女神官逆行   作:使途のモノ

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幕間 名探偵ゴブスレ~宿屋は二度、惨劇に染まる~

 

 

 事件は、朝に起きた。

 

 この事件に立ち会った者が、この事件を思い出すとき、まずこの言葉を思い起こすだろう。

 

 とはいえ、事と次第を理解するためにも順を追って話すべきであろう。

 

 

 

 

 ゴブリンスレイヤーと女神官、妖精弓手の三人はゴブリン退治の帰り道にある宿場町に立ち寄ることとなった。

 

 時刻は日暮れに近く、太陽も山へ隠れていく。

 

 いずれは星々も瞬き出すであろう。

 

 ゴブリンスレイヤー一党も、別段野宿の理由もなく、宿を取った。

 

「つっかれたぁ!」

 

 妖精弓手はそう大きく息を吐いた。

 

 連日連夜のゴブリン退治、それが一段落したとあってその気の抜けた様子は誰も責めることのできないだろう。

 

 女神官も同じく疲れているようだが、それでも他より早く荷物を下ろして気遣いに動き出している。

 

 とまれ、一足先に祝杯でもあげよう、という構えを森人がとり、ゴブリンスレイヤーもまぁよかろう、と酒場で注文を取ろうとしたところで女神官に話しかけてくる男性があった。

 

「その、神官様……」

 

「はい、何かご用でしょうか」

 

 女神官に地母神の聖印を見て、恐る恐る男性、この村の村長はその頼みを口にした。

 

「その、妊婦や村の子の無い妻や娘達に安産祈願と子授け祈願をお願いできませんでしょうか、ささやかですが、お礼はさせていただきます故……」

 

 あぁ、とゴブリンスレイヤー達は頷く。

 

 今夜は緑の月は新月で姿はなく、白の月の満月だけが大地を冴え冴えと照らしていた。

 

 夫婦の初夜、あるいは村長の言う通り安産祈願や子授け祈願などには最適の日だ。

 

 辺境を旅するにあたって、一番食いっぱぐれないのは地母神の神官である、とはよく言われることだ。

 

 安産、子授け、豊作祈願と村々で祈願を請われ、その謝礼はそれなり以上の収入となる。

 

「……よろしいでしょうか?」

 

 女神官がゴブリンスレイヤーに伺いを立てる。

 

 金銭目的で無くとも、宗教者として、求められている以上応えたい、そういった様子だ。

 

「俺は構わん」

 

「いいんじゃないの?」

 

 す、と森人を見やると森人も快諾する、自分自身が母となるイメージはさらさらないが、無理に引き留める程の理由も無い。

 

 それにこれが初めての経験というわけでも無い。女神官の祈願により笑顔を浮かべる女性達の事を考えれば、彼女の体を心配こそすれ、それ以外に止めることはない。

 

 そも、冒険の打ち上げは辺境の街に戻ってからでも遅くは無い。

 

 そう言ったわけで、女神官は村長に連れられて村の若い女衆が集められた集会所へ行くこととなった、そのまま一夜を過ごすらしい。

 

 そういった儀式とはいえ、求められれば涼やかに応じる様は年若い少女ではあるが、聖職者なのだなぁ、と気を取り直しつつ目の前の寡黙な男とサシ飲みを始める。

 

「……あの子って、なんて言うか凄いわよね」

 

「……そうだな」

 

 己の力と才覚で苦難を乗り越える冒険者であり、人々を慰撫する聖職者でもある。

 

 それをひっくるめて、冒険者の神官なのだ、という事なのかも知れないが冒険者一本の彼らからすれば二足のわらじをはきこなしているように見える。

 

「……指輪、寂しそうだった」

 

「そうなのか?」

 

「そうなの! ……何か買ってあげたら?」

 

 指輪、雪山の砦で使わせた“呼気”の魔法のかかった指輪だ。

 

 その魔法のこもった宝石は魔法の効力が尽きると共に崩れてチリとなって、今彼女の指にあるのは金属のリングだけだ。

 

 呪文使いである彼女が、その魔術具としては残骸に過ぎないそれに、装備としての効果が無いのは当然分かっているはずだ。

 

 それでも、その指に指輪がある。

 

 何の宝石も無い指輪だ。

 

 友人として、チクリと言うぐらいは当然だ、という顔を森人がしている。

 

 指輪は割る物だ、といっても通じるわけもなく。

 

 使い捨てる道具なんだから捨てればいい、などと言ったら間違いなく蹴られるだろう。

 

 ふむ、と腕を組む。

 

 借りが山ほどある女だ。

 

 放っておけないところのある女だ。

 

 言われて今更であるが、確かに、何かせねばならぬだろう。

 

 では何の石がいい、と聞こうとしてかつての幼馴染みの誕生日の一幕を思い出し、なんとか言葉を飲み込むことに成功する。

 

「街に戻ったら、見て回る」

 

「うん、それがいいんじゃない」

 

 姉貴面でしたり顔でうんうん頷く。

 

 内心、安堵の息を吐きながら、そしらぬ顔を兜の中でしてエールをあおる。

 

 寒いので妖精弓手は温石を宿の亭主から買いつけ、そろそろ部屋に戻るか、というところでパンッという音が酒場で響いた。

 

 二人が目を向ければ、精霊使いの森人、いや半森人か、の少女がその激情を抑えきれぬ、とばかりに平手打ちを相方の男性の戦士にたたき込んだのだろう。

 

 少女は振り抜いた姿勢から何も言わず、腰の細剣を揺らしてずかずかと二階へ上がっていく。

 

 叩かれた戦士もいくばくかは自分が非にあると思っているのか、彼女の姿が消えた後、「どうも、お騒がせしました」とばつの悪そうな笑みを浮かべて代金を置いて二階に上がっていく。

 

 痴話喧嘩、まぁよくあることだ、とその時は思った。

 

 自分たちの、男女別であり、女神官が泊まり込みになったため、森人は二人部屋から個室へ移ろうか、ということになった。

 

「あの子の荷物ぐらい、私一人でいいのに」

 

「自分のを持て」

 

 さて、部屋を移るか、とさして広げたわけでも無い荷物を持ち上げようとしたところで部屋のドアをノックする者がいた。

 

「あの半森人の子、かしら?」

 

 その言葉に無意識に腰の武器に手をやっていたゴブリンスレイヤーは構えを解く。

 

「はい、何か用かしら?」

 

 そう妖精弓手がドアを開いて見ると確かに先ほど酒場で喧嘩、というよりは一方的に起こっていた少女が居た。

 

「あ、あの……こちら、泊まられる人が一人減ったって聞いて……自分の分のお代はもちろん払いますので」

 

 喧嘩して、ばつがわるくて恋人と一緒に寝たくない。

 

 そういったところか、と当たりを付けた。

 

「私はいいわ、相方は泊まり込みだし、……オルクボルグ、あの子の荷物だけ貴方の部屋で良い?」

 

「ああ、構わない」

 

 そう言うわけで、半森人と共に妖精弓手は寝ることとなった。

 

 とはいえ、半森人は寝床に入ると旅の疲れもあってかすぐに寝息を立てだした。

 

 いつもであれば友人たる女神官とおしゃべりをしたりもするが、そうも行かない。

 

 軽く装備の点検だけして、彼女も床についた。

 

 

 

 

 事件は、朝に起きた。

 

 

 

 

 絹を引き裂くような悲鳴に、宿の住人達はたたき起こされた。

 

 妖精弓手も飛び起き、辺りを見回すと半森人の姿は無い。

 

 声の起こった場所は宿の個室、大体の当たりを付けつつ駆け出して急行する。

 

 半開きのドアを見つけ、そこに恐怖の精霊が踊り狂っているのを見やり、一瞬の確認の後に飛び込む。

 

 目に映ったのは赤。

 

 首を一太刀切り裂かれた男が、ベッドの上で事切れていた。

 

 壁際にはへたり込む半森人の少女、衣類はかすかに血で汚れている。

 

 悲鳴は彼女があげたのであろう。

 

「どうなっている?」

 

 数拍遅れてゴブリンスレイヤーが到着し、他の者ものそのそと悲鳴の起きた場所へと寄ってくる。

 

「昨日の、ほら、この子が喧嘩してた相手、殺されてた」

 

 ゴブリンスレイヤーも周囲を見やり、状況を検める。

 

 部屋の作りはどこも変わらない。入り口の扉と対面になるように窓があって、独り寝していて、もう一方のベッドは空。

 

 ベッドのサイドチェストには寝る前に消されたのであろう角灯があり、部屋の隅に男のものであろう荷物があるぐらいだ。

 

「ヒッ、な、な、何が?」

 

 そう声を上げるのは宿屋の店主だ。半森人が話せる状態では無いと見て取ったゴブリンスレイヤーは自分の分かる範囲で説明をする。

 

「この部屋で寝ていた男が殺されていた、俺たちは今駆けつけたところだ」

 

 ぞろぞろと他の者も扉の前にたむろし、ガヤガヤと騒がしくなる。

 

「役人への状況説明もあるだろう、この半森人を別の部屋で誰かを付けて休ませることはできるか」

 

「え、ええ、おい、お前」

 

 そう頷き、声を掛けられた宿屋の店主の妻が半森人を連れて行く。

 

「どうするのよ、オルクボルグ?」

 

「あの状態では話もままならんだろう、現場の確認だけして改めて聞けばいい」

 

 それもそうか、と気を取り直した妖精弓手があれこれ探ろうとするのを押しとどめる。

 

「まずは店主に了解を得ろ……それで、どうする?」

 

 そう聞けば店主も一人で何から何まで自分でしなくていいというのは渡りに船であったのだろう、快諾した。

 

 役人はこの村に駐在していないため、近隣の駐在所のあるところまで早馬をたてることになった。

 

 行って帰って半日ほどなので、夕方ぐらいには役人も来るであろう。

 

 冒険者とてモンスター相手に戦って死ぬのであれば簡単だが、町中で殺されていた、となるとそうもいかなくなる。

 

 前者が害獣相手に事故死するようなもので、後者は殺人事件だからだ。

 

 それまで死体はそのまま、ということになった。

 

 宿屋からすれば、数日にわたっての営業停止、大打撃だろう。

 

 改めて詳しく部屋を検分すると、どうやら物盗りの線ではないようだ。

 

 金品など換金のしやすいものは無くなっておらず、彼ら二人が遺跡帰りで何か小さく貴重かつ高価な宝物を持っていなければ、物盗り、ということは無いだろう。

 

 無論、可能性としてゼロではない。

 

 次に、鍵。

 

 これもごく普通の鍵であり、鍵開けの技能や《開錠》の呪文を使える者であれば解錠は可能、つまりはあってないようなものだ。

 

「状況的には、あの子ぐらいしか……ええと、容疑者?」

 

 被害者の直前に口論していたのは、酒場の誰もが見ている。

 

 何か自分たちが知らない事情が無ければ、彼女が容疑者と見て良さそうだ。

 

「そうだな、だが、決めつけるものではない」

 

「まぁ、昨日はすぐ寝ちゃったみたいだけどね、多分だけど夜の間部屋を出てはいないはずよ」

 

「確かか?」

 

「多分、ね」

 

 彼我の実力差、森人の耳、警戒力は確か、となればおそらく事実であろう。

 

 そして、殺された時刻についてはよく分からない。

 

 布団の中には温石があり、体温の喪われ方や死後硬直についても定かではない。

 

 使われた凶器は、男の得物の一つである短刀のようだ。枕元に無造作に転がっている。

 

 しかし、噴出した血が完全に乾いていた。

 

「……随分、乾いている」

 

「相当前に殺されたってこと? 確かに水の精霊がほとんど居ないわね」

 

 そう妖精弓手が宙を見やる。ゴブリンスレイヤーには分からぬ領域の視界だ。

 

 しかし、首の刺し傷、そこはゴブリンスレイヤーには親しみ深いものであった。

 

 事件の経緯、動機、そういったものは、分からない、だが、そこに関してはよく見知っている。

 

 状況を整理する。

 

 ベッドに入ってそのまま寝た半森人、完全に乾いた血痕、いつ死んだか分からない被害者。

 

 それらで、つじつまを合わせる。

 

 想像力は武器であり、真実というモノは、どれほど信じがたいものであってもそれ以外ないなら、それしかないものである。

 

 だから断言する。

 

「不自然だ」

 

 

 

「……その、何か分かりましたでしょうか?」

 

 恐慌も一段落したのか、別の個室で両手で抱え持つようにコップを心細げに握る半森人の少女がいた。

 

 腰には昨日も身につけていた細剣がある。

 

 間取りは先の部屋と大して変わりが無い。

 

 部屋に居るのは、半森人の少女、店主とその妻、妖精弓手とゴブリンスレイヤーだ。

 

 手短にすませるつもりなのか、扉は開いたままであった。

 

「幾つか、聞かせてほしい」

 

「……はい」

 

「現場を検めさせてもらった、その上で聞きたいのだが、何かよほど高価な品の運搬など、請け負っていたか?」

 

 まずは、物盗りの線。

 

「いいえ、私達はちょっとした依頼の帰り道で、そういった貴重なモノは……」

 

 その言葉は真実なのだろう、一つ頷く。

 

「次に……昨日、言い争いをしていたな、原因は、何だ?」

 

「それは、彼が……私のミスを蒸し返して、でも私もその時悪気があったんじゃなくって、本当になんて言うか、運の悪いミスで。でもその時に彼が前に組んでいた人のことを、アイツだったら、みたいに言うもんだから、つい、カッとなって」

 

 比べられ、激昂する、屈辱と思う、今は横に居るのは自分なのに。

 

 そう言った、様子だ。

 

「男の前の相方……そいつは」

 

「死にました、もう、いません」

 

 淡々とした言葉の中にも、どこか優越と怨嗟の色があった。

 

 ふむ、と息を吐く。

 

「昨日は、就寝した後はそのまま朝まで寝ていたか?」

 

「ええ、その、気は高ぶっていたんですけど、そのまま……」

 

 言われるままに答えていた少女が、ふと、気づく。

 

「……私、疑われているんですか?」

 

「……」

 

 沈黙は、雄弁である。

 

「違います! 私はずっと寝ていました! それに、その、そう! あの血痕! すっごっく乾いていた! 私は、喧嘩したけど、でもだって、彼が好きで!」

 

 その言葉に、嘘は無いのだろう。

 

 仮にここに至高神の神官が居て《看破》の奇跡を使っていても、彼女が嘘を吐いていないことは保証されたであろう。

 

 だから、嘘はそれ以外で組み上げられている。

 

「そうだ、血は完全に乾いていた」

 

「だったら!」

 

「乾かしすぎだ、術士」

 

「っ!?」

 

 その術をゴブリンスレイヤーはかつて見ていた。

 

 《風化》、その術を持ってすればたちどころに泥濘を完全に乾かすことも可能だ。

 

 それを、吹き出した血の海に使えばどうか。

 

 首を切りつけて、一晩中血が流れ出たものとは、明らかに違う。

 

 小鬼の首は、日頃よく斬る。

 

 返り血を浴びない立ち回りも、寝ている相手であれば、そこまで難しくないはずだ。

 

 だから、分かった。

 

「い、言いがかりです」

 

 明らかに動揺しつつも、それでも自分の優位は崩れていない、そういった目だ。

 

「じゃあ私が彼の死体を見て、叫び声を上げたのも演技って事ですか? それこそそこの上の森人だったら、あの精霊を見ているでしょう、恐怖の!」

 

「……そうね、部屋には恐怖の精霊が居たわ、一面そうだった、って言っても良い」

 

「俺には分からんが、そうだったのだろう」

 

 それに、ゴブリンスレイヤーは素直に頷く。

 

「だったら!」

 

 立ち上がり、ゴブリンスレイヤーに少女は詰め寄る。

 

 それを、一言で切って落とす。

 

「《恐怖》」

 

 それは、呪文の名前だ。

 

「っ」

 

「自分にもそれは使えるだろう」

 

 それは、断言だ。

 

 そして、使えない、と言うことに躊躇する、ということはそういうことだ。

 

 どこかで《看破》を使われているかも知れない、その警戒が、反応の鈍さにつながる。

 

「こいつと同部屋になって、一晩中寝床に居て、朝になって男の部屋に行き、鍵を開けて、あるいは、鍵は開いてなかったか、お前が戻ってくるかもと、開けたままだったかも知れない、それは分からないが、そして、お前が男を殺した」

 

「……」

 

「よく考えられている」

 

 それはゴブリンスレイヤーが素直に感じるところだ。

 

「答弁を工夫すれば、《看破》はくぐり抜けられるだろう。夜の内に部屋は出ていない、だから、そんな時間に殺してない、とも、言えるだろう」

 

 

 

 事件は、朝に起きたのだ。

 

 

 

「……」

 

 沈黙は、雄弁である。

 

 そこに、祈願を終えて帰ってきた女神官が通りかかった。

 

 一晩中祈願していたのか、やはり少し疲れて、眠そうな様子であったが、それでもゴブリンスレイヤー達の顔を見ると笑顔で挨拶をする。

 

「あ、おはようございます! すみません遅くなりまして、皆さん朝ご飯だけでも、と言われて引き留められまして……ところで、なんでこちらの部屋に?」

 

 とことこと事情を知らない彼女が笑顔を浮かべて部屋に入ってくる。

 

 ゴブリンスレイヤーと妖精弓手の意識も、一瞬だけではあるが、そちらに向く。

 

 その瞬間を、半森人は見逃さなかった。

 

 彼女は理知的であった。

 

 ――只人の神官を押しのけて逃げる、だめ、銀等級二人に背を向けることになる。

 

 ――なら、目の前の男に一太刀、殺せなくても別に良い、むしろその場合は森人に押しのけるようにすれば時間を稼げ、そのまま窓を突き破る。

 

 一瞬で、戦術を組み立てた。

 

 失敗したなら、もう、それはもう、運の尽きだ、だから、成功に賭ける。

 

 彼女は理知的であった。

 

 加えて、思い切りの良さもあった。

 

 だから、抜刀してゴブリンスレイヤーに斬りかかろうとして。

 

「――え?」

 

 ノータイムで後ろから刺し殺しにかかられるなど、考えてもみなかった。

 

 半森人を後ろから刺し、そのまま倒れ込む。

 

 女神官である。

 

 一切事情を理解せぬまま、しかし女が彼に突如として斬りかかる構えを見せた。

 

 殺さぬ理由は無い、だから刺した。

 

「ひっ!」

 

「なっ!?」

 

 部屋に居た店主やその妻からすれば、朝の挨拶とともに、朗らかに近寄ってきた少女が、そのまま水が流れ落ちるように、とくに事情も了承せぬまま人を後ろから刺した、そうとしか見えなかったろう。

 

 そしてそれは、現実その通りだ。

 

 体重を掛け、刃をえぐり、床に縫い付けるように刺し、細剣を奪い、投げる。

 

 そこでようやく顔を上げ、ゴブリンスレイヤーを見上げる。

 

「……殺しては、いけないでしょうか?」

 

 殺すなら、殺す、生かすなら、生かす。

 

 どちらでも、言うとおりに。

 

 まるで朝食を目玉焼きにするか、卵焼きにするか、そんな論調であった。

 

「……役人に引き渡す」

 

「分かりました、では」

 

 無造作に、半森人の両肩を外してから背中から刺した刃を引き抜く。

 

 無論血が大量に流れ出て、店主達はもう蒼白だ。

 

「《いと慈悲深き地母神よ、どうかこの者の傷に、御手をお触れください》」

 

 それだけで、完治。

 

「舌を噛んで自害など考えないでください、癒やすのが面倒です」

 

 高位の神官相手には、容易く死に逃げることすらできないのだ。

 

 

 

 

 

 事件は、朝に起きた。

 

 この事件に立ち会った者が、この事件を思い出すとき、まずこの言葉を思い起こすだろう。

 

 

 

 

「結局、男の前の相方の殺害も認めたんだって」

 

「そうか」

 

 どこかで聞きつけたのだろう、森人が宝石を見繕うゴブリンスレイヤーに事の顛末を語る。

 

「……興味、無いの?」

 

「痴情のもつれ、なのだろう?」

 

「そりゃま、そうだけどさ」

 

「……結局分からなかったことと言えば、なぜ、男を殺したか」

 

 サファイア、アメジスト、様々な宝石がある。

 

 恋人の座を簒奪するための殺人は、わかる。

 

 では、その恋人の座にずっと居ればよかったではないか。

 

「そりゃま、そんなに不思議なことはないでしょ」

 

 あっけらかんと森人はいう。

 

「ほう?」

 

「だって、半森人と只人よ? 永遠に一緒にいれないんだし、明日自分で殺すのと、百年後何かで死なれるの、そんなに違うこと?」

 

 心底不思議そうに首をかしげる少女は、やはり「只人って分からない」とつぶやく。

 

 それは身を焦がすような本当の恋や愛を知らぬゆえか、男にはわからない。

 

「……そういうものか」

 

 血のように赤いルビーを眺めながら、ゴブリンスレイヤーはそうつぶやいた。


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