『調理……開始ッ!!』
午前十一時、予選Aブロック会場。
両ブロックの審査員達は海千山千のプロが作る料理を毎日相手にしている、この世の美食を貪り尽くした連中。味に対する経験値は一般人とは絶対的に違う。そんな相手を前に俺が作る品はブリ大根のスープカレーだ。
ブリは青魚の中でも最も栄養のある魚の一つ、良質なタンパク質とビタミンB1、B2、D、Eが豊富に含まれている。悪玉コレステロールを低下させ動脈硬化予防にも効果があり、また、鉄分も豊富だから貧血予防効果もある。大根にはアミラーゼやジアスターゼなどの消化酵素が豊富に含まれていて胃腸の働きを活性化するとともに胸焼けや胃酸過多などに効果的だ。
俺にはえりな嬢の神の舌や葉山のような天性の嗅覚にその場のアイディア一つで料理をまとめあげる程のスキルはない。だからこそ下地を積んできた大衆料理人としての技術と北欧の港町での荒くれ者達を相手にたくさんの料理を作ってきた。この品は日本食のブリ大根とは全く違うが、ブリの旨みとだしにあっさりとした大根、そしてスパイスの奥深い香りが一番合う一品。なんとしてでも予選通過してロッシを倒す。
「ーー黒木場」
「なんだよ、葉山」
「俺はこの料理大会で潤と俺のコンビは最強だってことを証明する。そのためには誰にも負けるわけにはいかねぇ。たとえ、お前が相手でもな」
「……俺にばっか意識を向けてると、意外ととんでもないとこに伏兵が潜んでるかもしれねえぞ」
「どういう意味だ?」
「さあな、これから分かると思うぜ」
人のことは俺も言えないけどな。
現時点でスパイスの扱いに関しては一年生、いや学園で一番ともいえる葉山が同じブロックにも関わらず、ロッシの事が頭を過るようじゃ目の前のことに集中出来てないな。
さて、仕込みといくか。ブリを水洗いしてキッチンペーパーで水気をしっかりとふき取って、塩をまぶす。10分~15分程たつと表面に水分がでてくるから再度キッチンペーパーで水気をふきとり、一口サイズより大きめにカットする。ここで小さくカットすると煮崩れてしまうので大きめにカットする必要がある。そして、ターメリックを少々まぶして優しく揉みこみ下味をつけるぜ。これで魚の表面にある臭みの原因を取り除くための重要な仕込み工程は終わった。
次に大根を一口サイズの乱切りにし、玉ねぎは繊維に沿って千切りにする。しょうがを包丁の腹でつぶしてから細かく切ってみじん切りに。トマトは調理中につぶれてしまうので大きさがバラバラな粗みじん切りで大丈夫。
魚と野菜の仕込みは完了、次はスープカレーのホールスパイスのテンパリングだ。先にアジョワンシード、カルダモン、クミンシード、クローブ、シナモンホール、フェヌグリークシード、フェンネルシード、ベイリーフ、マスタードシードをミックスさせておく。
鍋にサラダ油を大さじ2入れて中火で温めてクミンシードを2粒程入れておき、ふつふつとなってきたら中火と弱火の中間に火力を落とす。そしてホールスパイスを全量入れてじっくりテンパリング開始していく。
スパイスの成分をサラダ油に移すためにヘラで優しく混ぜたり鍋を少しゆすったり、鍋を斜めに傾けて炎の真上で温める。しばらくするとカルダモンとクローブが膨れ、マスタードシードがパチパチとはじけてフェヌグリークシードが茶色に変わりスパイスの香りがしてきたらカレーリーフを小さじ約2投入し、テンパリングの完了だ。
鍋に玉ねぎの千切りを加え、最初は強めの中火で焦がさないように良く混ぜながら炒めていく。少し色が変わってきたら中火と弱火の中間ぐらいにして、このタイミングでしょうがのみじん切りを加える。火加減を調整しながら玉ねぎから出る水分をしっかり飛ばす。
「よし、いい感じだ。ここまでの出来は完璧ーー」
待ってろよ、強者達。
ついに始まった秋の選抜予選。
遠月十傑の一人、第九席の薙切えりなとして秋の選抜を運営する側としての責務は全うするつもりだけれど、やはりどうしても気になってしまうわね。黒木場くんがどんな料理を作るのか。
黒木場くんはスパイスの扱いにも長けてるって前にアリスは言っていた、一体彼はどれだけの料理の引き出しを持っているというの。
「あれ? 薙切くん、仕事は片付いたから新戸くんの応援でもするのかと思っていたんだけど」
「一色さん……ちょっと彼の料理が気になりまして」
「彼、というと黒木場くんかい。たまに極星寮に遊びに来ていたよ。料理人としては非常に面白い逸材といえるね」
「えっ? 極星寮に遊びに行ってたりしてたんですか、黒木場くん」
「うん。遊びに来るというよりは学びに来ていたの方が正しい表現かもしれない。おっと、僕はBブロック会場に向かわないと……失礼するよ」
神出鬼没なのね。
色んなところに料理を学びに行っているなんて。普通なら、どの料理人も自分の得意料理にはプライドがあるものだから簡単には教えないと思ってたんだけど。黒木場くんの人柄の良さがあるからこそなのかしら。
そういえば、黒木場くんは私からは料理を学びに来たことは一度もないわね。なんでかしら、私だと何か不服だというの、うう、気になる。
「……ん、彼が取り出したのはブリということは得意分野である海鮮を生かしたものに……いや違うわね」
ブリ大根のスープカレー、ってとこかしら。黒木場くんの腕ならどんな料理でも美味しいっては思えるんだろうけど今回は美食を貪り尽くしてきた審査員がほとんど。
その方々に出す品がブリ大根のスープカレーともなると見栄えに華がなく、幸平くんと同じとはまではいかないけど大衆料理のジャンルに含まれるんじゃないかしら。大丈夫なの、黒木場くん。
「次はーー」
玉ねぎを炒め終わったら、強めの中火にしてトマトの粗みじん切りを加える。焦がさないように混ぜ、トマトをつぶしながらしばらく炒め煮してトマトの水気を飛ばす。その後に弱火に戻してパウダースパイスと塩を小さじ約1強とケチャップを小さじ1加えて粉っぽさが無くなるまで炒め煮していく。これでしばらくして全体にとろみがついたらベースソースの完成。
仕込んでおいたブリをフライパンで素揚げしないとな。中火で温めたフライパンに大さじ4~5のサラダ油を入れて皮の面からカラッと焼くように揚げる。きつね色になったらフライパンからあげてクッキングペーパーで余分な脂をふき取る。
「仕上げだ!!」
ベースソースの鍋の火を中火にし、仕込んでおいた乱切りの大根を投入してベースソースと良く絡め、大根が少し透明になってきたらお湯3.5カップ程度を様子を見ながら加え、蓋をして5分程たったら大根の火の通りを確認。
7割方火が通っていれば、素揚げしたブリを投入して強めの弱火で煮込む。絶妙に香ばしい香りだぜ。5分程煮込んだら俺特製のガラムマサラを小さじ1/4加えて更に5分程煮込み、ブリに火が通っているのを確認したら完成だ。後は皿にご飯と共に盛り付ければ。
「ブリ大根のスープカレーの完成だ。さあ、勝負といこうじゃねえか」
最後まで呼んでいただき感謝です( ⸝⸝⸝•́ω•̀⸝⸝⸝)ペコリ