女神官逆行   作:使途のモノ

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幕間 ゴブリンスレイヤーさんと行く! これで安心! 駆け出し一党のゴブリン退治!

 

 

 

「初心者随行?」

 

「ええ、お願いできないでしょうか?」

 

 そう受付嬢に持ちかけられた話に、ふむ、とゴブリンスレイヤーは腕を組んだ。

 

 ゴブリン退治等の初心者が臨む案件に経験豊かで見識に富むベテランが随行し、見落としや脇の甘さを指摘、場合によってはフォローをする、というものであるらしい。

 

 駆け出しが冒険へ出て、その勢いのまま命を落とすことは、よくある。

 

 珍しくもない、と言ってもいい。

 

 だが、このままでいい、とは思っていない。

 

 テーブルの向かいに座っている彼女は、そういう顔をしていた。

 

「……わかった」

 

「ありがとうございます!」

 

 凛とした表情がパッと華やぎ、三つ編みが揺れる。

 

「ただし、幾つか守ってもらうことがある」

 

 

 

 

 

「と、言うわけで今回ゴブリン退治の随行冒険者のゴブリンスレイヤーさんと、女神官さんです」

 

「……よろしく」

 

「よろしくお願いしますね」

 

 ゴブリンスレイヤーが監督役を引き受けた、ということでついてきた女神官は、新人たちにこやかに挨拶をした。

 

 戦士、神官、狩人、魔法使い、バランスは悪くない。

 

 それに知った顔もいる。

 

 ゴロリとした剣を宝物のように携えた後輩だ。

 

「は、はい、よろしくお願いします」

 

 やや緊張した面持ちで戦士が返事をする。

 

「よろしくお願いしますっ!」

 

 と元気よく後輩神官が挨拶を返す。

 

「お願いしますっ!」

 

 同じく快活に返すのは狩人。

 

「若輩ですがご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い致します」

 

 やたら折り目正しく返すのは魔法使いだ、フードで隠されているが森人の長耳がちらりと覗く。

 

 どぶさらいの時からの付き合いの一党だという。

 

「基本的に、お二人には随行冒険者、ということで後方で監督してもらうことになります、あなた方がアドバイスを仰いだりすれば答えてくれます、またお二人の撤退の指示には必ず従ってください。もし従わない場合、お二人は離脱します。その場合、その後のあなた方の安否について、お二人が責任を問われることはありません」

 

 受付嬢がそう説明を始める。

 

 戦士たちは真面目にその言葉を聞き、頷く。

 

「……先に決めておくことがある。呪文遣いは何ができて、何回使える?」

 

 ゴブリンスレイヤーの言葉に後輩神官と魔法使いが手を上げる。

 

「私が《小癒》と《聖光》、どちらかを一回」

 

「私が《火矢》と《力矢》、私もどちらかを一回です」

 

 そう申告してくる。ごく普通の回数だ。

 

 それを聞いてゴブリンスレイヤーは頷き、質問を続ける。

 

「水薬、毒消しは持ったか」

 

「はい、強壮の水薬と毒消しを二本ずつ」

 

「……ならば、それらに加え、神官の《小癒》一回、こちらの女神官の《小癒》一回、それが使われたら撤退だ」

 

「……あと少しで、ゴブリン達を倒しきれる、としてもですか?」

 

 若干ムッとした様子の戦士がそう声を上げる。

 

「だとしてもだ。その状態で戦いを挑めば、半分死ぬぞ」

 

「呪文遣いの一回しか使えない、を一回使った後、というのは、正直頭数には入りません。その状態の呪文遣いは正直な話、足手まといです」

 

 とりなすように、女神官が言葉をつなぐ。

 

 むぅ、と不服そうだが、理屈は分かる、といった感じか。戦士は引き下がる。

 

 良い頭目だ、とゴブリンスレイヤーは内心頷く。

 

「基本、怪物退治(ハックアンドスラッシュ)は段取り・用意・準備で8割、現場2割だ、何も準備せねば、8割死ぬ」

 

 後輩神官と魔法使いはなるほど、と頷き、狩人はどちらでも一党の判断に従う、といった様子だ。

 

「では、次は道具だ」

 

 

 

 

 

「基本的に、ゴブリン退治をする場合、取り回しやすい刃渡りが望ましい。ゴブリンの洞窟は基本的に暗く、狭い」

 

 今で言うなら、この棍棒などが向いている。と指さす。

 

「後は冒険者ツールを買っておくといいですね、使わないことも多いのですが、意外と無くて困ることも多いんです」

 

 こちらになりますね、と女神官が指さす。

 

「お金……ある?」

 

「んー皆で出し合えば一つなら」

 

 会計役であろう魔法使いが戦士に返事をする。

 

「む、むむ……買っておこう!」

 

 断腸の思いの叫びであった。

 

「ならば、次は食料だ」

 

 

 

 

 

「ゴブリン退治であろうが、それ以外の退治であろうが、荷物は少ない方が望ましい。旅糧として売られている物は基本かさばらず、腹持ちがいい。だが、不味い。矛盾するようだが、長旅になる場合は何か美味いモノも少しは持っていけ」

 

「味気ない食事の日々では気分を奮い立たせる、というのも難しくなったりします。ちょっとしたお酒、甘いお菓子、そういったものがあればいいですね」

 

 ゴブリンスレイヤーが旅糧を指さし、女神官がドライフルーツなどを指さす。

 

「こ、今回はちょっと見送りで」

 

「そうね」

 

「ゴブリンを退治したら砂糖菓子めいっぱい食べてやる」

 

 砂を嚙むような言葉であった。

 

「では次は……」

 

 

 

 

 

 そうして、本当に、丁寧に入念な準備はなされた。

 

「今日の準備、忘れないでくださいね。この言葉を思い出す時が、あぁ、ちゃんと準備を怠らなければ! なんてならないように、日々気を付けてください」

 

 もう疲れました、といった様子の4人に女神官は苦笑しながら、語り掛ける。

 

「では、いくぞ」

 

「今夜は野宿ですね」

 

 なにせ、まだ、門すら出ていないのだ。

 

 

 

 

 

 パチパチと夜の街道に焚火が灯りを点す。

 

「明日にはゴブリン退治ですから、これを食べて元気を出してください」

 

 そういいながら女神官が出したのはドライフルーツだ、量はないが、それでも戦士達一党の顔色は明るくなる。

 

「……隊列をどうするか、ゴブリンの洞窟の前に行くまでに考えておけ」

 

 そうぶっきらぼうに言うとゴブリンスレイヤーは寝に入る、女神官と交代で見張りをする手筈になっているのだ。

 

「見張りは二人で、欲を言えば偵察に長けた人間が一人はついてやるべきです。お互い向かい合って、死角が無いように心がけましょう、下手に小高い所にいると意外な接近に気付かない、ということもあるので単純に高い所に陣取れば安全、というわけでもありません……まぁこの辺りは経験でしょうか」

 

「あの、質問いいでしょうか?」

 

「何かしら?」

 

 そう手を上げた後輩に目を向ける。

 

 後輩の視線は腰の山刀に注がれていた。

 

「その挿し方って何か意味あるんですか?」

 

 右腰の、柄を後ろに向くような、独特の挿し方。この挿し方をしているのは後輩の知る限り辺境最強ぐらいだ。

 

 刃物狂いらしい着眼点と言えよう。

 

 戦士もその質問には興味深げに女神官を窺っている。

 

「ああ、これ? ……そんなに難しいことではないのだけれど、ちょっと立ってもらえる?」

 

「はい、ええと?」

 

 すい、と近づかれ、お互いが息がかかる距離に先輩の笑顔がある。

 

「距離を詰められて、怖いこと、分かる?」

 

「え、ええと、あの、顔が近い?」

 

「もう、違うわよ」

 

 そういいながら、ぺたぺた、と剣の腹で頬を叩かれる。

 

「うひゃっ、そ、それ」

 

 見覚えのある剣、自分の剣だ。

 

「もみ合いになるとね、多いの、自分の腰の武器を相手に抜き取られて、そのまま刺されるって」

 

 あわてて距離を取り、自分の腰元を見れば鞘だけがある。

 

 うすら寒さに、心臓がバクバクと音を立てる。

 

 はい、と剣を返され、おそるおそると納刀する。

 

「で、こうすると、どうかしら?」

 

 はい、と無造作に女神官が立つ。

 

「え、あ……」

 

 構えてすらいない、ただの立ち姿だ。

 

 だが、

 

「すごく、遠いです」

 

 柄が、遠い。

 

 右手を伸ばせば、むしろ差し出されるようなところにある左腰とは違い、右腰奥に柄がある。

 

 利き手が右であれば遠く、左利きであろうが、とっさに相手の武器を盗ろうと伸ばしても、つかむのは鞘だ。

 

「馬手差し、運の悪い逆転が起こらないようにする、乱戦組み合い、殺し合いのための挿し方。小さいことかもしれないけれど、さっきみたいなことにならないようにするためね」

 

 まぁ、長剣じゃできないけれど、と言いながら腰を下ろす。

 

「……勉強になります……けど先輩はどこでこんなこと教わったんですか?」

 

「……色々?」

 

 素朴な疑問を純真な瞳で問いかけてくる後輩に、女神官は目をそらしながら答えにならない答えを返した。

 

 

 

 

 

「村を訪れたら地形の把握をしましょう、到着時刻によっては夜を明かしてからの朝駆けになります。また、もちろん防衛戦や単純な夜警、緊急の奪還依頼、どのようなことを要求されるか、様々です。ですが、見晴らしのいいところ、隠れて射かけることのできる場所、この辺りは確認しておいた方がいいですね」

 

「後は村長との交渉。大体は藁にも縋る、という塩梅だが、それはそれとして信頼されるにこしたことはない。契約内容は冒険者ギルドとの間で取り交わされている、その場で値切られることは無い」

 

 そう言いながらすたすたと進む二人に連れられて村の中をきょろきょろと見回しながら進む。

 

 そして特に何もなく、村長と会い、ゴブリンの居るであろう森の一角を教えられる。

 

 青々とした森の中を狩人が先頭に探索すれば、確かにゴブリンが見張りをしている洞窟が一つ見つかった。

 

 ここまで来て、一党の四人はなんとか行けるんじゃないか、と思うようになっていた。

 

 ゴブリンと言えばてんで弱い最弱の魔物だ。

 

 準備もこれでもかとしたし、随行できてくれた二人も特に気張っているところはない。

 

 あっさりと、押し入って殺して、それでおしまいめでたしめでたし、となるのではないか。

 

 そんな甘い考えは、狩人の少女が見張りのゴブリンを弩で射抜いた瞬間から、崩れていく事になる。

 

 影が踊るように、ゴブリンスレイヤーが飛び出す。

 

 矢を受けて倒れるゴブリンにそのまま斬り付け、引き倒してそのまま臓腑をかき回す。

 

「ちょ!? えっ!?」

 

 おもわず一歩さがってしまいそうになるが、その後退を女神官は認めない。

 

 とまどいげにこちらを窺う後輩たちに、にっこりと笑みを返す。

 

 どこかおびえたような引き攣った笑みを返してくれた。

 

「ゴブリンは臭いに敏感です」

 

 ぐちゃぐちゃとかき乱される臭いが届く。

 

 すう、と吸い込み、うん、と頷く、これならば大丈夫だ。

 

「大丈夫です、慣れます」

 

 家に帰りたそうな、くしゃくしゃな顔だった。

 

 

 

 

 

 おっかなびっくり、松明を手に薄汚れた冒険者達が洞窟を行く。

 

 列の並びは狩人、戦士、魔法使い、後輩神官、その後ろに女神官とゴブリンスレイヤーが続く。

 

 後方から不意打ちをしようともくろんで横穴に潜むゴブリンを狩人が見つけ、虱潰しに殺す。

 

 ゴブリンの手にある毒剣を見せられ、道具類を背負う魔法使いは一層その鞄を大事そうに握った。

 

「巣の規模で、どれぐらいのゴブリンがいるか目途をつけろ。少なく見積もれば、計算外の伏兵に討たれる」

 

 ゴブリンスレイヤーの言葉に、一同は頷き、またおっかなびっくり洞窟の道を行く。

 

 五匹、十匹、会えば殺していく。

 

「シッ!」

 

 鋭い踏み込みで相手を突き殺す後輩神官、盾と剣で危なげなくゴブリンを討つ戦士に、逃げ延びようとするゴブリンを射抜く狩人、魔法使いは邪魔にならない位置取りで杖を構えている。

 

 良い連携だといえる。

 

「前衛は一応すぐに後方の護衛に戻れるように心を残しておいてください。今回は良いですけれど、気持ちよく暴れて、気付けば後衛が全滅、逃げ道無し、なんて笑い話にもなりません」

 

 ただまぁ、念のための御小言を一つ、言っておくならただだ。

 

 そうして、ひたすらに殺しては進む時間を過ごし、ようやく洞窟の奥へ着いた。

 

「大きい……」

 

 居たのは田舎者(ホブ)だけであった。

 

 手下には粗末な剣をもったゴブリンが2匹。

 

「《聖光》で目つぶし、その後《力矢》を田舎者(ホブ)に」

 

「はいっ《いと慈悲深き地母神よ、闇に迷えるわたしどもに、聖なる光をお恵みください》」

 

「《矢! 必中! 射出!(SCR)》」

 

 目を潰され、田舎者(ホブ)の大口に必中の矢が飛び込む。

 

 同じく視界を潰された2匹を戦士と後輩神官が切り捨てる。

 

 攫われた娘もおらず、子ゴブリンを殺す必要もなさそうだ。

 

「……どうせなら経験しておいてほしかったんですが」

 

 やや口惜し気に言うが、四人の耳には幸いにか届くことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 結局の話、全体を通してみれば肩透かしなほどに順調に依頼は終わった。

 

 念のための洞窟周りの探索で討ち漏らしがいないかの確認を終え、村長にその旨を報告して帰途に着く。

 

 四人が辺境の街へ戻れば何をしよう、と仲良く語るのを女神官とゴブリンスレイヤーは微笑ましげに眺める。

 

「……でも、ずいぶん丁寧に教えてあげましたね?」

 

 若干不思議そうにゴブリンスレイヤーを見やる。

 

 面倒見のいい人ではあるんですけれど、それにしてもやや親切過ぎたような……

 

「……いずれ迷宮の吸血鬼を討ち、暴虐の竜を討ち倒すかもしれん」

 

「はい?」

 

 よもやまさか、と目を丸くして彼を見る。

 

 確かに、前回、そのようなことをしてのけた()()()()だ。

 

 でもそれをなぜ彼が、

 

「いや、ただの四方山話だ」

 

 それだけ言って、彼は歩いていく。

 

「あ、ちょっと、待ってくださいよゴブリンスレイヤーさん!」

 

 慌てて追いかける。

 

 視界に映るのは想い人と、四人で足並みを揃え、凱旋する少女達。

 

 武勇伝は、まだ語られていない。

 

 


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