比企谷兄妹は、それでも永訣を否定する   作:しゃけ式

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物語の真相は、存外に簡単なものなのがお約束である

 

「あれ、君もここに来てたの?奇遇ね、比企谷君」

 

 

 

失意の底に立たされていた俺を引き止めた言葉は、日常から切り取られたようないたって普通のものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして、お前がこんなとこにいるんだ」

 

 

海へ身投げする直前、不意に呼ばれた気がした声へ俺は無意識に振り返っていた。そこにいたのは大学で出会った初めての“友達”だった。

 

 

「わたし?わたしは海が好きだから。田舎に行ってから好きになったんだよ」

 

 

そういえば今朝の講義の時に田舎にいたと聞いた気がする。

 

 

「高校の時にいたってやつか」

 

 

「そう。私ってピアノやってるんだけどね、高校時代の時に陥ったスランプを抜け出すきっかけになったのも海なんだ。ここの海とは違うけどね」

 

 

「んでお前は海にそういった何かを感じてるわけだ」

 

 

「そういう君はなんでここにいるの?特別海が好きそうには見えないけど」

 

 

「俺は………、」

 

 

 

自分を殺しに来た。ただ一文だけの言葉なのに、どうしてか口から出てこない。今更未練が残っているなんて、やっぱ俺はあさましいやつだ。

 

 

「もしかしてさ」

 

 

「?」

 

 

「自殺しに来たの?」

 

 

まるで挨拶をするかのような通常通りのもの言いに、少し俺はたじろいでしまった。

 

 

「ふふっ、当たり?もしかして大学にろくな友達がいないから?」

 

 

「んなわけあるか。小学生からのプロぼっちなめんな」

 

 

「だよね。今は私も友達だし」

 

 

「…まあ、そうだな」

 

 

「なんで比企谷君が友達いないから自殺しようとしてたって思ったかなんだけどね、自覚ないかもだけどすっごい寂しそうな顔してたからだよ?」

 

 

当然自覚のなかった俺は、皮肉を交えて応えた。

 

 

「本当の鏡ってのは人の眼だからな」

 

 

「……なるほど、良い返しだね。じゃあ私からもひとつ。君は孤独?」

 

 

その問いかけにどんな意味が隠されているのか、数秒考えても答えはでなかった。が、ありのまま答えるのは、なんとなくはばかられた。

 

 

「これからそうなる予定だ。別に死ぬから孤独になるってわけじゃないけどな」

 

 

いつもの上品なふふっという笑いを初めにして、続けた。

 

 

「もうそれ自殺する理由の答えじゃん。ねえ、“孤独”っておかしな字だと思わない?」

 

 

言葉の意味は理解できるが、内包されている意味には先ほどと同じように検討がつかなかった。俺は何も答えず、続きを無言で(うなが)した。

 

 

「“独りで弧をえがく”ってことでしょ?文系の君でも覚えてるよね、弧の条件。円周上に2点をとって繋いだ円周上の線が弧」

 

 

「そういえばそうだな。矛盾してるって言いたいのか?」

 

 

「矛盾というよりか、そもそも成り立たないってことかな。生きている限り孤独なんてことはありえないんだよ」

 

 

名は体を表す、なるほどその考えは正しいと言えるだろう。確かに人との繋がりは見えないところで続いているものであり、筋も通っている。

 

 

 

 

 

しかし。

 

 

 

 

 

「死んだやつとは、もう会えないだろ」

 

 

 

 

 

そこが。そこだけが、俺にとって重要なんだ。

 

 

「まあ、それはそうだけどね。でも君は誰かが死んだから、もしくは死ぬから自殺を選ぶんでしょ?ならまた誰かが同じようにするかも」

 

 

こいつはあえて“自殺”とは明言しなかった。

 

 

「だからね、君が死ぬってことはすっごい独善的、というよりはすごい独悪的なんだと私は思う。1人で悪者になろうとしないで」

 

 

心当たりのありすぎる言葉に、俺は思わず目を背けた。

 

 

「だから、誰かのために生きてよ。その誰かがあなたと同じ選択をしないように」

 

 

「そんな相手、いないから俺は“孤独”なんだ」

 

 

そして紅潮した顔に、少しの涙を目に含ませたこいつは。

 

 

 

 

 

「じゃあさ、私のために生きてよ」

 

 

 

 

 

しっかりと、俺を抱きとめたのだった。

 

 

 

 

 

「まだ会ってから半日も経ってないけどさ、でも私たちは友達なんだよ。友達っていうのは時間は関係ないの。………だからさ、お願いだから生きて」

 

 

 

 

 

生徒をあやす先生のように、しかし親に(すが)る子どものように。

 

 

ただひたすらに、こいつは俺に“生きて”と願うばかりだった。

 

 

 

 

 

「…なあ、俺には友達ができたことがないから聞くけどさ。お前みたいにくっさい言葉を吐いても友達は引いたりしないのか?」

 

 

不思議と安心感が体を支配し、永遠に抱きしめていたい感覚に陥りながら、俺はそう訊ねた。

 

 

「ふふっ。もう、やめてよね?せっかく考えたのに。………引かないよ、上辺だけじゃない友達ならね」

 

 

「そうか」

 

 

抱きしめながら、抱きしめられながら、俺は遠い海を眺めて言葉を紡いだ。

 

 

 

 

 

「俺は誰のためでもない、お前のために生きるよ」

 

 

 

 

 

火照る顔と加速する鼓動は、多分抱きしめあっているせいなんだろう。抱きしめる力が弱まり離れようとするこいつを、もう一度だけ抱き寄せた。

 

 

「…すまん、もう少しだけ」

 

 

顔は見えなかったが、多分驚いているのだろう。年甲斐もなく駄々をこねる俺に自分ながら苦笑した。

 

 

「うん、いいよ。まだ顔赤そうだからね?」

 

 

………まあ、バレるわな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

落ち着いた俺は、その場に腰を下ろして依然海を見ていた。隣には“友達”もいる。

 

 

なんとかこいつのおかげで、まああの時はなんとかなんて表現は出来なかったんだろうが、ともかくなんとか死なずに済んだ。本当は今死ねと言われたらほとんど躊躇しないんだろう。けれど、今こうして生きている。大事なのはまず結果だ。

 

 

……というか、それよりも。

 

 

 

「これは浮気なんだろうか………」

 

 

「どうしたの?」

 

 

「いや、なんでもない」

 

 

彼女持ちである俺が、自殺間際に別の女を抱きしめて思いとどまったなんて知られたら一体どうなることやら。怖くなって後ろを振り返っても誰もいない。そんなことは分かっているのだが、にしてもバレていたらと思うと気が気でない。そもそも後ろめたいことがある時点でどうかとも思うのだが。

 

 

「ねえ」

 

 

「なんだ?」

 

 

「もしかして比企谷君って彼女いるの?」

 

 

「…まあ、な。幻滅したか?」

 

 

「確かにいるんならさっきのはまずかったかもね。じゃあなんでまずかったと思う?」

 

 

不意に始まる問答。誘導されるのは分かっているのだから、それに乗らないようにするのが俺の役目だ。俺性根がひん曲がってるじゃねーか。

 

 

「あれだろ、倫理的な」

 

「倫理的な問題はちょっと違わない?一夫多妻制の国だってあるし、倫理っていうものがそもそも人のあるべき姿なわけだから、そこを否定すると多方面から叩かれるよ」

 

 

「なら、友達にするようなことじゃなかったからか?」

 

 

と、そこまで言って俺は1つ気づき、付け加えた。

 

 

()()()友達に、な」

 

 

ドヤ顔を決めていた俺は、しかしこいつの顔を見て少し怪訝に感じた。

 

 

「だよね。でも君って異性の友達いたことあるの?」

 

 

「は?いやまあ、いねえけど」

 

 

「今さっきの抱きしめるやつね、あれ男女間の友達だと普通なんだよ?」

 

 

何を言ってるんだこいつは。真っ先に浮かんだ言葉はそれだった。

 

 

「んなわけないだろ。普通に考えて…」

 

 

「その普通を、今まで友達のいなかった君がなんで知ってるの?いなかったんなら知らないはずだよね?」

 

 

「………なるほどな。つまり俺らはなんらおかしいことはしていないってことか」

 

 

机上の空論は少し語弊を生むかもしれないのだが、似たようなことだ。経験をしていないのになぜそんなことが言えるのか。経験がないなら何が正しいかなんてわからないだろう。

 

 

こいつなりの優しさだろう。この行為に逃げ道を作ってくれた。

 

 

「まあそういうことだからさ、あんまり気にしないでね?もう1回やってって言われたら、ちょっと恥ずかしいけど…」

 

 

「言わねえよ」

 

 

「でもこれで1つ弱みを握っちゃったね!このことを彼女にでもバラしたら…、」

 

 

「おい馬鹿やめろ」

 

 

「実は彼女さんのこと私知ってるよ?」

 

 

「嘘つけ!付き合ってるって今知った…『prrrr』…ッヒイ!?」

 

 

唐突の電話にきょどりながら、恐る恐るスマホを見てみるとそこには『一色いろは』の文字がでかでかも存在を主張している。

 

 

「ああ、もうバレちゃったか」

 

 

わざと演技調で手を大きく開き、やれやれと首を振っている。

 

 

このまま電話にでないのもはばかられるので、びくびくとしながらも通話マークを押した。

 

 

「い、一色か?もしかして、おまて、おま、えと、」

 

 

「何噛みまくってるんですか。…というかそれよりですね!今すぐ病院に戻ってください!!」

 

 

思っていた要件とは全く別件のものであり、その内容は予想だにしていなかった。

 

 

「小町ちゃんが今手術を受けているところなんです!お願いですから早く!!」

 

 

「手術……?でもそれは、明日にならないとできないって…」

 

 

「主治医の方が何を仰っていたかは知りませんけど、今現実に小町ちゃんは手術を受けてます!わかったら早く来てください!!!」

 

 

そこまで言って一色はすぐに通話を切った。情報量が少なすぎていまいちなんのことか要領を得なかったが、それも病院に着けばわかることだ。

 

 

「すまん、俺ちょっと行くところができたわ」

 

 

「了解。気を付けてね」

 

 

「ありがとな」

 

 

そして、来た道を俺は出来るだけ早く引き返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ。小町の容態は!?」

 

 

1時間かかるか否か、その徒歩の時間をほとんど走ってきた俺は未だ整わない呼吸を無視して治療室の前で待っていた一色に訊いていた。

 

 

「まだなんとも…。ですけど、もうこれで合計2時間程入りっぱなしです」

 

 

そばにあったソファーに腰掛け、荒い呼吸を整えながら汗を感じ、しかしその汗は体温調節のためのものだけじゃないのが痛く感じられた。

 

 

「小町………」

 

 

独り呟くその声に、反応する者は誰もいない。一色は必死に手を重ねて祈っており、俺はただ治療室を見守ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう何時間が経っただろうか。もしかしたらその時間は体感しているだけで、実際はまだ30分しか経っていないのかもしれない。ただそれでも、何もせず待っているだけというのは存外に(こた)えるものだった。

 

 

 

 

 

そんな念が通じたのか、治療室のランプは光を失った。少ししていつもの主治医の方が部屋から出てきた。

 

 

「おや、お兄さん。こんにちは」

 

 

「こんにちは……、じゃなくて!まず何が何だか説明してもらえませんか!?小町はなんで手術を、というか明日にならなければ受けられないのでは!?」

 

 

矢継ぎ早にまくし立てる俺に、焦らずゆっくりと答えた。

 

 

「まず結果から言います。小町さんは助かりました」

 

 

 

その言葉に、ただそれだけの言葉に俺は深く安堵し、一色は堪えきれずに泣き出してしまった。

 

 

「それでですね、お兄さん。あなたの言っていた手術の準備ということなんですがね」

 

 

ごくり、と喉を鳴らして続きを待った。

 

 

「明日にならなければ届かない()()()()、なんとたまたま近くの大学にあったんですよ!」

 

 

「例のもの、というと……」

 

 

 

 

 

「ええ、“3Dプリンタ”です」

 

 

 

 

 

予想通りの言葉が帰ってきて一安心したが、確か前に仰っていた時には2日かかると言っていたはずである。その辺りはどういった経緯なのだろうか。

 

 

 

「確かに用意に必要だったのは2日です。でも小町さんを救うためには今すぐ処置が必要だった、つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というわけです」

 

 

「ちょ、ちょっと待ってください。それってつまり素材がないのに頭蓋骨を切開したということですか!?」

 

 

「幸い3Dプリンタで作る骨の大きさは大きくありませんから、時間は元々あまりかからないんです。ですがこれも一種の賭けでしたね。いやあ、近くの大学に3Dプリンタがあってよかった。なんでも最近3Dプリンタに関する良いレポートが提出されて、それでたまたま取り寄せていたみたいです」

 

 

そこまで聞いて、俺はこの先生と玉縄に大きな感謝を示した。無論見えるようにはできないのだが、それでも感謝せずにはいられなかった。

 

先生の無謀とも言える突拍子もない判断に、恐らく描いたであろう3Dプリンタのレポートの製作者の玉縄。この2人がいてこそ、初めて小町の命は助かったと言える。

 

 

 

 

 

気付けば俺は、必死に頭を下げて礼を言っていた。

 

 

 

 

 

「本当に……、ありがとうございました!」

 

 

 

 

 

「いえいえ、これが私どもの仕事ですから」

 

 

 

 

 

いつもの柔らかい笑みを浮かべて、主治医の方はそう言い残して去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、503号室。昨日はもう目覚めないそうだったので顔を見たあと一旦家に帰り、次の日の朝に起きているか確認のために来たのだった。

 

 

いつもの音のあまりしないドアを横にスライドして、病室に入った。

 

 

「よう、起きてるか」

 

 

呼びかけに反応を示したのは、ほかでもない小町だった。

 

 

「うん、ちょうどさっき起きたとこ」

 

 

昨日で話すのは最後だと覚悟を決めたはずなのに、気付けば翌日にはまた話している。そこに一切の違和感も覚えることがないのは、やはり日常が戻ってきたからなんだろう。

 

 

「ねえ、お兄ちゃん。小町生きてたね」

 

 

「ああ、生きてたな。退院は3月末から4月の頭辺りになるそうだ」

 

 

「そっか。………小町ね、昨日お兄ちゃんと別れた後おかしな夢を見てたんだよ」

 

 

「走馬灯的なやつか?」

 

 

「ちょっと違うんだけど、なんか意識が体になかったって言えばいいのかな……。幽体離脱…、が近いのかなあ」

 

 

「まあとりあえず雰囲気はわかった。それで?」

 

 

「お兄ちゃんが海に行くのを小町は上から見てるの。長い間電車に揺られて、着いた海は防波堤の上から一望出来る」

 

 

その光景は、いとも容易く脳裏に浮かんできた。

 

 

 

 

 

俺は、小町に海を見せてやれてたんだな……。そう思うと、ふと涙腺が緩んだ気がした。

 

 

 

 

 

「すっごい綺麗だったなあ。夢なんだけどさ、光が乱反射して、多分だけど自分の涙でも輝いて見えた」

 

 

 

その光景は紛れも無く昨日俺が見たものであり、目頭を軽く抑えて続きを待った。

 

 

 

「あれってお兄ちゃんの見た景色だよね?なんかそんな気がする」

 

 

「…ああ、そうだ」

 

 

「てことは昨日自殺しようとしてたでしょ?ダメだよ?そんなことしちゃ」

 

 

不思議なことはあるもんだな、と俺はどこか他人事のようにも感じていた。

 

 

「あ、そうそう」

 

 

思い出したように、小町はこちらを今一度しっかり見直した。

 

 

「なんだ?」

 

 

「抱きしめたあれ、割とマジで浮気だよ?」

 

 

 

 

予想外の発言に、どこまでバレているんだよと俺はただただ笑うだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい、2話もかかりませんでしたね(笑)

気付いていた方もおられるかも知れませんが、玉縄の伏線というのは3Dプリンタです。作者は医学なんて全くわからないので思いっきりなんちゃって知識なので「それおかしくね?」と思われた方、この世界観ではこんなものもあるんですよーと脳内補完お願いします!


そして、1つアンケートをとりたいと思います。

詳しくは「しゃけ式」の活動報告で出しますが、内容は次作をどうしようかと言うことです。優柔不断な作者は考えがあってもどれから始めようか決められなかったので、ということです。

4択ほどあるので、是非ともアンケートに協力お願いします。11/18(金)まで受け付けますので、何卒ご協力お願いします。



↓以下、全く関係ないポケモンの話

キュウコンのリージョン、やっぱりゆきふらしでしたね!事前に追い風をしてから自主退場でタスキ持ちキュウコンの必中吹雪でガブは確実に抜けると思うと、心が踊ってなりません。焼き鳥がブレバ鳥に、ゲンガーが地に足をつけ、ガルーラに至ってはグロパン没収ふいうち弱体化おやこあい弱体化と、マイナーばっかの作者からしたらざまあwwwなところです。

これで俺のクルマユねばねばてっぺきバトンからの暴走ザングースの空元気が火を噴くことになるぜ☆

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