「いい加減にしてちょうだい!」
俺の目の前で部長が声を荒げ、その声が部室内に響いた。
激昂する部長の視線の先には、ニヤケタ顔のキザったらしいいけ好かねぇイケメン悪魔がいる。
赤いスーツを着て胸元を開けた格好の金髪で、
貴族のボンボンよりも、どっこかのホストの方が似合っている格好の悪魔。
それが俺の印象だった。
そのホスト悪魔の名前はライザー・フェニックス。
なんでも、部長の婚約者らしく、ここ(人間界)に来たのも、結婚の話をするためだとか。
部長が俺のベッドにやって来た理由ってのは、もしかしてこれに関することなのか?
今朝の部長の行動と現状を見て、俺は部長の行動を思い出した。
そんな俺を余所に、部長はライザーに声を荒げる。
「何度も言っているはずよ、ライザー!私は貴方と結婚する気なんてないわ!」
「それは知ってるさ、でもなリアス?それは君の理屈でしかない。
解っている筈だろ?この婚約に関しては、両家ともに話がついているはずだ。
君の我が儘のせいで、俺だけじゃなく、どちらの家にも迷惑が掛かっているんだぞ。
それに、君も解っているはずだ。純血の悪魔がいかに大切なのかを」
声を荒げる部長とは違い、ライザーは冷めた目で部長を見ている。
なんだよその目は!部長をそんな目で見るんじゃねぇぞ、この焼き鳥野郎!
俺は内心、このライザーって焼き鳥野郎に酷くムカつくが、必死に黙った。
だがこのままだと我慢の限界が来ちまいそうだ。
「それは両親が勝手に決めたことよ。それに私だって次期当主、家を潰すつもりはないわ。
それこそ、婿養子を迎え入れることも案としてしてる」
部長は一端口を閉じ、はっきりと拒絶の意志をもってライザーに言った。
「でもそれは貴方じゃないわ、ライザー。私は私がいいと思った人と結婚する。
純血も家も大切なのは解っているわ。
だからと言って、好きでもない人と結婚するのは真っ平よ!」
その言葉を聞いたライザーの表情が、変わった。
それこそ、さっきまでの目が氷だとすれば、まるで北極に込まれたような寒気を感じるほどに。
ライザーの変化に俺だけじゃなく、木場や小猫ちゃんに朱乃さん、そして部長さえも驚いていた。
アーシアは俺の背中に隠れ、身体の震えを押さえようと必死に俺の制服を握りしめていた。
俺たちとは別に、グレイフィアさんは黙ったまま、平然とこの場を見つめている。
「そうか、それが君の答えなんだな、リアス。どうしても俺と結婚するつもりはないと」
「え、ええ・・・そうよ」
そして暫しの沈黙。
時計の秒針さえも部屋に響く程に、自分の心臓の鼓動さえも激しく感じるほどに、
部屋の中が静寂に包まれた。
「なら仕方がない」
その言葉を皮切りに、ライザーは座っていた椅子から立ち上がった。
「どうにか説得しようと思っていたが、これ以上は君の我儘に付き合ってもいられない」
そう言うと、ライザーはグレイフィアさんの方を向き、頭を下げた。
「グレイフィア様、申し訳ありませんがこの話、俺から断ったと魔王様にお伝えください。
リアスの懇意を俺が勝手な都合で無下にしてしまった、そのようにお願いします。
仮にもリアスは魔王様の妹君です。下手なスキャンダルはそちらも困ると思いますから」
「いえ、それではライザー様にご迷惑が掛かります。
それこそ、こちらの勝手な都合に巻き込んでしまった訳ですし」
その言葉をライザーは手で制し、ライザーは皮肉げに笑う。
「お気になさらず。どうにも俺は、世間からは女誑しとして言われているようでして。
既にそんな醜聞を言われている俺ですから、
今更スキャンダルの一つや二つ、気にすることもありません」
ライザーの足元に転移魔法陣が現れる。
「では、これ以上ここ(人間界)にいる理由もなくなったから、さっさと帰らせて貰うよ」
そう言うと、ライザーの姿は光の粒となって消えた。
ライザーが消えてしばらくの間、部室は酷く静かだった。
誰も、それこそ部長さえも黙ったままだった。
「良かったじゃないですか部長!」
そんな空気を変えようと、俺は声を上げた。
「なんだかよく解らないんですけど、部長が結婚しなくても済んだって事でしょ?
だったら、もう心配する必要なんてないじゃないですか!」
「え、ええ!そうね!」
俺の言葉に、部長も事情を呑みこめないままに応える。
他のみんなも同じで、さっきまでのことに頭が追いつかないまま、
各々が「良かったですね!」と部長に声をかける。
「お嬢様」
そんな中、黙っていたグレイフィアさんが口を開いた。
「この件に関しましては、私からサーゼクス様やご両親にお話させていただきます。
その後、サーゼクス様やご両親がどう判断されるかは、私には判りません。ですが・・・」
グレイフィアさんの目が、まるで猛禽類の如く鋭くなる。
「私から言えるのは、事と次第においては御覚悟ください、とだけ。
それでは皆さん、私もこれで失礼をさせていただきます」
そう言うと、グレイフィアさんも光となって消えた。
その場に残された俺たちは、ただ何がどうなのか、よく解らなかった。
「フンフフ~ン、フフフフ~ン」
冥界のとある領地の一角にある場所で、鼻歌が聞こえる。
まるで鐘の音が響くかのように、その歌声は部屋の中で反響する。
「アイラ~ヴュ~フロ~ムマイハ~」
その声のは主は女性だった。
金色に輝く髪を腰まで伸ばし、その先端を赤いリボンで結んでいる。
女性は灰色のケープを纏い、その右手に如雨露を握り、周りの草花に水を注いでいた。
「アイアムハドゥリ~マ~、フフフフフ~ン」
水を注がれた植物たちは、彼女の歌声に答える様に、風もないのに揺れる。
「あらあら、今日もみんな元気ね~。お姉ちゃん、うれしいわ~」
植物たちの姿に、女性はまるで子供をみる母親のように、その緑の目で優しげに見つめる。
ここは彼女の農園にして、彼女の憩いの場。
限られた存在にしか知られておらず、限られた存在にしか入れない秘密の場。
そこは彼女の趣味と実益を兼ねた植物園。
魔界で育つ植物が、所狭しと植えられている。
小さな植物は植木鉢に、大木のようなものは区切られた場所に植えられ、各々が成長している。
香りを楽しむものもあれば、毒にも薬にもなるもの、果てには捕食するものまである。
そして彼女が、この植物園を管理している責任者、スァリ・テンパスビオレ・ブエルだ。
一通りの水やりを終えると、スァリは空の如雨露を片付け、植物園に設けられた休憩室へと行く。
休憩室の中には、各々の食器が置かれた棚、一通りの炊事が出来るキッチン、小さな冷蔵庫、
そして丸台のテーブルに椅子が3席置かれていた。
スァリは手慣れたように、棚から3つのカップと皿を取り出し、彼女特製のブレンド茶を淹れる。
そして茶請けに彼女特製のクッキーを用意し、客人の準備を終えた。
壁に掛けられた時計を見れば、丁度彼らが来る時間を指していた。
すると、まるで待っていたかのように来客を知らせる鐘が鳴った。
スァリは無意識に顔を綻ばせ、足を速めて扉の前に行き、少し深呼吸をする。
「いらっしゃい、待っていたわ」
「スァリ義姉様!」
扉を開けると、スァリの身体に何かが飛びついた。
それはスァリと同じような金色の髪を少女だ。髪をリボンで二つに結んでいる。
スァリは少女を抱きしめ、その頭を優しく撫でる。
「あらあら、レイヴェルちゃんは相変わらずの甘えんぼさんね~、よしよし」
頭を撫でられたレイヴェルと名の少女は、その顔を綻ばせる。
「あとレイヴェルちゃん、私はまだ義姉様ではないわよ~?」
「別に構わないですわ。だってお兄様の件は終わったのですから!ですから問題ありませんわ!」
スァリの言葉に、レイヴェルはニカリとほほ笑む。
「あら~、そうなの~?ご両親の様子だと、かなり乗り気だったみたいだけど~?」
スァリはレイヴェルを微笑ましく見つめ、レイヴェルの後ろにいるだろう陰に尋ねた。
「そう意地悪なことを言わないでくれよ。俺だって困っていたんだからさ」
陰に立っている存在は、本当に困ったような、苦笑交じりで応える。
「悪いな、スァリ。レイヴェルもついて行くと駄々を捏ねてな。連れてかざるを得なかった」
「私は別に構わないわ~。私は二人とも大歓迎よ~。それに」
スァリはレイヴェルの頭を撫でながら、声の方へと顔を向ける。
「遅かれ早かれ、私たちは家族になるんですから。そうでしょ、ライザーちゃん?」
その先の影にスァリは微笑む。
「ちゃん付けは止めてくれ・・・その、なんだ・・・恥ずかしいだろ」
スァリの目の先には、頬を赤らめつつ、少し不貞腐れた顔をしているライザーが立っていた。
ライザーの姿は、茶色のスーツをしっかりと羽織り、清潔な白いシャツを着こんでいる。
仮にこの姿を誰かさんが見れば、「え、なんで私の時とは違うの・・・?」と言っただろう。
そのライザーの姿に、スァリは口元を押さえてくすくすと笑う。
「仕方がないじゃな~い。だって私と貴方は・・・」
スァリはニコリと笑う。
「10と2つの年齢差があるのよ?私からすれば、ライザーちゃんはライザーちゃんよ?」
「だからやめてくれって・・・」
スァリの笑みを伴った言葉に、ライザーはバツが悪そうに頭を掻く。
そしてそんな二人の姿をレイヴェルは嬉しそうに笑うのだった。