敵は見渡す限り、手元には剣が二振り。そして、後ろには二振りの内の一つ、魔剣に侍る剣の巫女。
それが、俺の戦場だ。
まったくもっての負け戦、阿呆の貴族のボンボンの突撃につき合わせれてのみじめな撤退戦だ。
唯一の救いと言えば、そのボンボンが戦死してくれたことぐらいだろう。
何が、正義は我にあり、だ死にやがれ、あぁ、もう死んでいるか。
『どうするのだ、主よ』
脳裏に響くのは相棒の魔剣の声。
一たび抜けば必ず三つの命を奪い、形あるものであれば全てを切り裂く鋭さを有した魔剣だ。
「おまえは、逃げろ、俺が死んだら、後で魔剣を拾いに来い」
「……かしこまりました、ご武運を」
しずしずと、影のように去る少女をみやり、うむ、と頷き敵を見やる。
うじゃうじゃと、敵がいる。
まったくもって、碌に敵を殺せずに死にやがって、面倒くさい。
『……すまないな、こんな魔剣で』
申し訳なさげな魔剣の声に首をかしげる。
コイツに魅入られ、戦場を共にして不満などなかった。
「こんな? そりゃどういう意味だ?」
『この四方世界には、我以上の魔剣がある、長剣であれ、大剣であれ、もっといい魔剣はある、それが主の手にあれば……』
ただ、切れ味だけの魔剣だ。
ただ、三体だけ必ず殺してのけるだけの刃だ。
身体能力を強化する、魔法を切り裂く、傷を癒やす、もっといろんな魔剣が山ほどある。
それが、主の手にあれば、あるいはこの状況すら切り抜けることができたかもしれない。
己が主として選んだほどの剣士なのだ、もし、もし、そうであったならば、自分でなければ……
「今更、そんなことをいうな」
ポンポン、と頭を撫でるように柄頭を叩く。
声が止む。
晴れ晴れと、無人の地平線を見渡すような声であった。
「いろんない魔剣があっても、おれには関係ないさ」
ぐい、と魔剣を鞘から抜き放つ。
「お前と、もう一振りの長剣が、俺にとっては最高の剣だ」
すぅ、と息を吸い込む。
「お前たちは、世界一と信じているんだ……」
両方の剣を掲げるように天に向ける。
「意地でも信じているから、ここで、一人で戦争するんだ、いいか、もし相手の軍にお前以上の魔剣があったってんなら」
そういいながら刃を魔神王だかなんだかの敵陣に向ける。
そして、確信を胸に言い放つ。
「なんでそんなの相手に戦争をおっぱじめる? 今更こんな魔剣なんて言われても手遅れだ!!」
そして、自分と魔剣に言い聞かせるように叫ぶ。
「いいか、お前は!! お前はこの世界で最強の! 最高の! いちばんいい魔剣だ! 一番優れた魔剣なんだ!! 俺にはお前しかいないんだ! だから、お前が一番いいんだ!!」
『主……』
「だから、いくぞ」
それだけ言って、駆け出す。
敵の瞳孔が見える。
オーガ、デーモン、それらを一太刀で仕留める。
なんだ、やっぱりお前は最高の魔剣じゃないか。
『主! 後一体だけだ!!』
そう悲鳴が聞こえる。
「お前は、一たび抜けば、三つの命を必ず断ってのける、それに嘘はないよな」
淡々とした主の声に、万感の思いを込めて答える。
『当たり前だ! それだけは我は神代よりやり抜いてきた! あぁ最後の敵を討とうぞ!』
「よし、やっぱりお前は最高だよ」
『主!? いったい何を!?』
鞘には戻さず、腰のベルトに魔剣を差し込む。
そして、もう一方の剣を構える。
「すまんが、最後はお預けだ」
敵陣に切り込み、誰彼となく剣で切り殺していく。
敵もぞぶぞぶと剣士に槍、剣、矢がつきたつ。
それをすべて食らったうえで、男は笑う。
「やっぱりお前は最高の魔剣だよ」
本来であれば、死ぬだけの刃を受けて、刃を振るう。
三つ目の命を刈らずに、剣士が倒れることは無い。
それまで、男に死が訪れることは無い。
だからこその、三命確殺の魔剣。
それだけは、神代からやりぬいてきた。
不死の剣豪に混沌の軍勢は切り裂かれる。
火球が男を焼く。
左手が吹き飛ぶ、わき腹が抉れる。
それでも、男に死が訪れることは無い。
右の肩口が炭化する。
それでも、男は止まらない。
折れた刀身を口にくわえ、暴れ続ける。
そして、敵将らしいデーモンの首筋にその刃をねじ込む。
「DEEEEEDDEEMOOEOE!?」
敵軍は、崩れた。
戦終わって屍山血河。
上半身だけになり果てた男は、眼球1つだけになったところどころ骨の見える顔で戦場跡を見渡す。
「……まさか、生きておられるとは」
「死んでないだけさ」
『巫女よ! さっさと主を癒せ!! 手足は拾ってきてるか!?』
「はい、ここに、拾えるだけは……他にも混ざっているかもしれませんが」
ごろごろと並べられるのは自分の手足ということになっている肉片。
それを、ちくちくと針と糸で縫い付けて、それなりに人型を縫い上げてもらって、癒しの奇跡を施してもらう。
血が足りないが、致命傷からは抜けたようだ。
「血、くれ」
「はい……こちらを」
適当に転がっている死体から血を集めてくる。それをのまされる。
鉄さび味のしょっぱい液体が内臓を満たす。その内血肉になってくれるだろう。
峠を越えたら三つ目の戦果をくれてやろう。
『主は………不出生の傑物よ』
「そうか? お前だからできてるだけだ」
どこか陶酔したその声に返し、自分の足で立つ。いくつかはモンスターの肉も混じっているのか、前の体よりも剛健な様子だ。
さて、死にぞこなったが、後はどうしたものか。
「結局、どうなった?」
「魔神王は突如現れた勇者に討たれたそうです」
その予期せぬ吉報に、へぇ、と声を漏らす。
「なら、とりあえず報酬もらうだけもらって、しばらくのんびりしよう、観光とか」
「ほんっとうに、マイペースですね、貴方は」
『主は、主であるからなぁ』
ややうんざりしたような巫女とあきらめた様子の魔剣の声にニシシと笑い、男は戦場を後にした。
魔剣を使わない魔剣使いの名が世界に轟く日は、すぐそこまで来ている。