二百食達成。
課題は合格したのに気持ちは晴れない。なんとかギリギリ残れたっていうのに嬉しくもなんともねぇ。俺は、極星寮の皆は田所の分まで頑張らなきゃいけねえって頭では分かってるのに気持ちまではまだ追い付いてないらしい。伊武崎、丸井、青木、佐藤、吉野、榊たちも明るさを失って暗い雰囲気を醸し出してる。四ノ宮シェフの課題の場に一緒に居たのは俺だ、目の前で田所の退学を宣告された時に何も出来なかった。
皆は俺に気を使ってくれてるのか、何も言っては来ねえけど自分の無力さに腹が立つ。あの場で田所のために出来ることはなんだ。四ノ宮シェフの正論をも破って遠月卒業生に対する食戟を挑むとか、もっと俺に出来ることはあったんじゃねえのかよ。
「幸平、そんなに思いつめるなよ。田所の最期の場に居たお前が何もしなかったわけじゃないことくらい皆分かってるつもりだ」
「伊武崎……」
「……そうだよっ、幸平!! きっと恵のために精一杯、四ノ宮先輩に掛け合ってくれたんでしょ!! っ……でも、それでも恵が駄目だったならさ……うわあああん!!」
「……吉野」
俺はもう目の前で友達が退学になるとこを黙って見てるだけなんて耐えられない。手の届くとこなら意地でも助ける、たとえそれに自分の退学がかかっていようと関係ねえ。田所は自分の分まで頑張ってほしいって言ってくれたんだ、それはこの研修だけじゃない、これからの学園生活も含めての気持ちだったんだろうな。
料理の腕をもっと磨かないといけねえ。こんな所で立ち止まってると退学になった田所にも申し訳が立たない。料理っていうのはその皿に作った奴の気持ちとか全部乗ってる。田所が作る料理にはいつも優しい気持ちが篭ってた。あんな料理を作れる奴はそうはいない。本当に勿体ねえよ。
田所のことをずっと悔やんでいても仕方ない。あいつのためにも今、俺が出来ることは先の課題の反省だ。スフレオムレツをただ作るだけじゃ駄目だった、ライブクッキングを合わせることによってなんとか課題達成は出来たけどこんなんじゃまだまだ駄目に決まってる。遠月学園の頂点に上り詰めれるわけがない、遠月十傑を破るなんて夢のまた夢だ。
もっともっと頑張らねえと。
五日目の夕刻、遠月離宮の厨房。
この血も涙もない地獄の宿泊研修を終えたガキ共のために卒業生達の料理で組んだフルコースを味わってもらう。俺が作るのはズッキーニのグラチネだ。しかもただのグラチネじゃない、ズッキーニを重ねてミルフィーユ仕立てに、ソースもジュド・オマールベースで仕上げた最高の一皿だ。もちろん、店でも作っていないし、この宿泊研修でガキ共に食べてもらうためだけに考えた皿なのだからちゃんと味わってもらわないといけない。
「ーー残虐極まりない四ノ宮先輩のせいで恵ちゃん、ずっと泣いてたんだけどなあ。四ノ宮先輩はどう思いますぅ?」
「黙れ日向子。口ばっか動かしてないで手を動かせよ、手を」
ちっ、手元が狂うじゃねえかよ。
ズッキーニの両端を切り落として縦半分にカットし、座りよくさせる為に底になる部分の皮を薄くカットし、長さは1/3にカットする。大根は桂剥きをして鍋で茹でてしっかり水気を取っておく。小鍋にフュメ・ド・ポワソン と ジュ・ド・オマールを入れて煮詰めて味を凝縮させる。生クリームを入れてゆっくりと煮詰めていく。最後にバターを溶かし入れ、濃度がついたら火を止めてアセゾネして味を整える。これでジュ・ド・オマールのクリームソースの出来上がりだ。このソースがこの皿の決め手になる。
熱したフライパンにガーリック&ハーブオイルを入れてズッキーニをしっかりソテーしていく。バットに上げて表面の油を丁寧にキッチンペーパーで拭い、熱いうちに塩をふる。ソースを切り口に丁寧に塗り、グリュイエールチーズをひいてサラマンドルで表面に焼き色をつける。芳ばしい香りだ、後は皿にズッキーニを重ねてのせ、周りに大根の桂剥きをまとわせる。クリームソースを少量を皿に流してハーブを飾って完成だ。
「四ノ宮先輩も人が悪いですよね、ツンツンしてるくせに恵ちゃんの今後を心配して私に託すなんて。本当のことを恵ちゃんに伝えてあげたらどうですか。この下準備お願いしますーー」
「田所の作った9種の野菜のテリーヌは味だけをみれば食えないことはないし、充分に及第点だったけどよ。課題に沿わない料理を出し、ルセットに手を加えたから退学にした。そんな鈍間には鈍間な料理人がお似合いだと思って託したんだよ。おう、任せろーー」
というか、ちょっと待て。
今、こいつどさくさに紛れて俺に料理を手伝わせやがった。有り得ねえ。エリンギを薄くスライスして大きければ半分の長さに切り、しめじは石突きを切り落としてバラす。玉ねぎは1cm幅のくし切りにする。豚肉を一口大に切っていく。日向子と一緒に料理作るのは何年ぶりだろうな、昔を思い出すぜ。でもな、アホ日向子よ。俺もまだガキ共全員の皿を作り終わったわけじゃねえんだよ。
「ちっ、手伝うのはここまでだ。俺もまだ全部作り終わったわけじゃねえ」
「えー、四ノ宮先輩のケチ。アホ、ナルシスト」
「殺す」
まぁ、実際は田所みたいな思いやりのある優しい料理を作る奴は日向子のような料理人に育ててもらうことで才能が開花すると思ったから託したまでだ。後はお前次第だ、田所。
宿泊研修、最後のプログラム。
遠月学園の卒業生達の料理で組んだフルコース。こんな素晴らしい料理のフルコースを味わえるなんて幸せだな。四ノ宮シェフが作ったズッキーニのグラチネ、しかもこれはオリジナルさを加えているものだ。ズッキーニを重ねてミルフィーユ仕立てに、ソースもジュド・オマールベースで仕上げられている。最高峰の料理人が全力で作った最高の皿だ。どこにも停滞なんて見られない、活気づいている。
あの時に緋沙子と一緒に作ったシカと根セロリのアッシェ・パルマンティエのおかげかもしれないな。薬膳料理を極めた緋沙子だからこそ完成させられた料理だ。料理は人に色々なものを与えてくれる、停滞を抜け出すきっかけになってくれて良かったと思う。俺もこの研修で料理人としての自分にまだまだ足りないものが色々見つかったし、良い経験になった。
ロッシとの行なう食戟までにはまだまだ日はあるだろうからそれまではひたすらに努力するしかないな。お嬢に振り回されるのは慣れてるから別に差し支えとかないし、さすがにいきなり海外に行くとかたまに突拍子もないこと言い出す時はさすがに焦りもするけど気負いすぎてロッシとの食戟でやらかすなんて真似しないようにリラックスしていこう。
「お嬢、ちょっとガッツリ食べ過ぎじゃないすか。それ俺の分ですよ」
「あら。私のものは私のもの、リョウくんのものは私のものよ」
「どこのジャイアンですかそれ」
相変わらずお嬢は料理食べる時は緩みきっちゃって可愛らしくなる。食べる姿を見てて俺まで幸せになる。これが従者としての素直な気持ちなんだろうな。俺がこの先、いつかーー遠月学園の頂点を獲る時が来たらお嬢はどう思うんだろう。素直に喜んでくれるだろうか。お嬢はなんだかんだで頑固で泣き虫で意地っ張りだから俺が自分の先に行っちゃったと思ったら泣き出しそうな気がする。いや今はそんなことを考えるのはやめとくか、こんなに美味しい料理がまだ食べられるんだから。あっ、お嬢また俺の分まで食べやがった。
「もうアリスったら、黒木場くん全然食べてないじゃない。私の分、はいどうぞ。あーん」
「あーん」
「やめてよね、えりな!! 私のリョウくんを餌付けしないで!!」
え、餌付けって従者からペットに昇格したのか降格したのかよく分からないな。あっ、これは水原シェフの作った炙りホタテのカルパッチョか。このソース、なかなかだな。ニンニクとわさびがマッチしてる。後から水原シェフにでもソースの作り方を教わりたいとこだが、ジト目でお嬢がこっち見てるからまたいつか機会があったら教えてもらうことにするか。
充実した宿泊研修だった。
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