『薙切アリス選手、堂々の96点です!! 断トツのトップとなりましたーっ!!』
予選Bブロック。
会場内の静寂を破った、薙切アリスお嬢様。凛とした表情でロッシくんの横を通り過ぎているけれど、その表情の裏にはどれほどの努力があったのかは私は知らない。料理人の見本となる、黒木場くんがいつも傍にいるというのは心強く、刺激があって、自分にとって料理人として足りないものが見えてくることによって成長に繋がる。
アリスお嬢様が作った、コルマカレー。インド料理の一種とされていてヨーグルトや生クリーム、ナッツ類のペースト等をベースに作られるマイルドでクリーミーな味わいがあるカレー。私の知る限りのお嬢様では、これほどまで完成度が高いコルマカレーを作れない。この料理はお嬢様一人で作ったものじゃないのは分かる、黒木場くんが自分の試作の合間を縫って付きっきりでお嬢様にコルマカレーの基本、応用を教え込んだ結果がこの料理。
今、私の目の前に見える料理人の背中にうっすらと黒木場くんの背中が重なって見える。まるで黒木場くんと一緒に戦っているように見えるその姿に敵う相手はいないとでもいうように。
「……挽いたコリアンダーにクミン、さらに少量のコニャックを使っている。肉には羊肉と山羊肉……なるほど、食の魔王の血族という名ばかりの成り上がりではないようだ。ふっ、黒木場と戦いたいなら、まずは飼い主に許可を取れとは仕方ないな。完膚なきまでにねじ伏せてみることが出来るかはわからないが」
「アリスお嬢様をねじ伏せる料理なんてロッシくんには作れないとは思うけど」
「確かにその通りだ。まさか、薙切アリスがこれほどの料理を作れるとは思ってもいなかったさ。でも料理における、見た目、香り、味というお客様に楽しんでもらうための三要素を二つも欠いている料理人になら勝てる。新戸緋沙子、お前はなぜ薬膳料理という道を選んだ? えりな様の傍にいる者なら、薬膳料理というジャンルは極めないはずだと僕は思う」
「私はえりな様のお傍に立つ者として、体調
管理をする必要がある。薬膳料理には様々な効能がある、見た目に華はないかもしれないけど、私は一人の料理人の高みに少しでも近付きたいと思って薬膳料理の道を選んだ。それは結果的にえりな様の役に立つようになったのだから私は今、料理人として満足してる」
黒木場くんの料理人としての高みに近付きたいと思って極めた薬膳料理は、今ではえりな様にとって欠かせないものになった。料理人として必要されていることは従者として凄く嬉しく思う。
「料理人としての、高み。それは黒木場リョウのことか? 宿泊研修でのゲスト講師の黒木場への評価は全て最高レベル、課題で作られたシカと根セロリのアッシェ・パルマンティエは見た目、香り、味はとても良かったとされていたが……その料理だって黒木場のサポート無しでは作れなかった品だ。黒木場一人でならシカと根セロリのアッシェ・パルマンティエはもっと完成度の高い品に出来たかもしれない。もう一度問おう、新戸緋沙子。なぜお前は薬膳料理の道を選んだ?」
ロッシくんの静かな問い。
これはただ私を辱め、侮辱しようとしているんじゃない。料理人としての本質。私の極めた薬膳料理は黒木場くんの高みに近づくため、えりな様の支えとなるため。日々、研鑽を重ねてどんな効能があるか分かった上で作っているから、えりな様の体調改善には最も適している。努力を怠ったことは一日もない。
「新戸緋沙子、やはりお前はえりな様のお傍にいるべき人間ではない。薬膳料理を極めた上で料理の見た目と香りは美食でなくとも大切、だがお前は現状に満足し、停滞している。中学からずっとお前は止まったままだ」
決して薬膳料理の見た目と香りを改善しないようにしていたわけじゃない。努力していた、それでも料理の見た目と香り、味というバランスを保つのは非常に難しくて黒木場くんの腕なら出来るかもしれないけど。私はあんなに多種多彩な料理人じゃないから限度がある。それでもロッシくんは私の内面を見透かしたかのように鼻で笑い、去っていく。
心の底からBブロック会場で良かったと思う自分がいる。イタリアン料理を極めんとするアルディーニ兄弟と、ジュリオ・ロッシ・早乙女のどちらのイタリアン料理が上なのかをここでハッキリさせる時が。アルディーニ兄弟の兄、タクミ・アルディーニとして勝利という二文字を得るぞ、弟よ。
『もう一度、言ってみろ。僕のイタリアン料理のどこが残念だというんだ』
『イタリアン料理の申し子、アルディーニ兄弟と聞いていたが……兄の料理がこんなに残念だと弟の料理はもっと残念だと予想出来る。タクミ・アルディーニ、イタリアン料理の基本と応用が出来ているにも関わらず、なぜフリッタータで具を入れた卵液を15分程度時間をかけるところを5分程度にしたのかまったく理解できない。焦るところでもなんでもない、見た目が焼けていて中身を半熟するならば他にもやりようはあるというのに』
中等部時代、ジュリオ・ロッシ・早乙女との一番最初の会話。イタリアン料理を極め、お客様に出してきた料理人として屈辱的だったことは今でも覚えている。イタリアン料理の基本ともいえるフリッタータで残念と言われたのは初めてだった。その会話から顔を合わせる度に皮肉を言われ、弟に至っては相手にすらされなかったという。ロッシの料理人としての思想は美食。おそらく、この遠月学園に少なからず存在するあまり心地よいものじゃない。美味しいと思えないものは全て料理では無い、豚の餌と同じだということを女子に話していたところを見たことがある。
その場は途中からしか見ていなかったので会話に割って入ることはしなかった。けれども宿泊研修での新メニュー作り、ロッシは薙切えりなのお付きである、新戸に自分が極めて大切にしてきた料理を大多数のお客様がいる場で辱め、侮辱をしている姿を見て僕の堪忍袋は切れたと同時に黒木場がロッシへと向かっていく姿を見て、僕はまた何もせずに見ているだけだった。
ただ、見ているだけで何もしないのと行動するのとでは全然違う。ジュリオ・ロッシ・早乙女、僕はイタリアン料理を極める一人としてお前を倒させてもらう。料理というのは個性、想い、繋がりがある。もし、僕とロッシに通ずる何かがあるというならそれはイタリアン料理をどれほど愛し、表現出来ているか。
『続きますのは、タクミ・アルディーニ選手です!!』
夏野菜のカレーフィットゥチーネ。
牛スネと鶏ガラの出汁にフェンネルとグリーンカルダモンで味付けをした鼻腔をくすぐるカレーソースに合わせるようにふんだんに夏野菜を盛り込んだパスタ料理。隠し味に普通の醤油より旨みが凝縮され、甘い芳醇さを持つとされるたまり醤油を使っている。パスタは三つの層、外側をターメリック、真ん中の層にはパルメザンチーズを練り込んである。たまり醤油とパルメザンチーズの組み合わせによって濃厚なコクが舌に絡みつく。
『な、なんやこれは!! パスタが三つの層になっとる!!! 外側にはターメリック、中の層がパルメザンチーズとは恐れ入った!! しかも、この濃厚なコクはそれだけやない!!』
『素晴らしい出来だ。隠し味のたまり醤油がこのチーズと相まって濃厚なコクを生み出しているわけか』
カレー料理という器で自分なりに考えた上で出したイタリアンと和食の融合。味の地平線を切り開くべく新しいことに挑戦した結果だ。
『タクミ・アルディーニ選手の得点をお願いします!!』
18、19、19、18、18という得点が出された。
『得点は92点です!! なんと連続で90点以上出ました!!』
薙切アリスの96点には届かなかったか。
ロッシに今ので充分な実力を見せれただろう。弟に、イサミにも兄の立派な背中は見せられた、かな
最後まで読んでいただき感謝です(`・ω・´)キリッ