女神官逆行   作:使途のモノ

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第九話

 

 

 

 戦場は街一つ、目標は防衛。

 

 つまりは、駆けずり回ってゴブリンを殺して回る。

 

 いつも通りの単純な話である。

 

 一先ず北方の連中を鏖殺にした後、二手に分かれることにした。

 

 着替えはともかく、その他の装備は妖精弓手に持ってきてもらったから術だろうが使いたい放題だ。

 

 南方の守りは牧羊犬が警戒してくれている。

 

 人目さえなければ、有象無象のゴブリン程度、自分の使徒が後れを取ることはない。

 

 確か闇人がいたはずであるが、まぁそれも込みで何とかなるであろう。

 

 つまり、大事なのは預けられた目の前の戦場を確実にこなすことである。

 

 ポンポンと錆びた鉄兜を撫でて、印を描きながら呪文を唱える。

 

「《インテンティオ(意思)……グラント(付与)……オペラティオ(操作)(I・G・O)》」

 

 鉄兜にずるずると土が流れ込み、兜をかぶった土人形が出来上がる。

 

「……」

 

 土人形だ。

 

 執念の籠った兜を触媒とする呪文。

 

 蜥蜴僧侶の竜牙兵よりも用意し難く、使えるときは中々ない。

 

 下手な兜であれば魔法の無駄打ちになってしまうからだ。

 

 小鬼殺しに執念を燃やす彼の兜であれば間違いはないし、骨のない土の体は前衛を任せるには最適だ。

 

「マントでも着せればオルクボルグそのままね」

 

 そのいでたちを見て妖精弓手が一つ頷く。

 

「ゴブリンスレイヤーさんの鉄兜ですし、そういったことから姿かたちは似通うんだと思います……行きなさい」

 

 術者の声に、人形は従う。意外と俊敏な動きで剣をもって、小鬼たちの元へと突進する。

 

「GOOB!?」

 

「GRBN!?」

 

 とっさに突き出した刃が土の体にぶすり、ドスリと突き立つが、人でない身がそれで死ぬわけもない。

 

 むしろ、埋め込まれた刃は抜け出ることが出来ず、至近で人形の振るう拳を受けることになる。

 

 刺された刃をそのまま引き抜き、それなりの技量で振り回される双剣は当たるを幸いにゴブリンの小隊を削っていく。

 

 真正面から奇怪な魔法の産物に乱戦に持ち込まれ、ゴブリン達は浮足立つ。

 

 それをのうのうと見逃す女達ではない。

 

 逃げる者には矢が、礫が降り注ぎ、次々とその貧相な体を地に伏していく。

 

「ま、こんなとこね」

 

「ええ、次に行きましょう」

 

 土に還る人形から兜を拾いあげ、少女たちは次の戦場へ向かった。

 

 

 

 闇人は言い知れぬ不安を感じていた。

 

 何か、はるか昔に何か一歩踏み外して今ここにいるかのような、今までの道のりを振り替えたくなくなるような、そんなうすら寒い何かにとりつかれていた。

 

 馬鹿なことを、と振り払おうとする。

 

 混沌の神々より下された託宣を疑うわけではない。

 

 川の流れ、風の流れに流されて、どうしようもない所にどうしようもなく行きつく、そういうことは、あるのだ。

 

 手には混沌の呪具があり、それがほんの少しであるが彼に勇気を与えてくれる。

 

 東西北に送り込んだ部隊と、何故か連絡が取れないこと。

 

 街中で混乱を起こさせようと雇った不逞冒険者たちが一向に行動していないこと。

 

 あるいは生贄を集めさせようとゴブリンに攫わせた女たちが、尽く奪われたこと。

 

 そもそもからして、この呪具を手に入れた事自体が謝りだったのでは――……。

 

「……否!」

 

 そんな己の不安を吹き消すように、闇人は声を荒げて叫んだ。

 

「賽は投げられたのだ。もはや、事ここに至っては前に進むより他ありえぬ!」

 

 そう言い切り、手勢のゴブリンに前進するようにさらに声をかける。

 

 目指すは混沌の勝利。

 

 百手巨人の目覚め。

 

 なんとか自分を酔わせようとしたところで、雨雲に黒い靄が混ざった。

 

「む……!」

 

 それが風に乗り戦場を覆うように漂い出し、ゴブリン達の悲鳴が上がる。

 

 そして、暗闇の中から跳び出してきた骸骨兵士と兜をかぶった土人形が小鬼共を薙ぎ払った。

 

 

 

「……ふむ、悪くない」

 

 戦場では竜牙兵と土人形が猛威を振るっていた。

 

 命のない魔法による兵に、呼吸は関係ない。

 

 特に泥人形の手当たり次第に武器を使う様は自分を見るようだ。

 

「それはもう、ゴブリンスレイヤーさんの執念がこもってますもん」

 

 えへん、とどこか誇らしげに語るのは女神官である。

 

「とりま、一旦は様子見ですかな、一通り暴れさせてから突っ込むで」

 

 その蜥蜴僧侶の算段に皆が頷き、さて、逃げ伸びる者がいないように妖精弓手が矢を手にかけて周囲を見回し、そこで、ふと女神官が前に出た。

 

「《いと慈悲深き地母神よ、か弱き我らを、どうか大地の御力でお守りください》」

 

 呼応するように戦場に響き渡ったのは、朗々たる古代の言葉だ。

 

「《万物……結束……解放》……!!」

 

 戦場を貫く白光が露を払い、竜牙兵、土人形を打ち砕く。

 

「っ………何いっ!?」

 

 しかし、それまでだ

 

 ――ぱぁん、とその猛進は不可視の防壁に阻まれる。

 

 そして防壁は何事もなかったかのように冒険者達を守るために戦場に君臨していた。

 

 自分をはるかに凌駕する呪文遣いの存在、その要素は闇人の頭になかったものだ。

 

 打ち合い、分かった。

 

 自分が及びもつかない敵手がそこにいる、ということを。

 

 ――この町の戦力、精々が銀等級ではなかったのか!?

 

 思わず狼狽し、辺りを窺う行動をした闇人を責められるものは居ないだろう。

 

 今の今まで存在を察知させない格上の存在が、乾坤一擲、さあゆくぞ、というところでぬぅ、と顔を表したのだ。

 

 いよいよ感じていた不安に押されて、闇人の脳裏に撤退の字が浮かんだ。

 

 竜牙兵と土人形、そして自分の呪文でも大分減ったが、それでも十五匹ぐらいの小鬼はまだ生きていた。

 

 せめて檄を飛ばし、逃げるための殿ぐらいにでもするか、というところで視界の端から飛び込んでくるものがあった。

 

 犬だ。

 

 目に付くものを矢のように跳び、かみ殺す。

 

 煙幕から逃げ出てこれである、泡を食ったゴブリンがまた煙幕に戻ろうとして、後続とぶつかり一悶着がおき、それを逃がす牧羊犬と妖精弓手ではない。

 

「ぐ、ぐぬう……くそがっ!」

 

 こちらが後手後手になにも出来ないままに冒険者の内、戦士がこちらに迫ってくる。

 

「おのれ、只人!」

 

 抜き放った刃は、銀光とも見紛うばかり、目にも留まらぬ刺突である。

 

 それをゴブリンスレイヤーは掲げた円盾で防いだ。

 

 そして、反射的なまでの速度で右手に握った棍棒を繰り出す。小鬼であれば致命傷は確実な一閃だ。

 

 しかし、闇人もさるもの、ザッと飛沫をあげて飛び下がる。

 

「ちぃっ、よもや私の計画を見抜くような手合が、この街にいるとはな…………」

 

「……ゴブリンではないようだな」

 

 距離を取ったゴブリンスレイヤーと闇人。二人はじり、じりと摺足で間合いを探った。

 

 獲物の差で言えば、闇人の突剣が棍棒に勝るのは明白。

 

 闇人は余裕も露わに対手へと問いかけた。

 

「貴様、何者だ?」

 

「…………」

 

「この街にいるのは銀等級止まりと聞いたが……。第三位が小鬼の棍棒を使うとは思えん」

 

「お前が頭目か」

 

 答えず、ゴブリンスレイヤーは問うた。淡々と。いつものように。

 

「いかにも」

 

 いささかのいらだちを覚えながらも闇人は答えた。胸を張り、口角をにぃ、と釣り上げて。

 

「我こそは混沌の神々より託宣を受けたる、無秩序の使徒よ!」

 

 右手に突剣。左手に呪具。身を低くし構えたまま、闇人は高らかに叫んだ。

 

「更に率いるは四方よりのゴブリン軍。貴様ら、楽に涅槃に行けると……」

 

「お前がなんだかは知らん。興味もない」

 

 その名乗りをゴブリンスレイヤーは一片の慈悲もなく切って捨て、踏み躙る。

 

「お前の口ぶりであれば、他にゴブリンを伏兵にしているわけでもあるまい」

 

 ゴブリンスレイヤーは、深々と息を吐いた。

 

「……ゴブリンロードの方が、よほど手間だったな」

 

「――――」

 

 闇人が、言われた意味を理解するまで、一拍。

 

「き、きさまぁあっ!!」

 

 ザッとその俊敏なつま先が、泥沼に幾何学的かつ洗練された歩を刻み、

 

 不可思議な足さばきから繰り出される、閃光のような突き、それが放たれるはずであった。

 

 他の者からの援護射撃も百手巨人の矢避けの加護があればこそ、問題はない。

 

 はずであった。

 

 無造作に背中に突き刺さる一撃さえなければ

 

「ごへぇ!? があっ!?」

 

 そしてその一撃はさらに足へと巻きつき、ぐい、と引かれ、体勢を崩す。

 

 視界がするすると下っていき、顔面が泥沼に打ち付けられる。

 

 術者の習性で呪具を手から落とさずいたが、それはつまり矢避けの加護が問題なく働いているということだ。

 

 じゃらり、と耳が拾うのは鎖の音だ。

 

 ぞぶぞぶ、とならされる音は倒れた自分に無造作に何度も突き立てられる刃の音と熱さだ。

 

「……飛び道具、とは言わないですよね」

 

 無造作に左手を蹴られ、呪具が戦士の足元に転がる、それを戦士は薪か何かでも眺めるような視線を向け、そして無造作に踏み折る。

 

「が……ぐ、あ?」

 

 のたうつ芋虫のように身をよじり、自分の足がようやく視界に収まる。

 

 鎖だ、先に何か重りがついている。

 

 鎖分銅。

 

 飛び道具では、ない。

 

 自分の背中を打ち、足を取ったものの正体がそれだ。

 

 ごり、と右手を踏む足は女のものであった。

 

 若い少女だ。薄布に身を纏い、売女でもしないような恰好で、虫でも見るような目でこちらを見下ろしている。

 

 その手にある血まみれの刃を見て、何も察せぬほど、愚鈍ではない。

 

 だが、それなりに周辺への注意は怠っていないはずだ、いかに手練れとはいえ、何も気取らせず、音もなく動く者がいるわけはない。

 

 その美貌がするすると降りてくる。

 

 首が抑えられ、刃が当てられる。

 

 そしてのその唇が、仲間に見えないように

 

 

 ありがとうございます

 

 

 そう動くのを見たのが闇人の最後であった。

 

 

 

 秋の陽光は夏に比べて弱まったとはいえ、春のそれに似て暖かくもある。

 

 だが、冬はそこまで迫っている。

 

 収穫を終えれば、冬支度が始まる、これをしなければこの新しい開拓村で命を落とすものも出てくるだろう。

 

 ようやくたどり着けたここで、準備不足なんかで死んでは浮かばれない、と籠を担ごうとしたところで、開拓村の村娘はしゃん、という錫杖の鳴る音を耳にして顔を上げた。

 

 そして冒険者の一党の中に、神官衣に覆われた少女の顔を見て、その表情がパッと明るくなる。

 

「神官様!! お久しぶりです!!」

 

 女神官へ駆け寄るのはかつてゴブリンの洞窟から救われた少女。

 

 故郷では居心地が悪いでしょう、という女神官の親身な勧めもあり、新しく立ち上げられた開拓村を紹介され、開拓村に飛び込み、なんとか下働きをさせてもらえている。

 

 ゴブリンに攫われた女、という故郷での腫れ物に触るような視線から解放された日々は、少し寂しいけれど、晴れやかであった。

 

 とまれ、何から何まで世話になった相手だ、野良仕事やらで薄汚れた身なりを少しも整えて背筋を伸ばす。

 

「この村に何か御用ですか?」

 

「いえ、ちょっと立ち寄ったもので、お元気にされているなら何よりです」

 

 自分の姿をみてニコニコと頷く少女に、孫の健康に目を細める祖母のような温かさを感じてなんとも面映ゆい思いを抱く。

 

「……他の場所に行かれた皆さまも元気にしているようです、貴女も気を取り直して新天地で頑張ってくださいね」

 

「はいっ! ありがとうございます!」

 

「種を撒くのは早い方がよい、それだけ早く芽吹く、撒かねばいつまでも種のまま……貴女のここでの日常は、貴女がすぐに踏みだしたからこそ、芽吹くのも早くなるでしょう」

 

「……ありがとうございます! また来てくださいねー! 何かおもてなしさせてもらいますからねー!」

 

 女神官の言葉に少女は涙を浮かべ、ぶんぶんと手を振り、女神官が見えなくなるまでずっと見送っていた。

 

 

 

 よかった。

 

 その感想が女神官は情と理の両面から得ることができた。

 

 今回は収穫であり、絶好の種蒔きの機会でもあった。

 

 同じ女として、彼女たちの再出発は無論、手放しで応援することである。

 

 また、女教皇として、こんなに自然に、かつ広い地域に自分の思想へなびかせやすい者を何人も潜り込ませるのは中々無い、絶好の機会である。

 

 彼女たちはゴブリンを恐れるだろう。

 

 殺すべしだ、と考えるだろう。

 

 誰だって攫われたくはない、犯されたくはない。

 

 そんな人間が、村のメンバーに居るというのは、それだけでゴブリンの被害を減らすのに役に立つ。

 

 そんな人間が、村のメンバーに居るというのは、それだけ私が手を伸ばしやすい村になる、ということでもある。

 

 別に、来月、来年に必要になることではない。

 

 前の時にだって、武装蜂起に至るまでには、それなりに時間を要したのだ。

 

 だが

 

「種を撒くのは早い方がよい、それだけ早く芽吹く」

 

 つまりはそういうことだ。

 

 使える道具の準備は、先に出来るならいくらでもしておいた方がいい。

 

 しゃん、という錫杖の音が、機嫌よく旅の空に響いた。

 

 


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