黒木場リョウ(偽)、頂点目指します   作:彩迦

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風邪を引いてしまいダウン中です( ´•_•)
皆さんも風邪にはお気をつけください(´;ω;`)


八話 魅惑なお誘い

 

 

 

 

 

 えりなは伝えたかった。

 あの日、黒木場くんに伝えられなかった感謝の意を。お父様の手によって毎日行われる苦行の日々は私にとって神の舌を極めるには必要不可欠なことだったのだろうけれど辛く悲しかった。美味しい、不味いを仕分けして屑入れに入れる。こんなことが許されるわけないと私は自分に必死に言い聞かせたけれど、きちんと仕分けしなければ罰を与えられる恐怖から全て言いなりになっていた。

 でもそんなある日に彼、黒木場くんはお父様に料理対決を挑むどころか、必殺料理を作り出して勝とうとしてくれた。温かみと優しさが込められた料理とアリスの手紙を届けに来てくれた。冷たくなっていく心が、凍っていく心が溶けていくのがすぐに分かった。黒木場くんの作ってくれた必殺料理とアリスの一生懸命書いてくれた手紙。食べた時に触れた優しい思い出の数々、手紙に込められた深い愛情が私の心を溶かし、正気に戻してくれた。

 

 薙切えりなは黒木場リョウの手によって救われた、温かみと優しさが篭った料理によって。お父様に立ち向かい、正面から料理を挑むその姿と料理の腕は賞賛されるべきもの。温かみと優しさが込められていた料理を口にして涙するほどの幸福感を彼は与えてくれた。それなのに、今までお礼を言えていなかった自分が恥ずかしく感じてしまう。いくら多忙の日々とはいえ、恩人ともいえる人に何も返すことが出来ていない自分を恥じるべきだ。

 

 深く深く、息を吸う。お礼を述べるだけだというのになぜ緊張してしまうのかしら。ただ、ありがとうと感謝の気持ちを伝えるだけなのに、あわよくば私は彼の遠月学園の頂点を獲るという目標に協力したいとすら思ってしまう。私も学園の頂点を目指すべき遠月十傑の一人であって今の席に満足するべき存在ではないというのに。

 

「待たせたわね、黒木場くん」

 

「うす」

 

 緊張のせいなのか、頬が紅潮していくのが分かる。普段の私ならこんな風にはならないし、薙切えりなとして薙切家に相応しい振る舞いをしなければいけないといつの日も人の上に立つ存在として努力してきたのに、感謝の意を伝えるのがまさかこんなに難しいことだったなんて。

 いや、違う。私は今、目の前にいる一人の料理人に感謝の意を伝えたいのとは別の理由で緊張している。普段はアリスや緋沙子と一緒にいるから、その感情には自然と蓋がされていたけれど本当はあの日、黒木場くんと出会ったあの時から私の気持ちは彼に向いていたのかもしれない。

 

「こうして二人きりで話すのはあの日以来、かしらね」

 

「あー……えりな嬢と初めて会った時以来っすね。俺、普段はお嬢に付き添ってますからね」

 

 

 でもその気持ちはまだここで伝えるべきではないって私は分かってる。宿泊研修という名のふるい落としの舞台で彼に気持ちを伝えるのは、ここで退学になっていく生徒達に対してとても失礼なことだと思う。だからこそ、この気持ちはもっとそれなりに相応しい場所で伝えたい。今はあの時のお礼を言えれば、満足かな。

 

「黒木場くん……あなたにあの日、伝え忘れていたことがあってね」

「う、うす」

 

 あの日、伝えたかった気持ち。

 

「あの日の料理に私は救われました、本当にありがとう」

 

 やっと……伝えられた。

 

 

 

 

 

 

「あの日の料理に私は救われました、本当にありがとう」

 

 

 月明かりに照らされ、白い頬を紅く染めて俯きながらもあの日の礼を言うえりな嬢は、どこか幼い頃の面影が見えてとても可愛く見えた。二人きりというのや普段のえりな嬢とのギャップが相まってか、俺まで顔が真っ赤になりそうだ。

 なんだこの雰囲気、思わず呑まれそう。普段は遠月十傑に名を連ねる薙切えりなとしての姿、お嬢や緋沙子と仲良さそうに笑いながら遊ぶえりな嬢の姿しか俺は知らなかったけど、また別の面を垣間見ることが出来たような気がした。

 

 えりな嬢の瞳が真っ直ぐに俺を見据えた。直視出来るわけもなく、視線は自然と地面に向いてしまう。仮にも俺の料理でえりな嬢を救えたとしても素直に俺は喜べないのが本音だ。あの日の料理は最高傑作ともいえる必殺料理だったのに、薙切薊との料理対決では引き分けという結果に終わってしまった。

「俺の料理でえりな嬢が救われたなら良かったです」

 

「ふふっ、ずっとお礼を伝えたかったんだけど緋沙子やアリスの目の前だと恥ずかしくって」

 

「あ〜……なるほど。お嬢ならイジリ全開かもしれないっすもんね」

 

 

 人の心を料理で救う、なんていうのは非常に難しいことだと俺は思う。その皿にどんな思いを込めるのかで色々変わってしまうだろうし、薙切薊のような感情を何も込めず無機質な皿を作る料理とぶつかり合っても同じ美味いには変わりない。

 その料理を口にして作り手の思いや願いが届いてこそ、真の料理というのは完成する。当時の俺の思いや願いは、過去の温かみのある家庭を、楽しい思い出を、友達との優しい思い出を振り返ってほしいがゆえに白身魚と野菜のオープンオムレツという必殺料理を作ったのに、薙切薊に思いや願いは届かなかった。

 

「黒木場くんは料理人としては既に完成されている器だと私は感じたわ。同年代なのに、まるでずっと料理を作り続けてようやく立つことが出来る領域に足を踏み込んだような……」

 

「気のせいですよ、俺はまだまだ未熟な料理人っす。未熟だからこそまだ遠月十傑に名を連ねていないわけですから」

 

 えりな嬢の持つ神の舌はこれ程までに凄まじいものなのか。前世や黒木場リョウとしての料理歴を合わせると、それこそどれだけ作ってきたのか分からない。あの日、幼い頃の時点で領域とやらに足を踏み込んでいるとしたら今は全力疾走しているような気がするのは間違いだろうか。

 

「未熟、ね……あなたのような料理人としての精神を幸平くんにも見習わせたいとこだわ」

 

「幸平、ですか」

 

「ええ……まあ、この話は置いておきましょう。黒木場くん、この後は時間あるかしら? お風呂をいただいた後にアリスや緋沙子とトランプをする約束をしてあるのだけれど」

 

 

 お嬢達とトランプか。

 いくら付き人とはいえ、女子会みたいなもんに男子が一人入るのには勇気と根気が豪傑、タフガイくらいなければいけない。今の俺にはそこまでの勇気と根気はないけど、参加はしたい。迷う、実に迷ってしまう。今日はお嬢の相手をあまりしていないし、相手をしなければ機嫌が勝手に悪くなる爆弾みたいなもんだからなあ。でも今日はお嬢も水入らずで楽しみたいだろうし、後から顔を出す程度にしておけば機嫌もまあまあだろう。

 

「後から顔を出す程度にしときます」

 

「分かったわ。じゃあ、また後でね」

 

 去っていくえりな嬢の背中はどこかウキウキしている。トランプ、よほど楽しみなんだろうなあ。普段は遠月十傑の薙切えりなとしての多忙な日々、たまに息抜きでお嬢とお茶会。お嬢がえりな嬢を無理やり引っ張って海に行ったりと、何気に必ずお嬢がえりな嬢を強制的に息抜きというか振り回している気しかしない。

 

 

 

 さて、風呂にでも入りますか。

 

 




読んでいただきありがとうございます(´;ω;`)

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