素敵な大人のラブコメを。   作:ルコ

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恐怖の寒さに友情を

 

 

 

 

 

 

 

 

会いたい時ほど忙しい。

 

あーしはテレビの中で女優が言っていたセリフを鼻で笑い飛ばす。

アホか。

会いたいのなら忙しくても会いに行け。

例え仕事が山積みであろうとも、例え熱が40度あろうとも、例え親族が危篤な状況にあろうとも、本気の『会いたい』を押さえつけることなんて出来ないのだから。

 

ふと、あーしはLINEでメッセージを打ち込む。

 

 

優美子ーーーーー

 

今から会える?

 

ーーーーーーーー

 

 

そわそわと返信を待つ時間すら、どこか幸せに感じるのは気のせいだろうか。

送り終わったばかりのメッセージを開いては既読の有無を確認する。

一体、あーしは何をしているんだ…。

 

なんて、既読の付かないメッセージに気を落としそうになっているときーーーー。

 

 

ヒキオーーーーー

 

仕事。

 

ーーーーーーーー

 

 

「……」

 

 

どうやらヒキオは仕事を優先するらしい。

 

……ふむ。

 

仕事熱心で良きかな良きかな。

 

 

…ぁぅ。

 

 

 

 

 

 

ーーーーー☆

 

 

 

 

 

 

 

…………

……

.

.

.

 

 

『優美子は…。

 

いや、何でもない』

 

彼は偽りの笑顔をあーしに向けた。

高校を卒業して以来に再会した彼はやはり格好良く、以前にも増して()()()()()()としていた。

 

水商売に手を染めたあーしを見て、彼は何を言おうとしたのか。

 

あーしの気持ちを知っていながら、最後まで無干渉のままで在り続けた彼。

きっとまた、心にも無い取り繕った言葉を並べようとしたのだろう。

 

『…今度、皆んなで飲みに行こうな。それじゃあ』

 

あーしは心の底から黒い何かに染まっていく。

彼が見せた憐れみの瞳は忘れない。

 

彼があーしを側に置いていた理由は知っていた。

雪ノ下雪乃に向いている好意も気付いていた。

 

それでも、必死に気持ちを伝え続ければ、きっと振り向いてくれると……。

 

そう、願っていた。

 

 

 

.

.

……

…………

 

 

 

「ゆ、優美子ちゃん?…大丈夫?」

 

「っ!」

 

肩に触れる乾燥した手のひら。

ざらざらと気持ちの悪い感触が、悪い夢を覚ますよう、あーしにへばり付いていた。

 

いつもの中年は、あーしの顔を覗き込みながら臭い息を吐く。

 

「どうしたの?気分悪い?」

 

あんたが隣に座った時から気分はずっと悪いし。

頭の中でそう腐しながら、ぼーっとしていた頭から嫌な記憶を消していく。

 

なんで、思い出しちゃうんだろう。

 

1番忘れたい記憶ほど、頭の端っこに留まり続けてあーしを苦します。

 

ここ最近は、思い出す事も少なくなったのになぁ…。

 

「ね、ねぇ、優美子ちゃん。こ、この前に僕が上げた指輪はハメてくれてる?」

 

「あ、あぁ…。うん、付けてるよ」

 

指輪をハメている指を胸の位置まで上げて見せつけると、中年はおっさんらしからぬだらしの無い顔でそれを見つめた。

 

「あふふ。可愛いよぉ。似合ってる。本当に…」

 

「…ありがと」

 

背中を冷やすようなゾッとした喋り方。

何だろう。体調でも悪いのか、先程から不安と恐怖が混ざったような重い膨らみが肩に乗っかる。

 

「あ、あーし、他の客から指名入ったから席外すね」

 

「え…。そんな、まだ10分も経ってないよ?」

 

肩を撫でる中年の手に力が込もる。

身体を過る恐怖から、あーしは少し慌てて席を立った。

 

どんな客が来ようと、怖いなんて思ったことは一度も無かったのに……。

どうしちゃったんだろ、あーし…。

 

その場から離れ、あーしはそのまま店裏へと駆け込む。

気付けば息も上がっていた。

 

「…っ」

 

早まる動悸は止まらない。

結局、通りかかったスタッフに早退する旨を伝え店を出た。

この時間なら急げば終電に間に合う。

そのままお風呂に入ってベッドに潜ろう。

1日寝れば、こんな恐怖はきっと消えるから。

 

早歩きのヒールが鳴らす音が、街の中に溶け込んでいく。

終電に乗るために選んだ道は、どこか物悲しく、人の気配を感じさせなかった。

 

 

ざっざっざ。

 

 

「……っ!」

 

それは地面を平らな靴底が歩き鳴らす音。

気のせいだと思い込むには、背後から聞こえるその音は大き過ぎた。

 

 

ざっざっざ。

 

 

あーしの歩くスピードに合わせて早くなる音が着実に恐怖を増長させていく。

 

 

ーー気を付けろよ。

 

 

気付けば、手にはスマホを握りしめていた。

スマホから流れ出すコール音。

 

「…っ、お願い、出て…」

 

1度、2度…….、5度目のコール音が途切れる。

 

『……。お掛けになった電話は、心底面倒な事になりそうだと察知した俺の予感により現在使われていないこととなりました』

 

電話越しに聞こえる声は確かにアイツの物だった。

脚から思わず力が抜けそうになる。

 

声を聞いただけなのに、重くのしかかる恐怖が、ゆっくりと溶けていき、甘ったるく心地の良い感情が充満する不思議…。

 

「!…ひ、ひきお…」

 

『……随分と、女性らしい声を出すようになったな、三浦』

 

「…あ、あの、今、あーし…」

 

『……。』

 

「…っ。ぅぅ、来て…、お願い。…怖い…っ」

 

声が震える。

格好の悪い姿を見せたくないのに。

でも、そんなプライドさえも失う程に怖かった。

 

 

『…分かった』

 

「っ!」

 

 

ーーちょっと待ってろ

 

 

その言葉は魔法のように、静かに落ちるあーしの心を温めた。

 

電話でヒキオに指示を受けながら、あーしは背後の足音から逃げる。

追われる恐怖がこれ程だとは思わなかった。

ああいう仕事に就いているのだから、ある程度の覚悟はしていたが、そんな小さな覚悟は見事に粉砕される。

 

怖い。怖い。…怖い。

 

 

……もう、嫌だ…。

 

 

そう思った時に。

 

あーしの腕が誰かに掴まれた。

 

 

「…っ!!」

 

 

掴まれた腕から伝わる体温が、すごく暖かい。

 

 

程なく、目から涙が溢れ出す。

 

 

目の前の彼に恥じらうこともなく。

 

 

あーしは普通の女の子のように泣いていた。

 

 

「…よう。たまたま近くに居たから来てやった…、いや本当に」

 

「…っ、う、うぅ」

 

 

息を切らして、飛び出たワイシャツに汗を染み込ませた彼は、近くに居ただけと主張する。

 

そんな、どこか子供染みた言い訳をする彼に、あーしは抱き着きたくなるほどムカついた。

 

思わずしがみ付いた彼の胸は甘く香り、暖かく、あーしをそっと包み込む。

 

 

「…ぅ、ぅぇっ、うぅぅ〜っ!ひ、ひきおー…っ」

 

「…あーあー、もう。泣くなよバカ…、っておまえ!鼻水をワイシャツに付けんな!」

 

「あぅ…」

 

「…ほら、歩け」

 

「ぅぅ。腰が…、抜けて…」

 

「腰は抜けないから大丈夫だ。頭のネジは抜けてるっぽいけど」

 

「も、もっと優しくしろしぃ〜っ!!」

 

こんな状況でも普段と変わらない態度のヒキオの態度に、あーしは次第に落ち着きを取り戻す。

ヒキオに抱き着きながらあれやこれやと言い合っている内に、気付けば人通りの多い場所へと辿り着いていた。

 

「…も、もう平気。…ヒキオ、その…、ありがと」

 

「ん」

 

そう言うと、ヒキオは繋いでいたあーしの手をゆっくりと離した。

 

名残惜しく、離されたヒキオの手をじっと見つめていると、ヒキオが辺りを静かに見渡していることに気付く。

 

「…どしたん?」

 

「……。いや、何でも」

 

一通り見渡すと、小さなため息を吐きながら、ヒキオはあーしに振り返った。

 

コツン。と。

 

頭を優しく叩かれる。

 

「あぅ…」

 

「…気を付けなさい。バカ女」

 

「…うん、ごめんなさい」

 

そうやって諭すような口調で喋るヒキオがおかしくて、溢れていた涙はゆっくりと止まっていた。

ふわりと揺れるシャボン玉みたいに、あーしの背負っていた重たい何かが夜空へと浮かんでいく。

 

「さぁ、もう帰ろうぜ」

 

「…はい」

 

「……。なんで敬語?」

 

「そんな気分なの。…ねぇ、助けに来てくれてありがとね」

 

「何度も言うな。気持ち悪い」

 

「へへ。照れんなし」

 

華奢に見えたヒキオの背中がとても大きく。

 

照れるように前を歩き出したヒキオの腕に、あーしは思いっきり飛び付いた。

 

赤く染まる頬が熱いのは気のせいか。

 

 

 

 

「…ありがと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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