女神官逆行   作:使途のモノ

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第八話

 

 

 

 酒池肉林、狂喜乱舞

 

 それが目の前で広げられていた。

 

 ゴブリンスレイヤーとその幼馴染のデートを出歯亀するだけして、河岸を変えよう、と森人を連れて男二人が選んだ先は約束の通り、酒神の神殿であった。

 

「さぁさぁ、皆様方! 今宵は宴! おぉ兎角浮世は骰子(サイコロ)遊び! 何がどうなる、先々は! 神々だとて知らぬもの! されど酒は憂いの玉箒(たまははき)! 酔って歌って騒いでゆけば、何とかなるさ、時はゆく!」

 

 大きな扇を構え、盃をあおる酒神の神官長にワッショイワッショイそーれそれそれもう一杯、と歓声を送る神官信徒(飲んだくれ)共に東西南北の名酒奇酒妙酒、並ぶ酒の肴も山海珍味が軒を連ねている。

 

 盃の他に何を携えるかは各人の自由だ、大体先の偉人にあやかったものを持つことが多い。例えば遥か東方の島国では扇ではなく業物の槍を持ち、歌を吟じているらしい。

 

「あら! お二人とも来てくださったんですね!」

 

 ニコニコと寄って来たのはかつての依頼主にしてともに冒険を共にした酒神神官である。

 

 今日は料理人でもあるのだろう、柔らかそうな体の前面はエプロンに覆われ、その柔らかそうな髪もバンダナキャップの中にまとめられている。

 

「おうともさ、旨いものを食わずして鉱人やってられるかい」

 

「然り然り、約定通り御手前の逸品を頂戴しにまいりましたぞ」

 

「ええ! ええ! ございますとも! ございますとも! 皆さま楽しんでいってくださいね!」

 

「……すごい神殿ねぇ……」

 

 ぽかんと周囲を見渡す。

 

 料理に長けた神官が己の技の限りを尽くしてみたこともない料理が並んでいると思えば、飲み比べをしては死屍累々と潰れる者たちもいる、調子はずれな歌を肩を組んで歌っている者もいる。

 

「さあ私のこの一年の集大成! どうぞ召し上がれ!」

 

 テーブルに運ばれてきたのは巨大蛙のタンステーキにから揚げ、巨鳥のから揚げ。

 

 もちろん蜥蜴僧侶のためにとチーズの揚げ団子や盛り合わせも並んでいる。

 

「ほほう、ではまず難敵の舌の槍をば……ぬぅ!!」

 

 ざくり、と堅いタン特有の歯ごたえ、肉のうまみが濃い、いやこの深みは違う。

 

 いうなれば湖丸ごと食べているかのようだ。

 

 これは巨大蛙の舌が味わった全てだ。

 

 人里離れた大湖沼の魚や獣、鳥の味が全部染み込んでいると言っても過言ではない。

 

 大湖沼の王、その暴食故に練られた千変万化の味の波乱万丈。

 

 次に何の味がやってくるか、予想がつかないが、間違いなく旨い。

 

 これぞ食の冒険の旅だ。

 

「もう一枚!! こりゃあ命がけにもなるわい!!」

 

 鉱人が酒を後回しにしてお代わりをするなど、そうそうお目にかかることはないだろう。

 

「ほほう、こちらのチーズもまた、うむ、甘露、甘露」

 

「うわ、ほんとね」

 

 鉄板に無造作に転がされた蒸し野菜、それに贅沢にとろりとあぶられたチーズが削られかけられる。

 

 ラクレットだ。

 

 野菜をチーズで食べる、それが旨い。

 

 ブロッコリーが、アスパラが、ジャガイモが、いつもは静かな顔をしている野菜たちもラクレットという相方を迎えて、にぎやかに舌の上で踊っている。

 

 それ以外にも秋らしくヴァランセ等の旬のチーズが華やかに並ぶチーズの盛り合わせに蜥蜴僧侶の口元はだらしなく緩んでいる。

 

 さてでは巨鳥のから揚げは、と期待を胸に口に放り込めば、カラリと揚がった衣を突き破るように肉汁が舌の平原へ襲い掛かる。

 

 なるほど、これは空の王だ。

 

 どのような下味をつけたのか、香辛料の伴奏が鶏肉の雄姿を巧みに引き立てる。

 

 濃厚な味わいと香りは強く残り、雄大な肉を食べたという実感がいつまでも残る。

 

 舞台とされた舌と鼻が喜ぶ、手は自然に酒をあおる。

 

 するとまるで心得ている、とばかりに肉の余韻は消え去り、また新しい気持ちで次のから揚げ、別の料理へと心をいざなう。

 

 まさに飛ぶ鳥跡を濁さずだ。

 

 これもまた、逸品。

 

「これは皆二日酔いでしょうねぇ……」

 

「そういう時は神も一緒に二日酔いに頭を痛めてくださっている、と私たちは考えています」

 

 ちびちびと葡萄酒をあおりながら宴会場、もとい神殿を眺める妖精弓手に酒神神官がニコニコと語りかける。

 

「あら? 酒の神ともあろうものが、二日酔いになるの? うわばみのように思うのだけれど」

 

「いえいえ、酒の神なればこそ、酒の酸いも甘いも御存知でありましょう。酒とて時に苦い酒、涙の酒というものもございますれば」

 

 であれば、苦い酒を飲めば、神もまた苦い酒を飲んでくれる。

 

 涙の酒を共に飲んでくれる。

 

 悼む酒を共に飲んでくれる。

 

 そしてよく飲み、楽しんだ宴のあくる朝にも、神はともに苦しんでくれているはずだ、というのが彼女の弁だ。

 

「へぇ、いい神様ね」

 

 偽りのないつぶやきに酒神神官も笑みを浮かべる。

 

 興の乗った蜥蜴僧侶が竜牙兵を二体呼び出して躍らせたり、自分のバックダンサーにして自ら踊ったりしている。

 

 鉱人はその低く太い声とどこから出したか小さな鼓を叩き、その踊りの伴奏となっている。

 

「神官長の! ちょっといいとこ見てみたい!」

 

 そーれいっきっきっきっき! と万雷の手拍子とコールがかかり、ぐいぐいと大きな杯を空にしていく。

 

「それにしてもさすがにあれは神殿でいいの?」

 

 静謐な祈りの場なのに、とは今更言うまいが、と指をさす。

 

「あら、あれは神徳確かな呼び声ですよ、何せあれで我らが神がいらっしゃったこともございます」

 

「マジで!?」

 

 思わず目を剥いて酒神神官を見ると、当然のように頷く。

 

「何せ《降神(コールゴッド)》といいましょう……でも同じようにしても他の神々はいらっしゃることないようなのです」

 

 不思議ですよねぇ、と小首をかしげる少女にガクリと肩を落とす。

 

 そして妖精弓手も多くの者と同じ境地に至った。

 

 まぁ、酒神だし、もういいや。

 

「いい宴です」

 

 彼女の言葉は、目の前の全てを現していた。

 

「……あれ、でもこれって根本的な解決にもなってないんじゃないの?」

 

 首をかしげる森人の言葉に答える者は居なかった。

 

 

 

 迂闊だった。

 

 同僚の彼女は今頃デートなのだろうな、と、どこにいってもお一人様ご案内でーす、と扱われる自分に自嘲のようなため息を吐いて、祭りの夜道を歩いていたのだ。

 

 私も恋がしたいなぁ、と思えど、色恋沙汰は愛読書の中にしかない。

 

 とぼとぼとした独り歩きだ。

 

 そこを、狙われた。

 

 路地裏に引きずり込まれ、地面に押さえつけられている監督官は、自分を引きずり込んだ男たちを、それでも毅然とにらみつけた。

 

 ギルドの監督官、それはすなわち、ギルドで一番ろくでなしに逆恨みをされる危険性のある役職ということだ。

 

「へへ、へへへ、てめぇにゃぁ、俺たちの努力を台無しにされた恨みがあるんだ、楽に死ねると思うんじゃねえぞ」

 

 ニタニタと勝ち誇った様子で語る男は仲間にした冒険者を使い潰して利益を独り占めして町を放逐された戦士、見渡せば、見覚えのある、覚える価値のない連中(NPC)ばかりである。

 

 監督官になれば、こういった危険はあって当然だ、しかし、危機感が祭りの空気で緩んでいたのだろう。

 

 だから、こんな狭く暗い路地裏でろくでもないごろつきに組み伏せられている。

 

 実際、この役職で死亡する事例は、明らかに他の役職の者よりも多い。

 

 それでも、監督官が各都市のギルドにいるのは、至高神の神官、聖女が己が使命として行うからだ。

 

 だが、そんなことは男たちとって関係のない話である。

 

 彼らにとって大事なことは、どす黒く濁った恨みをぶつける先がうら若い少女である、ということだ。

 

 男の手が胸元に伸び、こんなのが、男の人との最初で最後なのか、とあきらめとも覚悟ともつかぬ思いで、それでも一声たりと楽しませてやるもんか、と目を閉じ歯を食いしばる。

 

「何してんだお前ら」

 

 ドガッ、と重い殴打音が響き、醜い悲鳴と共にのしかかっていた重さが消える。

 

「ひゃっ!?」

 

 おそるおそる目を開けようとしたところで、脇を持ち上げられ、引き立たせられる。

 

 精悍さを持ちながらも整った顔立ち、長身痩躯で鋭さを感じさせる佇まい。

 

 辺境最強、槍使いだ。

 

 彼女にのしかかっていた男を、文字通り一蹴したのだろう、もんどりうって倒れた男が白目を剥いている。

 

「あぁ監督官の、となると、なるほど」

 

 事情を察したのだろう、ずい、と監督官を後ろにやり、右腰に馬手差しに差していた短刀をするりと抜く。

 

「よりにもよっての日に、ろくでもねぇ」

 

 一瞬、槍使いの姿に怯んだ男たちではあったが、その手に愛槍が無いのを見て取ってそれぞれの手槍や長剣、ダガーといった得物を自慢げにちらつかせる。

 

「構わうんじゃねえ! 槍のねぇ槍使いなんぞ唯の優男……だ……?」

 

 勢いづけようと上げた声が、尻切れトンボに消えていく。

 

 鋼が迸り、男たちが崩れ落ちる。とん、とん、と、まるで、通り過ぎざまに友人の肩を叩くような何気ない動きであった。

 

 峰打ち、とはいえ、鋼で殴打されたのだ、軽傷ではない。

 

 残るは一人だ。

 

「馬鹿かお前らは、ものを知らんにも程がある。槍は間合いを詰められりゃ、後は短刀でのぶった切りのぶっ刺しあいの得物だぞ、そもそも」

 

 そして一打ち、それで男の意識は絶える。

 

「お前らじゃ物の数じゃねえよ」

 

 その一方的な立ち回りにポカンと半口を開けて、辺境最強の一部始終を見届ける少女。

 

「……」

 

「…あー、怪我はないか?」

 

「あ、は、はいっ」

 

「ちょっと待っててくれ」

 

 ぶわ、と今更ながらに震えがやってきて、ふら、と壁に寄りかかり、ずるずると座り込む、腰が抜けたのだ。

 

 さて困ったな、と頭を搔きつつ、倒れた男たちを無力化していく。

 

 縄もないので無造作に片足を踏み折って回るだけだ。治療すれば歩けるようになるし、有情なものだ。

 

 逃げられなくすれば、警邏の者を呼ぶには十分だ。

 

 彼らが逮捕され、闇人の陰謀の一端であることが知られるのはまた後の事である。

 

「よっと」

 

「わきゃっ!?」

 

 ひょいと抱え上げられ、妙な声が漏れる。

 

「ギルドの……職員寮でいいか? 祭りを楽しみたいとは思うだろうが、さすがに今日は帰っていた方がいい」

 

「は……はぃぃ……」

 

 顔が近い、無造作に抱き上げられ、良く鍛えられた胸板や腕が頼もしい。

 

 どうしようもなく顔が赤くなる、ばくばくとなる鼓動が聞こえてはいないだろうか。

 

 借りてきた猫のように腕の中で丸くなりながら、間近にある顔を見ていられなくなる。

 

 兎角、恋は突然に落ちるものなのだ。

 


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