女神官逆行   作:使途のモノ

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第一話

 好天の初夏の元、女教皇の皇都の広場には、皇国の臣民たちがひしめいていた。

 

 皇宮のバルコニーから出てくる人間を一目見ようと、国中から人々が詰めかけているのだ。

 

 期待と希望に満ち溢れた静寂の中、一人の老女がその姿を現した。

 

 金髪の、若かりし頃は澄み切った碧眼をくすませた、見るものすべての人間の心を穏やかにするような、かくも人は美しく老いることが出来るのか、と羨望と畏敬の念を抱く佇まいであった。

 

 ざわり、というざわめきが波のように群衆を駆け、そしてまた静寂が訪れる。

 

 誰もが皆、彼女の言葉を、今日の、建国の日を祝う言葉を待っているのだ。

 

「天にいます神々よ、今日の良き日を、皆さんと共に祝うことが出来る幸運を与えてくださいましたことを、感謝いたします」

 

 

近衛兵の内、精霊使いの者が使う拡声の風の魔法が静かで穏やかな彼女の声を隅々にまでいきわたらせていた。

 

「我々は、地母神の教えに従い、慈悲と独立を胸に今日まで過ごしてきました、平時には農具を振るい、日々の恵みに感謝し、子を産み育て、また、災厄が迫れば男は妻子を守るために槍と鎧をもって戦い、母は子を守るために剣を取る。その、平穏な日々を諦めない決断的不屈の精神により、この国の今と未来はあるのです」

 

 その言葉に、目頭を熱くし、感極まってすすり泣く声が広場から漏れ聞こえた。この国の古株であれば、奪われる悲劇を知らぬものは、誰もいないからである。

 

「よって、皇国の成長と発展を皆で祝い、そして未来への決意を新たなものとしましょう」

 

 そして彼女は背後にあった地母神の神像に振り向き、膝をついて祈りをささげた。無論、広場の国民も全て、同じように彼女に倣った。

 

「それでは、皆今日という日を楽しんでください」

 

 祈りを終えた後、彼女はそう皆に語り掛けた。その辺りで本心からか、サクラかはともかく、為政者を讃える喝采の声があがりそうなものであるが、ここにいる民は、誰もがこの後に続く言葉を知っているがゆえに、清聴の姿勢を崩さなかった。

 

 女教皇は、ふと、一息を付き、まるで当然の締めの言葉のようにこう言うのだ。

 

 

「ともあれ、ゴブリンは滅ぶべきであると考える次第である」

 

 

 その言葉を受けて、奇妙な顔をするものは居ない、何を絵空事を、と皮肉気に笑うものもいない。

 

 なぜなら、絵空事になったのはゴブリンであり、絵空事の存在にしてのけたのは、彼女に導かれた自分たちであるからだ。

 

「女教皇様万歳!! 皇国万歳!!」

 

「教皇猊下に永遠の忠誠を!!」

 

 人々は口々に女教皇を、皇国を讃える声を張り上げ、その声を受けて彼女は穏やかに手を振っていた。

 

 

 

 

 

「まったく、何時まで言うつもりなのよ」

 

「それはもちろん、死ぬまでですよ」

 

 呆れ顔の妖精宰相、かつては妖精弓手といわれて女性は、重々しい宰相服に身を包んで目の前の女教皇、かつて女神官と言われ、その後ゴブリンスレイヤーと呼ばれていた少女にケロリと返され、やれやれとかぶりを振った。

 

「ほーんと、世界を統べる征月の女教皇様が板についちゃって」

 

「あなただって、狂乱する魔人が思わず真顔になるような敏腕宰相様じゃないですか」

 

 くすくす、とベッドから体を起こした女教皇は柔らかく笑う。傍らには使徒である牡牛ほどの金毛碧眼の牧羊犬が我関せずといった様子でくつろいでいる。

 

 彼女たちはかつてある男を頭目とする冒険者の一党であった。

 

 女神官も、妖精弓手も、その男を憎からず、それ以上にほおっておけないと思っていた。

 

 そんな彼が、あっけなく死んだ。彼が憎み、殺戮することにおそらく人生の大半を費やしていた、妖魔、ゴブリンによって。

 

 

 ちょうど、一党のそれぞれに、やむにやまれぬ事情が重なり、仕方なく、かつてのように、独り、ゴブリンの巣穴に彼は赴き。

 

 そして、帰ってこなかった。

 

 彼女、女神官は泣き、叫び、絶望し、そして、ゴブリンを確実に滅ぼすことを神に誓った。

 

 一時は、身を削るようにゴブリン討伐に身を投じていたが、ある時に、ふと、啓示が下ったかのように、地方の寒村などに赴き、農作物の耕作指導や罠や柵の工夫、槍弓の使い方などを、彼女の道連れとなった妖精弓手や鉱人道士とともに指導して回った。

 

 周囲はその姿を見て何はともあれ喜んだ、人々を癒す日々が、彼女を癒すものであれば、と

 

 それと並行して、国に、国家を構成する村々を慢性的に脅かす小鬼禍は国家の成長を押しとどめる毒の箍である、と説き、ゴブリン討伐への国家介入を呼び掛けていた。無論、それよりも強大な災禍と戦うことが優先事項であった国々が、その言葉を聞き入れることはなかった。

 

 そして、女神官を旗印とする対ゴブリン専用の義勇軍が出来るようになったのは、ある意味で当然の流れであった。

 

 最初は女神官の呼び掛けに応じてその地方の村の次男坊、三男坊などが手弁当で参加する、単発的なものであったが、ケガをすれば女神官による献身的な介護ののちに五体満足で村に帰り、村に帰れば勇士扱いである。

 

 そして、女神官は子が生まれれば、祝福を施し、死すれば、丁重に弔う。

 

 もちろん、ゴブリンの害が減れば、村、ひいては地域の財政は安定し、男たちのモチベーションが高まり、女神官を仰ぐべき指導者と認識する地域はさらに広がっていった。

 

 女神官も単身での治療は限界を感じていたため、地母神の後輩などを後方の治療院などに詰めさせて、負傷兵が安定した治療を受けられるように体制を構築していった。

 

 そうして、村々の人間は、日々槍と剣と鎧、携行食を傍らに置いて、即座に出動できる、半農半兵の性質を強く持つようになり、また、義勇軍として出征していくことに慣れていくようになる。

 

 のちの歴史家は、この時期を女教皇による建国のための準備期間である、というものがいる。

 

 気づけば、村々の自立心は高まり、また武装も整っているため、民衆などただの従順な羊であってほしい国々からすれば頭の痛い所であった。

 

 そして、当時の国は軽率な行動に出る。

 

 女神官を反乱軍の首魁として、女神官の首と村々への武装解除を申し渡したのだ。

 

 英雄と魔神討伐にかかりきりの王国と、自分たちのために身を粉にして奮闘してくれた女神官、どちらの側に立つか、これも

また、火を見るよりも明らかであった。

 

「悲しい対立である、それはそれとして、ゴブリンは滅ぶべきであると考える次第である」

 

 この頃から、彼女の結びの口癖としてつぶやかれるようになった、と歴史書は伝えている。

 

 かくして、王国軍と彼女の義勇兵との決戦が……起こるまでもなく、王城は陥落してしまった。

 

 国王が兵の集結を呼びかけ、その夕方には義勇兵は全軍をもって王城を包囲していたのだ。

 

 そういうわけで、熱烈なる信徒から一国を差し出されることになった女神官は、決断的に玉座へと昇った。

 

 義勇兵の武威はゴブリンにおびえないでいい国、という国威となり、潜在的な建国は進められていたのだ。

 

 無論、これは女神官の謀略である、という説もある。彼女の首を求めた者がうやむやの内に雲隠れしていたり、不可解な点が多くあるからだ。

 

 貴族たちは国外に逃亡するか、彼女の軍門に下ることになっていった。

 

 そうして、慈善事業としてのゴブリン対策というシンパ作りからの国家転覆がころんころんとクリティカルし、あれよあれよというまに、女神官のもちたる国は一大列強国となり、他国の民がまず参陣し、城門は内側から開かれるような征服が進んでいくこととなり、それはそれとして、ゴブリンは滅ぼされていく事となった。

 

 気づけば大陸には未開の地は無くなり、船は世界の果てへ旅立ち、反対側から戻ってくるまでになった。

 

 即応性を何よりも重んじていた軍制から、国軍への専業化なども行い、緑の月へのゴブリン討伐と開拓事業も20年がかりで完結した。

 

 賢者の学院がゴブリンの絶滅宣言をだして、10年になり、それ以降、確かに小鬼禍に見舞われた民は居ない。

 

 

 

 

 

「それで、お久しぶりですね」

 

「おう、久しぶりじゃの!!」

 

 呵々大笑するのはかつてともに旅をした鉱人族長、鉱人道士だ。今では一族の元に戻り、氏族を束ねている彼が顔を出すのは珍しい。

 

 もう一人の冒険時代の蜥蜴人の友は念願かなって竜の位階へと昇り、海底にあるという竜の宮へと旅立ったため、彼女の若かりし頃を知る者は妖精宰相と鉱人族長の二人ぐらいだ。

 

「まったく、鉄の大山脈を取り仕切る大族長がちっとも変わらないんだから」

 

「なに、その永遠の金床にゃかなわんわ」

 

「あんたねぇっ!!」

 

 懐かしい掛け合いを見て、クスクスと笑い、横に来ていた使徒の頭をなでる。

 

 かつてたき火を囲んで笑いあった者たちの時間は、代えがたいものだ。

 

 世界はなんだかんだ物騒だったり、勇者があっさり片を付けたり、なんとかかんとかやっている。

 

「それで、どうされたんですか? いつもはもう使節なんかは若手に任せていたはずですよね」

 

 その言葉で、じゃれあっていた二人がぴたりと止まる。そして、鉱人族長がどこか居心地悪そうに、しかし、はっきりと言い切った。

 

「そろそろ、じゃろ」

 

「……かないませんねぇ」

 

 ふぅ、と息を吐いてベッドに横たわる。正直、先日のバルコニーでの演説でもかなり体力を消耗したのだ。

 

「そらそうよ、こちとらそっちの曽祖父位の時代の頃から生きとるしな」

 

「私なんかは馬鹿らしくなるくらい前から、ね、だから分かるものよ」

 

 寿命、である。

 

 むしろ、只人からすれば自分はむしろ高齢である。よくぞまぁ、生きているものだ、と目覚めるたびに毎朝思っていた。

 

 そして、今朝、分かった、今日だ、と。

 

「……お二人とも、なんのかんのいっても、皇国は若い国です、ゴブリンを殺すためと思って、作り上げこそしましたが、正直そのあとは考えていません。地母神の教えをある程度骨子に自衛意識の強い国民のメンタリティーを形成こそしましたが、旧来の貴族階級の粛清、鉄道、通信網の普及等、手がけ始めたことも山とあります……あとをよろしくお願いします」

 

 まさか、月にまで行くとは思いませんでしたけどね、と口元に手を当てて笑う。

 

「ほんっと、只人ってわからないわね、でもいいわ、あなたと国造りに奔走したのは楽しかった。月にまで攻め込むなんて、こんな冒険した森人、神代までみたっていないわ、だから、さよなら」

 

「ワシもいるうちは何となりにするさ、心配するな」

 

 建国メンバーの最重鎮の一人が大半の国家よりも長寿である上の森人である。彼女が最長老として君臨し続けれれば、皇国も安定するであろう。本人は弓一本の気ままな弓手に戻りたかろうが、500年や1000年位、皇国が安定するまでは手を貸してくれるらしい。

 

「……神官として、いえ、今では教皇ですね、教皇として……後の手本としてなら、神の元へついに至ることになった、とか、皆に幸福を、とでも言うべきなんでしょうが……」

 

 長く、長く嘆息する。

 

「できることであれば、また、彼と、皆と、冒険へと出かけたい」

 

 そうして、旧来の仲間に看取られて、偉大なる女教皇は静かにこの世を去った。

 

 

 

 

 

 世界は神々の盤上である。世界は、神々がサイコロを振って、結果が決まる。

 

 サイコロを振らせない所業こそできるが、神ですら、出来ないことがある。

 

 それは、終わったことを、巻き戻すことはできない、ということである。

 

 だからこれは、神すら超越した、本当の奇跡。

 

 ありえない、巻き戻しの、奇跡。

 

 

 

 

 

 生臭い風が鼻孔を満たした。

 

 天の国には不釣り合いな臭いである。

 

 我ながら、天の国に導かれるとは思っていなかったが、地獄とはこんなところだったのか。

 

 まるで、そう、若かりし頃、無数に潜ったゴブリンの巣穴のようだ。

 

 まさか、自分の説いた地獄そのままだったとは。

 

 私の国では、ゴブリンは殺して地獄へ叩き落した、だから、地獄に落ちるような罪人は、ゴブリンが手ぐすね引いて待ち構えている、と説いた。

 

 この教えが浸透して、犯罪率は目覚ましいほどに激減した。国民全てが、ゴブリンのことをよく知っているからだ。

 

 ゴブリンに死して、死ぬことも出来ず汚辱され続ける。なるほど、ゴブリンを滅ぼし、地獄へ落とし尽くし、地獄をゴブリンで満たした自分が落ちるにはこれ以上はあるまい。

 

 

 さて、それはそれとして、ゴブリンは滅ぶべきである。

 

 

 地獄にゴブリンが満ちているのであれば、ゴブリンをまた滅ぼさねばならないということだ。

 

 いや、ここが地獄ならば、つまり

 

 そこまで考え、ぞくり、と甘やかな快楽が、立ち上り、思わず笑みが浮かぶ。

 

 

 ゴブリンスレイヤー(私)がこうして地獄に落ちたのであれば、ゴブリンスレイヤー(彼)もいるかもしれない。

 

 

 それは、なんと素晴らしいことだろう。また彼と、私が、ずっとずっと、ゴブリンを殺して回る日々を送り続けることが出来るのだ。

 

 槍も剣も、それなりに使い方を覚えた、老境の頃であれ、体を衰えさせないためにも稽古は欠かさなかった。

 

 今度は、彼と一緒にホブに切りかかることもできる。かつては彼に任せきりだった、赤子のゴブリンを息の根を止めて回ることも、一緒に出来る。

 

 彼と一緒に、ずっと、ゴブリンの血にまみれて、未来永劫、地獄の中で、歩いていく事が出来る。

 

 なんと、素晴らしいことだろう。

 

「ほら、遅れてる。隊列を乱さないで」

 

 ぼう、としていたところで、目の前の者が話しかけてきた。彼女からすれば、いまさら気づいたことである。

 

 ゴブリン、ではない、人間だ。

 

「どうしたのよ? ほら、2人とも先に行っちゃうでしょ」

 

 目の前にいるのは、自分と一緒に最初の冒険に出た女魔術師であった。三白眼にとんがり帽子、豊満な体をドレスに包んで、まるであの日に戻ったようだ。

 

「あぁ、そうですね、すみません、行きましょう」

 

 見下ろしてみれば、自分の体はかつて最初に冒険に出たころの体になっていた。女魔術師の先には遠い昔、無残に殺された剣士と、汚辱された女武道家が和気あいあいと歩いている。

 

 どうやら、地獄では、若い頃の体になるらしい。

 

 とはいえ、前と同じように剣士が松明を持っているのはいただけない、一体死ぬ前に何を学んだのだろう。

 

「あの、私が松明を持ちますので、剣を抜いていてください」

 

「お、ありがとう! さあ、さっさとゴブリンを倒して攫われた女の子たちを助けよう」

 

 手渡された松明を持ちながら周囲をうかがう、終生の友人で会った彼女程度ではないが、それなりの目端は効くようになった。若く鋭敏な体であれば、より簡単である。

 

「そういえば、皆さんはいつ来たんですか?」

 

「何言ってるのよ、いま来たばかりでしょ?」

 

 なるほど、どうやら生前の記憶があるのは自分だけらしい、女武道家の言葉を受けて内心頷き、黙々と歩き続ける。

 

 歩いていると、横穴が偽装し、隠されている場所があった、どうやら、ゴブリンが奇襲するつもりらしい。

 

 となると、最低でもシャーマンはいるのであろう。頭の中で警戒度を引き上げ、松明を女魔術師に渡しながら前に出る。

 

「そこに、ゴブリンが潜んでいます、炙り出してしまいましょう《いと慈悲深き地母神よ、闇に迷えるわたしどもに、聖なる光

をお恵みください》……っ!」

 

 言いながら錫杖を横穴へ突き込む、皇国騎士団長、かつての辺境最強、槍使い直伝の突きである。いかに鍛えていない頃の体であっても、ゴブリンの作った粗末な土壁など容易く貫く。

 

 そして、錫杖から閃光がほとばしり、目を焼かれたゴブリン達は悲鳴を上げながら転がり出てくる。

 

 どうやら、地母神の慈悲は地獄まで届くようだ。

 

「うわっ!?」

 

「ゴブリン!?」

 

「そんな、なんで!?」

 

 驚愕の声を上げる三人をよそに、引き抜いた杖でそのまま突き込み、一匹を仕留める。なるほど、地獄でもゴブリンを殺すことはできるらしい。

 

「呪文は温存! 突き殺して!」

 

 死んだばかりの、なんら習熟していない彼らに、自分程度の練度を期待してはいけない。内心舌打ちをしつつ、味方の戦力を下方修正しながら指示を飛ばす。

 

「わ、わかった」

 

「ええ!!」

 

 ともあれ、そんな戦力でも目を焼かれたゴブリンの止めを刺すぐらいはできた。一通り止めを刺して回り、残敵がいないのを確認し、一息つく。

 

「皆さん、ケガはありませんか?」

 

「あ、ああ……」

 

「あなた、かなりの腕の武僧だったのね、人は見た目によらないとは言うけれど……」

 

 いまだ荒い息をついている2人に「練習しましたからね」と返しながら周囲をうかがう。

 

「おそらく、奥に本隊がいます、魔法を使うシャーマンに、大柄なホブは居ると思われます」

 

 さて、今ある手持ちの戦力でどうするか、少し考えて、平押しで勝てる、と結論付ける。

 

 索敵を続けながら、自分の《聖壁》で相手を閉じ込めて、女魔術師のファイアボルトでシャーマンとホブを射殺。殺せないまでも、弱ったところを自分と剣士と女武道家で追撃すればいい。自分もさすがに最盛期の頃よりは使える呪文の数は少なかろうが、後三、四回ならば使えるであろう。

 

「では、隊列は剣士さんが先頭、私が次で索敵を行います、そして次が松明を持った女魔術師さんで、殿には女武道家さんでお願いします」

 

「別にあなたが索敵をするんであれば、私が最後尾でもいいんじゃないの?」

 

「光源は中心よりにあったほうがいいですし、隠れているのを見逃したり、他にも例えば、ゴブリンが外回りをしていないとも考えられません」

 

 やや反抗的な気配をにじませつつ女魔術師がそういうが、慈母の笑みを浮かべたまま切って捨てる。小娘のプライド等、いちいち取り合っても仕方ない。

 

 それと、と言いながら、ゴブリンが持っていた短く粗末な錆びだらけの剣やこん棒を拾う。

 

「剣士さん、その剣は長くて取り回しに苦労します、これぐらい短い方が、こういった狭い中では使いやすいです、片方が使えなくなった時のため、持っておいてください」

 

「あ、ああ」

 

 そういいながら、自分自身も手槍を一本と鉈を一振り持つ。防具がないのがネックだが、ないものねだりをしてもしょうがない。

 

 こきり、と首をひと鳴らしして、歩き出す。

 

 ゴブリンは、皆殺しだ。

 

 

 

 

 

 始末は、つつがなく済んだ。

 

 まさか、《聖壁》と洞窟の壁とで圧殺できるとは思いもしなかった。これが練度と若い体の合わせ技か。

 

 そして倉庫の奥に潜んでいた子供のゴブリンを始末しよう、というところで一悶着があった。

 

「なあ、さすがに子供を殺すのは止めた方がいいんじゃないか?」

 

 そう切り出してきたのは剣士だった、無残な姿ではあったが、村娘達の息はあった。

 

 悪いゴブリン退治も完了、救出も成功、だから、もういいんじゃないかな? ということらしい。

 

 ――なんて、お花畑みたいな考えなんだろう。

 

 あまりに牧歌的な提案に、思わず笑みが漏れる。

 

 クスクスと、ひとしきり笑い終えた後で、絶句している三人の内、女武道家と女魔術師を指さす。

 

「あなたと、あなたが」

 

 つい、と虚ろな目で座り込む村娘を指さす。

 

「ああなって」

 

 そして、子供のゴブリンを指さす。

 

「これを産んでいい、というなら」

 

 言いながら、鉈を女武道家に、こん棒を女魔術師に渡す。

 

「私を今ここで殺して、彼の前で、こいつらに犯されなさい」

 

 その言葉で、2人の瞳の中にあった、一握の温情が消える。

 

 歩を進める2人を戸惑ったように見やる剣士をよそに、言葉をつづける。

 

 その歩みを勇気づけるように。かつて、私が私の民に説いたように。

 

「ゴブリンに知恵を与えても、人にはなりません」

 

 ぐちゃり、と屠殺の音が洞窟に響く。

 

「ゴブリンに良き隣人になってもらおう」

 

 ぐちゃり、と屠殺の音が洞窟に響く。

 

「そんなありもしない望みを成そうとするぐらいなら、自らが愛する人との子を産みましょう」

 

 ぐちゃり、と屠殺の音が洞窟に響く。

 

「私の仕える地母神は、そう、望んでいます」

 

 ぐちゃり、と屠殺の音が洞窟に響く。

 

「それが、正しく、確実です」

 

 からん、と血の付いたこん棒が女魔術師の手から落ちる。

 

 引き攣った、一線を越えてしまった、と思っている顔だ。

 

 同じような顔をしている女武道家を、2人まとめて満面の笑顔で抱きしめる。

 

「よくできました、あなたたちは、正しいことをしました」

 

 そうして、落ち着くまで二人の頭をなでた。

 

 

 

 

 

 

「地獄でも、洞窟の外は青い空なんですね」

 

 村娘達に村に戻るかと尋ねたところ、神殿に入ることを希望したため、町へ(なんとそんなものまで有るらしい)連れていく事になった。

 

 私の言葉を何かの含蓄のあるモノととらえたのか、村娘達は虚ろながら笑みを浮かべた。

 

 日が沈む前にさっさと出発しよう。

 

 そうして声をかけたところで、ばったりとであった。

 

 薄汚れた鉄兜と革鎧に鎖帷子、一切の疑問の入る余地のない、決断的な歩み。

 

「無事か」

 

「はい」

 

 こくり、とうなずく、頬が赤くなっているのが、自分でもわかる。

 

「ゴブリンは」

 

「皆殺しです」

 

 少し、得意げな声になっている、だが、抑えろという方が無理だろう。

 

「そうか、ゴブリンの子供は」

 

「彼女たちが、ちゃんと殺しました」

 

 そう言って、2人を示す。認めてあげるように、彼女たちに、しっかりと笑顔を向ける。

 

「なら、いい」

 

 ぶっきらぼうな問答、それが、こんなにも嬉しい。

 

「はい、ありがとうございます」

 

「……攫われた娘達は」

 

「神殿に入るのを望んでいます」

 

「そうか……なら、帰りの護衛ぐらいなら、手伝おう」

 

 私たちが返り血で端々が汚れているのを見て取ってか、そう申し出てくれた。

 

 あぁ、変わってない、何も、変わってない。

 

「ゴブリンスレイヤーさん、お久しぶりです。」

 

 そして、私は万感の思いを込めて、そう言い。

 

「……すまないが、誰だ」

 

 私は、私の勘違いを、知ることになる。

 

 

 

 

 

 全てが夢であったかのような気持ちで、私は冒険者ギルドのドアを開けた。

 

 懐かしいドアベルの音に、血まみれの自分たちの姿を見て事務的な、固い笑顔を見せる受付嬢。

 

 その笑顔が私の後ろにいるゴブリンスレイヤーを視界に収めると、ぱっと華やぐ。

 

「おかえりなさい!! 皆さん無事なようで何よりです」

 

「……俺が行った時には、もう終わっていた」

 

「……っと、そうでしたか、なるほど、ではまず、剣士さんたち、依頼達成お疲れ様でした。また、念のために急行していただいたゴブリンスレイヤーさんの報酬には、往復分の旅費等、正確な額はまたお伝えさせていただきます」

 

 そうして、書類にサインをして、報酬を受け取る。

 

 ささやかな、報酬である。なるほど、確かに、割の合わない仕事である。

 

 これをさらに人数分で割るとなれば、冒険者パーティーがすぐにゴブリン退治を卒業するのはもっともなことである。

 

「……ともあれ、お疲れ様でした」

 

 意識は、掲示板でゴブリンの依頼を探す彼に半ば以上を向け、なおかつ今の状態はいかなるものであるかを思索しながら、目の前の三人に声をかける。

 

「あ、ああ!! そうだ、何かメシ食わないか、ずっと動き通しだったろ」

 

「ごめん、私はちょっとパス、何か食べるって気になれない」

 

「私も、もう眠るわ」

 

 憔悴した様子で剣士の提案を断った二人がよろよろと自分の部屋へと戻っていく。私も失礼します、と言いながら、ふらふらと、どう近づいていいものか、戸惑いつつも、他の選択肢などないかのように、彼の元へと近づいていく。

 

「あの、すみません、ゴブリンスレイヤーさん」

 

 その言葉に、ふと、目を向け、そして、沈黙が続く。

 

 ――あ、なんとか思い出そうとしているんですね。

 

「……」

 

「……」

 

 最初に考えた仮説は、これまでが全て、夢であったのではないか、というものだ。

 

 ゴブリンの巣穴に入り、女魔術師に声をかけられるまでのわずかな間に見た、一瞬の、夢の中の一生。

 

 剣士たちが死んだのも、そのあと、彼に助けられたのも、彼女たちと出会ったのも、冒険をしたのも、彼が死んでしまったのも、そのあと自分が国を作り、世界のゴブリンを滅ぼしていったのも、全てが不安の中で見た、夢幻ではないのだろうか、というものである。

 

 だが、それはない。

 

 彼の姿を見たときに心が沸き立ち、世界に彩に満ちた衝動が、ただの夢のおかげ、などというのは、彼女にとって、とても認められるものではなかった。

 

 であれば、次に考えられるのが、なにがしかの原因により、老衰した自分の魂が、かつての自分に宿った、というものである。

 

 しかし、これもまた、ありえない話である、神はサイコロを振るが、時を戻すことはしない。出た目は、もう、出てしまったのだ、それが覆ることは、ない、はずなのだ。

 

 だが、しかしそれぐらいしか、考え付かないのも、事実だ。

 

 もしかしたら、これから過ごすうちに、第三の仮説というものが思いつくのかもしれないが、なんにせよ、実証する手立てはない。

 

 ともあれ、今何より考えるのは、再開の時の言葉を、どうつじつまを合わせるか、ということだ。

 

「……ゴブリンに攫われたのを助けたのだろうか?」

 

 熟慮に熟慮を重ね、配慮に配慮を重ねたような、彼にしてみれば珍しいほどに気を使った切り出し方であった。友人がもしここにいれば、耳をピンと逆立てているかもしれない。

 

「いえ、その、違います、その、私が、その一方的に、知っていただけで」

 

 自分で紡いだ言葉が、ざくりと刺さる。そう、この時点で、私と彼とは何の接点もない。

 

 であれば、目の前の彼は、自分と過ごした日々を知らないのだ。

 

 だから、まぁいいや、さようなら、という気になるわけもない。

 

 そんな、気楽に分かれる気になるんであれば、ともに過ごすことなど、なかったであろう。

 

「ゴブリン、殺しに行くんでしょう」

 

「ああ」

 

 その言葉には、一切の迷いがなかった。それが、なんとなく安心した。

 

「私も、ご一緒してよろしいですか?」

 

「……今の、一党はどうする」

 

「え?」

 

 そう言われて、あぁ、そういえば、と思い至る。一応、今自分は剣士の一党に所属している形になっていたのだ。

 

 失礼かもしれないが、彼らについては無残な殺され方をした人達、という印象が強すぎて、ともに冒険をする輩、という意識は、まったくなかった。

 

「一党からは、抜けさせてもらいます。彼らがゴブリン退治をすることは、もうないでしょうから」

 

「……そうか、もし、着いてくるのであれば、防具は着ろ、鎖帷子あたりなら着れるだろう、でないと死ぬぞ」

 

 武骨な物言いだ、だが、その言葉で、胸の中がぱっと、花開く。

 

「はいっ!!」

 

 久しぶりの、本当に久しぶりの、授業だ。それだけで、もうどうしようもないぐらいにうれしい。

 

「……俺は、ここで仕事を受ける、だから、ここにくればいい」

 

 ――あぁ、やっぱり、もう、そうなんですよね、私。

 

 言ってしまえば、惚れた弱み、なのだろう。

 

「わかりました!!」

 

 ふんす、と決意新たに心の中で腕まくりをする。

 

 ここが、過去で、もし、何かが、やり直すことを認めてくれたのであれば。

 

 今度こそ、彼から離れない、そして彼を失わない。

 

 何としても。

 

 

 

 

 

「おはようございます、ゴブリンスレイヤーさん」

 

 樹上に住まいを築くのは、終生の友人の、彼女から教わった技である。

 

 日が昇り、鶏が鳴き出す前、寝床を兼ねる、樹上の隠ぺいされた小さなスペースから遠眼鏡で牧場を一周する彼を眺めながら、一方的な朝の挨拶をする。

 

 柵などを点検しながらの二週目をするのを眺めながら、パンと干し肉を水で流し込む。

 

 いつもの神官服ではなく、外套を身にまとった、狩人のようないでたちである。

 

 満足げにうなずき、家へと戻るのを見て、私もうん、とうなずく。

 

 するり、と木から降りて、そのまま彼の知覚にかからないように大回りしつつ、町へと向かう。

 

 宿の寝床兼荷物置き場に戻り、神官服に着替え、一日の準備をする。

 

 鎖帷子よし、革手甲よし、靴よし、山刀よし、投げナイフよし、ロープよし、杭よし、薬各種よし。

 

 そして、朝の仕事の張り出しまで、のんびりとする。部屋にいても、視界は牧場には小さな牧羊犬の使徒を一匹伏せさせているので、そちらを脳裏に浮かべているので彼を見失うことはない。

 

 早く来ないかなぁ、と思いながら、ふと、彼と目が合った。

 

「!」

 

 いや、正確には使徒たる牧羊犬が彼の目に付いただけである。

 

 彼はいつも通りの歩みでこちらに近づいてくる。

 

 ――大丈夫、ゴブリンスレイヤーさんが知っているはず、ないもの。

 

 とはいえ、ずんずんとやってくる鎧姿の男は、牧羊犬の視点からすれば鎧をまとった巨人である。

 

「見ない犬だな」

 

 手は、いざという時は刃を抜き放つことが出来るように、構えられていた。当然の反応である。野犬は、ゴブリンほどではないが脅威だし、ゴブリンが使役する確率もある。

 

「……」

 

 しばらく、無駄な緊張の元、見つめあう。

 

 ――あ、ちょっと!!

 

 しかし、均衡を破ったのは牧羊犬であった。

 

 そもそも、牧羊犬は彼女の使徒なのである。

 

 使徒が主に似通うのは、むしろ当然であり、つまり、牧羊犬がゴブリンスレイヤーにじゃれつくのも、当然と言えた。

 

「ふむ……」

 

 そう、嘆息しながら、わしゃわしゃと頭をなでてきた。

 

「ふひゃいっ!?」

 

 思わず声を上げながら、寝床でもだえる。頭、首元、背中、そして横腹、手袋越しとはいえ、使徒ごしとはいえ、彼の手の感触である。

 

「あー、あー、うー、うん、うぅ、っん、あ」

 

 他の部屋の人に聞かれないよう、なんとか声を抑えつつ、至福の時間を過ごす。

 

「ずいぶん、人なれしているな」

 

「どうしたの?」

 

 第三者の声を、使徒が拾う。彼の幼馴染である、牛飼娘だ。確かに、犬と戯れる彼など、思わず寄っていきたくなるほどレアであるのは違いない。しかし、女神官としては二人の時間を邪魔されたようで、少々おもしろくない。

 

「迷い犬だろう」

 

「へー、すごい毛並みのいい牧羊犬」

 

 牧場に関することにかけては見る目は肥えている彼女が、いいこいいこ、と撫でてくる。

 

 牛飼娘の眼前に広がる豊満な胸元に、絶望的な敗北感を感じながら、されるがままにする。

 

 自分は結局、成長しても豊満とはいかなかったのだ。

 

「じゃー、うちで飼ってあげようか」

 

 いいこと思いついた、とニコニコと提案する彼女に、彼は「そうか」と答え立ち上がる。そろそろ日の明るさも増してきたころだ。

 

 使徒とのリンクを切りながら、彼が来るのをテーブルでお茶を飲みながら鼻歌交じりに待つ。

 

「~~♪」

 

 頭の中に浮かぶのはゴブリンを殺す計画である。どう燻し出すか、どう殺すか、頭の中で様々なシミュレーションを重ね、くるくると無為に指を回す。

 

 巣穴に入るには見張りを討たねば、臭い消しにはやっぱりゴブリンの内臓が一番だ、あぁ、脳漿もいいな、今日はどんなゴブリン退治になるだろう。

 

 はたから見れば、ただの初恋に浮き立つ少女である。

 

 その脳裏で、血の海が広げられていることを、おそらくは彼だけが知っている。

 

 そして、ドアのベルがなり、武骨でみすぼらしい装備の男を視界に収めると、その美貌はぱっと花開くのだ。

 

「おはようございます!! ゴブリンスレイヤーさん!!」

 

 そう、今日も、一日が始まる。

 

 

 

 

 

「~~♪ あれ、どうかしましたか?」

 

「いや、気にするな」

 

 ゴブリンスレイヤーは最近ともにゴブリン退治をする事となった少女からつい、と視線をそらした。

 

 穏やかに、まるで私室で繕い物をするかのようにゴブリンの内臓を山刀でえぐりまわして、鼻歌交じりで自らの身をゴブリンの内臓まみれにする少女とは、ゴブリンの巣の前で出会った。

 

 駆け出しの女神官、ということになっている少女だ。

 

 共にゴブリン退治に出てみれば、少なくともただただ神に祈りをささげてきただけの人間などではないことが、誰であろうと思い知るであろう。

 

 地母神の神官は争い事を好むべきでない、と教えられている。よって軍神や至高神の神官に比べて、武装は控えめになるのだが、この少女は最初の出会い以外、これでもかというほど丁寧に装備を整えている。無闇矢鱈に、ではなく、丁寧に、である。

 

 地味なことではあるが、自分の限界と、スタイルを熟知している者でないと逆立ちしても出来ない芸当である。

 

 毒薬や火の秘薬への知識も薬師や錬金術師顔負けで、一部の物は自作すらしている。

 

 身のこなしや、罠の仕掛ける地点の目利き、設置する慣れ、どれをとっても一級品だ。

 

 あえて聞いてはいないが、おそらくは、自分のような日々を送ったのだろう。

 

 むしろ、自分の師匠が彼女の師匠である可能性すら、ありえる。

 

 彼女を見ていると、まるで、鏡を見ているような気分にすらなる。

 

 ゴブリンに大切な物を奪われた、人であったゴブリン、根本的に破綻しているのに、それでも何事もなかったように動き続ける絡繰り細工。

 

 ゴブリンを殺すために生きるヒトの残骸。

 

 自分のように、壊れた少女。

 

 それが女神官へのゴブリンスレイヤーの感想であった。

 

 それゆえに、彼女を見て、胸の内かわ湧き上がる虚しさと悲しさと、目をそらしたくなる何かにどうしようもない戸惑いを受けるのだ。

 

 相手に聞こえないように、小さく息をつく。

 

 人手が増えて助かる、そう簡単に思うことが出来たら、どれだけ楽か

 

 

 

 

 

 ――まさかの人から、まさかの相談ですねぇ

 

 受付嬢はむっすりと腕を組むゴブリンスレイヤーの向かいに座りながら若干混乱しつつも状況を整理していた。

 

「ゴブリンではない、時間はあるか」

 

 そういって面談などで使われている個室で、彼と一対一で相対することとなった。

 

 部屋に入る前の同僚の小さな声で「ガンバ」という声と、親指と人差し指に反対の人差し指を使用した猥雑なジェスチャーに見送られて、である、後で〆る。

 

 一党内での人間関係相談、というものをギルドの人間が受けるのは、なかなか多い。

 というのも、冒険者はあちらこちら動き回ることはあるが、腰を据えて腹を割って話せる口の堅い人間、となると大体ベースにしている町の冒険者ギルドのなじみになるからである。

 

 有能な一党が無残な内ゲバや仲間割れからの全滅、というのは、残念ながら非常に多い。

 

 皆腕に自信を持っている冒険者という稼業で、大体がお互い気が合って一党になる。もとが感情的結成であるから、感情的対立が破綻を呼び寄せる。逆に完全にビジネスライクな集団のほうが、もめ事での解散は少ない。恋愛結婚よりお見合いのほうが離婚率が低いのと、似たようなものだ。

 

 人の感情は一緒に危険を潜り抜ければ、仲間意識が積み木のようにポンポンと積みあがる、というように、簡単にはできてい

ないのだ。

 

 なので、人間関係による一党の自壊を避けるのは、ギルドとしても関心を少なからず割いている事項である。

 

 今の一党で大事にされている気がしない、正直足手まといばかりでやってられない、取り分が少ない、馬車の中の空気が最悪です。

 

 まぁ十人十色、十党十色、冒険者の一党それぞれに悩みをかかえていたりするので、悩みを打ち明けられたものは愚痴を聞いたり、すこしアドバイスをして状況の改善を促したり、他の一党を紹介したりするのである。

 

「……それで、女神官さんのこと……ですよね?」

 

「ああ」

 

 何というか、現実感がない話だ。男がともに冒険する少女との悩み相談を顔なじみにする、字面でいえば何の変哲もないことなのだが、目の前の彼が、となるとやはり現実感がない。

 

「別に技術的、戦力的な不満があるわけではないんですよね?」

 

 地母神の神官は武装を嫌う、それはすなわち、戦闘力と生存率の低下を意味する。ヒヤリとする場面をくぐれば、致し方ない、と武装する者も出るのだが、そうすることすらできず、躯をさらすものも多い。

 

 話の主役である彼女も最初の冒険の後はしっかりと鎖帷子を買うなど装備に余念がない様子で内心安心していた。

 

「ああ、十二分、といってもいい、だが」

 

 そして、言葉に詰まる。自分の中に渦巻いている言葉をどう表現すればいいかわからない、そんな様子だ。

 

「ゴブリンを殺す、それで自分を支えているような、ところがある。俺が言えたものではないが」

 

 このままでは、いけない

 

 だが、彼女がそうならば、自分はどうなのだ

 

「……よく分からん、どうすべきか」

 

 彼女をはねのけて、無理に冒険者とは無関係の世界を勧める、それがいいのかもしれない。

 

 彼女の有する技術、知識は別に冒険にて命を危険にさらす必要もなく、彼女にそれ相応の経済的、社会的成功をもたらすことであろう。

 

 だが、自分がそうされて、従うか、無理だ、だから、彼女も無理だろう。

 

「心配、なんですね、危なっかしくて」

 

「……ああ、そうか、そうだな」

 

 ゴブリンスレイヤーさんに言われたくありません、とほほを膨らませる彼女が脳裏をよぎり、苦笑いが浮かぶ。

 

 これは、塩を送ることになるんでしょうかね? いや、仕事の内か。

 

 言うべきことを整理しながら、言葉をつなぐ。

 

「自分がほおっておいたら、どこかで殺されたり、もっとひどい目に合うかもしれない、自分に似た子が、自分に笑顔を向けて

くる子が」

 

「……ああ、そうだな、そうだ」

 

「ほおっておけない、なら一緒にいればいいじゃないですか」

 

「ふむ?」

 

「あ、いえ、別に一緒に住む、というわけではなくてですね、お互い単身では依頼を受けないとか、ですね。私も彼女が一人で

無理な依頼を受けようとしましたらちゃんと止めるように手を回しますので」

 

「なるほど、すまないが、そうしてくれ」

 

 武骨な言葉だが、肩の荷が下りた、と言っているようなものだ。その様子にクスリと笑みが漏れる。

 

「まるで、お兄さんみたいですね」

 

「…………そうか」

 

 何かを思い出すようなその声は、どこか柔らかかった。

 

 


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