比企谷兄妹は、それでも永訣を否定する   作:しゃけ式

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八幡の会話に一見受け答えがめちゃくちゃなものがありますが、そこは敢えてです。解説が無いのでわかりにくいかもしれませんけど、どうかそこも読んでやってください。




比企谷八幡は、それでも永訣を否定する

 

 

「今日の空は、暗いな」

 

 

早朝に目が覚め、ほとんど日課とも言える空の観察を(おこな)っていた。(はた)から見れば厨二病患者の痛々しい発言なのだが、一人暮らしなので問題ない。ただちょっと言ったあと恥ずかしくなるだけだ。

 

 

しかし、一概に厨二乙wwなんて言葉で片付けられない空なのも事実なのである。

 

 

早朝だからかもしれないが、全体的に今日の空は「暗い」のだ。冬には珍しい分厚い雲が空を覆い、陰惨な灰色。ほの暗い、そんな言葉がもっとも的を射ているだろう。

 

 

 

………少し、散歩でもしてみるか。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

依然暗いままの空の下、簡素な服装で家を出た。一応コートは羽織っているが、肌寒いのは否めない。

 

 

身を縮こませながら歩く。そんなことをするくらいなら外に出るなよ、なんて考えが頭をよぎるが出てきてしまったものはしょうがない。UFOキャッチャーだって500円もつぎ込んだら取れるまでやってしまう(たち)なのだ。まああんまやんねーけど。

 

 

 

 

 

適当に歩いていたつもりだったのだが、気付けば俺は桜並木のいつものところへ出てきていた。葉も全て落ちた枝と幹のみの茶色一色。わびさびが日本の心なんてのは、やはり俺にはわからないことだな。

 

前にも思考した気がするが俺はそういった“持つ者”の感性は理解に苦しむ。俺が“持たざる者”なんて思い上がったことは言わないが、しかしわからないものはわからないのだ。喧噪が止んだ時などは良い気分にもなるけどな。

 

 

 

この道を歩いていると、嫌でも小町のことを考えてしまう。

 

 

 

あと1日。今日さえ乗り切ればあとは手術を受けられる。それでも30%という判断ではあるが、希望が見えたのなら期待せずにはいられない。

 

 

こんなことを考えているとすぐにでも小町に会いに行きたくなるのだが、生憎今日は午前中に全て授業を入れてしまっている。その分午後からはずっといられるわけだが、やはりどうしても悔やんでしまう。

 

 

 

………というか、さっきの「今日さえ乗り切れば」ってすげえフラグだよな。

 

 

今日はなぜか無性に会いに行きたいのは、もしかしたら小町と今日で会えなくなるからかもしれない。一分一秒を大切に、ってな。

 

 

覚悟は出来ていたはずだ。淡い希望に身を任せるなんて愚かな真似はするべきではない。

 

 

 

まあ、フラグ書き換えはこんなもんでいいだろう。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「あの、隣空いていますか?」

 

 

「へ?……ああ、ウス」

 

 

講義が始まる5分ほど前、俺は不意に声をかけられた。髪を長くした女性で、全体的に地味めな服装をしている長いまつ毛が特徴的な人だった。

 

 

この人は前に何度か見た覚えがある。いつも席の前の方に座って板書から発言まで逐一書き写す、絵に書いたような真面目っ子。そんな性格が災いしてか、この人が誰かといるのを見たことがない。スタンド使いは惹かれ合うように、ぼっち同士もまた惹かれ合うのだろうか。大学で出会った人の中で覚えているやつの数少ない1人だ。

 

 

普段は人口密度が低いところを好んで席につくので、今日はたまたま前の方に座っていたからだろうな。割と席もなくなっていることだ。同類に声をかけるのは自然である。

 

 

 

………が、この後も会話が続くかと思えば、そうではない。これがもし普通の男女なら自己紹介なり世間話なりなんなりと言葉が紡ぎ出されるのだろう。だが生憎俺とこの人はそういったタイプではない。決めつけるのもなんだが、少なくとも俺はそういう部類の人間ではないので俺からは話しかけることがない。つまりこの後に会話が続くわけは──────

 

 

 

 

 

「あ、あの!席、ありがとうございました」

 

 

 

 

 

──────と思ったらぐいぐい来る系女子パターンだったのかよ。い、いやまあ?人間誰しも間違いはあるもんだし?とりあえず予測を立ててしまうのはもう俺の癖みたいなもんだし、というかそういうニヒルに浸りたい気持ちってわかんねえかなー。

 

 

なんてことはひとまず置いておく。これまた唐突に話しかけられた俺なので対話スキルないしはコミュニケーションスキルなんてものはいつも以上に下がっている。ただでさえ低い俺なんだ、今の状況の俺なんてオール逆Vのヒマナッツ程度だろうか。言い換えるなら生まれたてのスライムだ。

 

 

しかし、このまま無視するのは良心が痛むので。

 

 

 

「え、ああ、ウス」

 

 

 

と、一応は返しておいた。このまま終わってくれよと心の中で唱えていたのだが、彼女は存外に話すのが好きだったようだ。

 

 

「あ、えっと………、前にもこの辺の席に座っていませんでしたか?」

 

 

「ああ、どうですかね。……多分、座ってたんじゃ、ああいや、座ってたと思います」

 

 

しどろもどろになりながらも、受け答えは出来る限りしっかりする。果たしてこれがしっかりなどと言えるのかは無視してくれ。

 

 

「ふふっ。あなた、面白い人ですね」

 

 

「…まあ、俺はそこらのコミュ障よりも重度のものを(こじ)らせていますからね」

 

 

「たくさんいたらこの教室はこんなにうるさくないですよ?」

 

 

「ここらって言ったらあんたも入るんでしょうかね。類は友を呼ぶって言葉知ってます?」

 

 

「でも私はあなたを好印象だと認識しています」

 

 

「男女間で同族を認めたら俺の周りはほとんど同族になってしまうと思いますよ」

 

 

「…………、もしかして知恵のある人的なサピエンスなんですか…?」

 

 

「言っとくがホモってのはギリシャ語で“同じ”って意味だからな?高名なあだ名に見えて人を非生産的な人間にするのやめてくんない?」

 

 

「あ、今敬語じゃなくなりました!てことで私も敬語やめるよ?いいよね?」

 

 

「お前ほんとはめっちゃコミュ力高いんじゃねえの」

 

 

「お褒め頂き感激です!」

 

 

「敬語使ってんじゃねえか」

 

 

と、講義が始まるまでの5分はこんな調子で話していた。なかなかに面白い返答をしてくるやつなので、プロぼっちたる俺なのにも関わらずつい会話を楽しんでしまった。頭の回転の速さは雪ノ下を彷彿とさせるが、しかし雪ノ下とはまた違ったタイプだ。正直なかなか好感が持てる。

 

 

 

 

 

講義が始まってからは静かなものだった。相変わらず後ろの方のやつらはざわざわと話していたが、そんな環境とは似ても似つかわない雰囲気のこいつに何故だか気圧されてしまう。よくもまあこんなやっている意味の見いだせないような講義に集中できるもんだ。

 

 

 

くあ、と欠伸をした。今朝早くから起きていたせいだろうか、少し眠気を感じる。肉体疲労は睡眠の最高のスパイスだと聞いたことがある。今朝の散歩がここにきて最高のスパイスになっているとしたら、無駄極まりない行為だったな。だってそうだろ?必要もない運動で起きるべき時に寝てしまう。これを無駄と言わずになんというのだ。

 

 

 

………もういいか。ここは無駄とわかりつつも、頭では理解しつつも睡魔に身を委ねることにする。1日くらいそんな日があってもいいだろう。昔の偉い人だって自然に従って行動せよみたいなことを言っていたもんだしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ぇ。……ねぇ、ねえ。起きてよ。もう講義終わっちゃったよ?」

 

 

「ん………、?」

 

 

眩しい光に手を重ねながら、うっすらと目を開けていく。見るとそこには俺とこいつしかいない状況になっていた。

 

 

「はあ………、やらかしたな…。適当なとこで起きて出席票くらいはだそうと思ってたんだが……」

 

 

これなら来ても意味なかったな、小町んとこ行ったほうがよかったと後悔しながらゆっくり眠気を覚ましていく。

 

 

「ああ、それなら私出しといたよ?友達の出席票を代わりに出す、こんなの初めてだよ!ありがとね、比企谷君!」

 

 

「え?……ああいや、礼を言うのはこっちだが……、ん?名前教えたっけ?」

 

 

「もお、まだ寝惚けてるの?出席票書く時に名前は確認させてもらったからね?」

 

 

「……ああ、なるほど。生憎そんな事態は想定したことなかったもんで」

 

 

「私もあんなことするなんてさっきまで想定したことなかったからお互い様だね!」

 

 

ともあれ、寝てたのに出席票が出されているなんてこんなこともあるもんなんだな。こういうのを体験してしまうとプロぼっちなのに少し人付き合いがいいと思えてしまう。

 

 

「お前さ、なんでそんな気が利くのに友達いないんだ?」

 

 

言いながら不躾なもんだと自覚しつつも、気になったので言わせてもらった。

 

 

 

「…私さ、田舎からここに出てきたんだ。高校の初めの方までは私も東京にいたんだよ?でも途中で転向になって、新しいとこだとわかんないことだらけだったの。そんな時に新しい友達、今ではかけがえのない親友が私に話しかけてきてくれて。……多分、そこから勘違いしちゃったんだろうね。大学生になってまた近郊に来てからはどこか受け身になっちゃってたのかな。話しかけてくる人と仲良くなろう、って。元々引っ込み思案の私だから、仲良くなるまで時間かかっちゃうんだよ」

 

 

 

そこまで話すと、急に顔を赤らめだした。

 

 

「ああ、ごめんね!?なんで私こんな話しちゃうんだろう……、ほんとごめん!自分語りとか恥ずかしいよね!ああもう!今のは忘れてー!」

 

 

「俺は」

 

 

そこで一呼吸つき、相手の目を見据えた。

 

 

「俺は、そんな恥ずかしい話じゃないと思う。友達を作りたいなら作ればいいと思うし、時間がかかるならかけりゃいいじゃねえか。友達がいない俺が言うのもなんだけど、遅すぎることなんてないだろ」

 

 

こういった返しは想定していなかったのか、呆気に取られていた。

 

 

 

「だからまあ、なんだ。……俺でよけりゃ、友達にでもなってやるよ」

 

 

 

そこまで言うと、たまらなく恥ずかしくなった俺は視線を逸らした。心無しか顔も熱い。

 

 

 

「名前。なんて言うんだ?」

 

 

 

柔らかい笑顔を浮かべて、こいつは。

 

 

 

「私の名前はね、───────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんてことがあったんだよ。長年のプロぼっち生活に終止符を打ってしまったけどお前に報告できてよかったよ」

 

 

「……お兄ちゃん。それって女の人だよね?」

 

 

「そらそうだろ。名前の最後に“子”がつく男なんていねえよ」

 

 

「…へえ」

 

 

講義が終わって、俺は真っ直ぐに小町のいる病室へ向かった。あの後の講義ではあいつと一緒じゃなかったので直行したのだ。

 

 

「ねえお兄ちゃん。それ浮気にカウントされそうな話だよ?」

 

 

「ばっかお前、これが浮気だったらリトさんなんて何股なんだよ」

 

 

「あれはまた違うでしょ……、じゃなくて!これいろはさんに言ったら間違いなく怒っちゃうよ?」

 

 

一色が怒る、ねえ。流石にもっと理解力のあるやつだとは思うんだが……、いや、もしかしたらもしかするな。

 

 

「まあ、ご忠告はしっかりと胸に刻んでおきます」

 

 

「何度も言うけど、お兄ちゃんがそういうことをするから浮気なんだからね?」

 

 

「わかったよ」

 

 

「それ浮気やからな?」

 

 

「なんで急に関西弁になるんだよ」

 

 

 

 

 

今日の小町は元気そうだ。明日行われる手術についても、もしかしたら今言うのがベストなんだろうか。

 

そう思い始めるとそれが正しいとしか考えられなくなり、だが確かに良いタイミングだと思われる。

 

 

なので、突然なのだが言うことにした。

 

 

「なあ小町。もし少ない確率でも助かる可能性があるなら手術、受けるか?」

 

 

「…………うん。そりゃあ助かるなら受けたいよね。出来ることなら今すぐにでも」

 

 

「だよな」

 

 

「期待させといて言ってみただけ、とかだったら小町悲しむからね?」

 

 

その目には悲哀と少しの期待が込められている気がした。

 

 

「実はな、明日になったらお前の手術をする手筈が整う。成功率は30%程らしいが────」

 

 

「待って待って!…小町の病気は治らないんじゃなかったの?」

 

 

「と、思われてたんだがな。もう1回主治医に見てもらったら病気が変異性のものだったってわかったんだよ。それで昨日俺だけが呼ばれてたんだ」

 

 

「………そっか、明日。…明日ね」

 

 

そう言った小町は少し寂しげな顔をしていた。期待半分の顔をすると思っていたんだが、その顔は少し意外だった。

 

 

「…うん、頑張るよ」

 

 

「おう。その意気だ」

 

 

 

そこから先は、風の声と機械の音だけが響くようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長い沈黙。実に2時間くらいだろうか。お互いに話すことはなく、されど気まずいわけではなかった。

 

 

その心地よいともいえる静寂を破ったのは、ほかでもない小町だった。

 

 

「ねえお兄ちゃん」

 

 

「大丈夫だからな。明日になりゃ治るかもしれないんだからさ、心配すんな」

 

 

去勢ともいえる俺の言葉を無視して、小町は続ける。

 

 

 

 

 

「みぞれ、取ってきてよ」

 

 

 

 

 

その言葉を口にした小町の顔は、まるで何かを悟ったような表情で。

 

 

「……おい、小町。意味わかってんのか?」

 

 

信じたくない一心で、問いただす。

 

 

「ほら、お兄ちゃんが403号室にバカみたいな感じで入った時あったでしょ?あの日に教えてくれたじゃん。現国の時」

 

 

「………そろそろなんだな」

 

 

俺も小町も、敢えて“何が”とは言わなかった。

 

 

「まあ腐っても自分の体だしね。この場合は蝕まれても、っていう方が的確かな」

 

 

軽口を叩く。

 

 

「俺は、鉄砲玉みたいに、…っ、走れないぞ?」

 

 

視界が潤む。声が震える。何より、小町の方を見ることが出来ない。

 

 

「いいよ、そんなの。というかさ、最後くらい…、こっち見て。ね?」

 

 

涙を拭い、また流れ出す涙を拭っては小町と顔を合わせる。その顔を見て、俺はまた涙を止めることが出来なくなる。

 

 

そんな泣きそうな顔……、すんなよ。

 

 

「今はよ……、雪なんか、降ってねえよ…っ」

 

 

「泣かないで、お兄ちゃん。……そんなに泣かれると、小町も、……っ、泣きそうに、なっちゃうよ………」

 

 

所々に嗚咽を滲ませながら、それでも俺を元気にさせようと言ってくれる。

 

 

「……、どうにかならねえかなぁ…っ……。俺はまだ、小町といたいんだよ………」

 

 

「ごめんね、お兄ちゃん……、こんな弱い小町で、ごめんね」

 

 

静かに頬を光らせる小町は申し訳なさそうで、しかしどうにもならないことなのだと理解させるには充分だった。

 

 

涙を出来る限り抑え、言葉を紡いだ。

 

 

「…なあ、小町。海見たいんだよな。いつがいい?」

 

 

「………ぷっ、なにそれ、嫌味?」

 

 

「どうだろうな。………そろそろ行くわ。みぞれ、取ってくりゃいいんだよな」

 

 

「取ってくるまでここに来ちゃダメだからね?」

 

 

「ナースコールは、俺が行ってからにしてくれよ」

 

 

「心配しちゃうもんね」

 

 

 

いつの間にか、涙はお互いに止まっていた。

 

 

 

 

 

「じゃあね、お兄ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、またな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ざざ、と波が防波堤に打ち付ける音がする。冬に来てみた海は驚くほど綺麗で、壮大だった。

 

 

潮の香りが鼻腔を刺激し、冬に嗅ぐ匂いではないなと自分で苦笑する。光を乱反射させているのは、果たして海の水なのか───

 

 

 

 

───それとも、俺の涙か。

 

 

 

 

「この海、小町に……っ、見せてやりたかったなぁ……」

 

 

 

 

 

煌めきを増す海は、やはりどこまでも美しくて。どこまでも広がっていて。

 

 

 

 

 

 

………こんな運命、やっぱ間違ってるよな。小町とは17年間一緒だったんだ。それを道半ばで違えさせて。

 

 

 

 

だったら、俺は。

 

 

 

 

 

そんな永訣(えいけつ)、否定してやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────そして、俺は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





残り1話、エピローグで一旦終わりです。



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