黒木場リョウ(偽)、頂点目指します   作:彩迦

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遅くなりました(´・ω・`;)待ってた方いましたらごめんなさい。


二十一話 動き出す影

 

 

 

 

 

 

 微に入り細を穿つ。

 黒木場リョウ、神の舌を持つ薙切えりなの従姉妹である薙切アリスの付き人。日本人でありながら北欧生まれ。物心がつく前から北欧にある港町のレストランの厨房に立つ。薙切アリスとの出会いも港町のレストランがきっかけ。両親のことは一切知らずに育つ。料理の得意分野は大衆料理と海鮮料理、他のジャンルも多々極めているため苦手なジャンルはない。海鮮料理を極めたことに納得はいくが、大衆料理をどこで学んだのかは不明。いくら黒木場リョウになりきり、イメージしても大衆料理を学んだところが思い浮かばない。こんなことは今までなかった、俺にさえトレース出来ない奴がいるなんてなぁ。

 幼少の頃から厨房に立っていれば料理人としてのプライドは必然的に高くなっていくはずだが、黒木場は違う。料理人としてのプライドは皆無、食べる相手のことを思って料理を作る。その信念はただ、客に笑顔で美味しいと言ってもらえる品を作る。港町のレストランの厨房に立ち、料理一つで全てをねじ伏せるのとは全く逆の考え。その場に合う料理を出す技量、現場への対応力、料理人としての資質が並外れているからこそ成せる業。いくら天性の才を持っていても現場への対応力や料理そのものの〝味〟を知っているなんていうのは長年、料理人として現場に立ち続けたからこそ身に付くもんじゃねぇのか。一見見ればすげぇ料理人だとは思うが、蓋を開けば謎が多い料理人。

 

「黒木場よぉ……前々からお前に興味はあったが、まさかこんな形で周到なる追跡をするハメになるなんてなァ、思いもしなかったぜェ」

 

 中等部時代は眼中にもなかった。

 付き人なんてやってるような奴の底なんてたかが知れてる。実際、黒木場の中等部時代はあまり目立つことはなかった。課題に出された料理を無難にこなす程度だったのが印象に残っていたが、スパイスの申し子とまで評される葉山アキラが一時期、教えを乞いてたというのを聞いた時は驚いたもんだ。スパイスの扱いに長けていて、料理人としての腕前も他の奴らとは群を抜いてるような奴が他の料理人から教えを乞うなんざ思いもしねぇ。

 

「――だがなァ、俺の周到なる追跡からは逃れられねぇ。作る品は伊勢海老のフレンチカレーだろう? 秋の選抜で作る料理の予想なんざお手の物、どれ試食だ……」

 

 

 海老の燃えるような赤に鮮やかな黄色のサフランライスとの対比が美しく、繊細な盛り付け方で豪快な調理とは全く別物。料理を様々な観点から楽しませてくれるぜぇ。甲殻類の殻を漉して作るフランス料理のソース、アメリケーヌ・ソース。そしてより深い香りが付加できる高級品種であるナポレオン級のコニャックを使っている。コニャックの香りがカレーを引き立てて食欲をそそらせちまう。このコニャックと海老味噌をすすってから、サフランライスとともに頬張ると海老の濃厚な味わいが増して旨味が口の中に広がる。これほどにすげぇ料理を作れる奴なんざなかなかいねぇ。それどころか――。

 

「まだイメージにズレがあるようだなァ。黒木場という料理人を表現しきれてねぇ……時間がかかりそうだ」

 

 そもそもあいつがこの料理を作るとは限らない。いくらイメージを修正、模倣しても必ず穴がある。いや、これは穴なんかじゃねぇ。確実とはいえねぇがこれは経験の差だ。あいつがプロの料理人として厨房に立っていた時、俺は何をしていたんだっけか。まだ包丁を握ってからまだそんなに時間が経っていなかった時か。あの頃はまだ家族とも仲が良かったんだっけか。今は思い出に浸ってる場合なんかじゃねぇ。やべぇよ、黒木場リョウ。俺はもっとお前のことが知りたくなっちまった。料理人としての知識、技術。とても同世代なんかとは思えねぇ。

 確か黒木場は今日から薙切えりな達と旅行にでかける予定だったはずだァ。行き先は確か山梨県だったっけか。待っててくれよォ、黒木場。俺は今からお前のとこに行くぜぇ。叡山先輩からは幸平創真を潰すように秋の選抜を進めろって言われてはいるけどよぉ、こいつを潰す方が面白そうじゃねぇか。完璧にトレースするまでにかなり時間はかかる、今までの料理人達に費やした時間なんざ比にならない。

 

「行く前に作ったカレーはきちんと食べきらねぇとなぁ」

 

 待ってろよォ、黒木場。

 

 

 

 

 真夏の日差しは暑い。

 炎天下の中、山梨県で俺はお嬢達の荷物を乗せたリヤカーを頭が痛くなりそうなくらいの長い坂道を汗水流して一生懸命に引いていた。今回の旅行にはなぜか薙切家の護衛や運転手はつけなかったらしく、学生ならではの旅行を楽しんでみたいと言い放ったお嬢の提案の元にえりな嬢や緋沙子は同意してこのようになった。普段はえりな嬢やお嬢の二人で外出する際にはいつも冷や汗を流しながら護衛のプロ、送り迎えする運転手は己が死んででもえりな嬢やお嬢を守らなければという覚悟を決めている運転手にも、たまには心休まる連休があってもバチは当たらないかもしれないと俺は思った。

 荷物持ちが俺なのは十分に承知してることだけどリヤカー引いてまで運ぶ荷物ってなんだ。もはや荷物ですらない物も混じってる。お嬢の作る最先端化学料理に必要な機材、スチームコンベクションオーブンに凍結粉砕機。旅行先でまで料理を作る姿勢は料理人の鑑といえるけど、そこまでして旅行先で最先端化学料理をしなければいけないのか。いやお嬢だって秋の選抜に向けて時間が惜しいからこそ機材の持ち出しをしようって決めたんだろうから絶対に運ばねぇといけない。

 

 

「お嬢達の居る旅館まであともう少しだ」

 

 緋沙子も手伝ってくれるとは言ってくれたけど、流石に女子にリヤカー引っ張るのを手伝ってもらうなんて恥ずかしい気がしたので遠慮して先に行ってもらった。一応、俺にも男としてのプライドはある。

 

「――ふぅ、疲れちゃいましたぁ」

 

 不意に背後から若い女の小さく漏らす声が聞こえた。見てみると桃色の髪が印象的で顔立ちが整っていてとても可愛く、お嬢やえりな嬢に匹敵すほどだ。この炎天下であんな華奢で線が細そうな女があんな大量に買い込んだ袋を幾つも腕に下げていれば流石に辛いだろうな。

 

「それ重そうっすね」

 

 女の持っている袋から覗く大量の野菜や卵。明らかに家で使うような量には見えない。いくら家庭用冷蔵庫が最新の物を使っていたとしても限度があるし、厨房にある冷蔵庫なんかとはわけが違う。これくらいの量を買うのは俺もよくあることだ、料理の試作をする時。一度や二度で料理は完成しない。料理は何度も何度も失敗を繰り返してようやく完成するもの。だとすればこの女は料理人かもしれない。いやいや考えすぎだろうな、こんなに華奢でか弱そうな女が料理人だなんて。でもなんかどこかで見たことがあるような気が、テレビとか雑誌以外にも見覚えが――。

 

「凄く、重いですぅ。でもあともう少し頑張ればなんとか……」

 

「通る道が一緒なら途中まで運ぶっすよ」

 

「えっ本当ですかっ? じゃあ遠慮なく!!」

 

「いやいや、ちげぇよ。野菜じゃなくてアンタをリヤカーに乗せたりなんかしたら……坂道から落ちる、だろうがあああぁ!!?」

 

 腹にくい込むリヤカーの持ち手。

 一瞬にして坂道から転がり落ちていった。

 





|ョω・`)最後までお読みいただき感謝です。

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