二十六話 何の為に戦う
第四十三回、秋の選抜料理大会。
現在の十傑メンバーはその殆どが選抜の本戦へと出場した経験を持っている。つまり、次代の十傑は秋の選抜の中から生まれる。お嬢に出会い拾ってくれた恩に報いるためにも俺はこの学園の頂点を獲る。その手始めには秋の選抜で優勝することが十傑の座に近づく一歩でもある。
この秋の選抜は俺にとってはまた別の戦いの舞台でもあり、ジュリオ・ロッシ・早乙女をぶちのめす必要がある。食戟のタイミングはあちらに任せてある以上は選抜の予選を突破する自信があると見える。タイミングとしては本戦になるはず、緋紗子を侮辱し泣かした罪は重いぞロッシ。
「リョウくん。怖い顔してるわよ、どーせロッシくんのことを考えてるんだろうけど」
「いつから俺の心を読めるようになったんですか、お嬢」
「今日の秋の選抜料理大会には私も出るんだし、えりなは運営側だから出ないけど緋紗子だっている。油断ならない多くの料理人達を相手に隙を見せてはいけなくってよ」
あくまでも俺の目的は秋の選抜の優勝であってロッシ一人をぶちのめすだけにおさまらない。この舞台には幸平創真や葉山アキラの二人もいるからには絶対に予選で落ちるような料理人達ではない。極星寮の面子は誰もが素晴らしい料理人だし、伊武崎や丸井、吉野に榊がいる。油断や隙なんて見せられない。
『ーーご来場の皆様、長らくお待たせ致しました。会場前方のステージにご注目下さい。開会の挨拶を当学園、総帥より申し上げます』
『うむ……当会場は月天の間、本来は十傑同士の食戟のみで使用を許される場所。歴代の第一席獲得者へ敬意を込めて肖像を掲げるのも伝統となっている。この場所では数々の名勝負と数々の必殺料理が生まれた……だからこそから漂っているのだ、歴戦を生き抜いた料理人達の斗いの記憶が。そして秋の選抜の本戦はこの場所で行われる。諸君がここにまた新たな歴史を刻むのだ、再びこの場所で会おうぞ!! 遠月学園、第九十二期生の料理人達よ!!』
薙切仙左衛門の開会の挨拶が終わるのと同時に会場内に響く大歓声。諸君がここにまた新たな歴史を刻むのだ、と言われて料理人なら興奮しない奴はいないだろうな。次にここに来るのは選抜の予選を突破した後だ。一瞬たりとも気は抜くなよ俺。
『ーー続きまして、予選のルール説明に説明に移ります。基本のレギュレーションは書簡でお伝えした通り、テーマはカレー料理になります。食材は会場内に用意された物、もしくは持参した物の使用も可となります。制限時間は三時間。通過人数には関しましては予選出場者六十名の中から本戦に進めるのはーー合計八名』
つまりは各ブロック、AブロックとBブロックから四名ずつということになる。六十名から一気に八名まで絞る。さらにこの中から頂点に立つのは一名。第九十二期生、玉の世代と称される以上は多くの料理人達が凄まじい実力を持つんだろう。中には料理が凄まじくても性格まではどうにもならない奴らが混じっているのも確かだ。
『出場者は速やかにA・Bそれぞれの会場へ移動してください。今から約一時間後、十一時より予選を開始致します』
「お互いに頑張りましょうね、リョウくん。高等部に上がった時のあの台詞は忘れてないんだからっ。遠月学園の頂点を獲るつもりなら、この舞台で一番をとれなかったら承知しませんからね」
「うす。仮にお嬢が相手でも全力で叩き潰すんで」
「ふんっ、リョウくんのくせに生意気なんだからっ」
お嬢の小さくなっていく背中を見送る。
ふと、視線を感じた。身体を視線の先へと向けると下卑た笑みを浮かべるジュリオ・ロッシ・早乙女の姿。
「やあ、薙切アリスの犬。体調はいかがかな?」
「テメェの面を見たらやる気がみなぎって絶好調だぜ」
「それは良かった。体調不良なんかで本気を出せなかったとか、後からほざかれても気分が悪いからな。お互いに全力を出そうじゃないか。食戟の話はお互いに本戦に出てからだ。わざわざ己の退学を賭ける価値が新戸緋紗子にはあるのか、甚だ疑問に思うよ。あの程度の料理人なんざーー」
「黙れ。これ以上の戯言は聞く耳は持たねえ。料理人なら料理で語れ。緋紗子には俺の退学を賭ける価値は充分にある、陰ながら努力の日々を見てきたからな。徹夜なんでザラにしていて自分の主のために健気な姿勢。料理人としての器自体、テメェと違う。友達のために身体を張れねえ奴なんざ男じゃねえ。それにテメェは知らねえだろうが、緋紗子はえりな嬢のために泣いてやれる女だ。自分には顔向けできないと、無力だと感じた
屑には死んでも負けねえ。
黒木場くん。
秋の選抜料理大会というタイミングでロッシくんとの食戟を行なうなんて正気の沙汰とは私は思えなかった。えりな様やアリスお嬢は黒木場くんなら大丈夫って常々言っていたけれど二人も本心ではとても心配なはず。今回の選抜の予選に向けて研鑽を積んできたけど、黒木場くんはさらにロッシくんとの食戟も頭の中に入れた上で試作なんかしていたら疲労が蓄積されていざ本番ともなると大丈夫なのかと心配になってしまう。
本来なら私がロッシくんと食戟を行なって自分の薬膳料理はえりな様の傍に居てこそ輝くものだと証明しなければいけなかったのに。黒木場くんの優しさに私は甘えてしまった。
黒木場くん一人にロッシくんとの食戟を任せて自分だけは秋の選抜に専念するなんてことは絶対に出来ない。黒木場くんに一言でもいいから謝りたい。予選開始までの一時間より謝りの一言を伝える方が重要に決まってる。
多くの生徒達が一斉に走り出している中で、黒木場くんとロッシくんの姿が見えた。
『ーーそれは良かった。体調不良なんかで本気を出せなかったとか、後からほざかれても気分が悪いからな。お互いに全力を出そうじゃないか。食戟の話はお互いに本戦に出てからだ。わざわざ己の退学を賭ける価値が新戸緋紗子にはあるのか、甚だ疑問に思うよ。あの程度の料理人なんざーー』
ロッシくんの下卑た笑みが見える。
確かにその通りだった。私にはわざわざ黒木場くんが自分の退学を賭けてまで食戟を行なう価値なんかない。黒木場くんのように凄い料理人が、もしもロッシくんに負けた時のことを考えると罪悪感で胸がいっぱいになってしまう。
『黙れ。これ以上の戯言は聞く耳は持たねえ。料理人なら料理で語れ。緋紗子には俺の退学を賭ける価値は充分にある、陰ながら努力の日々を見てきたからな。徹夜なんでザラにしていて自分の主のために健気な姿勢。料理人としての器自体、テメェと違う。友達のために身体を張れねえ奴なんざ男じゃねえ。それにテメェは知らねえだろうが、緋紗子はえりな嬢のために泣いてやれる女だ。自分には顔向けできないと、無力だと感じた
泣きたくないのに。
自然と涙が出てくる。私は黒木場くんのように強くなりたくて薬膳料理を極めようと思った。結果的にそれがえりな様の体調管理に役立てられるようになって凄く嬉しかった。えりな様のために作る薬膳料理。そのきっかけはある一人の料理人。
えりな様のお父様の凶行を小さかった頃の私には止めることなんか叶わなかった。えりな様に顔向けなんか出来ないし、自分の無力さを痛いほど痛感した。あの日、一人の小さな料理人が戦う術を教えてくれた。料理で人を救えるということを。
もはや何も言うまいと私は黒木場くんとロッシくんから背を向けた。
黒木場くんに謝ったりしたら、この戦いに水を刺すことになる。
頑張ってーー黒木場くん。
最後まで読んでくださりありがとうございます(*^^)