※十三話 修正致しました
今日の課題はルセット通りに作ること。
9種の野菜のテリーヌはそれぞれキャベツ、オクラ、プチトマト、カリフラワー、ナス、アスパラガス、ブロッコリー、ベビーコーン、ズッキーニの食材から作られる料理なんだけど私は9種のうち、一つだけ傷んでいるカリフラワーを選ぶしかなかった。これは私が食材選びに時間がかかってしまってカリフラワーを後回しにしてしまったのが原因。
なんとか挽回しなきゃ。こんな所でまだ終わりたくない。あ、こんな時に創真くんならどうするかなって考えが頭をよぎったけど、情報交換や助言は一切禁止されているこの状況じゃ頼っちゃいけない。私がここでなんとかしないと。この先も創真くんに頼っていく毎日なんてダメなんだから。
「そうだっ!! ワインビネガーを使えば……!!」
傷んだカリフラワーを復活させるにはワインビネガーを使って甘味を引き立てて、微かな酸味を強みに活かせば見た目も良くなるし、これなら確実にいける。でもそんなのルセットには書かれてはいない、今日の課題はあくまでもルセット通りに作れって言われている。傷んだカリフラワーをこのまま使えばアクでさらに見た目も悪くなるし、味も落ちてしまう。
厨房は常に動いているもの、的確な状況判断をしないといけない。ルセット通りに作れば、このまま作る9種の野菜のテリーヌは四ノ宮シェフに出せない料理になってしまう。でも、ワインビネガーを使えばカリフラワーの味を高めることは出来る。今はワインビネガーを使うしかない、迷っちゃいけない。
まだまだ極星寮のみんなと一緒に居たい。こんな所で終わりたくない。故郷から送り出してくれた家族やみんなのためにも絶対に諦めたくない。絶対に私は9種の野菜のテリーヌを完成させてみせる。
そんな気持ちで料理に挑んだ。
冷酷な瞳で私を捉えた四ノ宮シェフの口から出た言葉は望まなかった言葉。
「田所恵、お前はーークビだ」
「な、なんで……ですかっ?」
思わず声が上ずってしまう。
思考が止まった。クビ、という一言は私の学園生活の全てを終わらせる死刑宣告にも等しい。確かに私はルセットを変えてしまった、一つの下処理でテリーヌはまったく別の料理になってしまうのは分かっていたけど、あの状況ではワインビネガーを使うしかなかった。
「お前は傷んだカリフラワーを選んでしまったんだな。このままでは調理に使えないと思い、酸味を活かそうとワインビネガーを使った。漂白作用のあるビネガーで傷んだカリフラワーを綺麗に見せ、下ごしらえでもビネガーを使って甘味を引き立てて野菜の甘味とビネガーの微かな酸味が絶妙にマッチしていて素晴らしいと思う」
「じゃ、じゃあ……!!」
「でもこれは俺のルセット通りじゃない。ただそれだけだ、お疲れさん。んじゃ合格した奴らは次のーーーー」
「そんな……」
私はその場で崩れ落ちた。
今までの遠月学園で過ごした時間の全てが否定されたようで立ち上がることが出来ない。みんなと過ごした日々が薄れ、真っ白に。私の視界がどんどん潤んで何も見えなくなっていく。大粒の涙が頬を伝ってポタポタと落ちてしまう。
「ちょっと待ってもらえませんか、四ノ宮先輩」
創真くんの力強い声が耳に入った。
9種の野菜のテリーヌを課題に出したのは簡単に作れるからっていう理由だけじゃない。これは9種の野菜、それぞれ違う下処理をきちんとルセット通りにこなせるか見るものでもある。もしここがフランス料理店の厨房で情報交換や助言を禁止されているとしよう、傷んだ食材が手元にあり、それをどうしても客に出さなければいけない。
そんな時こそ、ホウレンソウが大事だろ。情報交換や助言を禁止しているが俺に対しての報告、連絡、相談を禁止しているわけじゃない。この場を仕切っているのはあくまでも俺なわけで、たとえ目利きを誤った料理人だろうとグズでのろまな料理人が余って選んだ食材が傷んでいようと、客に料理を出す以上は俺は助け舟を出す。これは情報交換や助言でもなんでもない、料理を作る上での現場責任者が出す指示だ。
「ちょっと待ってもらいませんか、四ノ宮先輩」
「なんだ。ムッシュ、幸平」
「田所は傷んだカリフラワーをそのまま使えないから、その場でカリフラワーの味を良くするためにワインビネガーを使ったに過ぎませんよね? 食材管理は現場責任者の四ノ宮先輩にあり、田所に責任はないはずでは?」
確かに食材管理は現場責任者の俺が責任を持って行なう。だが今回のような宿泊研修でのふるい落としはまた別問題だ、生温い仲良しごっこをやるために行なう研修なんかじゃない。わざと、ふるい落としをするために傷んだ食材を混ぜた。しかし、それが勝手にルセットを変えていい理由にもならないだろう。現場責任者の俺に相談し、指示を仰げば適切に処理出来る。たとえルセット通りではなくとも、先に相談していたならワインビネガーの使用も許しただろうな。
「確かに、食材管理の責任は現場責任者の俺にあるだろう。だが、今回は料理人としての目利きを誤ったり、グズでのろまな料理人が遅れて傷んだ食材を選ぶように仕向け、ふるい落とすためにわざと紛れ込ませていた」
「なっ!! 田所は他の奴らより、出遅れたからそのカバーをしようと必死に対応をーー」
「くどいぞ、幸平。俺はな、情報交換や助言を禁止していたが現場責任者の俺への報告、連絡、相談を禁止しているわけじゃない。すなわち、田所は己の独断でルセットを変えたに過ぎない。もし、その場で俺に相談していたら適切な指示を出す。これは客に料理を出したことのある奴なら充分に分かることだが?」
ムッシュ、幸平。
お前の気持ちは分からないわけじゃない。おそらく、この場で日向子の馬鹿が同じことをしたら助け舟を出してやろうと俺も必死になっていただろう。傷んだカリフラワーにワインビネガーを使うという発想がその場で浮かんだ時点で料理人としては充分に今まで基礎や応用を磨いてきたことが分かる。でもな、遠月学園はそんなに甘くはないんだよ。その場でワインビネガーを考えつくのと同時に現場責任者の俺に一声でもかければ良かったはずだろ。
「もういいの、創真くん……もういいから!! 気持ちは嬉しいよ、こんな私をかばってくれてありがとう……」
「なにがいいんだよ!! こんなの納得出来るわけねえだろ!!!!」
「えへへ……もう、いいんだよ……」
これが遠月学園の厳しさだ、田所はもう腹を括った。後は幸平創真、お前も自分に言い聞かせて納得しろよ。料理人の世界はもっと厳しい。一つの判断ミスで店が潰れかけるなんてザラにある。これから先、自分で店を持つにしろ、誰かの下について料理人として修行を積むにしても必ずといっていいほどに報告、連絡、相談は大事になってくる。
「……創真くん。私の分まで、頑張ってね……」
「田所……」
田所恵は厨房でのタブーを犯し、独断でルセットを変えての調理を行なった。シェフへのなんの相談も無しにこの行為を行なう自体、もはやクビに等しい。というか、クビだ。今回の課題は情報交換や助言を禁止したというのにはある意味では引っかけでもある。俺へ相談をして、その言葉が助言になるかどうかだ。この場合は現場を仕切っているのは俺だから指示に当たる。まあ、誰も俺に相談することなんて一度もすることはなかったけどな。
「ーー話はおしまいだ。合格者はそのまま次の研修へ移れ、クビになった奴らは荷物をまとめて学園に帰って退学の手続きだ。あと田所恵、お前は残っていけ。話がある」
9種の野菜のテリーヌはそれぞれキャベツ、オクラ、プチトマト、カリフラワー、ナス、アスパラガス、ブロッコリー、ベビーコーン、ズッキーニの食材から作られる料理。傷んだ食材をそのままルセット通りに作った愚か者、ルセット通りに作れない馬鹿野郎、ルセットを理由無く変える糞共に比べれば田所恵は天と地ほどの差がある。
気に食わないからといってルセットを変えるわけでもない、心のそこから9種の野菜のテリーヌを完成させようとした挙句にワインビネガーを使い、傷んだカリフラワーを復活させようとしたわけだ。幸平創真の言いたいことも分かる、料理人として評価すべき点は評価し、悪かった点はきちんと罰して伸ばすべきものは伸ばす。
これは先駆者としての務めだ。腕の良い料理人というのは実力が全てだと思われがちだが、違う。料理っていうのはそんな単純なもんじゃねえんだよ。本当に腕の良い料理人っていうのは客と料理に本気で心から向き合う奴のことを示す。田所恵は料理人としてまだまだ伸びしろはある。
「田所恵。クビにした俺が言うのは変だが、遠月学園を退学になったからといって全てが水の泡になるわけじゃない、お前が中等部で学んだ三年間と高等部に上がってからの時間は無駄なことは一つもなかっただろ。これから先が大切だ」
「私には…もう先なんか…」
「お前にだって夢があるだろ? その夢を叶えるために遠月学園に入学したんだろ。その夢、ここで散らせるなよ。自分を退学にした俺を、遠月学園を見返してみせろ」
「四ノ宮、シェフ……」
遠月学園を退学になったからといって、そいつの物語が終わるわけじゃない。
次に繋げてやれよ、幸平創真。
読んでいただきありがとうございます(。_。*)十三話の後半部分を書き直しましたのでお読みいただけたら嬉しいです(。_。*)ご迷惑おかけします。