黒木場リョウ(偽)、頂点目指します   作:彩迦

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prologue 後編

 

 

 

 

 食事処ゆきひら。

 幸平創真の創り出したふわふわ親子丼はアリスお嬢や俺の舌を唸らせるには十分な丼物だった。しかしこの料理には最後の一工夫がされていない。ああ、まじ惜しい。惜し過ぎる。ここでお嬢と俺が美味かったという一言とともに完食するのが料理人とっては最高の喜び。

 こんなに玉ねぎの風味を最大限に引き出した親子丼にはそうそう出会えるもんじゃない。それでもこの料理は完成しているとはいえない。まだ未完成なんだぜ、幸平創真。

 

「美味しいけど……この親子丼にはまだ何か足りない気がする。お嬢もそう思いませんか?」

 

「えっ? リョウくん?」

 

「……聞かせてもらおうか!! 何がたりないのか」

 

 鋭い眼光が突き刺さる。それもそうだ、自分の料理にケチつけられて嬉しい料理人なんているわけない。仮に親子丼に香辛料を使わずに作れといわれればこの親子丼が一番手を張れるだろうが、ここは食事処ゆきひらであって制約はない。

 

「ーーそれは香辛料だ」

 

 香辛料。調味料の一種で、植物から採取され、調理の際に香りや辛味、色をだすものの総称である。食事をおいしくしたり、食欲を増進させたりする。香料として食品に添加されるものも多数あるが、親子丼に最も適している香辛料といえば一つしかない。

 

「香辛料……」

 

「ああ、この親子丼に最も適している香辛料は山椒だ。確かに料理人や食べる側からすれば香辛料が敬遠されやすいものというのは重々、承知しているがーーーー試しに山椒に小さじ半分の胡椒を混ぜて親子丼にかけてみな!!」

 

「……山椒と胡椒、だと!!」

 

 山椒に含まれるサンショオールは麻酔効果と同じ成分を持ち、痺れと辛さが大脳を刺激して内臓の働きが活発になる。親子丼に山椒という香辛料はベストな組み合わせであり、食欲を促進させてご飯がさらに進ませるという効果がある。

 確かに山椒や香辛料は基本的に敬遠されやすいとは思う。仮に吉野家、松屋、すき家に七味唐辛子が置いてあるとすれば人によっては自然と手が伸びるんじゃないだろうか。

 

「さあ……結果はどうだ? 自分でも分かるだろ? 食わなくても親子丼の風味が一層変わったはずだ!!」

 

「っ……!! う、美味い……今まで作ってきた親子丼の何倍も!! 玉子と肉の絶妙な美味さをさらに底上げするかのように山椒の風味が親子丼を包んでいる!!」

 

 幸平創真という一人の料理人が創り出した丼物。それを黒木場リョウという皮をかぶった、まったく別モノの料理人が手を加えるなんていうのは良かったのだろうか。今更ながらに後悔している自分がいた。

 

 いや、迷うなよ俺。ここで生き抜くにはいずれ幸平創真の手を借りる日が来るかもしれないんだ。利用できるものは最大限に活かさなければいけないぞ。

 

 

 

 

「っ……!! う、美味い……今まで作ってきた親子丼の何倍も!! 玉子と肉の絶妙な美味さをさらに底上げするかのように山椒の風味が親子丼を包んでいる!!」

 

 嬉しそうな顔をしてご飯を頬張る赤髪の子を見て私は驚いたわ。あの駄犬のリョウくんが他人に料理の指南みたいなことをするなんて。ほんと、リョウくんのくせに生意気よね。普段は私が作った料理なんて嘲笑いながら俺の方がもっと美味く作れるとか上から目線だし。

 というか、もうむかつく。なんで私には教えてくれないのに赤髪の子にはもっと美味くなる方法なんて教えるのよ。私の方が付き合い長いしリョウくんは従者のはずでしょ、その従者がなんで主を差し置いてまったくの他人なんかに、う、う、う、うー!!!!

 

 

「リョウくんなんてもう知らないっ!!!!」

 

「どうしたんすか、いきなり。なぜに涙目??」

 

 このわからずやの駄犬め。なんで乙女の心が分からないのかしら。

 

「……というか、ここまでの知識があるってことはもしかしてアンタも料理人なのか?」

 

「俺と隣にいるお嬢も料理人だ」

 

 赤髪の子の箸が止まるのと同時に飛んできた言葉は予想通りのものだった。リョウくんが何故かドヤ顔をしているのだけれどなんでなのかしら。料理人ってそんなに珍しいものでもないのよ、リョウくん。

 

「なるほどな。店の厨房に立ったことは?」

 

「幼少の頃から北欧の港町の店で厨房には立ってた。だったらなんか問題でも?」

 

「……いや、店の厨房にも立ったことねー奴に負けてるのかと思ったら自分が情けなく思ってさ」

 

「えっ……」

 

 遠まわしに私が侮辱されたのは気のせいではないわよね。いや、でも親子丼に山椒が合うとか香辛料を使うなんていうくらい私には分かってたし。うん、絶対に分かってたから。分かってたもん。

 

「店の厨房に立ったことねー奴に……か。甘ったれんなよ? 世の中には厨房に立ったことはなくても美味しい料理を作ろうと日々、努力している奴らは大勢いる」

 

 た、たまにはリョウくんもまともなこと言えるじゃない。私はお店の厨房なんていうのはあまり立ったことはないけれど。日々、努力はしてるはず。駄犬のリョウくんをしつけてあげるには料理が一番効果的ではあるし。ご褒美に家に帰ったら骨付き肉をエサに与えようかしら。絶対に食いつきそうね。

 

「……お前はもっと日本の広さを知れ。ここの料理が全てじゃねえ。自分の料理こそ一番っていうのを証明したきゃ、遠月学園に来い」

 

 いつになくリョウくんの表情は真剣そのものだった。駄犬のくせに本当になまいき。

 


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