思いついたことを書いてみた   作:SINSOU

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堕落者

「神は死んだ」

 

少女の頭は、その言葉を理解出来なかった。正しく言うならば、理解することを拒んだ。別に少女の知能は低いわけでもない。少女自身はそれなりの教養は持ち合わせているし、覚えが悪いわけではない。それこそ、幼い頃から慣れしたんだ聖書から、各々の一節を上げることも出来る。それなのに、少女はその言葉を理解したくなかった。

 

そうだ、理解できるわけがない。少女の思考は働く。そうだ、今の言葉は嘘なのだ。なにせ、その言葉を発したのは女が信仰する教会の怨敵である堕天使だ。しかも、教会から聖剣を奪い去った悪なのだ。故に、今の言葉は自分を惑わすための嘘だ。少女はそう決めた。そうだ、我らの主が死んだなど、嘘に決まっている。許せるわけがない。

少女の折れかけていた心に火が着いた。それは烈火の如く燃え上がり、彼女の前進を駆け巡る。萎えかけていた四肢に、心に、思考に、彼女を形作る全てに力が籠る。

 

「私を惑わすかコカビエル!我らの神が死ぬ筈がない!主は永遠にして不滅!主を侮辱したその罪を、今この場で断罪してやる!」

 

少女は自身の相棒にして聖剣デュランダルに力を込める。歯を剥き出し、目を凝らし、目の前の怨敵を斬り殺さんと全身を荒れ狂う衝動に身を委ねる。

 

「力を!もっと力を!主を侮辱した堕天使を叩き伏せる力を!悪を叩き伏せるその力を寄越せ!もっと寄越せ!デュランダルゥゥゥゥァァァァァ!!」

 

少女は叫ぶ。少女は吼える。その怒りをぶちまける様に、彼女の叫び声は夜空に木霊する。

 

少女にとって、主に仕えることは正しいことだ。幼き頃から、少女はそう教えられてきた。姉と慕う存在も、私にそう教えてくれた。周りにいる人々も、私にそう教えてくれた。だからこそ、少女がその『道』に進むことは必然だった。

そう、彼女は魔滅ぼす存在、悪魔殲滅者(エクソシスト)になった。

そしてその背を押すかのように、少女には特別な力があった。かのローランの持っていた聖剣デュランダルを扱うことが出来たのだ。前の使い手であり、悪魔すらも恐れ慄く存在、ヴァスコ・ストラーダから渡された際は、少女は自身の運命を理解した。

自身は、人々を魔から守り、魔を滅ぼす剣になる、と。結果、少女はその力を振るった。

何度も何度も何度も何度も、襲い掛かる悪魔を、危険な魔物を、あらゆる化け物を斬り捨ててきた、何度身体を血に染めようと、何度死地を走り回ろうとも。それを繰り返すうちに、少女は周りから『斬り姫』と呼ばれるようになる。

何物を斬り裂くことが出来る聖剣デュランダルを振るう、まさに『斬り姫』とは的を射ていた。

同僚であり、親友である紫藤イリナが来るまでは、少女は親しい友など無く、半ば孤立していた。それでも少女は気にも留めなかった。なぜなら、少女の心はいつでも神への信仰に染まっていたからだ。我らの主のために、自身の善行を成すと信じていたからだ。

 

「がうぁぁあああぁぁああるるるぅぅぅぐぎぃぃぃあぁああああ!!!」

 

デュランダルから流れ込む力の濁流に、少女の意識は荒波に揺れる一枚の木の葉のように呑まれる。体中が悲鳴を上げる。腕が、皮膚が、神経が、細胞が、駆け巡る激痛に、焼けるような熱に悲鳴を上げる。だが、それを少女はねじ伏せる。目の前の堕天使を倒すために、少女は力を求めたのだから。

 

「消ぃいえ去れれぇえぇぇぇえぇぇぁああぁぁぁ!!!」

 

まるで光をそのまま固めたような悍ましいまでに輝く光の剣を、少女ゼノヴィアは、憎きコカビエルへと振り落とす。その日、天へと昇る一筋の光が、何の変哲もない町を斬り裂いた。

 

コカビエルとの戦いで、ゼノヴィアは無理矢理にデュランダルの力を引き出した。そしてその光の剣でコカビエルの半身を消し飛ばした。右半身を消し飛ばされ、血と臓物をまき散らしながら落ちていくコカビエルを見据えた後、ゼノヴィアは意識を失った。そして目が覚めたら、教会のベッドの上だったというわけだ。

そしてゼノヴィアは知ることになる。鏡越しから見える変わり果てた自身を。

青い髪は色素が抜けてくすみ、瞳は色を無くしていた。これが私か?それがゼノヴィアの言葉だった。

その後ゼノヴィアは教会へ事後報告へと趣き、そして禁句を告げた。

 

『もう主はいないのですか?』と。

 

その時のゼノヴィアはただ否定しされてほしかった。憎き堕天使の妄言を切り捨ててほしかっただけ。

だが、結果はゼノヴィアの拘束という、否定させるどころか肯定されることになる。

身体を拘束され、教会の一室に放り込まれたゼノヴィアは、ただただ混乱するだけ。

 

なぜ?どうして?

 

ゼノヴィアの疑問に答えるものはなく、彼女の頭は疑問で塗りつぶされた。

監禁から数日間、決まった時間に差し出される食事を取り、他の時間を主への祈りに捧げるゼノヴィア。

主はもういないと知ってしまった彼女だが、それでもだからとてやめるつもりはなかった。

それは生活の一部となっていたからだ。今更やめられるものでもなかった。

 

その後も拘束は続き、気付けば週も過ぎていた。その間も、彼女はただただ祈りを捧げつづけた。

そんな中、ゼノヴィアの耳に声が聞こえた。だが部屋には自分一人しかおらず、声が聞こえるわけでもない。

 

とうとう気でも触れたか、そうゼノヴィアは自嘲した。自身を笑うゼノヴィアだが、そこに不快感はなかった。

いっそ狂ってしまった方が楽だと思ったからだ。ならばその声とでも会話をしてやろう、一人は寂しいからな。

そう考え、ゼノヴィアは声を聴くことにした。

 

それからまた数日が経ち、ようやくゼノヴィアは部屋から出された。

彼女を拘束した教会の目的は、デュランダル保持者のゼノヴィアの扱いだった。

聖剣の使い手という滅多に表れることのない特性を持つゼノヴィアの扱いに、教会は難儀していた。

度重なる論議の果てに、ゼノヴィアは監視の下で悪魔を狩るエクソシストとして生を許された。

結局のところ、聖剣の使い手を殺すには惜しかっただけの話だ。

 

そして部屋から出されたゼノヴィアを見た教会の使いは、ゼノヴィアの顔を見て言葉を失った。

彼女の顔は、幸福に満たされたように笑顔だったのだから。

その顔は、教会へと連行された後も変わらず、ただただ不気味だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

降りしきる雨の中をゼノヴィアは歩く。今の彼女の出で立ちは、一言でいうならボロ屑。

青い髪は灰色にくすみ、輝いていた瞳は濁り輝いている。エクソシストの服はボロ布と化し、服を着ているのではなく纏っているだけ。

仮にゼノヴィアを知る家族や友人が見れば、それがゼノヴィアだと分らないほどに、彼女はかつての面影を無くしていた。

彼女だと判断できるのは、彼女の背負われている布の塊だ。それは彼女の愛剣デュランダル。

それを革ベルトに括り付け、ゼノヴィアは一人で雨の中を歩く。

 

「今が最悪」と言える間は、最悪ではない。

 

聖書に記された言葉をゼノヴィアは呟き続ける。これは試練。主が私に与えられた試練なのだ。

ゼノヴィアはそのことで頭を満たし続けている。

 

そして彼女の頭に声が響く。

 

『恐れるな。わたしはあなたとともにいる。 たじろぐな。わたしがあなたの神だから』

 

その言葉を受け、ゼノヴィアは歩き続ける。その足もとに多くの屍を築きながら。


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