黒木場リョウ(偽)、頂点目指します   作:彩迦

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低評価を入れられるとやっぱりグサリときてしまいます。
慣れるしかないのですけれど( 。•̀_•́。)頑張ります。



六話 目標に向かって

 

 

 

 シカと根セロリのアッシェ・パルマンティエ。

 この一つの皿を作るのには深い意味がある。四ノ宮シェフの再出発を促すための皿。フランス料理店での仲間の裏切りで店は潰れかけ、疑心暗鬼になって周りを信じられず、ようやく店を立て直してのプルスポール勲章の受賞。心と体は疲弊しきって今は何も手につかないだろう。

 同じ料理人として酷に思う。黒木場リョウとして店を仕切っていた頃、前世で店を仕切っていたあの頃は仲間の裏切り一つで店の経営は傾き、食材を卸してもらえなくなり、良いことなんてろくにない。あるとすればお客さんからの美味しいの一言が最高の喜び。

 

「鹿肉の仕込みは終わったぜ、緋紗子! そっちはーー」

 

「任せてください!!」

 

  緋沙子と視線を交わしただけで通じた。仕込み終わった鍋に2cm角くらいに切った玉ねぎ、にんじん、根セロリの皮を加えてしんなりするまで炒める。流れるような手際の良さに俺は感服した。普段はお嬢と一緒に料理することはあるものの、こうはいかない。やはりえりな嬢の付き人だけあって料理の腕も凄まじいな。

 先の鹿肉をヨーグルトに漬けるアイデアは正直いうと頭から抜けていた。鹿肉をあのまま塩漬けにして揉んで洗っていたら大変なことになっていただろう。塩漬けにするとまた風味も変わるし、臭いは消せても薬膳の効能まで消してしまうかもしれなかった。

 

 

「……さっきは助かった」

 

「え?? あ、うん!! 黒木場くんでもたまにはそういうことありますよ! 薬膳料理は私の得意分野でもありますし!!」

 

 僅かに頬を染める緋沙子。

 火加減の調節を誤って燃え盛る鍋。

 

「おぃ!? 危ねえ!!」

 

「わ、わぁ!?」

 

 緋沙子の手と重なるように慌てて火加減を調節する。互いの顔が近付いて吐息が当たる。お嬢やえりな嬢には敵わないが綺麗に整った顔立ちだ。緋沙子ってこんなに綺麗だったっけかと呑気なことを考えるのは一瞬だけだ。鍋にトマトペーストと小麦粉をお入れてさらに炒め、赤ワインを加える。それからアクを取ってブーケガルニを入れふたをする。

 後は二時間ほど煮込んでから緋沙子の薬膳料理の知識をフルに活用してもらうのが策だといえる。緋沙子に視線を戻すとなぜかフリーズしていた。顔面からプシューっと音を鳴らすかのように真っ赤にしてあわわってほざいている。どうしたものか。

 

「おい、緋沙子どうした。もしかしてさっきの火が顔に当たったのか?」

 

「くくく黒木場くんのせいです!!」

 

 その一言を境に緋沙子に話しかけるのが億劫になった。女の子はやはり扱いが難しい。これがお嬢だったらどうだろう、結果は同じだと大体の想像はついた。

 

 

 

 

 

「ーー残り、三十分だ。どうしたお前ら、誰一人として俺の舌を満足させられないのかよ」

 

 今年の遠月学園の生徒は腑抜けている。

 そのセリフを吐くのは残り一つのペアが作る料理を食べてからにしようと考えていたが、セリフを吐かなくて済みそうに見えた。バンダナの少年の手際の良さ。 鍋からやわらかくなった肉を取り出して粗めにほぐしておき、鍋の煮汁は煮詰めて浮いた脂を丁寧に取る。ある程度煮詰めて温度が出てきたらざるで濾す。塩、こしょうで味を調え、肉を煮汁に戻して冷ます。この作業からある程度作ろうとしているものは見えてくる。

 まさかフランス料理を得意分野としている俺にフランス料理をぶつけてこようと考えるなんてな。その度胸は買おう。しかもフランス料理の世界でレギュムの魔術師とまで呼ばれる俺にシカと根セロリのアッシェ・パルマンティエを出そうと考えるなんて凄いペアだぜ。今までのどのペアもフランス料理をぶつけてこようとする奴なんていなかったのに。

 

「ムッシュ、バンダナ少年。いやーー黒木場リョウ。一つ聞いていいか?」

 

「うす……なんすか?」

 

「なんで、その品なんだ?」

 

 その鋭い視線が俺を射抜いた。

 まるで俺の今の現状を知ってるかのように。今までの過去を覗き見られたかのような視線。遠月生徒相手に俺は何をビビっているんだか。バンダナの少年、黒木場リョウは目を瞑り深呼吸をした後に目を見開いた。

 

「俺がこの一つの皿を作る意味なら四ノ宮シェフが一番良くお分かりのはず」

 

「ははっ、ガキがよく言うぜ。お前みたいなまだ人生の半分も生きてねぇような奴に俺のことが分かるわけねぇだろ!!!!」

 

 

 ついカッとなってしまったが目の前の少年は作業を止める様子など一切ない。 根セロリを1.5cm角に切り、牛乳、水と共に鍋に入れやわらかくなるまで煮る。適量の煮汁と共にミキサーに入れ、よく回しピューレ状にする。バターと塩少々で味を調え、根セロリのピューレを作る。この作業はよく日向子と一緒にやったのは非常に覚えている。物覚えが悪い日向子にいつも料理を教えていた。シカと根セロリのアッシェ・パルマンティエは俺が在学中に最も多く作っていた料理だ。

 

 今となってはもう作ることがなくなった一つの皿。最も一緒に時間を過ごした奴と作った大切な料理。それはもう作らなくても忘れようとしても身体には染み付いている。いつの日も日向子の顔を忘れたことなんかなかった。卒業式の日も気持ちを伝えようとしたが、振られるのが怖くて気持ちも伝えずに料理に逃げた。でも分かっていた。分かっていたんだ。日向子は俺を受け入れてくれるって。あいつはよく俺を見ていてくれた。ふざけ合ってばかりの毎日だったけれど。

 

「緋沙子、仕上げを頼むぜ」

 

「任せてください!!」

 

 もし、俺も素直になっていたらコイツら二人みたいな甘い学園生活を送れていたのかもしれねえ。遠月十傑として学園に君臨して料理に打ち込む毎日。その中でも一時の楽しみは日向子と一緒に作る料理だった。シカと根セロリのアッシェ・パルマンティエを作る意味は人生の再出発。もう一度、初心に振り返って別の目標に進めっていう深い意味が込められている。苦しい時や悲しい時、辛い時に大切な思い出を振り返りながら目標に向かって突き進む。

 

「四ノ宮シェフ、シカと根セロリのアッシェ・パルマンティエ……食べていただけますか?」

 

「……ああ、もちろんだ」

 

 その一つの皿は酷く懐かしかった。

 一口頬張るだけで美味いと言わざるを得ない品だ。遠月学園での生き残りをかけた毎日、卒業してからの苦悩の日々。プルスポール勲章の受賞した時の達成感。こんなところで俺は停滞なんかしている場合じゃなかったんだ。不思議と身体の芯が熱くなるような感覚。これは、なるほどな。新戸緋沙子の薬膳料理の知識を使って一つの皿をさらに昇華させたわけか。黒木場リョウの料理人としての凄まじい腕と新戸緋沙子の薬膳料理、この二つが合わさったことによって相乗効果が生まれる。こいつら二人は薙切の付き人とかそんなもん関係ない。もう一端の料理人じゃねえかよ。

 

 

 

「お前ら、合格……だわ」

 

 

 こんなガキ共に初心を思い出させられるようじゃ俺もまだまだだな。

 

 




アリス成分補給しないと|ョд・)

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