黒木場リョウ(偽)、頂点目指します   作:彩迦

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|ू・ω・` )気付いたら……もう5月だったんです。←許してください


三十六話 白と黒のカッペリーニ

 

 

 

『ーー繰り返します! 一回戦第二試合は食戟が行われます!!』

 

 会場中に広がる動揺は私の胸に不安の渦を巻いていく。遠月十傑評議会の薙切えりなとして、秋の選抜大会の運営する側にいる以上、ましてや食戟ともなると私に出来ることは何もない。

 私の従者である緋沙子が宿泊研修で大衆の面前でロッシくんから辱めを受けたのを聞いた時、怒りに震えた。その場に居た黒木場くんが私以上に怒って今回の食戟ということに繋がったのだろうけれど、黒木場くんが勝ったら緋沙子への謝罪、敗北した場合は自ら退学だなんて。

 

「……やはり、私がロッシくんを懲らしめるべきだったかしら」

 

「よぉ、薙切。黒木場の心配でもしてんのか?」

 

 背後に振り返ると自分でも露骨に嫌な顔をしたのが分かってしまう、何故なら緊張感漂う周りの雰囲気をぶち壊さんとする陽気な顔をしている幸平くん。

 

「心配するに決まってるでしょ! 黒木場くんが負けたら退学になるのよ!?」

 

「ふーん……黒木場がこんな所で負けるほど弱くないことくらい、薙切なら知ってると思ったんだけど」

 

 うっ、なんか幸平くんにそう言われると心配してること自体が馬鹿馬鹿しく感じてくるわね。でも相手はあのロッシくんなのよ。君も彼の選抜の結果を見ているはずなのに。確かに幸平くんや葉山くんの点数には勝ることはなかったとはいえ、侮れない相手であることには変わりない。

 この学園においてイタリア料理を作る上で最強とも噂されるアルディーニ兄弟を差し置いて、右に出る者はいないという腕前。あらゆる面の料理を極めんとする黒木場くんと対極的な存在と言ってもおかしくはない。一を極めた料理人、全てを極めんとする料理人。

 

「私だって黒木場くんを信じたいわよ。それでも一つを極めた料理人ほど、恐ろしいものはないわ」

 

「相手は一つを極めた料理人、ね。じゃあ全部を極めようとする料理人の方が強いじゃん」

 

「はい??」

 

 

 つい、素っ頓狂な声が出てしまった。

 

 

 

 

 

 

「ふっ、ご主人様と最後の別れの挨拶はしてきたのか?」

 

「とっくに済ませた……後はお前を緋沙子の前にひれ伏させるだけだ」

 

 料理人には時として、何かを守る為に全てを賭けなければいけない時がある。それが今日という舞台ではないのか、緋沙子の料理人としての尊厳を守るために戦う。あいつの料理に対する姿勢を、幼い頃から汗水流して厨房に立ち続けた努力を嘲笑ったロッシを倒せないようなら、俺に料理を作る資格はない。

 

 一つのことを極めるという大変さはイタリア料理を極めているロッシが一番に分かっているはず。なぜ、緋沙子を宿泊研修という舞台で大衆の面前で辱めたのか。普段から緋沙子には何かと突っかかる節があるというのは聞いていたけど、俺は何かを見落としている気がしてならない。この食戟を通して見落としているものがあるのか、無いのかをハッキリとさせる必要がある。

 

『一回戦第二試合は食戟となりましたので引き続き、本戦の審査員に審査していただきます!! 対決テーマも本戦のものとなります、対決テーマはイタリアンとなります!』

 

 

 お題はイタリアン。

 本戦での対決テーマを初めに聞いた時は驚きはしたものの不安は感じなかった。秋の選抜は遠月十傑評議会が仕切っている以上、公正なルールに則って大会の出場者として一人の料理人として戦う。俺が極めようとする全ての料理とイタリア料理を極めたロッシでは今回のイタリアンというお題はあまりにも分が悪い。

 しかし、俺は一人で戦うつもりはない。今から作るのは緋沙子から教わった薬膳料理の知識を活かした一品。ロッシ、お前があの日に一人の料理人の努力の結晶を否定したなら俺は一人の料理人の努力の結晶を全て肯定する。

 

『これより、黒木場リョウ選手対ジュリオ・ロッシ・早乙女選手の一回戦二試合目、食戟を行います!! 調理開始!!』

 

 これから作るのはミネストローネ。主にトマトを使ったイタリアの野菜スープだ。イタリアでは使う野菜も季節や地方によって様々で決まったレシピはなく、田舎の家庭料理といった趣である。

 トマトをベースにしたスープ、使う野菜によっての薬膳効果を考え、味と見た目を落とすことなく審査員の舌を満足させるには簡単ではなかった。今までに至るまでの遠月の様々な料理人達から教わったこと、自分の料理人としての知識を全てをフル活用して最高の料理を作り上げる。

 

「料理はただ美味しいだけじゃ完成じゃねぇ。その皿に熱を、想いを込めることによって完成される」

 

「何を言い出すかと思えば、料理に熱や想いを込めるなんて馬鹿馬鹿しい。美食を作る上で不必要なものだ」

 

 不必要、ね。

 いつの日だったか、俺がまだお嬢と出会う前に港町のレストランで厨房を仕切っていた時は料理に熱や想いを込めるなんていうことは忘れていた。ただ美味しければいい、そこに料理の楽しさなんてものは一切ない。

 お嬢と出会ったことで料理人として大切なことを思い出し、誰かのために作る料理の楽しさを再認識させてもらった。絶対に忘れてはいけない気持ち。

 

 

『リョウくんの作る料理は美味しいけれど、作っている本人が心から料理を楽しんでないのは少し勿体ないなあ』

 

『料理を楽しむ? ただ美味しい料理を作れさえすればーー』

 

『私はね、同い年の幼馴染に美味しいって言ってもらうためにいつも料理をしているのよっ』

 

 

 誰かのために作る料理は笑顔になるほど美味いに決まっている。かつての料理をする上での信条はお嬢と出会い、今日という日まで貫き通してきた。審査員だけではなく、ロッシにも笑顔になるほど美味い料理を出す。手首に巻かれたバンダナを解きーー頭に巻き直す。

 

 よし、野菜の下準備だ。玉ねぎの皮を剥いて1cm角に切り、ズッキーニは半月切りにし、セロリ、キャベツ、人参、じゃがいもをそれぞれ適度に切る。野菜の下準備を終えたら次は鍋にバターを熱し、小さめの拍子木切りにしたパンチェッタを弱火で炒めていく。

 今日のように連戦での食事は審査員の胃腸に負担は掛かるから最適な薬膳効果を狙った料理。ビタミンが豊富なトマト、ニンジンの組み合わせによって体内の活動を活性化させる。スープという消化しやすい形にすることによって消化吸収機能が衰えている人でもすんなりと食べることが出来る。

 

「お前に魅せてやるよ、緋沙子が極めた薬膳料理を。俺が極めんとする料理を!!」

 

 料理は孤独(ひとり)では作れない。作り手や食材を育て上げた人、料理に関わった人々によって多くの人達の手を借りて料理は作られる。

 

 

 

 

 

 

 対決テーマである、イタリアン。

 十傑評議会の第九席の叡山先輩の手によって仕組まれたものは明らかだった。僕の最も得意分野のイタリア料理で黒木場リョウを叩きのめせ、ということなのだろう。

 僕の料理技術では黒木場の足元に及ばないということなのか。不確定要素を除くためには僕の得意分野でなければ黒木場に太刀打ち出来ないとでも言われているようで対決テーマを初めに聞かされた時はとても気分が悪かった。

 幼い頃からイタリア料理を極めてきた僕に対し、黒木場はジャンルが定まっていない。全ての料理を極めようとする姿勢は評価に値するかもしれないが考えが浅はか極まりない。薙切アリスの付き人で中学時代は目立ってはいなかったが、遠月の様々な料理人達にプライドを捨てて教えを乞う姿を時々見た時は滑稽極まりなかった。

 

 料理に熱を、想いを込めるなんて馬鹿馬鹿しい。それで料理が美味しくなるわけがない。料理に必要なレシピ、有事の際の対応。作業を落ち着いて行えば美味しい料理は作られる。見た目を、味を満足させられるものは客から高い評価を得る。

 

「僕のイタリア料理が負けるわけがない」

 

 黒木場リョウ、これから学園を去りゆく君に僕の必殺料理(スペシャリテ)を餞別にしよう。

 

 必殺料理、白と黒のカッペリーニをね。

 

 


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