女神官逆行   作:使途のモノ

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幕間 鳥人記者グルメ紀行

「と、言うわけでゆきましょう! 新たなる食を求めて!」

 

 快活に宣言する酒神神官を前に蜥蜴僧侶と鉱人道士は顔を見合わせた。

 

 ここはいつもの冒険者ギルドの定位置、頭目である男と女二人は別件で出ている。

 

「で、そっちのはギルドの記者じゃったか?」

 

 そう鉱人が酒神神官の後ろにいた少女に水を向ける。

 

 服装は受付嬢のものに似ているが、下にはいているキャロットが活動的な印象を与える。

 

「はい! 今回は“実はおいしいモンスター”と銘打ちまして、モンスターを緊急時の非常食としても啓蒙いければ、と」

 

 そうハキハキと答え、バサリと烏の濡れ羽色の羽根が一打ちされる。

 

 羽根を敷き詰めたマントではなく、自前のモノ、鳥人の証だ。

 

「非常食……まぁ、言わんとすることはわからんでもない、食えるの知らずに飢え死にしちゃかなわんしな」

 

 そう顎髭をしごきながら鉱人も頷く。

 

 食料というものは、当然ながら自然にある内には、こうやって捕らえる、これが食える、こうすれば食える、という手引き書が添えられているわけがない。

 

 ある無人島に漂着した商人が飢えて死ぬ事があった。

 

 その島を知る者達は首をひねった。

 

 あれほどに山海の恵みの満ちあふれた島で、なぜ飢え死にしてしまったのだろう、と。

 

 その商人は野草を採った様子もなく、魚を獲った様子もない。

 

 商人は食える物を食えると知らず、獲れるモノの獲り方を知らなかったのだ。

 

「薬師は道端の草に薬効を見いだし、鉱人には石ころとて値千金の鉱石」

 

 そう蜥蜴僧侶がつぶやく。

 

 知は力なり、とは古くから言われる通りだ。

 

「ええ!! お二人とも話が早くて助かります!! ですが」

 

 そう、腰に手を当てて胸を張り、その豊満な肉体が強調される。

 

「食べるなら!! おいしく!! いきましょう!!」

 

 そうして、今回の珍道中が始まった。

 

 

 

「つーてもじゃ、何獲るんじゃ?」

 

 かつて訪れた湿地帯で、そう設営をしながら鉱人道士は改めて酒神神官に聞いた。

 

「色々とおいしいモンスターは居ますが、今回は記者さんの企画に従いまして、困窮したときでも捕獲と調理が可能なラインを攻めていきたいかと」

 

 試したんかい、と鉱人が苦笑いする。

 

 この少女のアグレッシブさは中々に見所がある。

 

「道理ですな」

 

 飯に困るような状態でドラゴンの食べ方を知っていても仕方ない、腹に収まるのは冒険者の方であろう。

 

 となると条件としては、そこまで強くなく、また、比較的どこででも見られるモンスターとなる。

 

「しかし、あんたも物好きよな」

 

 設営を終え、火酒をあおりながら鉱人が鳥人記者に話しかける。

 

 鳥人もそれなりにいける口なのかちびちびと酒をあおっている。

 

 野外においては鳥人の服装は森人の狩人衣装に近いものだ、時に羽ばたき空を飛ぶ彼女たちは風を受けやすいひらひらとした衣類を好まない。

 

 反転、自宅などではくつろぎを重視し、柔らかい衣や光り物を好む。

 

 腰にあるのは折りたたみ式の長柄の熊手の、鳥人独特の猟具である。

 

「そうですか? 楽しいモノですよ、あっちこっち行って聞いて回って見て回って、それでお給料出るわけですし」

 

 欲を言えば、自分の書く記事が受けてほしいのですが……、そう苦笑いする少女の羽根はややしんなり垂れている。

 

「まぁ、自分の作ったモノが受けるも受けぬも時の運、棍棒使いが客ならば、鉱人の剣だって選ばれん」

 

「さよう、己が世にはなったモノはどうなるかわかりませぬ故に、時として世界を転がすかもしれませぬ」

 

 そうチーズを頬張りながら大まじめに蜥蜴僧侶は語る。

 

「料理もお酒もそうですねぇ、合う合わないはどうしても、皆さんに楽しんでいただくとなると、道は遠くて」

 

 手際よく夕食を調理しながら酒神神官も相づちを打つ。

 

「あはは、ありがとうございます」

 

 周囲のとりなしに笑顔を浮かべまたちびりと酒をあおる。

 

 そうして、何事もなく一夜は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 一夜明けて、湿地帯にも朝日が降り注ぐ。

 

「まずは一品目です」

 

 そううきうきと指さす先には巨大な魚がいた。

 

 沼地で、獲物を狙う蛇のように下半分を水に沈めている。

 

 威嚇するときは大きな背びれを立てて、大口を開ける泥濘を這う異色の魚。

 

 神話にも語られる生物であるハゼより零落した種とも言われる魚。

 

 オオムツゴロウ(ビッグマッドスキッパー)である。

 

 しかしその大きさは大人が両手を広げた程もある。

 

 でっぷりとしたサイズであり、藻などを主食とするが、その巨体どおりにほかの川魚の食べる分も食い荒らしてしまい、また、下手に縄張りを荒らすと襲いかかってくるため、まれに討伐依頼が出される事もある。

 

 意外と高く飛び上がることもあり、油断をしていると食いつかれ泥中に倒れることもままある。

 

「さて、どう獲るかいの」

 

 ふむふむ、と酒をあおりながら鉱人が依頼主を向く。

 

 術使いに神官が二人、方法は色々選べる。

 

「今回の記事の趣旨からしますと、ごく普通の手持ちの装備での狩猟、ということで基本的には魔術の類いは無しでお願いします」

 

「ま、そうじゃろな」

 

 鉱人が頷く横で鳥人記者はサラサラとスケッチをとる、その早さの割に描かれる絵は正確だ。

 

 鳥人は目が良く、手先が器用だ。

 

「そういうわけで、今回はこちらです」

 

 そう見せられるのは矢だ。

 

「こちらをお宅の一党の森人の方から売っていただいた蜘蛛糸で鏃につなぎます、普通の場合でしたらただの紐に槍をつけたのがよろしいかと思います」

 

 なにやっとんじゃい、あいつ、と苦笑気味に鉱人が言う。森の妖精も町にあっては順調に貨幣経済にそまっているようだ。

 

「打ち込んで、あとは引くだけです」

 

 ひらり、と閃くように矢が射られ、オオムツゴロウに突き立つ。

 

「MUD!?」

 

「よろしくおねがいします」

 

「ほいきた」

 

「お任せを」

 

 渡された蜘蛛糸がピンと張る、男二人が引けばそれなりに大柄なオオムツゴロウも力負けし、ずるずると引き寄せられる。

 

 ずしりとした重み、抱えるほどのその巨体に酒神神官もニッコリとご満悦だ。

 

 手には包丁、よく研ぎ上げられたそれはまばゆい水平線のようだ。

 

 よぉ手入れしちょる、と鉱人は目を細める。

 

 鋼に真摯な者を鉱人が嫌いになることなどほとんど無い。

 

 そして用意したまな板の上に置き、笑顔のまま無造作に首を落とす。

 

「簡単で、食べられる調理法となりますと塩をかけて串で炙る形ですね、魚醤で切り身を生というのも、コリコリとした食感がいいのですが……」

 

 そう言いながら手際よく巨体の腹を開きワタを取る。

 

 それに塩を無造作に振り、たき火に並べる。

 

「さあどうぞ!」

 

 ほうほう、と興味深げに鉱人がぱくり、と食いつく。

 

 フワムチとしたウナギに近い独特の食感とやや淡泊な味わいに、無造作にまぶされた塩が夜空を彩る星々のように自己主張をする。

 

「ホホーッ! こりゃキツい酒が進むの」

 

「確かに……これは、あぁー甘塩っぱく煮るのもよさそうですね」

 

 そう息をつく鳥人記者の言葉に酒神神官も頷く。

 

「そうですね! 今回の記事の趣旨からは外れますがそういった食べ方も良いでしょう、揚げるのもいいですよ」

 

 もぐもぐと無言でむさぼる蜥蜴僧侶も尻尾の動きからは機嫌の良さがうかがえる。

 

 もとより故郷で魚はよく食べていた。

 

 美味な食材に料理の力、勇者に聖剣といった様であろう。

 

「……調理法は様々なれど、肉に臭みもなく、火を通して塩だけでも十分食べられる、何より毒無し、と」

 

 そう書き上げた物をまとめ腰の圃人の小指ほどの筒にくるくると巻いて入れる。

 

 そして何事かつぶやくと周囲にいた鳥の一羽が寄ってきて逃げる様子もなく従順にその筒を足にくくりつけられる。

 

「それじゃ、お願いしますね」

 

 代金代わりにオオムツゴロウの切れ端を渡して飛び立たせる。現地調達の伝書鳩のようなものだ。

 

 頭もそれなりに周り、手先が器用で目の良さは秩序の者としては上から数えた方が早く、更に伝書鳩に事欠かぬ、となれば鳥人程記者に向いた種族というのは居ないであろう。

 

「ふぅ、ごちそうさまでした」

 

 手を合わせて食事を終える。

 

「では、次行きましょう」

 

 まだ、日は昇ったばかりだからだ。

 

 

 

 やや小高い丘の平原、大湿原は広大であり、そんな場所もある。

 

「おーっと、あれは見事ですね」

 

 視力に優れた鳥人記者でなくとも丘から見下ろす一行にその姿は見て取ることができた。

 

「おうおう、きれいなもんじゃの」

 

「水草……ですかな?」

 

 大きな湖の中にそれはあった。

 

「私はこれを勝手に湖中の世界樹と呼んでいます」

 

 その表現を誇大であると感じる者はいなかった。

 

 一つの水草の作り出した偉容に感嘆のため息をついたのは誰であろうか。

 

 広大な湖。

 

 広く深いその中心から一つの湖に満ちあふれんばかりに巨大な水草が屹立していた。

 

「この世界樹を食べて、お魚がすーっごくおっきく、おいしくなるんです!!」

 

 冒険者には生まれや育ちにより、意外と魚の調理法を知らない者が居る。

 

 また、亜人の中には根本的に調理文化のない者も居たりする。

 

 都会生まれの術士をはじめ、それなりの人間が魚料理を調理を含めて苦手としている。

 

 魚はおいしいんだから啓蒙しよう、ということになった。

 

 普通の食材、とはいえ異文化からすれば食べられるとは到底考えられない物も、もちろんある。

 

 普通に魚の食べ方紹介をするんであれば、一番おいしい魚を食べよう。

 

 食べよう。

 

 食べよう。

 

 そういうことになった。

 

「とはいえよ、魚釣ってりゃかなり時間くっちまうんじゃねぇか?」

 

 そう鉱人が言うのも当然であった。

 

 中々思い通りにならないのが釣りだ。

 

 この食い道楽は楽しいが、ずっと時間を割くわけにもいかない。

 

「と、言うわけで私の出番です」

 

 バサリと鳥人記者の翼が広げられる。

 

 ぐいぐいと屈伸運動をして駆け出すような姿勢に入る。

 

「すぅっ……っ!」

 

 ダンッ、と駆け出す。

 

 健康的な太ももが躍動するたびにその速度は上がり、トップスピードに乗った瞬間に地を蹴る。

 

 跳躍からばさりと翼が広がり、風をとらえ飛翔へと移る。

 

 幾度か羽ばたけば、蜥蜴人達の遙か高みに彼女の姿はあった。

 

「器用なもんじゃのぉ」

 

「海より陸へ出でし命が空へ飛び立つ、まこと命の企ては果てのないもので」

 

 くるくると湖上で旋回して獲物を見定めているのだろう、狙いを定めた鳥人は、翼をすぼめて急降下体勢に入る。

 

 笛の音のような風斬り音と共にその身は矢となり、水面へ向かう。

 

 そしてシャキンと言う音と共に伸びた猟具が猛禽の爪のごとく水中の獲物を捕らえる。

 

 再び浮上したその姿には、水中にいた魚が添えられていた。

 

 

 

 

「ほう、ほう! なるほどの! これは! これは!」

 

 完全に語彙が死滅した様子の鉱人が焼き魚に舌鼓を打つ。

 

 それほどの、味であった。

 

 多弁な者が、食にうるさい者達が、無心に貪る。

 

 いっそ静かになる程の美味。

 

 それほどに、その魚は旨かった。

 

 淡泊でありながら、芳醇かつ豊満、極上の餌で育った魚とは、かくも隔絶した美味とは。

 

 塩だけの味付けが、なおさらに素材の格別を訴えてくる。

 

 これに舌が慣れてしまえば、他の魚など食えたものでは無いだろう。

 

「っはー、これだから酒神さんとの旅行はやめられないんですよ」

 

 そう幸福そのものといった笑みでさらさらと鳥人がまたスケッチとメモを取る。

 

「しかし、まぁ、これで」

 

 おなかもいっぱいか、という彼女の言葉に

 

「後は、メインディッシュですね」

 

 当然のように被せて言う酒神神官に、一行はきょとんとした顔の後、ニヤリと共犯者の笑みを浮かべた。

 

 

 

「無理、無理ですー!」

 

 絶叫をあげながらスピードをあげてツタの鞭とトゲの矢を鳥人の少女が機動回避する。

 

「植物がメインディッシュなぁ」

 

「まぁ、あの食い道楽の少女の言うことですし」

 

「腕も目も確か、となれば味は確か、か」

 

 それは、巨大な植物であった。

 

 見上げてもなお見渡せぬほどの大樹が軍勢のようにツタの鞭とトゲの矢を降らせてくる。

 

 プラントモンスター、それもとびきりだ。

 

 本来であればちょっとした木立程度の者だが

 

「まぁ、採り方は変わらないので、折角の面子ですし、おいしいのを取りに行きましょう」

 

 とまぁ、わかりやすく暴走した、記事のコンセプトどうした。

 

「鞭を振るわせて柔らかくして、トゲは撃たせて下ごしらえ、さーていきますよ」

 

 煮えたぎらせた油が入った瓶が投じられる。

 

 着弾と共に、鉱人が用意していた火矢を射かける。

 

 すると香ばしい匂いと共にモンスターの動きが目に見えて鈍る。

 

 植物系のモンスターはなべて火に弱く、これは攻撃でもあり、調理でもある。

 

「お、いけたんじゃないでしょうか」

 

 いままでぴいぴい泣き言を言いながら逃げ回っていた鳥人が喜色を隠さずに羽ばたき、くるりと方向転換、モンスターを見下ろし、そうつぶやく。

 

 それが、油断であった。

 

「いかん!」

 

「あっ、きゃっ!」

 

 蜥蜴僧侶の緊迫した声。

 

 苦し紛れの死に際の一暴れ、と振るわれたツタの一つは狙い澄ましたように鳥人記者を打ち払った。

 

「おお祖霊よ! 我が足に!」

 

 間に合え! と叫びながら飛びついた蜥蜴僧侶が鳥人記者を抱えごろごろと転がる。

 

 そのまま、するりと走行へと移行し、少女をかかえ地を駆ける矢のようにモンスターの攻撃圏から離脱する。

 

 テンションがおかしなところまで上っていた酒神の少女も血相を変えて駆け寄ってくる。

 

 手練れの神官射手とはいえ、プロの冒険者ではないのだ。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

「え、ええ、蜥蜴さんの、おかげで、その、まぁ、全然」

 

 きょどきょどと視線のやりばに困る様子で、もぞもぞと蜥蜴僧侶の手から逃げ出す。

 

「肝が冷えましたぞ、それに、怪我を隠されるな」

 

 そう言って、すかさず《治療》で鳥人を癒やす。

 

 決断的に唱えられる詠唱に聴き入るように、己の傷が癒えるのを見やる。

 

「あ、ありがとう、ございます」

 

「……とりあえず」

 

「調理しますか」

 

 馬に蹴られても仕方ない、と酒神神官と鉱人は植物のツタを切り出した。

 

 

 

 

 プランツモンスターのツタ、それは植物でありながら筋肉の塊のようなどう猛さをもっていた。

 

 深い緑、そういった味だ。

 

 なるほど、と酒をあおり、鉱人は頷く。

 

 噛めば、草原が広がる。

 

 もう一つ噛めば、森林が生える。

 

 大地の息吹を存分に感じられる、一品だ。

 

 うら寂しい山生まれからすればこの品は、なかなかに爽快な味だ。

 

 うむうむ、とマイペースに舌鼓を打ち、チーズを乗せたりしては快哉の声を上げる蜥蜴僧侶をちらちらとスケッチするわけでもなく見やる鳥人記者。

 

 ーー鳥人が惚れやすいとは聞くが、それこそ飛ぶ鳥が落ちるように惚れおった。

 

 まぁ、自分には関係あるまい、と鉱人は酒をあおった。

 

 

 

 結果としてできた記事は、結局色物の域を出るものでは無かったが。

 

 年にぽつぽつと感謝の手紙がくるのです、と鳥人記者が誇らしげに言うようになるのはまた後の話である。


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