ここからは二章という形で、サブタイトルも一章とは違った形式でいきます。
べ、別にタイトル考えるのが難しいからとかじゃないんだからね!!
春愁
4月の頭、随分と散った桜からは新緑の芽が出ており、つい先月までは感じていた冬は見る影がない。周りには希望に満ち溢れた者達の顔でいっぱいであり、うちの大学も例によって盛り上がりを見せている。
新入生獲得のためにサークル活動に
…………はずだったのだが。
「お、君たちいいね!どう?俺らお祭り研究会、略しておま研とか入らない?」
「すいません、私忙しくて…。確か比企谷君もボルダリングでスケジュールが詰まってたよね?」
簡単に言うと、俺単体なら声をかけられるはずがないのだが俺の隣に居るこいつは
「すいません、こいつの言う通り俺最近ボンダピンクやってて忙しいんすわ」
「ん?ボンダピンク?ボルダリングじゃなくて?」
「それでは失礼します!!」
せっかく俺がこいつの不意な茶番に乗ったのに、いきなり腕を掴んで逃げるというのはどうだろうか。控えめに言っても失礼じゃね?
それから校門の近くまで走り、追いかけてきていないことを確認してから俺達はその場で走るのをやめた。
「おい
「ボルダリングの下りなにあれ!?馬鹿みたいなボケかまさないでよ!!」
「え?俺が怒られる流れなのこれ?意味わからん茶番に付き合わておいて急に逃げさせるってどういうことだよ」
「あなたがボンダピンクなんて訳のわからないことを言うからでしょ!?」
「俺それマジで知らないんだよ。ほら、友達いたことねえから」
「今は私が友達だから、とりあえず友達の話に合わせられるようになりなさい」
俺の友達を名乗るこいつの名前は
「お前は毎度毎度友達だからって圧が凄いな」
「友達じゃないって言われるよりはよくない?」
「生憎」
「友達がいなかったっていうのはもう古いからね」
「……」
今日はこいつが優勢のようだ。別に会話に関して勝敗を決めているわけじゃないが、いつしか俺とこいつの2人で会話をする時はそんなことを考えるようになっていた。
しかし、このまま負けるのは忍びない。そこで俺は今日までとっておいた秘密兵器を使うとしようか。
「お前さ、俺のアレ止めてくれたことあるだろ?」
「やだ、女の子に下ネタ振らないでよ。友達がいなかったからってモラルのわきまえ方を知らないなんて言わせないからね?」
「お前今日調子良いな……、じゃなくてだ。自殺ん時、お前俺に“孤独”の話したよな?」
「したね。あれで思いとどまってくれたんだよね、確か」
「そうだな。けどよ」
一呼吸溜めて、少し勝ち誇ったような笑みを浮かべて言い放った。
「孤独の“孤”と円の“弧”は漢字が違うぞ?」
「え!?嘘!!だってスマホの変換にだって………、えぇ…」
「あんだけ余裕そうにしてたのに本当は焦ってたんだな、お前」
まあそのおかげで自殺しなかったんだが。その言葉はまたの機会にとっておこう。
「……だって死ぬかもしれなかったんだよ。そんな時に落ち着いていられるわけないじゃん。せっかく友達になれたのに、そんなの悲しいじゃない」
見ると、桜内は少し涙を目にためていた。綺麗な顔に映える光は、今までの言葉だけの励ましよりも、どんなメッセージよりも安心させてくれた。
「……すまん、こんな感じになる予定じゃなかったわ。なんか悪いな」
「……………ふふっ」
「え?」
「あははは!もう、今日はどうしたの?調子悪いね」
「演技かよ…。ダメだ、今日はどうやっても負けるわ。仏滅だったっけ今日」
「仏様が滅んでるなら君の目が腐ってるのも納得だね」
「今日は大安だな。空もこんなに清々しい」
「大きくて安いプライドを持ってる比企谷君ならではの日だね」
「お前今日マジで調子いいな!!」
と、そこで会話は途切れた。気になったのでスマホのカレンダーを確認すると今日は友引だそうだ。桜内に伝えたら「友達に引かれるなんてまさに名は体を表すだね」とか言われるのだろうか。ありえそうで怖いな。
そんなことを考えて桜内の方を一瞥すると、美人というのは怖いものでもう声をかけられていた。
「あのー、ここなんですけど」
「ああ、食堂?そっか、もうお昼の時間だもんね。私たちもそこに行くからついてきてくれたらいいよ。比企谷君、いいよね?」
「ん?ああ………。え?」
「こんにちはです、先輩!こんなとこで会えるなんて奇遇ですね!!」
「いっつ!!」
にっこりと笑顔は絶やすことなく、しかしその表情でつねってくる様子は少し狂気を覚えた。こええよ。てかこええよ。
「ああ、もしかして一色さん?お花見ぶりだっけ!比企谷君はいつもお世話しています」
んでてめえはなんで火元に燃料ぶちまけていくんだよ!!!
「そぉーですかー、それはそれは。うちの先輩がよくお世話になってますぅ」
対して一色はわかりやすい挑発を桜内にするが、ああいや、こいつ全く気づいてないわ。
「?まあ、私が比企谷君にお世話されることはないから安心してね」
「桜内、一色。とりあえず食堂に向かわないか?お腹が空いて力が出ないんだ」
「じゃあ梅雨の時期は大変だね」
「宇宙服の頭につけるやつみたいなの装着するから心配すんな」
このまま話を続けられて喧嘩されても困ると思い、適当な理由で移動を促したのだが、なぜか依然として一色の機嫌は悪いままだった。
「…むー、そうやってわたしの目の前で内輪ノリを見せつけるんですね。………先輩のバカ」
控えめに告げられた言葉は耳に届いたが、だからといって気の利いた言葉は俺には言えない。こんな時に聞こえてしまう俺の耳を恨めしく思いながら、俺達は食堂に向かった。
◇◇◇
「で、なんでお前はこんなとこにいるんだ?」
各々が好きなものを頼み、昼飯を食べ始めたところで一色に話題を振る。この疑問は割と真剣に気になるところだった。
「それはですね、わたしがここの生徒だからですよ」
「え、マジで?お前んなこと一切言ってなかっただろ」
「だから秘密って言ってたんですよ。驚かせたくて!」
こいつはまた、浅い考えで大学を選んだなあ…。いつか別れてしまうかもしれない、無論別れるつもりは毛頭ないが恋愛のために自分の人生を左右する選択をするなと、俺にはそう考えずにはいられなかった。
しかし一色の言い分はいくつかあり、曰く作家と教授を兼任している人がいる大学がよかったそうだ。
「それより桜内先輩。桜内先輩こそもとは遠くにいたそうですけど、なんでこんなとこに来たんですか?」
少しトゲがあるその物言いに俺は少し思うところがあったが、まあそれも一色の嫉妬によるものだと納得する。
「…ここで言わないのは空気が悪くなるよね。詳しくは話せない、というか私自身よくわかってないから省略するよ。………私さ、多分逃げたんじゃないかな」
「逃げた?」
含みのある言い方からストーカー被害とは思わなかったが、だとすると一体何から逃げたのだろうか。
「うん。多分、内浦から。もっと言うなら浦の星女学院からかな」
当然その学校名に聞き覚えは無く、しばらくの間沈黙が流れた。
何があったのか、なんて不躾なことは聞けたもんじゃないが、少なくとも“何か”はあったのだろう。こいつはこいつで何かを抱えているんだな。そう思うとやはり人間は生きているだけで重荷を背負わされてしまうのかと少しセンチメンタルになった気がした。
そこからはあまり会話が弾むことはなく、皆各々に食事をしていた。
◇◇◇
舗装された道路を1人で歩く。そこに心を揺さぶるようなものはなく、 移ろいだ気候と変わらない自動車の音が五感を刺激するだけだった。
春はそんなに好きじゃない。そして秋は好きだ。世間では皆一様に春は出会いの季節だ、なんて言うが裏を返せばそれだけ周りとの関係が希薄になるということなんじゃないのか。春が出会いの季節なら冬は別れの季節か?桜で考えるとその言い分はわからなくもないが、色付くから出会いと決めつけるのはなんとも安直だ。
俺が天邪鬼なだけかもしれないが、そういった時に感じる春愁は周りとは違うのだろう。まあこれも周りとは違う俺がいい、なんて特別な自分に酔いたいがための方便かもしれないがな。
家の前に立ちいつものように鍵を開ける。しかし開けた時特有の手応えが感じられず、もしかしたら鍵を開けっ放しにして出てきたのかと冷や汗を感じた。
恐る恐る入ってみると、中には見慣れない女物の靴がその存在感を示していた。
「小町か?」
ひとりそう呟いて靴を脱ぎ部屋に入る。中にはやはり小町が座っていた。
「あ、お兄ちゃん!おかえりー」
「ただいま。お前におかえりって言われてただいまって返せるのは、なんか新鮮だな」
「今度は前みたいな冗談じゃないから、こっちも気兼ねなく言えるよ」
言わずもがな、病室で聞く“おかえり”とは違う意味合いの定型文に少し嬉しくなった。
「お前来たんなら鍵締めとけよ。危ないな」
「はーい」
なんとも間の抜けた返事であるが、今はそれすらも心地よい。
───やっぱこういった変わらない日常は、なんというか、いいな。
稚拙な表現ながら、俺は妹を見てそんなことを考えていた。
ヒロアカ11巻を読んで思わず泣いてしまいました。最近涙腺が本当に脆くなっているのを感じて、まだ若いのになあと思わずにはいられない作者でした。老後とかどうなるんでしょうか。花粉症にならないことを祈ります。