思いついたことを書いてみた   作:SINSOU

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部外者たちの愚行

少年が足元に転がる少年を蹴り続ける。

何度も何度も何度も何度も何度も何度も・・・・・、足元の少年を蹴り続ける。

 

蹴られる度に、足元の少年は呻き、嗚咽を零し、悲鳴を上げ、身体をくの字に曲げる。

その顔はただ痛みに耐える為にぎゅっと目を閉じ、口からは赤い血が零れている。

一方、少年を蹴り続けるの顔は、少年とは思えない表情をしていた。

まるで欲に塗れた大人のような顔で、自分の行為を愉しんでいるようで、

足元に転がる少年が呻くのを喜んでいるようで、その口元を笑みに歪めている。

 

そこは人が来ることもない神社の裏で、生い茂る草花や木々が、その光景を覆い隠している。

少年のうめき声も、蹴られる音も、凄惨な光景も、全てが隠されてしまっていた。

正確なことを言えば、蹴り続ける少年は、それを知っていた。

自分の行いを誰も見られることなく、聞かれることなく、あまつさえ知られることもない。

それを知っている上で、今の行為に及んでいるのだ。

 

そして足元の少年が、もはや苦痛を吐くことも動くこともなく、その目に光すら無くなった。

すると、動かなくなった少年の中から光の塊が飛び出す。

その瞬間、蹴り続けていた少年はその光を掴み、自分の胸へと押し当てる。

すぅ・・・と光が入った瞬間、少年は口元を更に歪めた。

少年は感じたのだ、自分の中に力が溢れるのを、強大な力が満ちているのを。

 

そして足元に転がっている、もはや動かない少年に向けて手を翳すと、

転がっている少年が突如燃え出した。

髪が、皮膚が、服が、周りの枯葉が燃えだし、肉の焦げる不快な臭いが溢れる。

その姿を確認すると、少年はもはや興味を失ったのか、ゆっくりとその場を後にした。

 

この日、一人の少年が、誰にも看取られることなくその生涯を終えた。

 

 

『じゃあ貰っていくわね』誰かがそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

少女は自分の姿を鏡で見ていた。

鑑に写る姿は酷く歪で、ルビーと称された髪は安物の赤い絵の具のように色褪せ、

人形のように精鍛だった顔は、もはや人らしい表情を無くし、真の意味で人形のようだった。

かつて輝いていた瞳は、もはやくすんだガラス玉のようだ。

そんな鏡の姿を見るも、少女にとってはもはやどうでも良かった。

そう、どうでもよくなっていた。

 

彼女は椅子に座りながらも自分の与えられた部屋を見渡す。

少女を簡単に包むベッドもある、服を入れる箪笥もある、姿見も、机も、

それこそ必要な物はこの部屋にはある。

だが少女にとっては最も大切な、本当に欲しかったものが無かった。

 

少女の頬を、つうっと涙が流れる。

 

かつて少女には、自分を慕ってくれる大切な人たちがいた。

彼らとの出会いは単なる偶然だった。それでも彼女にとっては大切な家族であり、家族であった。

彼らは、未熟な少女を懸命に支え、時に励まし、時に知ったしてくれた。

そんな彼らに応えようと、少女は自身の出来ることは何でもやった。

知識を深め、身体を鍛え、彼らとの絆を深め、自身の力を鍛えた。

時に投げ出したくなることもあった、諦めかけたこともあった。

でも、その度に皆が少女を支えてくれた。彼らは少女にとって大切な人たちだった。

 

あの日までは。

 

あの日現れた少年が、少女の大切なものを奪っていった。

心を許せていた友達が少年の傍へ行ってしまった。

彼女はその少年が好きなのね、とその時の彼女は思っていた。

だが時が経つにつれ、なぜか友達の目が険しくなっていった。

果てには、もはや少女との口を聞きたくないほど、露骨な嫌悪を見せられた。

 

少女には訳が分からなかった。

 

次に妹のように可愛がっていた子が、同じように自分に冷たい目を見せるようになった。

あんなに慕ってくれていたのに、もはや赤の他人のように見られていた。

昔のように頭を撫でようとすれば、触ることすら嫌悪するかのように払い除けられた。

あの時の手の痛みは、今でも時折思い出していまう。

 

貴女を守る剣になります!と誓ってくれた子は、私にその剣を突き付けた。

長い時間をかけ、心を開くようになった子は、まるで化け物を見るかのように怯えられた。

 

少女には何が起っているのか解らなかった。

その後、いくつかの偶然が新しい家族が、友達が増える度に、誰もが少女を嫌悪しだした。

 

逆に、なぜか皆、少年の下へと行くのだ。

それこそ誘蛾灯に誘われる蛾のように、蜜に集まる虫のように。

 

少女は少年を問いただした。

そして少年から帰ってきた言葉に、少女は我を忘れて殴りかかった。

その手に必殺の力を纏い、それこそ殺すつもりで殴りかかった。

こいつが!目の前の少年が!こいつのせいで皆が!その義憤に駆られての行為だった。

だが、その手が少年を捉える前に、少女が地面に叩き付けられた。

見れば、かつての家族が、友人が、自分を侮蔑するかのような目で見下していた。

 

そして少女は、この部屋に押し込まれた。

必要最低限が揃えられた部屋で、必要最低限な生活をするため、必要最低限な監視をつけられて。

鉄格子が掛けられた窓から見れば、かつての仲間たちが少年を取り合っていた。

もはや自分に見せてくれなくなった、昔のような笑顔を少年に向けて。

まるで別世界を見せられていた。

 

びしりと何かに罅が入る音が聞こえた。周りにはそんな音をするものがないのに。

だが、その音は徐々に大きくなり、それに伴って胸が痛くなってくる。

ビシリビシリと音を立て、ビシリビシリと罅が割れ、そして・・・。

 

この日、一人の少女が壊れた。

少女の現状を知り、何もかもを放り投げて駆けつけた少女の兄は、

壊れてしまった少女を抱きしめ、人目をはばからずに泣いた。何もかも遅かった。

 

『ねぇ、取り返したくない?』誰かの声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

逃げなさい!貴女だけでも!

 

目の前で大人たちに組み伏せられている母親の言葉。

 

お前だけでも逃げるんだ!

 

体中に刀、剣、槍、矢が突き刺さり、その身を黒く焦がしながらも叫ぶ父親の声。

だが、少女の身体は動かなかった。いや、動けなかった。

目の前の光景に、少女は理解が及ばなかった。

 

なぜ?どうして?

 

その疑問が少女の頭を止めていた。

何故なら、目の前で母親と父親を虐めている人たちを少女は知っているからだ。

正確に言えば、その人たちの着ている服を知っている。

それは少女の母親が見せてくれた、大切な装束と似ていたのだ。

彼らはその母親の所属と同じ服を着ていたのだ。時折、少女の母親が話しくれたことがあった。

母親の家は代々が神に仕える家であったこと。少女の母親はその家の巫女であったこと。

偶然とはいえ、『人ではない父親』と出会い、互いに恋に落ちたこと。

様々なことを少女は母親から聞かされた。

 

お前は私たちの大切な娘だ。父親が少女に言った。

きっと実家の人たちも解ってくれる日が来るわ。母親が少女を撫でながら言った。

 

その時の少女は、いったい二人が何を話しているのか解らなかったが、

それでも両親が大切に思ってくれるは理解出来た。

だから少女は思った。両親の思いを叶えようと。

 

だが、現実は非情で無情で砂上で机上でしかなかった。

今、少女の目の前で起っているのが現実なのだ。

 

少女の母親は地面に叩き伏され、少女の父親は身体から血を流しながら叫ぶ。

そしてそれを行っているのが、母親の家の者達。

 

どうして

 

少女は言葉を口に出した。

 

どうしてなんですか

 

だが少女の言葉に誰も答えない。

 

どうして私たちを虐めるんですか!私たちの一体何が悪いって言うんですか!

 

少女は叫ぶ。それは少女の心の声。優しい父親と母親が、どうして虐められなきゃいけないのか。

少女はそれを問いただす。だが返答は痛みだった。

 

痛い

 

少女は突然の痛みに呼吸が出来ない。

 

痛い

痛い痛い

痛い痛い痛い痛い

痛い痛い痛い痛い痛い

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い・・・・・・!

 

父親と母親の叫び声が響く。

見れば、自分のお腹に光り輝くものが突き刺さっていた。

 

そして何か風を切る音がし、何かが転がる音がした、それも二つ。

目から涙が溢れる少女が目にしたのは、地面に転がる二つの物体だった。

少女の呼吸が止まり、思考が止まり、そして感情すら凍った。

それを少女は知っている、十分すぎるほど知っている、決して見間違うことはない。

だって、それはいつも見ている顔だから。それはいつも少女に笑顔を見てくれたから。

だってそれは・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

少女の両親の首だから。

 

 

 

 

 

 

 

叫び声が響く。それは人が発するには高く、まるで金属を打ちあわせたような金切声。

その声に誰もが耳を塞ぐも、何人かはその声を聞いて床に倒れた。

 

許さない

 

腹に剣が突き刺さった少女は呟く。

 

許さない

 

身体を真っ赤に染めながら少女は呟く。

 

許さない許さない許さない・・・。

 

少女の背中から大きな翼が生えた。それは闇を固めたような、真っ黒な翼。

 

許さない許さない許さない許さない許さない・・・!

 

絶対に許さない!

 

目から赤い涙を零し、悪鬼羅刹の少女が叫んだ。

 

そして、種族(人と堕天使)を繋ぐはずだった少女(希望)は死んだ。

少女の両親の願いは、呆気なく潰えたのであった。

 

『お手伝い、しましょうか?』誰かの声が響いた。

 

 

 

 

 

 

どうして?

 

それは地面に蹲る少年の疑問だった。

 

どうして僕は虐められるの?

 

それは少年の思いだった。

 

どうして僕は違うの?

 

それは周りからの言葉だった。

 

詳しく言うならば少年は周りとは違っていた。言ってしまえば、少年は混ざりものだった。

彼の父親は誇り高き血統の出で、彼の母親は下等な血を持つ存在だった。

結果、その血を半分づつ受け継ぐ少年は、混ざりものになった。

不幸なことは、少年の生きている世界では父親の血が尊ばれ、そうでないものは下等な存在でしかなかった。

ゆえに、高潔な血を下等な血で『穢している』少年が蔑ろにされるのは自明の理だった。

 

少年の世界は差別の世界だった。

 

少年は家族から徹底して差別を受けた。それこそ家畜の方がましかもしれないと言えるほどだ。

言ってしまえば家具のような、生き物とすら認識されていなかったかもしれない。

そんな世界で、少年は生きざるを得なかった。

 

一方で、少年には特別な力があった。

それはあまりにも特別な力ゆえに、母親の生きていた世界から拒絶された。

周りが全て少年を人として見ず、まるで恐ろしい化け物を見るかのように接した。

それこそ、殺されそうなったことは何度も。

 

結局のところ、少年の世界は差別される世界だった。

 

だが幸運なことは、少年には大切な幼馴染がいた。

彼女は少年と同じ混ざりものであった。それ故か、少年の気持ちを理解してくれた。

そうして少年は、傷ついた心を幼馴染との触れあいで癒す生活を送るようになった。

傍から見れば、いつ心が折れてしまうか判らない境遇。

だが少年は耐え続けることが出来た。

 

そして運命の分岐点が訪れた。

少年はその世界から外へ出る権利を得たのだ。それは幼馴染の決死の行動によるもの。

だが、少年にとってはまごうこともない奇跡だった。

幼馴染のことを心配しながらも、少年は差別の世界から外へと飛び出し、

 

 

 

 

 

 

 

 

そして呆気なく死んだ。

少年にとっての不幸は、外の世界に少年の生きる権利を奪う存在がいたことだった。

彼らは少年のような存在を狩るのを生業にしてきた。

結果、少年は彼らに狩られた、それだけのことだ。

 

どうして?

 

少年は遠ざかる意識の中で疑問を呟く。

 

どうして僕は生きてちゃいけないの?

 

苦しかった、でもあの子と一緒だったから耐えられた。

あの子と一緒だから、少年は生きることを諦めなかった。

 

どうして?

 

少年の心に疑問が生まれる。

どうしてお父様たちは僕を虐めるの?雑ざりものと自分を蔑む家族。

どうして皆は僕を虐めるの?化け物と自分を拒絶した人々。

どうして僕は死ななきゃいけないの?まるで作業のように銀の矢を突き刺した男たち。

 

嫌だ

 

少年は心の中で叫ぶ。

 

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ痛い恐い許せない死にたくない生きたいコロスコロスコロス駄目

許さない憎い憎い憎い嫌だ嫌だ恐い怖いごめんなさいごめんなさい・・・。

 

まるでミキサーのように、感情が少年の中に渦巻く。

 

だが悲しいかな。少年の思いを嗤うかのように、少年の意識は遠のいていく。

身体の自由が無くなり、視界すら霞みだす。耳も聞こえなくなり、呼吸さえも苦しくない。

 

そして最後に少年が思い出したのは、幼馴染の笑顔だった。

 

こうして差別され続けた少年は、結局差別されたまま死んだ。

 

『この世界から、出たくない?』誰かの声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

そこはどこかの台所だった。

オーブンもある、冷蔵庫もある、食器棚やテーブルだってある、まさに台所だった。

そしてそこには、コック帽をかぶり、エプロンをした少女が立っていた。

少女の右手には泡だて器、そしてテーブルには銀のボウル。

これから何かを混ぜるようで、ボウルの中には、何やら黒い物があった。

 

『それでは皆様、さあご一緒に!』

 

少女は誰かに言うように、笑顔で声を張り上げた。

 

『生きる権利を奪われた少年の思いと、大切なものを奪われた少女の絶望を、レッツらミックス!』

 

『両親の思いを穢され、否定された少女の憎悪と、何もかもに拒絶された少年の苦しみを、レッツら混ぜ混ぜ!』

 

そういうと、少女は勢いよく泡だて器を動かし、ボウルの中身を混ぜだす。

中身が混ぜ終わったら、テーブルにある型に流し込み、そのままオーブンに入れてダイヤルをセット。

 

ふっくらと出来上がる姿に、少女はワクワクと胸を躍らせ、魔法の言葉を呟いた。

 

『あなた達に、私の加護をプレゼント!』

 

チーンッ!と音がし、オーブンの扉が開いた。

そして少女はその出来上がりを確認し、満面の笑みで、その仕上がりに満足する。

 

『さぁって、次の材料はどこかしら?』

 

そういうと少女は、沢山の本が積まれた山に飛び込み、そのまま材料選びに熱中する。

 

『よし!次はこれね!』

 

そう言った少女の見ている本は『天使たちの愚行』というタイトルだった。




原作が異世界を持ち込んだんだ!ならばこっちは平行世界だ!

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