「聞きたいことがある」
そう言われて、ぽかんとした顔を重戦士がしたのは、無理からぬことであった。
何ということはない一日、悪魔の巣窟殲滅の依頼も終え、収穫祭も過ぎたところで、やれやれと休養期間を過ごしていたところである。
「……それで、何だ?」
目の前にどかりと座ったのは使い込まれてこそいるが、貧相な装備に身を包んだ冒険者、ゴブリンスレイヤーだ。
水の街でそれなりに大きなヤマをこなしてきたのだろう、他の面子は悠々自適な生活を送っている。
「お前は、お前の一党の、頭目だろう」
「ああ、まぁそうだな」
他にやる奴がいなかったからなぁ、と頭をかく。
あいつなら出来そうなもんだが、とぼやく重戦士の言うのは、女騎士の事だ、だがまぁ、実際の頭目は彼女ではなく、彼だ。
「一党の頭目は……何をすればいい」
「は?」
言っていることはわかる、わかるが、まったくもって現実感のない相手から吐かれた言葉に、思わず聞き返す。
「今、俺は単身ではなく、組んでいる」
「ああ」
黒曜の女神官以外、全員が銀等級の冒険者の一党である。
森人、鉱人、蜥蜴人、なかなかにバリエーションが豊かな一党だ。
「それで、俺はどうやら頭目と目されているらしい」
「そうだな」
なぜかは、わからんが、という言葉に、頷く、不思議な一党であることは、否定できない。
「であれば、頭目として、なすべきを成せねばならなない」
「なるほど、あぁ、うん、確かに」
目の前の男が知りたい焦点をつかみ、やはり、物珍し気に目の前の男を見つめる。
「どうした?」
「いやまぁ、別にそんなに減るもんでもねぇ、まぁ酒の一本もおごってくれ、それでいい」
「わかった、好きに頼め」
転がされるのは金貨が五枚、大盤振る舞いだ。四枚をはじき返して、一枚を掲げて酒を頼む。
「瓶でくれ……ええと、頭目としての、仕事か」
そうだなぁ、と視線がぐるりと一回り、思考をまとめていたのだろう。
あくまで、俺の考えだが、と前置きをして、届いた酒をあおりながら重戦士は話し出した。
「先ず、戦闘での指揮だな、仲間を死なせない頭目が良い頭目だ、と俺は考える。」
その言葉にコクリとゴブリンスレイヤーも頷く。
自分以外全員死んで、それでも目標達成、だからめでたしめでたし、など、御免だ。
「指揮に関しちゃ、仲間を信頼して、それはそれとして、過信しない、不幸は起こる、それはもうしかたない、と考えたうえで、状況を切り抜けられるよう、頭を巡らす、ぐらいだなぁ」
「なるほど」
頭回すのは俺よりは向いているだろう、と言われ、むっつり、と黙る、良くわからないことだ。
「一党内での会計は……まぁ任せることのできるもんに任せりゃいい、ウチだと半森人だな」
さて、と指を折りながら考える。
「あとは……必要な人材を確保する……これもお前のところは必要ないか」
大半が呪文遣いで、しかも神官と僧侶がいるときた、贅沢な話だ。
「そうなりゃ……まぁそれなりに気を遣う、とかか、誰が何を求めているか、これがずれると一党が崩れる、って話はよく聞く」
「……善処しよう」
最悪刃傷沙汰だ、ぞっとしねえ。
「一党で、これ、っていう規律とか掟とか、あるところもあるな、ウチは無いし、面子によりけり、だったりするが」
お前んとこはない方がよさそうだがな、という言葉にうなずく、それは何となくわかる。
「最後が……まぁ、孤独、だな」
「……」
単身が長かったから、大丈夫、とかはねぇぞ、と言いまた酒をあおる。
「むしろ、単身が長かったもんこそ、一党の中の頭目の孤独は堪えるやつが多い」
仲間に囲まれ、それでいて仲間に泣きつくことのできない孤独。
頭目が一党の面子以外に伴侶を求める傾向があるのは、何もただの偶然ではない。
頭目として、背筋を伸ばし続けなければならない責任。
これが、意外と堪える。
家庭でくらい、力を抜きたい、という男は、多い。
「思うまま、剣振り回す、ってわけにもいかん、ピイピイ泣きつく訳にも、いかん」
「……そうだな」
ま、一思いに泣きついて、丸く収まる場合もあるがね、と補足する。
「……そうか」
話を自分の中で咀嚼したのだろう、一つ頷き、もう一枚金貨を渡す。
「いらねぇ、っつってんだろが」
「正当な対価だ、剣の安売りはしないだろう?」
まぁな、と受け取り、懐に収める。
「……しかしまぁ、大事になったか」
「……そうだな」
その返事に重戦士はにかり、と盃をあおった。