『結果はーー5対0です!! 食戟は黒木場リョウ選手の勝利となります!!』
黒木場くんの勝利が会場内に響き渡る。
会場内の隅で祈るように手を合わせていた私はホッと息をついた。自分が食戟の場に立っていたわけではないのに緊張から来ているのか、足腰に力が入らずにペタンと床にお尻がついてしまう。
そんな私の様子を見た葉山アキラがクスクスと笑っているのが見えた。思わず唇を尖らせてしまう。だって仕方ないと思う、黒木場くんは私の為に食戟をしてまで、退学を賭けてまで戦ったんだから。これで負けて退学にでもなっていたら、アリス嬢やえりな様に面目が立たない。
「新戸、もしかして黒木場が負けると思ってたのかよ」
「負けるとは思ってない……ただ、安心しただけだ」
なるべく口調を強めてみたものの、葉山アキラが私を見下ろす姿勢になっているので何とも言えないような状態になっていて恥ずかしい。
「……イタリア料理と薬膳料理を合わせる、なんて大胆な芸当は黒木場くらいにしか出来ないだろうが、食戟の料理内容から察するに新戸、お前が関わっているのは分かった」
「うっ……」
「料理に関して無駄な動きをしない黒木場が手を止めた時点で誰の目に見てもトラブルがあったのは明白だ。それでもあいつはイタリア料理か、薬膳料理の一つに絞ることはせずに料理を完成させた」
葉山アキラの鋭い視線が突き刺さる。彼の言いたいことは嫌でも分かる。
「……新戸、黒木場の道を塞いでやるなよ」
最も尊敬してやまない料理人、えりな様を救ってくれた恩人の道なんか絶対に塞げるわけがない。
「わ、分かってる……」
「最後のは冗談だ、気にしないでくれよ」
ひらひらと手を振る葉山アキラの背中を見て、私は心がギュッと締め付けられる。私はえりな様や、アリス嬢、黒木場くんの傍に居て本当に良いのか、ふと考えてしまうことがある。今日の食戟みたいに黒木場くんへ迷惑を掛けたように、えりな様やアリス嬢にも迷惑を掛けてしまうことを考えると、私はお傍を離れた方が良いんじゃないのだろうか。
きっと、その答えは本戦で出るんだろうと私は会場内の温かい拍手と言葉に囲まれてる黒木場くんとアリス嬢を見て思った。
選抜本戦一回戦第二試合、食戟でもある、黒木場リョウ対ジュリオ・ロッシ・早乙女のし映像を眺めながら僕は歓喜に震えていた。叡山枝津也、彼を焚きつけて一人の料理人を学園から退学するように仕向けたのも、本気を見たかったから。
料理中に手を止めたのは何らかの妨害があったから、なのにも関わらず最高ともいえる料理を作り上げた黒木場リョウは称賛にも値する。彼の背中に才波先輩が重なるが、少し違うのは黒木場リョウの実力は当時の才波先輩を越えていることだ。
「……だからこそ、僕が救ってあげなければいけない」
料理人として素晴らしいものを持っているのに、底が浅い料理人達と共にいるせいで彼は
「
「ほう、よく知っているね。それでクラージュはお忍びで黒木場リョウを応援しに行ったのかな」
褐色肌に青い瞳、麗しく見える紫がかった長髪。WGO一等執行官でもあるデコラ、彼女の言葉に少し驚いた。デコラと同じくWGO一等執行官でもあるクラージュが僕に隠れて行くほどに黒木場リョウにご執心とは。
「もしかして、スケジュールが空いたから日本に渡って来たのではなく……黒木場リョウ見たさに日本に渡ったのかい、クラージュは?」
「あら……嫉妬してるの?」
「デコラも美しいけど、彼女の美貌も目立つから。あまり目立つと今後の予定が少し狂うんでね」
料理人達を導く鍵となる、えりな。
まずは僕の娘を手中にするには外堀から埋めていかなければならない。手元にある写真の人物、新戸緋沙子。先の食戟の件を見るに、色々とあったのだろうと考えさせられる。そこを本戦とともに利用させてもらおうか。彼女に何かあれば、黒木場リョウも必然的に動くだろうが、そこは心配はいらないだろう。
しかし、何にせよ、今はデコラやクラージュをWGOを学園側に認知させる訳にはいかないので少々困るのもそうだが、一番困るのは黒木場リョウと接触して変な事を吹き込まれることだ。まだ準備が全て整っていない以上、長期戦となるわけにはいかない。王座を得るには時期尚早だ。
「ふぅ……仕方ない子だな。戻って来たら、少しキツくお説教をしないと」
十傑評議会をまだ一定数、こちら側に引き込められていない以上は迂闊な行動は出来ない。学園側や日本各地で同じ思想を持つ者達はいるが、学園内部から崩壊させるには十傑評議会の人間が必要不可欠だ。
大歓声に包まれる会場内に私はホッと胸を撫で下ろしていた。リョウくん、北欧の港町のレストランで幼いながらに料理長をしていた頃の殺伐とした雰囲気は無く、今は鬼気迫るような覇気すら感じる。
彼が料理長として港町のレストランで働いていた時、週に四回ほど足を運んでいた。それくらいに彼の料理が好きだった。スケジュールを無理やりにでも空けてお店に行くほどだったかしら。
WGO一等執行官のクラージュとして様々な食を見て食べて来たけれど、リョウくんの料理は素晴らしいもの。当時は何らかの事情で自分らしい料理を作れなかったのだろうけど、今は彼の本来の持ち味が活かせていることに嬉しい。今、抱き抱えているであろう、薙切アリスという子のおかげかしらね。ふふっ、微笑ましいなあ。私も今ならリョウくんに抱っこしてもらえるかなあとソワソワする。
「……薊様も酷いわね。リョウくんの今を壊そうとするなんて」
幼いながらに死に物狂いで料理していたのを見ている、実力で勝ち取った料理長を見ているからこそ、今の彼の生活に安堵すら覚える。平穏な日々を。
それを壊そうとするなら許せない。薊様の思想は悪くはない、と思うけれど思想がリョウくんの生活を壊すというなら話は別よ。
「忠告はさせてもらうわ、リョウくんに」
出場選手の通る通路にいる黒服に猫なで声と上目遣いで胸を強調してあげれば顔を真っ赤に染める黒服はすんなりと道を通してくれた。男って本当に単純ね。
通路の向こう側に二人の姿が見える。リョウくんと薙切アリス。料理人達を導く鍵、となる薙切えりなという彼女はいないけれどリョウくんに関わる人物達の身に何かあるのは確かよね。
「ん? アンタ……クラージュか。久しぶりだな」
「誰? リョウくん、この綺麗な女性は」
薙切アリスが満面の笑みを浮かべながらリョウくんの足を変形するくらいに踏み付けているのが見える。
「う……す。港町のレストランで働いてた時の常連客ですよ」
「お久しぶりね、リョウくん」
「リョウくんに用があるなら、私が代わりに聞こうかしら」
笑みが怖いわ、彼女。何か勘違いしてるようだから手短に済ませないと後が恐ろしいわね。
「えっと……ね、手短に済ませるわね。リョウくんと関わる人達、特に薙切えりなや薙切アリス、新戸緋沙子……だったかしら。薊様が今後、何らかの手段で仕掛けて来るかもしれないから気を付けてね」
「どういうことだよ、それ。クラージュ、お前……薙切薊と何か繋がりがーー」
「私は薊様側の人間よ……気を付けてね、リョウくん」
ただ、そう告げると背中を向けて走り出す。伝えることは伝えた、後はきっと彼がどうにかしてくれるはず。薊様の思想に乗った自分が悪い、けれど後戻りは出来ないのだから。リョウくんへ告げるのもこれが最後。ああ、後からきっと薊様からの耳が痛くなるような説教が待っていると考えると足取りが重くなる私だった。
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