黒木場リョウ(偽)、頂点目指します   作:彩迦

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宿泊研修編が始まりますよっ。


宿泊研修編
四話 幼き日の出来事


 

 

 

 

 宿泊研修

 遠月学園高等部の一年生全員が参加する強化合宿。遠月リゾートホテルの一つ“遠月離宮”で行われる。毎日過酷な料理の課題が出され、低評価を受けた生徒は即刻退学を言い渡される地獄の合宿でしおりに書いてある友情とふれあいなど皆無であってそこに待ち受けているのは無情のふるい落とし。合宿の講師陣には料理界の第一線で活躍している学園の卒業生たちも含まれている。

 学園卒業生以外にも、遠月リゾートのスタッフ、リゾートが提携している食材の生産者とその家族が審査員を務めることもある。卒業後のリクルートも兼ねており、オーナーシェフの卒業生には在校生の品定めができるメリットがある。

 

「ーーそこに待ち受けているのは地獄の合宿なのです。ところで黒木場くんが気を利かせることが出来るなんて私、知りませんでしたよ」

 

「お嬢、昨日からずっとウキウキしてたからな。お嬢にとっては宿泊研修なんて旅行と同じ、えりな嬢ともっと仲良くする良い機会だろ」

 

 揺られるバスの中。前方の席でお嬢とえりな嬢の楽しそうな会話が聞こえてくる。俺は緋沙子にお嬢と席を代わってくれるように頼んだら最初は顔を赤らめながら渋っていたが、お嬢のことを話したら急になぜか怒り出したので緋沙子の考える事は俺には分からない。

 緋沙子とは同じ薙切の付き人ということもあってたまに情報交換をしている。俺は基本的に情報に疎いし、調べようにもいつもお嬢がくっついてくるのでなかなか作業も進まない。そんな時に秘書子こと、緋沙子に頼んで情報交換というより一方的に情報を引き出している。

 

「そうですね……でも今こうしてアリスお嬢とえりな様が仲良くしていられるのも黒木場くんのおかげですけどね。わざわざ北欧から手紙を片手にやって来たあの日から関係が深くなったわけですし」

 

「あっ……なあ、緋沙子。お前、俺が薊との料理対決をした時に審査員やったよな? もしかしてその時のことをお嬢に話したか??」

 

「え…………っ?」

 

 緋沙子の瞳が僅かに揺れるのを俺は見逃さなかった。お嬢に必殺料理のことを黙っていたのでほとんど俺が悪いのは認めよう。それでも緋沙子も多少は悪いんじゃなかろうか。一ヶ月以上もずっとうわの空な主人、果たして緋沙子はえりな嬢がそんな事になったら耐えられるだろうか。いや耐えられずに同じ付き人の俺に相談が来るのが毎度のことだ。緋沙子、罰は受けてもらうぞ。

 

「え……えっ!?」

 

 無言の窓ドン。緋沙子の瞳が大きく揺れて頬も赤く染まっていく。そしてお互いの顔が近付いて吐息が当たる。俺は無情にもおでこにデコピンをした。

 

「ーーーー痛っっ!?」

 

『まもなく〜遠月リゾートホテルに着きますのでお忘れ物等ないようお気をおつけくださいませ〜』

 

 緋沙子が恨めしそうな顔でこちらを見てきた。

 

 

 

 

 

 遠月リゾートホテルの一つ、遠月離宮。

 今回の宿泊研修には薙切えりなとして、遠月十傑の第十席として見定めなければいけないことがある。アリスの付き人の黒木場リョウ。初めて会ったのは薙切邸だった。お父様からの英才教育のために独り、暗い部屋で流れ作業のように不味い料理を屑入れに入れていた時のことだった。

 いつもなら不味い料理をきちんと入れなければ手を思い切り叩かれ、叱られる。その時は偶然、お父様は休憩に部屋から出ていた。屑は塵芥は屑入れに入れなければいけないのだと。美食こそが至上、それ以外は餌。苦しかった。地獄のようだった。素材に命が吹き込まれて料理になる。その料理を不味いという一言で屑入れに入れる。殺すことと同意義なんだって私は思った。どれくらいの時が経っただろう。一つの光が射し込み、眩しいソレを見た時は背中に修羅が見えて怒りに燃えているように私には見えた。

 

『……うす、コレでも食って手紙を読んでほしいっす』

 

 一つの皿に白身魚と野菜のオープンオムレツが乗っていた。絶妙なバランスと香ばしい香り、白身魚と野菜が黄金に輝いてるように見える。今まで出されてきた料理の中でも一番見栄えが良かった。しかもその横に添えられた手紙には良く知る名前が刻まれているのを見て私は涙が出てきそうになった。

 

『あ、あなたみたいな……子供が何の用よっ』

 

『あぁ? 手紙を渡そうと思ったら辛気臭ぇ顔して料理食ってるから食べ方を教えに来たんだよ!!』

 

『……ま、不味かったら屑入れ行きだからっ!!』

 

 手紙に書かれた薙切アリスという名。

 彼がアリスの付き人だということはなんとなくだけれど、察した私は一口だけ皿に口をつけた。一口目でお母様を思い出し、二口目で優しかったお父様を思い出し、三口目でお爺様を思い出し、四口目で緋沙子を思い出した。五口目で笑顔いっぱいのアリス。優しい家族との記憶に触れ、大好きな緋沙子やアリスと桜の木で一緒に遊んだ日の思い出を。たくさんの優しくて温かい思いが心を満たしていく。これが料理のあるべき姿だ。自然と涙が零れてくる。止まらない、口に含む度に幸せが溢れてくる。たった独りの暗い暗い牢獄から救い出されたような気分だった。

 

『美味しい…よぉ……』

 

 同年代に見えるのにその背中は誰かと重なる。才波城一郎氏、私が最も尊敬する料理人と。なぜ重なるかなんていうのは考えなくても分かった。この料理には詰まっている。込めるべき思いが篭っている。

 

 

 

 

 

 薙切えりなには薙切アリス、黒木場リョウへの恩がある。その恩は返しきれるようなものじゃない。私が尊敬する才波城一郎氏とまではいかないけれど、それに届きうる皿だった。今ではもはや届いているかもしれない。

 そんな彼が中等部時代に遠月十傑に名を連ねないのが不思議に感じていた。普段はあまり二人きりで話す機会もなく、話したとしても一言二言だ。今回の宿泊研修を機会に見定めてきちんと話したい。評価されるべき料理人はそれなりの待遇を受けるべきだ。彼が十傑を倒し、頂点を獲るというならーーーー。

 

「ーー様、えりな様? 大丈夫ですか?」

 

「あ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていただけだから大丈夫よ」

 

『審査に関してだが、ゲスト講師を招いている。多忙の中、今日のために集まってくれた。遠月学園の卒業生だ』

 

 遠月学園卒業生。

 到達率一桁を勝ち抜いた天才たち。全員が自身の城を持ち、日本を牽引するスター・シェフ達。遠月の生徒から見れば自らの憧れの者たち。多くの生徒たちが卒業生たちを目の当たりにできる感覚は喜びと同時に恐れすら感じるかもしれない。

 黒木場くんのことだけを考えていては私もいつミスをするかわからない。全力で挑まないと、他の生徒のように呑まれてしまうわ。幸平創真は相変わらずの気の抜けた顔をしているけど。

 

 

 この宿泊研修は私にとって何か重要なことが起きそうな気がするわ。

 

 

 


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