八幡は、今日も日課をこなす
白く積もる雪にところどころ凍りついたアスファルト。転ばないように気をつけながら歩くも、そんな時は往々にして転んでしまうというのがお約束である。が、俺はそこらの有象無象とは違うので転んだりしない。なぜなら俺は統計学の中でもぼっちになれる逸材だからな。
休みの日などはほとんど家から出なかった俺だが、今では歩き慣れた道を歩く。大学のある日も特に忙しくなければ大体は通るのだ。慣れない方がおかしい。
歩いていると、路傍に雑草が控えめに生えているのが目に映った。車の行き交う道路に生えているので中身はボロボロだろうが、そんな痛みをおくびにも出さない雑草に俺は変に心を揺さぶられた。敬礼。
雪の積もった日は皆がみんな足元に注意して歩く。スマホ依存症のやつはその限りではないだろうが、どちらにせよ意識は空に向かわない。
なんて偉そうに言うが、俺だってさっきまでは足元を見ていた。だって転びたくないからね。まあ、それはそうと雪の積もった日には空を見上げるといった発想がないのだ。じゃあ空を見上げながら歩くしかないだろ?周りと違うことがしたくなるのは当然のことなのだ。
俺が高校時代に自身をぼっちと形容していたのも、そういった本能によるところからかもしれない。え?今も言っていただって?やだなあ、そんな訳ないじゃないか(すっとぼけ)。
見上げた空はどんよりとしていて、雲量は9.5くらい。まさに
この世には無駄なことなんてないかもしれない。ふとそんな考えが頭をよぎった。例えば空を見ようとする行為なんて無駄そのものだろうが、そのおかげで雪の日の空を見るのはあまり良いものではないと知ることが出来た。足場が凍り、足元を見ながら気をつけなければならないのはこんな空を神様が見せないようにするためなのかもしれない。
だとしたら、どんな嫌なことだろうと、どれほど
少し歩くと、それまではアスファルト一辺倒だったのだが、次第に並木道が見えてくる。あそこは春になると辺り一面が桜でいっぱいになるのだ。そういえばその昔、つっても俺がまだ小学生だった頃に1度だけ家族でお花見に行ったな。あの頃はまだ純粋だったので、俺も小町も随分とはしゃいだ記憶がある。
今年の桜の開花は例年よりも早いらしく、三月中旬に満開になるらしい。昨今の異常気象のせいで秋には狂い咲きなんてのも起こったらしいが、いや勿論俺は見てないよ?なんせ学校くらいしか外に出なかったからな。
狂い咲きしたのなら春に桜咲かないじゃん。新入生とかマジで可哀想(小並感)じゃん。
そう思っていたのだが、案外そうではないらしい。詳しいことはわからないが、咲くのなら励みにもなる。視界がピンクで埋め尽くされるほどの満開の桜を、また小町に見せてやりたいな。
そんなことを考えていると、いよいよ目的地へと近付いてきた。ここからは並木道が終わり、また道路になっている。というかさっきの桜も車の排気ガスで体ボロボロになってるんじゃないの?道路→並木道→道路なんだからそりゃあ通るわな。敬礼。
が、実は桜の身を案じても意味が無いのである。なぜなら桜は──便宜上彼らと呼ぶことにする──彼らは人間と同じく寿命があるのである。ソメイヨシノの寿命60年説というものがあり、どうもこれが本当っぽいのだ。やはりと言ってはなんだが賛否両論で、信ぴょう性に欠けるとも言えるのだが高校1年の時の生物の先生が熱く語っていたのだから事実なんだと思う。なんでも寿命は周りの環境が作るそうで、戦後に植えられたものの実に何十年も手入れがされなかったそうだ。彼らは刻一刻と死への道を辿っているので、もしかしたら20年後には俺たちは桜を見ることが出来いのかもしれない。
まあそこで活きてくるのが先ほどの意味が無いことは無い説だ。ソメイヨシノを絶やさないようにしよう!的なノリで理系の方々がクローンとやらで復活させるのが目に浮かぶ。
というか別に俺はそこまで桜に愛着を持っていないので(ここまで語っておいて今更何を状態だが)、桜の話はこの辺で打ち切るとする。
そろそろ見えてきたな。大きな建物にその存在を主張する赤い十字架。駐車場には幾多の自動車が停められており、再度排気ガスが俺の頭をよぎる。今すぐこの世が電気自動車だけになれば、雑草も弱ることなく、ソメイヨシノも枯れることなく、人に悪影響を及ぼすことのない綺麗な世の中になるのだろうか。某大国では環境規制を行った結果、常時霧が出ているような状態だったのに途端に澄んだ空気となった。
とは言ってもそう簡単にいかないのが世の中であり、人生だ。
どこぞの奇妙な話ではないが、何が起こるか分からないし自分に何かが起こるかもしれない。
例えば、不治の病にかかったりとかな。
病院に入ると、喧騒が辺りを包む。うるさい、とまではいかないのだが確実に無音ではない。それにこの病院は割と大きいのだ。話し声なんてあって然るべきだろう。
いつもの受付に顔を出し、慣れた手つきで名前を記入する。
歩みを進めてエレベーターの前に立ち、ボタンを押す。向かう場所は5Fで、階段で行くには少しばかり骨が折れる。特に俺の場合なんて、極力動きたくないのだから文字通り骨が折れたら大変だろ?疲労骨折とか病院でなったら確実に笑いものにされる。だから俺はいくら混んでいようとエレベーターを使う。QED.
幸い今日は人が少ないのか、またはエレベーターが上の階に上がったばかりなのか並んでいるのは俺だけだ。恐らく後者だろう。表示されている階がどちらも上の階に向かっているので、間違いない。
階段を使うのはだるいけど、この待っている時間も結構だるいよな。
実に怠惰な感情が頭をよぎる。怠惰ですねえ。いやホントに。
三つあるうちの一番左のエレベーターが一階に着いた。チーン、と間抜けな音を鳴らして扉を開ける。
ひとしきり人が出たところで乗り込み、5の数字を押す。
…あ、別に今の
再度間抜けな音を鳴らすエレベーターにどことなく苦笑を覚えて降りると、いつもの病室に向かう。たまにお医者さんの方が俺の目を見て考え出す人がいるという事実は割と傷つくので、というか人に見られたくないので僅かに早足になる。
目的地に着いたので、今日はいつもより勢いよく入ってみるか。どうせ中には
ドアを勢いよくスライドさせて(勢い良すぎてバン!とかなり大きな音が鳴ったが気にしない)、声高々にこう言った。
「よぉぉおおおう小町ぃぃぃぃいいいい!!!!!!だぁぁぁぁいじょぉおおおおぶかああぁぁぁ…………ぃぃ」
途中で恥ずかしくなったわけじゃない。いやマジで。ただ中にいるのが明らかに不審者を見る目じゃなければ最後まで言えたんだ。いやほんとマジでね。
「あの、どちら様ですか?」
──この病室は、403号室──
◇◇◇
「よう小町…。今日もお見舞来たぜ……」
あれから俺はすぐに謝罪して階段を駆け上がり、503号室に逃げ込んだ。今のは本当に恥ずかしかった。具体的には本物が欲しい発言のその日の夜くらい。またトラウマが増えちゃったね、八幡(戸塚風)。
「あ、お兄ちゃん!おかえりなさーい!」
朗らかに声を上げる小町。顔が綻んでいるのを見ると、やはりお見舞いに来るのはやめられないなと改めて感じてしまう。
だがそれよりも。
「おい待て小町。ここは別に俺の家じゃないんだが?」
「だってお兄ちゃん、最近は家にいる時間よりもここにいる時間の方が長いと思うよ?寝る時間抜きにしたら」
「流石にそんなことないわ。ちゃんと自宅を警備してるわ」
「それよりお兄ちゃん、聞いてよ!さっき下の階からおっきい声でバカみたいな感じの人が「そうかそれはよかっただからちょっと静かにしような」……お兄ちゃん?」
きょとんとした目をこちらに向けてくる。いくら知らないとはいえ俺の心をダイレクトアタックしないでね、小町ちゃん。俺のライフは既に0だよ?
「しかもその人ね、小町ぃぃぃ!!!って叫んでたんだよ!どこの何幡だろうね、お兄ちゃん!」
確信犯かよぉぉぉおお!!!!知ってるんなら言うなよぉぉぉおお!!!!
「悪いな小町、お兄ちゃん今日急用できたから帰らなくちゃダメなんだわ」
「ごめんごめん!帰らないでよ!ね?」
小首を傾けてお願いをしてくる。堪らず照れくさくなって頬をかくが、やはり嫌だとは言えず。
「わかったよ。んで、今日はどこを教えてほしいんだ?」
「えっとね、現国の……」
これが俺の日課である、小町のお見舞いだ。
病室から覗く空は、未だ空恐ろしい。空だけにね。
Life 48/62
ポケモンの方は全然筆が走らなくなってしまったのでとりあえずこんなものを。あちらで言っていた中妹とのクロスではありません。