の生きる希望!そう、笑顔は素晴らしいものなのです!
私はひとしきり笑った後、うーんと伸びをする。
それにしても、私の好きに生きなさいと言った、あの方に感謝をしなければいけませんね。
私は、幼き頃に見た夢を思い出す。
小さい頃、私は不思議な夢を見た。
本がたくさん散らばった部屋に、一人に女の子がいるのだ。
女の子は椅子に座り、色々な本を読んでいた。
ところが、女の子は急に本を地面に叩きつけ、その本を踏みつけたのだ。
何度も何度も、その本の表紙が真っ黒になるまで。
私は酷くおろおろしてその光景を見ていた、夢なのに。
そしてしばらくして満足したのか、女の子は本を踏むのを止めた。
すると不思議なことに、女の子が私を見ているのだ、夢なのに。
まるで私が見えているかのように、女の子は私をじっと見つめてくる。
私はどうしていいのか判らず、ただ黙っていた、夢なのに。
じっと私を見ていた女の子は、その顔に笑みを浮かばせ私の方へと近づいてくる。
もちろん、私は夢だと分かっているけれど、とても気持ちが悪かった。
何度も目が覚めるようにと願うも、私は動けず、女の子は近づいてくる。
そして女の子が目と鼻の先までの距離となった時、女の子は言った。
『私の世界に入れるなんて、貴女はとてもラッキーね!
そうだ!貴女に私の加護を与えてあげる!そして好きに生きてね!
そうね、貴女には人を笑顔にさせる力をあげるわ!貴女が皆を笑顔にするの!
そうすれば、みんなハッピー!私もハッピー!』
そういうと、女の子の背中から大きな白い翼が生えた。
それはまさに神々しい姿だった。まさか貴女は天使様ですか?
『うーん?天使じゃないわよ。そうね、私を定義するなら、天使よりも上の存在よ。
そして、来るべき愚か者に天罰を下す存在でもあるかしら』
その言葉に、私は目を見開いた、夢なのに。
ま、まさか貴女様は・・・!
『それじゃあ頑張ってねー!貴女の働き、ずっと見守ってるからー!』
私は言葉を発する前に、夢から覚めたのだった。
そして私は今日までに至る。彼女からいただいた加護で、人々を笑顔にするために。
「ああ、貴女様!私は今日も生きています!
貴女様の下さった加護で、私は今日も人々に笑顔を届けています!」
私は地面に頭を垂れて、貴女様に祈りを捧げる。
ああ、笑顔はとても素晴らしいです!
悲しんでいる人、辛い思いをしている人がいれば、必ず私が会いに行きます。
さあ、みんなも笑顔になりましょう!