宿泊研修、二日目。
昨日の黒木場との料理対決で負けたせいか、よく寝付けなかった。入学してから黒木場との初めての料理対決は不甲斐ない結果に終わっちまった。正直、悔しい。悔しくてたまらなかった。
あの後、丸井の部屋で極星寮の面子で集まってどんちゃん騒ぎをしたけど、この心のモヤモヤがとれることはなかった。榊や伊武崎は黒木場は中学時代はあまり目立つことがなかったって言っていたけど能ある鷹は爪を隠すっていうし、何か事情でもあったんだろうな。
黒木場のチキンフリカッセに対して俺が作った海老と野菜たっぷりの温玉雑炊は海老のエキスをたっぷり吸わせて仕上げに生姜を仕込んで全てをまとめあげるための最大限に食材を生かした料理だった。それでも黒木場には勝てない。敗因は分かっている、鶏肉に塩麹を使い、ソースの味をフォンドヴォーで補強というより、味を進化させてみせた。あのままのフォンドヴォーを使わない状態だったら勝てたかもしれない。料理人としての力の差は明確だったけど、その背中は僅かに見えた気がするぜ。
「おはよう、七十九期生の四ノ宮だ。この課題では俺が指定する料理を作ってもらう。ルセットは行き渡ってるな。9種の野菜のテリーヌを作ってもらう、俺のルセットの中でも簡単に作れるものを選んだ」
やべ、ボーッとしてたわ。
ルセットってなんだっけ。
「ルセット??」
「レシピのことだよ、創真くん」
さすが田所だ、助かったぜ。9種の野菜のテリーヌ。色とりどりの野菜が美しく飾られる印象だが、9種の野菜はそれぞれ下処理が違う。一つの野菜が強調してもダメ、9種の野菜の味を一つにまとめあげることでテリーヌが完成する。
今日の課題はルセット通りに料理を仕上げれば良いってわけか。いくらその通りに作るっていっても上手く作れない奴だっているし、そのふるい落としみてーなもんなのかな。
「この調理はペア形式ではなく、一人で作ってもらう。調理中の情報交換や助言は一切無し、やった奴がいればその場でクビだ。食材は厨房の後方に置いてあるから任意で使用してくれ」
情報交換や助言はするな、厨房の後方から勝手に食材を選んで使えっていうのから察するにこれじゃあまるでーー。
「俺からアドバイスを一つ、この場に居る連中はみんなが敵だと思った方が賢明だぜ? では、始めーー!!」
味方同士の蹴落とし合いじゃねえか。
いや、今はとりあえず考えるよりも先に食材の確保だな。キャベツ、オクラ、プチトマト、カリフラワー、ナス、アスパラガス、ブロッコリー、ベビーコーン、ズッキーニ。料理人としての食材の目利きは確かだ、間違えるわけがない。よし、ラストのズッキーニを確保完了。
野菜の下処理からいくぜ。キャベツは硬い芯を切り取って平らにして沸騰した鍋で塩ゆでにする。オクラは塩をまぶして板ずりし、がくの周りを切り取って綺麗にしてこちらも塩ゆでする。
「よし、順調だなーーーー田所のやつ、どうしたんだ? あんなとこでボーッとして……」
まさか食材の確保が出来なかったんじゃ、いやそれはないはずだ。出された課題で食材がないから作れませんでした、なんていうのはあるわけないな。情報交換や助言も出来ないっていうのは厄介だ。もし傷んでいる食材が混じっているとしても、その対処法すら伝えられない。田所、ここは自分でなんとか乗り切ってくれよ。
プチトマトの蔕の付け根に十字に切れ込みを入れて、チキンコンソメを煮立てる。弱火で5分煮て粗熱を取ってから皮を剥いて半分に切り、煮汁につけておく。カリフラワーは房を1cm程度に切り分けて小麦粉を溶いたお湯にワインビネガーを加え、茹でる。ナスも1cm幅くらいの拍子木切りにし、ミョウバンを加えたお湯で茹でる。アスパラガス根側のかたい部分を切り取り、下半分の皮をピーラーで剥いて、塩ゆでしていく。ブロッコリーを1cm程度に房分けし、こちらも塩ゆでする。ズッキーニは中心のワタを取って、1cm幅くらいの拍子木切りにし、塩ゆでにする。野菜の下処理が多いな、それぞれ手順が違うぶん、手間がかかってる。
板ゼラチンはバットに入れた水に一枚ずつ浸し、ふやかしてゼリー液を作る。そして、チキンコンソメを溶いて沸騰させてアクをすくって塩胡椒で調味する。ふやかしたゼラチンを加え、粗熱を取る。さて、ここからが本番だぜ。それぞれ下ごしらえをした野菜とゼリー液を使ってテリーヌを組み上げる。それぞれの野菜をゼリー液にくぐらせつつ、敷き並べていく。トマトは水分が出て濁るので、液を少量別の容器に移してくぐらせる。最後にキャベツで蓋をしてラップを被せて冷蔵庫で冷やし固める。
冷やし固めている間に種を取り除いて荒く刻んだトマトをミキサーに入れ、トマトケチャップ、ビネガー、オリーブオイルを加えて混ぜる。塩胡椒で調味してクーリートマトを作ってラストにバジルの葉、ニンニク、オリーブオイルをミキサーにかけ、ペースト状になったらレモン汁、塩胡椒を加え、調味してピストゥを作って完成だ。仕上げに美しく見えるように皿に盛り付けていけば、9種の野菜のテリーヌの出来上がりだ。
「幸平創真です、お願いします」
「ほう……ちゃんとルセット通りに仕上がっているようだな。どれ……」
ルセット通りには作れたはずだ。
「合格だ」
よし。次は田所、お前の番だ。
「合格だ」
食材の目利きを怠ることなく、それぞれの9種の野菜の下処理をきちんと出来た上で野菜のそれぞれの旨みを一つにまとめあげることが出来ている。きちんとルセット通りに出来ている、これこそが9種の野菜のテリーヌだ。幸平創真といったか、今年の一年生にはなかなかの逸材が集まっているようだな。
黒木場リョウ、新戸緋沙子を思い出すぜ。ルセット通りに作れと言われてその場で間違うことなく作るのにはきちんとルセットに目を通さなければいけないが、こいつは数分、いやそれに満たない時間で調理を開始した。なかなかにやりやがる。
どいつもこいつもルセット通りに作れない奴ばかり。中には勝手に俺のルセット以外に手を加える奴すらいやがる。確かに俺は黒木場リョウ、新戸緋沙子のペアのおかげで大切な思い出を思い出して前を向くことが出来たが、これはまた別問題だ。ルセット通りに作れない奴は店を潰しかねない、これは俺が遠月学園を卒業してから嫌というほどに感じたことだ。
だから俺の許可も無しにルセットを勝手に変えるような奴は店には不要、この課題でも無情に落とす。食材の目利きを誤った奴や、ノロマで馬鹿な奴が残って傷んだ食材を選ぼうが関係ない。そんな奴らは遠月学園にとっても不要だろ。
「お前で最後か」
最後に残った一人の生徒。素朴でどこか健気に見える。遠月学園で生き抜くには無理なんじゃないかって思えるほどに優しそうな印象だ。まあそんな印象でも料理の腕が凄まじいなら文句はないさ。でもこの9種の野菜のテリーヌを見た限りでは、凄まじいとも思えない。なぜならーー。
「田所恵です、よろしくお願いします!!」
一口頬張る。
これは俺のルセット通りに作れていない。傷んだカリフラワーを選んでしまったんだろう、酸味を活かすためにワインビネガーを使ったんだろうな。漂白作用のビネガーで傷んだカリフラワーを綺麗に見せるように、下ごしらえでもビネガーを使って甘味を引き立てるようになっているな。野菜の甘味とビネガーの微かな酸味が絶妙にマッチしている。
だが、これは俺のルセット通りじゃない。
「田所恵、お前はーークビだ」
ここでは俺がシェフであり、絶対だ。
|ョω・`)料理描写って難しいです。