励みにさせてもらっています。
(今日はこの講義終わったら小町んとこに直行するか。どうせ大学にいてもやることねーし)
可もなく不可もなくという席に座って講義を受ける。大して興味の無い内容を、大してわかりやすくもない講師が話すのだ。ほかのことを考えてしまうのはまさに自明の理というわけである。断じて俺の集中力がないのではない。いやマジで。
(つかどうせ外国に行くわけでもないのになんで第二外国語なんて取らなきゃダメなんだよ。英語が世界共通語ならもう必要ないじゃん。むしろ無駄じゃん)
そんなことを考えながら講師の発言をノートに書き留める。ノートと言えば、大学生になると一気に増えるあのボイスレコーダーはどうにかしてほしい。やつらの建前は家に帰っても授業が聞けるとのことだが、そのことに
まあ、集中出来てない俺が言うのも変な話だが。
◇◇◇
いつもの並木道。昼は遠の昔に過ぎているというのに、いつも通り車の数は変わらない。
せめて太陽だけは俺を暖めてくれよ、とも思うのだが生憎の曇り空にそれを望むのは酷というものだ。しかし、道路を走る車が嫌いといえど地球を暖めているのもまた車というのはまた難儀な話だ。
2月は1年で2番目に寒い月だ。1月に比べて若干ましとは言えど、寒いのは変わらない。かと言って夏が好きなのか?と言われてもそんなことはない。暑いのは動く気が出なくなるので嫌だ。よって俺が好きなのは春もしくは秋となるのだが、その中でも俺は秋を推したい。春はウェーイ共が浮かれ出す時期なので、相対的に秋が好きということになる。
そういえば、病気じゃない小町と最後にあったのも秋だったな。あの時はまさか
総武高の人達は一体どう思ってくれているのだろうか。未だにお見舞いに来てくれる人はもう数えるほどしかいない。最近では大志ぐらいしか見ていないんじゃないだろうか。
あ、いや、1人いたな。お見舞いに来てくれるやつ。
◇◇◇
「噂をすればなんとやら、だな」
病室に入ると、そこには小町ともう1人腰を椅子に下ろしたやつがいた。
「なんですかもしかして来る途中わたしのこと考えてたんですかちょっぴり嬉しいんですけど今はタイミングが悪いんでごめんなさい」
「なんで俺は病室に入っただけで振られなきゃならんのだ。別に考え事してたらお前が出てきただけだよ」
「……それはそれで嬉しいんですがなんというか…」
小さい声で応答する一色。残念だが俺は耳がいいんだ。聞こえてしまっている。故に。
「嬉しいんなら素直に受け取っとけバカ」
なんて、意地悪を言ってみたくなる。
「聞こえてたんですか!?……もう、先輩。なんか大学生になって余裕出てきてません?」
口を尖らせてこちらを下から覗き込む。俗に言う上目遣い、というやつだ。正直可愛いと思わないでもないが、そんなことを言ってしまえば最後
そんな考えはおくびにも出さず、小町に話しかける。
「それより小町、今日はシュークリーム買ってきたぞ」
「あ、やっと気付いてくれたよお兄ちゃん。でもさっきのいちゃいちゃは小町的にちょーポイント高いから許してあげる!」
「まだ貯めてんのか小町ポイント。ほら、一色も食えよ」
シュークリームを箱から取り出して小町に渡した後、もう片方を一色に渡す。渡された一色は少し驚いた顔をしていた。
「いやいや、これ元々先輩のですよね?わたしは気にしないので食べてくれて大丈夫ですよー」
差し出した手を押し返されるが、ここで下がったら俺の顔が立たないというところだろう。
「俺はマッ缶買ってるんだよ。それにこれ元々小町の分だからな。小町がよかったら渡すんだが、どうだ?」
こう言ってしまえば小町はいいと言うしかなくなる。少々意地の悪いやり方だが、こうでもしないと食べようとはしないだろう。
「え!?小町は別にいいけど…」
「だってよ。ほら」
再度シュークリームを渡す。複雑そうに受け取った一色はうーんと
「これなら先輩も食べられますね!せめて妥協案、折衷案として受け取ってください!」
そう言って片方を俺に差し出す。まあ、ここで受け取らないのも変な話だ。
「そうだな。んじゃありがたく貰うわ」
差し出されたシュークリームを受け取って口に運ぶと、思っていたよりも美味しくて思わず目を見開く。さっぱりとした甘さのクリームとホイップが狂おしいほどの甘さを出している。甘党には絶品だな。
そして、このシュークリームは女性陣にも受けたようだ。
「なにこれ、うまっ!小町こんなの食べたの初めてだよ!」
「めっちゃ甘いですけどこれかなりいけますね!やっぱり先輩に渡した分返してください!」
えぇーなにその手のひら返し。俺ちょっと幻滅するわー。
「あいよ」
食べかけのシュークリームを差し出すと一色は丁寧にありがとうございますと言って俺の方を食べだした。なんで自分の分残ってるのにそっちから食べるんだよ。まあ間接キスとか大学生にもなったんだから気になんてしないけどね。
嘘です、めっちゃ気にしました。渡す時は単純な強がりです、すいません。
「おぉー、いろはさんもなかなかやりますね。ついにお兄ちゃんとキスしちゃいましたね!!」
え!?と驚く一色。気付いてなかったのかよ。顔を赤らめるな、気持ち悪い。
俺?俺は小町の発言の語尾が「ね」ばっかりだったなあとしか考えてなかったよ。ガチで。
嘘ですね、すいません。
「せ、先輩もわかってたんなら言ってくださいよぉ〜!」
不意に投げかけられた言葉に、ぼっちよろしく
「お、おお。えと、すまんかった」
「……もう、先輩のエッチ」
「待て待て。どこにもえっちい要素なんてなかったしそもそも小町の前でそういうこと言うのはやめなさい」
らしくもなく焦る俺に一色はまだ少し顔を赤らめながら睨んでおり、小町はにやにやしていた。小町ちゃん、お兄ちゃんそんな子に育てた覚えはないよ。
そんな折、気を抜いていたからだろうか。一色に鬼門を叩かせることとなった。
「にしても小町ちゃん、いつ退院できるんですかねー」
その言葉は、俺に大きな重圧を被せた。
「どうなんですかねー。多分もうそろそろだとは思うんですが、そこのところどうなの?お兄ちゃん」
「あ、ああ。実は俺もよくわかってないんだ。てか文系の兄にそんな理系理系した質問するなよ」
「理系理系って何さー!小町も早く退院したいんだからさ、ちゃんと聞いといてよね!お医者さんも教えてくれないし!」
「わかったよ。気をつける」
「えー?とかいってホントは先輩知ってるんじゃないんですかー?」
軽い口調で一色がそう言う。その目に他意は無く、純粋に思っただけのようである。
……こいつくらいは、知ってもいいかもな。
「まあその話は置いとけ。それより一色、この後は暇か?」
「え、あ、はい。暇ですけど…」
おずおずといった擬音が似合うだろうか、疑問混じりの眼差しを俺に向ける。
「んじゃ帰りに公園とかにでも寄るぞ」
「…まあ、何か理由があるんですよね。了解です!」
いつものあざとさを取り戻し、ビシッと敬礼する。こいつはこいつなりに何かを察したようなので、話が早くて助かるな。
「お、お兄ちゃん!遂にそこまで成長できたんだね…!!あ、小町今からお風呂の時間だから2人は先に帰ってていいよ!」
「なんだそのわかりやすい嘘は。別にそんな切羽詰まった状況でもないから大丈夫だ」
むー、と小町が唸ったところで口を挟んだのは、他でもない一色だった。
「あの、先輩。わたし達今日はこのへんで帰りませんか?小町ちゃんお風呂入るみたいですし」
「いや、あれは単純に嘘だr…「いいから帰りますよ!」…了解」
突然大声を出して俺を帰らせようとする。ここで何かあるのだろうかと勘ぐってしまうのは、俺の悪い癖なんだろうな。
結局俺は小町にまたなも言えず病室を出たのだった。
◇◇◇
病院を出て並木道を歩く。幸い日も落ちかけというのに自動車が全く通っていない。普通なら帰宅途中の自動車が通るはずなのだが、不思議なこともあるもんだな。
公園に寄る、つまり公園で話すと言った手前話し掛け
空を見上げると、今日は空が全然曇っていないせいか綺麗な一番星が顔を覗かせていた。一つ見つけると他にも見つけたくなるのが人の
「今日は月が見えないんだな。割と晴れてるはずなんだが」
不意に口を開いた俺に多少驚いたのか、少し間を開けて返答した。
「たしか三日月は日が落ちた後の2時間後辺りにしか見えないらしいですよ。今が4時半ですから、見えるのは2時間半後くらいじゃないですか?」
「日没から2時間ならそんなもんか」
それを最後にまた会話が途絶えてしまった。
月の無い夜の空はどこか物足りなく、そしてなぜか閉塞感を覚えた。あるゲームに月は世界という箱を抜け出すための唯一の穴と考える人物が登場する。俺のこの感想も恐らくこの発言に影響されたものだと思う。
月だけがこの理不尽な世界から抜け出すための穴だなんて、そんなのどう考えても無理ゲー、詰みじゃないか。
この世界は常に理不尽と不平等で覆われている。友達がいないから世界が生きにくければ、完璧すぎる故に生きにくい人もいる。空気を読むことに長けているが故に思ったことを素直に発言できない人がいれば突然の不治の病で死ぬ人だっている。
月を不条理の象徴とするのなら、
まあこの論自体、仮定の上に仮定を重ねた酷い暴論だが。
並木道を抜けそうなところで、一色が話しかける。
「そろそろ話したいこと話してくれませんか?今なら車がいなくて静かだし、人もいないし…」
「……そうだな」
そうだと認めつつも、未だ話す勇気が出ない。本当に話していいことなのだろうか。そんなことばかり考えてしまう。
「先に言っておくが、お前にとってこの話は間違いなく良い話じゃないぞ」
その前置きを一応告げるが、そんなことで止まる彼女ではない。
「はい。なんでも聞きますよ」
そう言われたらやはり話すしかなくなり、その時に初めて今の問答は俺を追い詰めるための自演だったのだと気付いた。
「小町の病気の話だ。詳しく言ってもよくわからないだろうから、端的に話すぞ」
もったいぶる訳じゃないが、少しの間を置いてその理不尽な運命を告げる。
「小町はな、退院することはできない。死ぬんだ」
それを聞いた一色は、初めは状況を飲み込めないようで。
「12月14日、あいつが入院しだした日だ。その時に聞いた余命はおよそ2ヶ月。つまり、今月の中旬に恐らく死んでしまうんだよ」
そして、ゆっくりと把握していき。
「まだ小町には話していない。これを知っているのは両親と俺、そしてお前だけだ」
最後には、静かに泣き出してしまった。
「え、嘘……な、わけないですよね………。先輩がそんな嘘つくとも思えないし…」
街頭に照らされた雫は、確かに頬を伝った。
「…悪いな、伝えるのが遅れて」
泣きやめるようにとせめて頭でも撫でようかと思ったが、しかしその手を伸ばすことはできなかった。
「や、やだなあ先輩。せん、ぱいは……、何も悪くないじゃ……ない、ですかぁ……」
嗚咽を混じらせながら、それでも俺を気遣ってくれる。
その優しさに耐えきれず、つい一色を抱きしめてしまった。
一色は振り払うわけでもなく、しっかりと抱きとめてくれた。
決して1人では味わえない暖かさに、不覚にも視界がぼやけたのだった。
◇◇◇
あれから恐らく10分ほど、俺たちは抱き合っていただろうか。その間に人は通らず、かろうじて自動車が何台か通ったくらいである。
離した後はお互い気まずく、何も話せないでいる。
「なあ」
しかし、ここで尻込みするのはとてもかっこ悪いだろ。
「さっきは悪かったな」
照れ隠しに頬をかく。お互いに思い出して、両者顔を赤らめた。
「い、いえいえ!別に大丈夫ですよ!………それに、暖かかったですし…」
最後の方が小さい声で聞き取り
その様子を見て察されたのか、急にまくし立ててきた。
「え、先輩聞こえたんですか!?もう!!そういう変な特技要りませんから!!」
耳まで真っ赤にして
いきなり聞くには重すぎる話を、それでもいつも通りに接してくれている優しさに、俺は。
「なあ、一色」
「はい?」
「月が、綺麗だな」
「月はまだ出ていませんよ、先輩」
Life 50/62
文中に「鬼門を叩く」という表現がありますが、本当はこんな表現ありませんので悪しからず。流れ的にこんな言葉がいいかなと勝手に作った造語です。
ももくりを見ていて、男の娘でもない男に萌えてしまった作者です。ノンケをも陥落させるももくん強キャラすぎで可愛すぎて禿げそう。