素敵な大人のラブコメを。   作:ルコ

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星降る夜空に静寂を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

星降る夜空に静寂を

 

 

 

 

 

 

煌びやかに飾るシャンデリアに照らされ、豪華に彩る店内の赤いカーペットを歩く。

 

右も左も丸いテーブルを囲うように並ぶソファー。

 

そこには、スーツの中年を中心に、露出度の高いドレスで着飾った若い女性従業員…、所謂キャバクラ嬢が楽し気にボトルを注いでいた。

 

 

あそこのハゲは金出しも手癖も悪い。

 

そっちの金縁メガネはゲスい同伴を強要する。

 

そこの茶髪パーマは近場のホストクラブで働く下流ホスト。

 

 

今日の客層は金入りが悪そうだ。

 

 

ふと、ホール係が()()()に目配せをし、丁寧なジェスチャーで行く先を指し示す。

 

 

そこは上級顧客用の個室席。

 

どうやら指名が入ったようだ。

 

一発目の客引きで個室とは、今夜はついているのかも…。

 

絞れるだけ絞り取ろうと算段を立て、あーしは個室の扉を開ける。

 

 

 

「どーもー。優美子でーす」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーー★

 

 

 

 

 

 

個室にはすでにグラスと氷、日本酒が用意されていた。

あーしは手慣れた手つきでグラスに氷を入れていく。

 

「柴山さん、今日はお一人?」

 

「2件目で専務が酔いつぶれちゃってね。専務の介護をしている若いのがもうすぐ来ると思うよ」

 

そう言って、柴山さんはあーしから受け取った日本酒のロックをゆっくりと傾けた。

 

とある上場企業の課長である柴山さんの年収は一千万を超える。

身につけるスーツのブランドや小物類から推測された物で確かではないが、私たちキャバクラ嬢にはそういった情報から客の年収を導き出し、進めるアルコールを決めるのだ。

 

「優美子ちゃんも好きな物を頼みなさい」

 

「んー、あーしも日本酒にするし!」

 

客層にも色々な奴がいる。

 

先の手癖の悪い奴や、同伴を求める奴。

 

お客は神様だと言わんばかりに振る舞う奴。

 

そんな客層の中でも、柴山さんは丁寧にアルコールを入れ、悪酔いする事もなく、余裕のある会話をしてくれる。

 

ふと、柴山さんはため息を吐きながら口を開いた。

 

「専務がね、若い社員に無理やり飲まそうとするんだ。…ほら、このご時世だとパワハラだとか、アルハラだとか言われちゃうから…」

 

「へぇ。ゆとり世代ってやつ?」

 

「はは。確かに、一杯目から烏龍茶を注文した子には驚いたよ」

 

小さく笑いながらグラスを傾ける姿は、どこか疲労感さえも漂わせる。

中間管理職と言うのだろうか、上にも下にも気を配らなくてはならない立場ともなれば、相当な神経を使っているのだろう。

 

あーしには分かんないけど。

 

「でもは、若いのに1人、やけにアルコールに強い子が居てね。その子に気を良くした専務が飲み比べを始めちゃって」

 

「あー、若い奴が潰れたんだ」

 

「逆だよ。専務が先に潰れてね。それなのに、その子はピンピンとしてるんだーーー」

 

 

ーーー♪

 

 

ふと、柴山さんの話を遮るようにスマホの電子音が鳴り響く。

 

それが柴山さんの胸ポケットから鳴っている物だと気付くや、彼はそれを取り出し耳に当てた。

 

どうやら電話のようだ。

 

「はいはい。……うん、ありがとう。タクシー代は後で請求しておくよ。……うん、それならこっちへ飲みにおいで。僕だけしか居ないから気を使わなくてもいいだろう?」

 

その間、あーしは会話を黙って聞きながら日本酒を流し込む。

会話の内容から、電話相手はおそらく柴山さんの言っていた若い部下であろう。

 

「……。あ、ごめんね。さっき言ってた若いのからだよ」

 

「アルコールに強いって言う?」

 

「うん。…賢い奴だよ。見てて面白い程にね」

 

「…へぇ」

 

電話の話し口調から察するに、その部下と柴山さんの間にはそれなりの良好な関係築かれているみたい。

 

あーしは空になった柴山さんのグラスに日本酒を注ぎながら、その賢い奴とやらに興味を覚えていた。

 

ココで養ったあーしの目に狂いが無ければ、柴山さんは良識的で社会的な頭の良さを持つ人だ。

そんな人が賢いと評する人間に、あーしは興味があった。

 

「不躾だけど、優美子ちゃんって24歳だったよね?」

 

「年齢詐称とかしてないし!」

 

「はは、ごめんごめん。それなら同い年だなって思ってね」

 

その若い部下と?

と尋ねる前に、ホール係が静かに扉を叩いた。

ゆっくりと扉を開けると、片膝を付きながら、此方です。と扉の外の人物に呟く。

 

 

ふわりと、どこか甘そうな香りを漂わせるスーツの若い男。

 

跳ねたアホ毛がふらふらと彷徨いながら、少しばかり幼ささえも残した彼は、個室に入るや気まづそうな顔で柴山さんに軽く頭を下げた。

 

 

「…遅くなりました」

 

「ふふ。ご苦労様。座りなよ」

 

 

あーしはそいつの顔を覚えている。

 

高校生の頃に1年間同じクラスだったから。

 

そいつを中心としたヘンテコな部活に、幾度か助けられた覚えもある。

 

あーしの親友と天敵と…、そいつを含めた3人が作った暖かな空気は羨ましい程に輝いていて、妬ましくて、羨ましくて、妬ましくて…。

 

 

あぁ、そうだ。

 

 

3年生の()()()、彼が奔走して結衣を救ってくれたんだ。

 

それを知っておきながらも、あーしは誤解を解くこともなく、彼が演じた悪役を黙って傍観していたんだ。

 

 

「ビールで良いか?

 

ーーー比企谷」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー★

 

 

 

 

 

 

 

………

……

.

 

 

俺がフられた腹いせにーーーー

 

 

こんな事になるなんてーーーー

 

 

すまなかった、由比ヶ浜ーーー

 

 

.

……

………

 

 

 

 

背中を伝う汗が酷く冷たい。

 

あーしはそいつから目を反らすことが出来なかった。

 

「ーーちゃん?ーー、優美子ちゃん?」

 

「っ!?…へ、へ?」

 

柴山さんの声に、靄の掛かった頭が覚醒する。

 

「どうしたの?気分悪い?」

 

「いや…」

 

心配そうにあーしを見つめる柴山さんの横で、そいつはメニューを睨みながら小さく、高ぇ…、と呟いていた。

 

き、気づかれてない?

 

「ビールを瓶で、あとは適当に頼んで」

 

「う、うん…」

 

そう言いながら、柴山さんは5万円をあーしに手渡して席を立つ。

 

「比企谷、適当に飲んでていいから。俺は先に帰るよ」

 

「ちょ、それなら俺も帰りますよ」

 

「もうお金払っちゃったから。それに、気を使ってばっかで疲れたろ?」

 

「ここで1人にされる方が疲れそうですけど!?」

 

「ははは。それも経験だよ。それじゃ」

 

スマートに身支度を済ませ、柴山さんは手を小さく振りながらその場を後にした。

 

途端に1人きりとされたためか、そいつの顔には強張りが見られる。

 

それは恐らくあーしにも…。

 

とりあえず、持ってこられたビール瓶を手に持ち、そいつにグラスを持つように促してみた。

 

「ぐ、グラス出せし」

 

「あ、はい。どうもです。あ、俺も注ぎますよ」

 

「客に注がれてたまるかっての」

 

「そっすか……」

 

どっちが客か分からない態度だ。

普段のあーしも少し無礼な所はあるけど、今日はより一層無礼なことに間違い無い。

 

……。

 

この状況、どうすればいいの?

 

「…美味いです」

 

「あ、あーしが注いでやったんだから当然だし」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「そろそろ気付けし!!!」

 

「!?」

 

突然の大声に、そいつは傾けていたビールを少し吹きだした。

 

ソファーに並ぶ50センチの距離。

 

それにも関わらず、そいつから漂う甘くて優しい香り。

ふわりとした柔らかそうなアホ毛がビクンと震える姿は、少しばかり母性を擽る。

 

「あーしだよ!あーし!三浦 優美子!!」

 

「あ、あーし…だと…?…おまえ、三浦か?」

 

驚愕に目を見開くそいつの姿は、高校生の頃の面影を少し残しているようだった。

 

「ヒキオでしょ!?あんたヒキオでしょ!!」

 

「…なんだ、おまえ三浦か…。緊張して損したわ」

 

「なんでだし!あーしの可愛さに緊張しろし!」

 

「…なんなんだこの店員」

 

緊張の糸が切れたように、ヒキオは肩の力を抜きながら、ダラシなく腰を深く座り直す。

身につけていた堅苦しいネクタイを緩め、ワイシャツのボタンを一つ外すと、持っていたグラスに自らビールを注いだ。

 

「…ほら、別に今更客扱いされても心地悪いから」

 

「ふん」

 

そう言って、ビール瓶をクイっとあーしに向ける。

あーしは無愛想にグラスを差し出すと、グラスの縁に泡が到達するラインまでビールが注がれた。

 

個室でこうして、この男と並んで酒を飲むなんて…。

 

予想だにしなかったことに一瞬慌てたが、パーソナルエリアへ踏み込もうとしないヒキオの態度に安堵する。

 

 

【…優美子は…。

いや、何でもない。】

 

 

無理矢理に作られた優しい表情と、哀れな物を見るような瞳。

 

彼の顔を思い出す度に、冷たく重い何かが心を支配しようとする。

 

「……っ」

 

「…?」

 

「の、飲めし!金なら腐る程貰ったんだかんね!」

 

「腐る程は貰ってないだろ…。おまえ、変わったな…」

 

「は?」

 

あんたがそれを言う?

 

教室では異物のような存在で、何を考えているのか分からないような奴だったヒキオが、一丁前にスーツを着て、上場企業に勤めている。

 

いや、頭が良かった記憶はあるから、コイツなりに努力して得た現在なのだろうけど…。

 

「…あーしが変わったって、あんたに何が分かんだし」

 

「…何も知らん。おまえの事なんて一つも知ろうとしたことがないからな」

 

「あ!?喧嘩売ってんの!?あーしの拳にはあんたの頭蓋骨を貫く程の威力があるかんね!」

 

「…ぼ、暴力はやめません?…、前は自信に満ちてて、賛否の否を無にするような奴だったろ」

 

「哲学かよ…」

 

あーしはヒキオの頬を拳でグリグリとしながら、空いたグラスにビールを注ぐ。

 

「みゅむむ…。や、止めろ…」

 

「なんだし!なんなんだし!!…結衣や雪ノ下さんには優しかったクセにっ!」

 

「優しくした覚えなんて無いが…」

 

「…っ、見下す気なの?あんたもあーしをっ……!」

 

だめだ。

言ってはだめだ。

 

言ったらあーしは、きっと暗い底まで落ちてしまう。

 

ちゃんと自分に嘘をつけ。

 

この仕事を誇りに思うと噛み締めろ。

 

後ろめたさや不安を、包み込むように…。

 

「今のおまえは少し面白い」

 

「…は?」

 

「…何でもない。俺もそろそろ帰るわ」

 

ぼそりと何かを呟いて、ヒキオはゆらりと席を立つ。

ハンガーからジャケットを取ると、それを着ることなく小脇に抱えた。

 

 

()()()。三浦」

 

 

言葉少なにそう言うと、ホール係を呼びつけ店内を後にする。

 

静かな嵐みたいな男との不思議な再会は、ものの数十分で終わったのだ。

 

 

「…ふん。余裕振りやがって」

 

 

あーしは胸元から名刺用紙を取り出した。

 

それは、ヒキオのジャケットからこっそり引き抜いた彼の名刺。

 

表に書かれた比企谷 八幡の名前と、会社名が、間違いなく奴の物だと知らしめる。

 

 

「イタズラしてやるし…。ん?」

 

 

ふと、その名刺の裏を見る。

 

雑に書かれた大きな文字。

 

思わずあーしはソレを破り捨てそうになる。

 

 

 

 

 

 

 

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バカめwww

 

 

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