比企谷兄妹は、それでも永訣を否定する   作:しゃけ式

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偏執

昼下がりの旅館での一室、俺を含めた三人は一堂に介していた。

 

俺の他にはこの旅館の娘でありAqours(未だに読み方がわからんが)のリーダーの高海千歌、同グループで衣装担当だった渡辺曜がいる。正直渡辺さんが綺麗すぎてビビるわ。高海さんは普通な感じがするのにな……って、これは失礼か。

 

 

「つまり昔の梨子ちゃんに何があったかを聞きたいの?」

 

 

フランクに話しかけてくる渡辺さん。とりあえずの説明をして、逡巡してからまとめてくれた。概ねあっているので俺は首肯した。

 

 

「…って、それより千歌ちゃん。比企谷さんの目をそんなに見てどうしたの?」

 

 

多少ムッとしながらそう言う。コミュ力不足から何も言えなかったのだが、ナイスアシストだ。ネットにあったコミュ力お化けは伊達ではないな。関係あるかは知らんが。

 

 

「い、いや〜…。なんか善子ちゃんが好きそうな目だなー、って」

 

 

「ぶふっ」

 

 

おい発情ヨーソロー、何噴き出してんだよ。お前が高海さんにそういうモン持ってんのは割れてんだぞ。それをネタに脅すことも出来るんだからな?まあこれも不確かなネットの情報なんだけども。

 

 

「まあ俺の目は置いとけ。それより桜内の話だ。やっぱり昔に何かあったのか?」

 

 

「何か、っていうのは?」

 

 

「また友達の輪を乱したって自責していた。…まあ俺の方は解決したから輪を乱したってのは当てはまらないんだけどな。またってことは過去にあったんだろ?…多分、お前らとの関わりで」

 

 

「そうだね、確かにあったよ。……あんなの、梨子ちゃんの一人芝居だったけどね」

 

 

「ちょっと曜ちゃん!!」

 

 

「いいんだよ、だって本当のことでしょ?」

 

 

それは……、と弱々しくこぼす。大学から近郊に戻ったと言ってたのでスクールアイドルからの向こう一年はまだ内浦にいたのだ。多分桜内の勘違いから時間をかけて徐々にすれ違っていったんだろうな。……勘違いというよりは、被害妄想ならぬ加害妄想ってところか。

 

 

その予想を伝えると高海さんはわかりやすく、渡辺さんは感心したように驚いた。

 

 

「比企谷さんすごーい!!まるで見てたみたいだよ!……ほんとに見られてそう」

 

 

「ち、千歌ちゃん!お、お願いだからそのネタ…ぶふっ!……ほんとやめて!比企谷さんもごめんね?」

 

 

「まあ慣れてるから気にすんな…」

 

 

ほらー!気にしちゃってるじゃん!千歌ちゃん謝って!と高海さんを叱責する渡辺さん。そういうのが一番傷つくんだよ馬鹿野郎。

 

 

「で、二回目だが何があったんだ?」

 

 

その言葉に渡辺さんと高海さんは意味ありげな視線を交わし、そして語り出した。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

過去にAqoursはラブライブの本戦まで勝ち進んだそうだ。その時点で廃校は免れていたらしいのだが、いや、だからこそか。廃校阻止という大義名分を失ったAqoursはラブライブで結果を残したい、思い出を作りたいという理由で頑張っていたらしい。

 

そんな時、桜内にピアノのコンクールの話が持ち掛けられたらしい。そのコンクールは普通のオープン参加のものではなく、ある程度大会で結果を残している人のみ呼びかけられるものだった。またとないチャンスだったのだが、ラブライブの本戦と日程が被ったらしい。高海さん曰く“呪い”らしいがその単語に渡辺さんも苦笑いするだけで否定しなかった。過去に予備予選でも同じことが起きたらしいから、二度目はもう有り得ないらしい。まあ主観による感想だが。

 

桜内はその誘いを独断で断り、ラブライブに出場することを決めたらしい。そのことも高海さんはぷりぷりと怒っていたが、まあそこはさして重要じゃない。そのまま本番に出て、桜内は失敗したそうだ。そこまで来て責めるやつはいるはずがないのだが、当の本人が卒業に至るまで自身を責め続けた。そして、そのことを桜内はピアノのコンクールにどこか諦めがついていなかったからだと思っている。それ以来Aqoursに対して一方的な罪悪感を持ち続けているのだと言う。

 

 

「……そこでお願いなんだが、いいか?」

 

 

「何?」

 

 

「桜内と一度話してやってくれないか。それだけ思ってくれている、その、なんだ。仲間がいるじゃねえか。そんなやつらの頼みなんか、聞けないわけないだろ?呼び出すとかして、誤解を解いてやってくれないか」

 

 

「…比企谷さんはいい人なんだね。梨子ちゃんが仲良くするのもわかるよ」

 

 

高海さんがおもむろに口を開き、噛み締めたような表情をする。俺がいい人なのかはさておき、こいつらはやっぱいいやつなんだろうな。それは俺にもわかる。

 

 

「……頼むわ」

 

 

部屋から出ていく俺の耳に、遠くからヨーソロー!と聞こえた気がした。…今更だが変な掛け声だな。あれって船乗りのやつだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…話し合おう、ね」

 

 

届いたメールには、そんなことが書いてあった。一年間も音沙汰がなかったのに、なんで突然届いたんだろう。

 

 

……こういうのは重なるもんなんだね。大学を休んでまで逃げたのに、その途端これだよ。そろそろ清算しろってことかな。

 

 

外は強い風が吹いている。窓がガタガタと揺れているのがその証拠だ。曇り空も広がって、まさに私の心の映し鏡みたいっていうのはちょっと浸りすぎかな。

 

 

(これが心象風景だったら、この空が晴れた時は私の心も晴れるのかな)

 

 

いつかの曲を思い出しながら、財布の中身を確かめる。次いで今もまだ向こうで暮らしているお母さんに泊まれるか確認をとる。

 

……いや、いっか。もう今から行っちゃえ。それで怒られてお互いにすっきりしよう。

 

 

 

 

でももし、もしもだけど。

 

 

 

 

 

万が一でも、仲直り、してくれるのなら。

 

 

 

 

 

春には珍しい強風に、電車が止まらないか心配しながら私は家を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強い風に乗ってほのかに香る潮の匂い。相変わらずの寂れ具合に苦笑する。

 

 

「うわっ」

 

 

およそ春には似合わない強風が髪を煽る。とっさに髪を抑えて空を見上げる。どうやら雨は降らなさそうだがどんよりとした雲は晴れる気配がない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海に着いてからも風は酷く、体が押されるほどだった。海を見れば幾分ましな気分になるかと思っていたが実際はそんなことはなく、辺り一面に白波が立っておりただ純粋に怖いと感じた。

 

恐ろしい空、なんて表現がある詩にあったけれど、この海はまさに“恐ろしい海”だね。

 

 

私の節目にはいつだって海があった。千歌ちゃんとの出会い、憧憬から目標への切り替え、意図せずとも友達を救ったあの時。

 

それと、後は内浦を出る時に二人に謝った時もかな。私のせいで負けちゃったラブライブのことは、今でも脳裏に焼き付いている。海から上がった時のベタベタ感と同じように、この後悔しかない記憶は今も尚取れないでいる。…取らないようにしている、っていう方が正しいかもね。贖罪なんて大げさなことは言わないけどさ、一人のミスで周りに迷惑がかかる、あまつさえそれがあのメンバーでは二度とない大舞台、晴れ舞台で。罪悪感を拭えないのは火を見るよりも明らか。

 

呼び出されたあの海岸も、もしかしたら初めから全てをやり直すってことなのかもね。無論なかったことにするって意味で。

 

 

かすかに震える体を寒さのせいにして、歩みを進めた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

海岸なんてどこも一緒、昔はそんなことも考えてたかな。内浦に越してくるまでは本当にそうだと思ってたけど、この場所がその考えを正してくれた。

 

 

目の前にはかつての仲間。千歌ちゃんと曜ちゃんでさえ一年ぶりなんだし、もしかしたら果南さんやダイヤさんはもっとかもしれない。みんな大学生になって大人になったのか、雰囲気が変わって見えるな。よっちゃんも前みたいな感じがなくなってるや。

 

 

「あの……、みんな…」

 

 

辛うじて出てきた言葉はそれだけで、あとは風にさらわれる。

 

 

「梨子ちゃん」

 

 

千歌ちゃんが真っ直ぐにこっちを見て言う。力のこもった眼差しに目を背けそうになるけど、それをぐっと堪える。唇を甘噛みしていたのに気付いたのは次に話した時だった。

 

 

「何か、千歌達に言うことない?間違えたらお仕置きだからね」

 

 

え、ええ…。真顔でそんな事言われるとちょっと怖いな…。

 

 

「え、えっと……その、あの時はごめんなさい。みんなが何も責めないのをいいことに何も言わないで、挙句逃げたみたいに……」

 

 

「う〜ん…、40点!だから軽いお仕置きね」

 

 

軽いお仕置き…。まあ今は触れないけどね。

 

 

「まずね、千歌達喧嘩してないよ!そこでまずマイナス20点。あとみんなに何も言わないで出ていったのでマイナス20点。……まあ私と曜ちゃんには言ってくれたけどさ。そこはプラス1点」

 

 

「え、ちょっと待って千歌さん!リリーが出ていった時ってそんなことがあったの!?わたし何も言われてない!リリー!!」

 

 

「あ、あはは…」

 

 

大人びたと思っていたけど、やっぱりよっちゃんはよっちゃんだね。空返事しかできないけど、ちょっとだけ救われたかも。

 

 

「おほん!…とりあえず、私が言いたいのはね」

 

 

前に出て、私をぎゅっと抱きしめる。突然の柔らかな暖かさに驚き、狼狽し、そして受け入れた。その懐かしさに、私は歯を噛み締めて耐えた。

 

 

そうしないと、見られちゃうから。

 

 

「おかえり、梨子ちゃん」

 

 

「……うん、ただいま」

 

 

頬に触れた温もりは今は考えない。考えてしまうと、答えが出ちゃうからね。…そんなとこ見られたら恥ずかしくて死んじゃう。

 

 

「あれ、リリーもしかして泣いてる?あははっ、どんだけ千歌さんのこと好きなのよ!」

 

 

「え、ホントに!?ちょっと見ーせーて!」

 

 

「だ、ダメ!もう、よっちゃん!?恥ずかしいからやめてよ!!」

 

 

顔を見られないためにそれまでよりも強く抱き締め、千歌ちゃんを離さないようにする。痛い、って言われても知らないもん。

 

 

……ほんと、ただ抱きしめたいだけじゃないんだから。

 

 

「って、何よっちゃんサムズアップしてるのよ!後で覚えててよね!」

 

 

よっちゃん、大人になったなあ…。全部手のひらの上じゃん。

 

 

 

気付けば風は止んでおり、凪いだ海は涙に輝いて綺麗だった。晴れ間がにじむ空模様に、私はどこか浸ってたのかもね。

 

 

このまま、晴れるといいな。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「む〜、千歌ちゃん。いつまで抱きついてるの!」

 

 

「えっ、あっごめんね!痛くなかった?」

 

 

随分長い間抱きしめていた気がする。けれどさすがに堪忍袋の緒が切れたのか、嫉妬深い曜ちゃんは私と千歌ちゃんを引っぺがした。可愛いなあ、ほんと。

 

 

「何笑ってんのさ!ずるいよ、自分ばっかり!」

 

 

「ふふっ、なら曜ちゃんも私とハグする?」

 

 

「いいよ、そんなの別に!それより梨子ちゃんはヨハネを抱きしめてきたら!」

 

 

「ヨハネじゃなくて善子!恥ずかしいんだからやめて!」

 

 

おお、ついによっちゃんも卒業したんだね…。なんか嬉しいような寂しいような、って感じかな。

 

 

「それより千歌ちゃん。こんなこと聞くのは無粋って思うんだけど、なんで呼び出してくれたの?」

 

 

ああ〜、とバツが悪そうにする千歌ちゃん。…なに、もしかして罰ゲームとか何か?周りのみんなも少し言いづらそうにしている。

 

 

「えっと…、その、あれだよあれ!みんながずっと思ってたから、丁度いいかなって…」

 

 

「“丁度いい”?」

 

 

「もう、仕方ないなー千歌ちゃんは。梨子ちゃん向こうに友達いるでしょ?その人がここまで訪ねてきてね、それで良い機会だしってこと」

 

 

「………」

 

 

「あっ…(察し)」

 

 

いち早くよっちゃんが気付いたみたい。友達?ないです。…なんて自虐ネタを言ってみるも、余計辛くなるだけだ。

 

 

「いやいやいや、いるでしょ、友達。確か……、ヒキタニさん?」

 

 

「ああ、なるほどね。彼がねえ…」

 

 

言われてみれば納得できる。もっとも彼がそんなことをするのかという驚きはさておきね。

 

 

「梨子ちゃん梨子ちゃん!今なら彼氏さん十千万に泊まってるよ!お礼言いに来る?」

 

 

「う〜ん…、じゃあお願いしようかな。ていうか彼氏じゃないけどね」

 

 

え!?リリーに彼氏!?不潔ですわ!!シャイニー!なんて、個性豊かな言及に笑いながら私は彼の元へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここね…」

 

 

亀の間。ふふっ、比企谷君みたいな引きこもりにはピッタリの部屋だね。みんなは気を利かせてかいない。別にいいのになあ…。

 

 

よし、じゃあ突撃!!

 

 

「比企谷君!!!」

 

 

バーン!!!!と勢いよく扉を開け放つ。一人でぼーっとしていたのかおわぁ!?と大きな声を出して転げる。

 

 

「…Aqours(アクア)の件、ありがとね。それだけ!」

 

 

バン!と今度は音を立てつつちゃんと締め切って走り去る。……その後の呆然とした(であろう)顔、見たかったなあ。転げるなんて思わなかったし、やったかいがあったよね!

 

 

まあ、私の顔がいつにも増して暑いのはさておきね。はあ、あっついあっつい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





この話を書いてて思ったんですけど、キャラを笑わせるのって意外と難しいんですよね。どなたかいい感じに笑わせられる方法があれば、ぜひとも伝授してくださいませんか?(真顔)

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