呼気と共に刃が奔る。
素人は喉で息をし、達人は踵で息をする。
古く強い刃が宙を舞う木の葉を両断しつつ、目前の大木へ迫り、切り込み、そして姿を現す。
間違いなく両断された大木が、何事も無かったかのように佇んでいる。
事実、大木は斬られたという認識すらなかったであろう。
このまま大風が吹かなければその奇跡的な断面は何事も無かったかのように癒着して大木は成長をつづける。
尋常からはほど遠い斬撃であった。
「ま、こんなとこか」
「私からするといつのまにか剣を抜いていたようにしか見えないのですが」
「そらぁ、簡単に見て取られちゃこっちも商売あがったりだ」
言いながら布を接ぎ木するかのように大木に巻いていく。
『それで、この辺りに何か用でもあったのか、主よ』
第三の声が響く、その声を聞くのは二人だけだ。
それを聞きながら魔剣使いは水辺へ歩く。
水面には魔剣使いの虎狼の如く野性味のある顔が写る。
「んにゃ、基本は観光。こちとらあの戦争のおかげで体が継ぎ接ぎ纏めたモンだし慣らし慣らし前の体のように使えなきゃなんめぇよ、っと」
速さは無かった。
その静かな太刀筋は水面に迎え入れられるように入り、出る。
それで、水面の魔剣使いの姿は断たれていた。
まるで、実際に体が両断されているかのような姿を水面の魔剣使いはしていた。
時が過ぎ、その像も元の法則を思い出したかのようにふつりと繋がる。
「うし、虚が切れる。ずいぶん戻ってるな」
「……いよいよ人間なんですか、本当に?」
不気味そうな巫女の視線を気にせず流して刀身を鞘に収める。
「実の刃をもって実を切れて当然、虚を切れて道半ば、虚すらないものを切れていよいよ……ま、訳分からんだろうさ」
からからと笑う魔剣使いの姿は西にあった。
今回と言い、十年前の騒動と言い、こういうときには冒険者が増える。
世が乱れて身の立て時だ! と一念発起して田舎を飛び出る者は多い。
農奴同然の扱いの三男坊以下など、世が乱れれば諸手を挙げて農具を捨てて家の金をかすめ取って都会へ駆け出すのが相場だ。
前回は戦争が一通りあって、それなりに人死にがあったから、そこへの補填として冒険者であった人材が穴埋めする形で入り込み社会全体の動揺はなかった。
しかし、今回は違う。
盛大に乱れるか、否か、乱れるかも、あ、結構乱れるかも、こりゃぁやばいかもしれませんぜ。
と思ったけどすぱっと勇者が解決しちゃいました。
先の経緯で田舎を飛び出た者どもが、じゃぁ田舎に戻ってこれまで通りの人生に戻ります、となるかといえばそういうわけにもいかない。
つまり、これはこれで、世の中は自然に乱れる。
ある程度は、冒険者制度(セーフティ・ネット)がすくい取ってくれもするが、そうでない食い詰め者は当然略奪に走る。
食い詰め者に、冒険者という札を付けた元食い詰め者をぶつけて何とかする。
これまでやってきた対処法だ。
「ですが、存外乱れてないようですよ」
「みたいだな、国以外でも仕事と定住地を用意しているのがいる、羽振りが良いのが仕事を用意する。いいことじゃねぇか」
故郷から離れたところで一旗揚げよう! という人間は本当に冒険をしたいわけではなく、あくまでこれまでの自分の人生から逃れたいという人間が大半である。
だから、元気で気概があるならどうぞいらっしゃい! という道を用意してくれていれば、乗る。
人は、安心が好きだ。
筋道だった”あがり”、これに弱い。
悪いことでは無い。
むしろ好奇心と冒険心の両足で走り続ける方が、どちらかというと異端である。
抱き寄せることの出来る伴侶、自分が主の家一軒、穏やかに寝息を立てる自分の子供、周囲に頼りにされる稼業、それが頑張れば手には入るかも知れない。
身になるかも知れないが、どこで落命するか分からない冒険者稼業と、地母神の神殿が主導で手がける養殖事業。
どちらにしたって、ここまでくれば冒険だ。
でも、己の腕一つより、皆で取り組める事の方がまだ勝ちの目が……
そう考えて武器を置くことは、臆病であろうか。
しかし、それでもお行儀の良くない者どもというものは世に絶えず。
「なんにせよ段平振るってが食える、因果なもんさ」
双剣を抜き放った魔剣使いは依頼のあった盗賊の砦へ駆けだした。
これを”観光”というのか、とため息交じりに巫女は見送った。
「あい、ありがとさん」
報酬を受け取り、冒険者ギルドの酒場を見渡す。
ちらほらと、魔神王戦線で見かけた者達も居る。
「で、どんな用だい?」
目の前の恰幅の良いふくよかそうな術士とどこか冷たくとがった印象のある癒し手の一党がいた。
戦争の時に縦横無尽に働いていたのは後者で、その威名はあの戦争に身を投じた多くの者が知るところだ。
「あんたがこっちに流れてきててくれて助かった、探す手間が省けたお」
癒やし手の横でひたすらに薬を作っていた男であるが、それはそれとして練達の術士であることを魔剣使いは知っていた。
あちらの方がお待ちです、と言われ来たが何の用か。
知らぬが、それはそれとして魔剣使いは難敵の匂いを嗅いだ。
「で、誰を斬るんだ?」
面白そうに尋ねる男をじっと術士は見つめ、す、と蛇の目の紋が書かれた手袋で口元を覆う。
この言葉をだれにも聞かれたくない。
そういった仕草だ。
それこそーー
「神」
剣鬼は太く獰猛に笑った。