女神官逆行   作:使途のモノ

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幕間 酔いどれ共が夢の前

 

 

 

「わぁー貴方達が依頼を受けてくださった冒険者様達?」

 

 ほわん、という言葉が浮かびそうな笑顔と動きで手を合わせるのは酒神の神官たる少女である。

 

 どこもここも柔らかそうで、それでいて少女らしくも引き締まった体が一党の少女とはまた違う装いの神官衣に包まれている。

 

 ここは酒神の神殿、礼拝堂の壁には天上の神々を讃える人々の酒宴が描かれている。

 

 そして天井へ目を向けると主たる神々が宴を開いている様子が描かれているが、礼拝に訪れた信徒たちが拝む先は人々の酒宴である。

 

 酒宴の人々の中の、男性とも女性ともつかない中世的な薄絹を纏い盃を持つもの、それが酒神である。

 

 酒の神が酒宴を嫌うはずもなく、賑やかな酒宴で見覚えのない人がもしいたら、それは酒神が来てくださったものだ、という俗説は酒神の神官のみならず信徒たちにも信じられている。

 

 なるほど、理にかなっている、とは鉱人の弁だ。

 

「それで、依頼だが……」

 

「ええ! 来る収穫祭のために、お酒のおつまみの材料を集めていただきたくって」

 

 どこか眠たげな羊のような少女がニコニコと笑みを絶やさずに説明する。

 

「収穫祭となれば、宴、宴となれば、酒、酒となればつまみ」

 

 であれば、とパンと一つ手を打つ。

 

「われら酒神の神殿が振る舞う酒とつまみ、収穫祭という宴を飾る大輪となりましょう!」

 

 つまりはまぁ、飲んで騒ぎたいのである。

 

「しかし、嬢ちゃんよ、酒神の神殿なら、酒のつまみにゃ困らんじゃろ」

 

 その鉱人の問いかけに、少女もええ、もちろん、と豊かな胸を張る。

 

 色んな酒を、色んなつまみを、ということで酒神は商行為や貿易を是としている。

 

 酒神の教義は何を説いていても根本のところは飲んで騒ぎたい、から端を発しているので、ある意味一番わかりやすい。

 

 酒神の神官が何か素っ頓狂な事をしだしても、どうせなんか酒の事だろう、というのが周囲の意見である。

 

 酒宴の間は全員、酒神の信徒だ、と酒神の神官は言ってはばからないが、周囲としてもうわばみやらざるのいう事だし、と聞き流してとりあっていない。

 

「もっちろん、収穫祭を祝うべく、とれたてのあっつあつのお芋を塩バターで食べたり、出来立てのベーコンとアスパラ炒めも鉄板商品ですね」

 

「時に、チーズはおありかな」

 

 すまし顔で問いかける蜥蜴人にこれまたにへらーと笑みを返す。

 

「チーズ! 蜥蜴人のお兄さんはわかってますねぇ、えぇ、えぇ、もっちろんですとも! チーズをカリッと上げたチーズ揚げ団子はサクッと噛めば口の中にアツアツのチーズがとろーっと、濃厚な臭いがふわーっと」

 

「ほほぅ!」

 

 喜色満面、尻尾が跳ねる。

 

「ぜひ、ぜひ来てくださいねー、お待ちしてます」

 

「承った!」

 

 快諾する蜥蜴僧侶にいいかげん脱線した話を戻そうとゴブリンスレイヤーが声を上げる。

 

「……それで、依頼は何なのだ?」

 

「あぁ、ええとそうでした、私どもも、もちろん、ちゃんとお酒、おつまみの貯蔵、準備は怠りありません」

 

 ですが、と前置きをする。

 

「私どもの慣例として、この収穫祭、定番のほかに、何か新しいメニューを、というのがありまして、各神官が創意工夫を凝らして新メニューを創り出しているのです」

 

 つまりは、神官達の新メニューのお披露目会でもあるらしい。酒もつまみも宴も好きな酒神の神官は誰もが料理人である。

 

「……つまり、あれか、その嬢ちゃんの考える新メニューのためには冒険者を駆り出す必要がある、っちゅーこっちゃな」

 

「はい、そうなんです!」

 

 その危機感のない笑顔に、一抹の不安を一党は感じた。

 

 彼らの旅立ちを、神殿の門前に植えられた白い酔芙蓉の花が見送っていた。

 

 

 

 迫りくる肉の槍、いや舌だ。

 

 跳びのくゴブリンスレイヤーのいたところを赤く太い舌が貫き、後ろにあった人の胴ほどまでもある立木をへし折る。

 

「FROOOG……」

 

「こりゃあ、難物じゃのぉ……」

 

「ですなぁ……」

 

 鉱人道士と蜥蜴僧侶の見上げる先には巨大な腹、四つの水かきのある四肢は地面につき、ぎょろりとした両の目玉が冒険者たちを睥睨している。

 

 蛙である。

 

 巨大蛙だ。

 

 その象の如き尋常ではない巨躯に、悠然とならされる喉の音は、おそらくこれこそがこの大湖沼の主であることを思わせた。

 

 途方に暮れるまなざしを向ける三人をよそに、少女は期待に満ちた瞳を輝かせている。

 

「あぁおいしそうだなぁ……しっかり練られた味なんだろうなぁ……」

 

 身の丈もある弩を歯車仕掛けで引き絞りながら、よだれをたらさんばかりである。

 

「只人の神官はみんなこうなのか!?」

 

「俺が知るか」

 

 言い捨てながら立ち回る。

 

 その巨躯の跳躍はそれだけで絶命を保証する突進であり、伸ばされる舌も同様である。

 

「少し動きを止めててくださいねー」

 

 のんびりとした口調で話しながら手馴れた様子で射撃姿勢に入る。

 

「FLOOOG!!」

 

 伸びた舌が振り回され、鞭のように周囲を薙ぎ払う。

 

「ええい! 南無三!」

 

 やけくそのように突進した蜥蜴僧侶が舌の鞭の嵐をかいくぐりそのどてっぱらぶち当たり、そのまま前足にとりつく。

 

 ゴブリンスレイヤーも雑嚢から取り出した何かが固められた玉をその大口めがけて投げつける。

 

 投擲は只人の領分である。その一投は吸い込まれるように投げ込まれた。

 

「レモネードなら……樽になるか」

 

 在りし日の思い出をふと重ねてつぶやきながら、万一のまぐれ当たりを警戒して盾を掲げつつ距離をとる。

 

「!?!?!?!!?」

 

「……何飲ませた?」

 

「目つぶしだが……食ってもまずい」

 

 苦悶の声を上げて頭を振る巨大蛙にズドンと人の腕ほどもある野太い杭のような矢が突き立った。

 

 

 

「~♪」

 

 鼻歌交じりに蛙の腹を裂き、臓物を取り出す少女に呆れ顔になりつつ、解体を手伝う。

 

「心臓食べましょう心臓! レバーも持ち帰れませんから! あぁ、この袋もなんかおいしいんですよねぇコクがあって……」

 

 専用の合羽に身を包んだその姿は血まみれの襤褸切れだ、その中から聞こえるのは少女の恍惚とした声であり、端的に言って怖い。

 

 帰りの荷台には彼女の《泥酔》によって、ついでとばかりに空から酔い落とされた巨鳥の死体である。

 

 酒神の神官の前で空を飛ぶとは、愚かなことである。

 

「この内臓の味は自分で仕留めないと中々……あぁ、これぞ冒険の味ですね!!」

 

 そう酒をあおりながら騒ぐ少女が調理する、パチパチと上がる焚火であぶられた蛙の内臓は、男たちが目をむくほどに極上の味であった。

 

 

 

 夕暮れ時に意気揚々と神殿へ凱旋した少女と荷馬車を赤い酔芙蓉が出迎えるのを見送り、男たちは帰途へ着いた。

 

 凱旋の酒宴に巻き込まれる前に逃げ出したのである。

 

「……のぉ」

 

「……なんですかな」

 

 髭をいじりながら歩く鉱人の声に蜥蜴僧侶が返す。

 

「祭りの日には、酒神(のんだくれ)神殿(巣窟)に行ってみるか」

 

 あの少女が信仰心と情熱のままに、思うがままに作り上げる渾身の料理というものには、確かに興味がわいた。

 

「お供しますぞ」

 

「……ふむ」

 

 夕暮れ時を、歩き、ギルドに戻る。

 

 ドアを開ければ、少女たちが祝杯を挙げていた、どうやらあちらの件も丸く収まったようだ。

 

 女神官が、笑顔で出迎えてくる。

 

「おかえりなさい、皆さん、いい冒険でしたか?」

 

 さて、何と答えていいやら、男たちは顔を見合わせた。

 

 


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