久しぶりに、夢を見た。
田所が極星寮に背を向けて別れも告げずに寂しく去っていく夢。宿泊研修で田所がクビを言い渡された時、何も出来なかった無力な俺。もしもの可能性とかたまに考えたりはするけど今は今だ。
過去ばかりを見ていても何も始まるわけじゃないよな。田所だって今の俺を見れば悲しむに決まってるし。そうと考えれば秋の選抜に向けてカレー作り、始めないとな。
「……まだ朝の4時か。 あー、確かほとんど皆居ないんだっけ。居るのは一色先輩とふみ緒さんだけ。厨房は使い放題だな」
材料も昨日のうちに買いだめしておいたから色々試してみたかった。親父の紹介してくれたスパイスに詳しい後輩の人には、ただ殴られただけで得るものは何もなかったし。基本的なカレーを作っても秋の選抜に出てくる連中には太刀打ち出来ないかもしれないから、どのスパイスを使うとか迷うぜ。
こういう時こそ、黒木場に色々教わりたかったんだけど旅行に行ってちゃアドバイスとか貰えるわけないし。どのジャンルの料理にも精通してて学園全体の食の上流階級意識はない。ないというか、俺みたいな庶民に近い感覚持ってて料理の経験と発想を大事にする昔気質な料理人っていう感じがカッコいいよな。
「朝から精が出るね、創真くん」
「一色先輩!? 朝起きるの早いっすね。もしかして畑の手入れですか?」
「うん。毎日手入れしたり、お話をしたりしないと良いものも育たなくなってしまうからね。そういえば昨日、創真くん宛に封筒が届いてたんだけど渡しそびれてたから今渡しておくよ」
四ノ宮シェフからの手紙。
一色先輩の表情が一瞬強ばった。優しい先輩のことだから渡すのを戸惑ったのが分かる。一色先輩は宿泊研修から帰ってきた俺達を温かく迎えてくれたのと同時に田所のことを誰よりも悲しんでた。その場には居合わせられず、何もすることが出来なかったって。
そんな先輩が田所を学園から追い出した相手のことを何とも思わなかったはずがない。確かに、あの場で田所がクビを言い渡された状況も一人でなら完璧な対処法だった。でも複数の調理を仮定した場合は判断ミスとしか言いようがなかった。
「四ノ宮シェフからの手紙は確かに渡したよ。じゃあ僕は畑の手入れに行ってくるね」
「……先輩は、手紙の内容が気にならないんすか?」
「気になるけど、手紙は創真くん宛だ。何が書かれていても僕が何か行動を起こすつもりはないよ」
先輩の裸エプロン姿がいつも以上に眩しかった。
そろそろ手紙が届いた頃だな。
宿泊研修で俺にタテついたのは幸平創真、アイツだけだった。あのままの勢いだと卒業生を相手に食戟を挑んで来たかもしれねぇ。あの馬鹿無鉄砲さは正直に言うと嫌いじゃねえんだよな。大切な仲間を守ろうと身を挺するなんて今時のガキ共には無理だとすら思ってたが違った。
あの幸平を見てると黒木場も思い出すぜ。両者ともに似たタイプの料理人だ。最近の遠月学園は食の上流階級とも言わんばかりに金持ちが名を馳せるために入学し、レベルを落とさんとも考えていたがあの二人は違う。
料理人としての地盤を作った上で更なる飛躍をしようと頑張っている。料理人としての経験と発想を大切にし、新しい料理を作っていく。俺としては理想の料理人の考えだ。だからこそあいつらには停滞なんかしてもらっちゃ困る。
幸平には少しタイミングが悪かったのかもしれねえな。俺の手紙を見て破り捨てるか、行動に移すかのどちら。俺は後者の行動に移すのを信じてるけどな。
「どうしたんですか、四ノ宮シェフ。珍しくボーッとしちゃって」
「少し考え事をしててな。なぁ、自分を傷付けられた相手に手紙を渡されたりすればお前ならどうする?」
「読まないで破り捨てますね」
「そうか……」
チッ、失敗した。
手紙なんざ書くよりも電話で伝えるとか、人づてに伝えるとかもっと他に方法があったじゃねえかよ。俺は馬鹿かよ、クソが。今まで人の気持ちを考えないで行動してきた分、人として大切な感情を失ってるぜ。
「でもーーそれが先に進むために必要な手紙なら絶対に読みますけどね」
「先に進むため、か……」
幸平、どうするかはお前が考えろよ。
四ノ宮シェフの手紙。
それは宿泊研修に触れないような当たり障りがない手紙だった。それでも気になったのは最後の文章。田所の件、悪かったな。気になるなら霧のやを訪ねてみるといい。ほとんど殴り書きだった。あの件は四ノ宮シェフは講師としては正しい判断だった、それは疑う余地がない。俺がまだまだ子供で田所を助けたいって思って行動しただけなのに。四ノ宮シェフは気にしてくれていた。
霧のや、というと乾日向子先輩が女将をしている日本料理店だったっけ。なんで霧のやを訪ねてみるといいんだろう、田所の何の関係があるだとか今は考えなくてもいいよな。考えるより行動した方がいいし。
「とりあえず極星寮には置き手紙だけ置いてきたし、忘れものは特にないよな。四ノ宮シェフの手紙もテーブルに置いてきたから一色先輩やふみ緒さんも読むだろうし。ってもう大分日が昇ってきたけど」
田所の涙が忘れられない。あれからずっと進めないでいた。停滞っていうのかは分からないけど何の料理を作っても何も感じない。寮を訪ねてきた親父にも今のお前と料理対決をしても何の意味もないって呆れられるくらいに手につかなかった。
「あっ、一色先輩からメール来た。気を付けていっておいでって……本当の極星寮の聖母って一色先輩のことじゃねえのかな」
極星寮の皆は本当に優しいし、強い。そんな皆だからこそ遠月学園を一緒に卒業したかった。先に進むにはきっかけが必要な気がする。これが必要な、きっかけだと俺は思う。霧のやで何か得られるもんがあるなら得たい。
何も得ず、先に進めないなんてかっこ悪いし。皆と一緒に先に進みたい。極星寮の皆と人数を欠けずに。田所だって遠月学園から去っても極星寮の一人だ。
「霧のやまであともう少しだな……やっぱり卒業生が持つ日本料理店だから、こうなんか凄いんだろうなあ。どんな料理があるんだろ。っていうかいきなり訪ねてもいいもんなのかな」
霧のやが見えてきたの同時に人影が見える。つい最近まで見慣れていた人影だ。朝早く起きて一色先輩と一緒に畑作業をしたり、皆の分の朝食をふみ緒さんと一緒に作ったり、料理の才能はないからと誰よりも努力していた奴を俺は知ってる。遠月学園から去っていいような奴じゃないんだよ、クビなんか言い渡されていいような奴じゃないんだ。
努力しているから少しは誇ってもいいのに誰よりも臆病で自信を持てずに肝心の本番で慌てたりするような奴だからこそ報われるべきだ、料理人としてもっともっと輝くのはこれからっていう時に居なくなってしまったことが悲しくてたまらない。
「っ……」
影ながら応援していた。いつも極星寮の皆が見えない所で努力しているのを、皆が知っている。だから応援したくなる。俺は編入生だけど、日頃から一緒だった吉野や榊は誰よりも努力家なのを知っているから、分からない課題や料理の分からないとこを教えあったりしていたんだろうな。人から好かれるものを持っていたのは事実だ。それが無意識っていうのはある意味で才能だ。それを煙たがる奴はいるだろうけどさ。
四ノ宮シェフの手紙の意味をたった今、俺は理解出来た。もしかして手紙の内容を一色先輩は理解していたのかもしれない。後輩を温かく見守るのは先輩らしい。もしかしたら、俺よりも来たかったかもしれない。見慣れた人影に近付くにつれて、なんて声を掛けるか迷う。
「……たっ、田所ー!! 久しぶりだなっ!!」
「ほぇっ!? そ、創真くんっ!?」
久しぶりに見たその笑顔は輝いてた。
最後まで読んでくださり感謝です(*^^*)