新月の悪魔(かごの悪魔三次創作)   作:澪加 江

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真夜中の交渉

 

帝都アーウィンタール内にあるカシュバの家は近々与えられる地位に相応しい豪華なものだ。既に何名かの使用人を雇い入れ手入れがされているそこは、元は鮮血帝に取り潰された貴族の館だった。それに相応しい大きさにふさわしくなく、中の調度品はやや華美に劣る。どちらかというと騎士が好む実用性が押し出された内装は今回ここに集った人物達に完全に負けていた。

 

皇帝ジルクニフ。金の髪に似合う衣装はお忍びという事を差し引いても美しく、その容姿を引き立てている。それは護衛として控える二人の騎士にも言えた。

しかしそんな庶民が見たらため息を吐くほどの美しい衣装ももう一方に人物には勝てない。

アインズ・ウール・ゴウン。骸骨の体を覆う布はほぼ黒一色だというのに恐ろしい程の存在感を出している。色味と言えばその両手にある様々な魔法が込められた色とりどりの指輪位のものだがその一つ一つの価値が帝国の一年の国費よりも高くつくだろ事は間違いない。

本物の審美眼を持つジルクニフにとって、アインズはただ相対しただけで自分とは格の違う存在なのだと感じることのできる相手であった。

 

しかしだからと言ってジルクニフは些かの気後れもしていない。今回のこの会談はアインズの方からカシュバを通してジルクニフに持ちかけられたものだ。それだけでこの場の主導権はジルクニフにある事は明白だ。ならば相手の見た目や持ち物がいかに常識外だろうと関係ない。

 

「皇帝陛下、ご紹介いたします。こちらの御方が偉大なるナザリック地下大墳墓の主人であられるアインズ・ウール・ゴウン様です。アインズ様、こちらバハルス帝国の皇帝陛下であらせられるジルグニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス様です」

 

カシュバの紹介の元、アインズとジルクニフが握手を交わす。

手袋ごしではない直に感じるその骨の感触に流石のジルクニフも怖気が走るが、決して顔にはださない。相手はこちらの失態を手ぐすね引いて待っているのだ。絶対に思い通りになどなるものか。

 

「ジルクニフ陛下とこうして会うことができて光栄だな。カシュバには本当に感謝しなければ」

「ええ、優秀な部下を持てた喜びで胸がいっぱいだ」

「本当に。羨ましくなる程得難い人材です。ああ、忘れる所だった。陛下には手土産があるのだ。ーーここに」

 

アインズの連れてきた従者は皆言葉にできないほど美しいメイド達だった。その内の一人、金髪の美しいメイドがその手に箱を持って前に出た。ジルクニフが見た時は確か手ぶらであったと記憶していたが、どこに箱をしまっていたのだろうか。

アインズの直ぐ近くまできたメイドはアインズに跪くとその箱を捧げる。アインズは何気ない仕草でその箱の蓋を開けた。

そこにあったのは人間の生首だった。

微かな血の臭い。既に処理をされているのか血自体は見えない。

 

「私の墳墓を荒らした賊の親玉らしいのだがね、ジルクニフ陛下に見覚えは?」

 

黒い眼窩の奥にある赤い光が強く光る。

バレている。ジルクニフは首から下の、相手に悟られない場所に汗が滲むのを感じる。こちらに主導権があるなどとんでもない。これは向こうの罠だったのだ。

 

「私の国の貴族だ。とんだ迷惑をかけた様ですまない」

「いや、いいとも。幸いこちらに被害は無かった。しかし無法者とはいえこちらの国民だ。やはりどんな姿でも返した方がいいかな?」

「大事がない様だったら良かった。確かに無法者とはいえ国民な事には変わりない。しかしそちらにはそちらのやり方があるだろう? それを尊重するよ」

「ふむ。そうかね」

「しかし今回の騒ぎはこちらの落ち度な事に変わりはない。もし頼みがあるのならば努力するよ」

「そう言ってもらえると助かる。実はちょっとした願いを聞いてもらいたくてね」

 

ジルクニフは内心でほくそ笑む。どうやら相手は腹芸のできない見掛け倒しらしい。こうもあっさり腹の中を見れるとは。やはり化け物は化け物。多少知恵はあるようだが骸骨の中に脳みそは詰まっていないようだ。軽くなった心のままにジルクニフはアインズに話を続けるように促す。

(金には困っていないだろうが、となると要求はなんだ? 武力? 人材? それとも土地か? 建国の手伝いをして欲しいといったものならば盛大に恩を売れるのだがな)

油断なく相手の様子を観察しながらジルクニフは出方を伺う。

 

「実は私の墳墓を中心として国を作りたいと考えているのだがーー」

 

やはり建国か。帝国としてはその事に賛成はできない。アインズが国を作りたいと思っているだろう場所は王国と帝国の国境。つまり帝国にとっての要所であり、何年もの時間をかけて王国から奪い取ろうとしている部分だ。ここで簡単に手放せるものではない。

ジルクニフはナザリックの戦力の予想を立てる。ジルクニフの力を持ってねじ伏せられるものだろうか?

オリハルコン冒険者を4パーティ。その全てを無力化し、帝都にいる貴族を騒ぎにする事なく片付ける事ができる力は侮れない。

しかし、ジルクニフに同じ事ができるかと言われた場合は“できる”と答えるだろう。フールーダを始め帝国の戦力は法国ほどではないが人間国家としては高い水準にある。こうして向こうから出向いた事から考えるに今回送り込んだ者達を抑え込むのでやっと、と言った所ではないだろうか。

でなければこんなに下手に出るはずがないのだ。

瞬時にそこまで考え、ジルクニフはある考えに至る。

(協力すると申し出つつ王国を通じお互いに潰し合わせたあと漁夫の利を得るのが一番だな。いや、むしろそれ以外にない)

ジルクニフの目が欲に濡れて光る。相手に気づかれないよう事を運ぶのは難しいが、とても魅力的である。

 

「ーーその為に帝国にはナザリックの配下に加わってもらいたいのだ」

 

「ーーーーは?」

 

アインズの言葉にジルクニフの口から間抜けな声が漏れる。と同時にとてつもない違和感がジルクニフを襲う。

いや、違和感ではない。確実な異変が屋敷を包んだ。壁と言わず床と言わず全てを覆う黒い影から何十体もの化け物が出てきたのだ。ジルクニフが護衛として連れてきた騎士ーー四騎士の内二人はすぐさまジルクニフを囲う様に剣を構えた。突然の事態の急変にジルクニフはここへ連れてきたカシュバへ憎悪の目を向ける。そんな視線を受けているカシュバもまた予想外の事態に驚き、アインズへと詰め寄る。

 

「アインズ様! これはどういうーー」

「落ち着くのだカシュバ。安心しろ、無闇に命を奪ったりなどしない。これは脅しだよ」

 

「さて、皇帝陛下。こちらとしても話をあまり荒立てたくはない。素直にこちらの軍門に下るというのであればいい共栄関係を築けると確信している」

「断れば?」

「残念だがバハルス帝国は本日をもって滅亡だ。運が悪かったと諦めてくれ」

 

なんでもないという風に手をひらひらとさせる。

 

「陛下。ご命令を下さればこの無礼なエルダーリッチなんて一太刀の元に切り捨てますぜ?」

 

護衛として連れてきた四騎士のうちの一人、“雷光”バジウッド・ぺシュメル。自らの獲物である長い幅広の剣を既に手にしている。

それに合わせて動いたのはアインズが連れてきたメイドのうちの一人。艶やかな黒髪を夜会巻きにした美しいメイドだ。特に武器を持っているわけではないが足を前後に開き軽く握った拳を胸の位置まで上げている。

他のメイド達もそれぞれに警戒した様子だ。

ジルクニフは限界まで頭を使って考える。

どうするべきだ。どうしたらいい。

何時もならば直ぐに正しい答えを導く優秀な頭脳もこの時ばかりは答えを出せない。仕方なくジルクニフはイエスでもノーでもない第三の答えをだした。

 

「下がれバジウッド。すまないゴウン殿、不快な思いをさせてしまった」

「いや、気にしないとも。こちらの方こそ突然こんな事を言って驚かせしまった」

「返事は今日返した方がいいのかな?」

「できればすぐにでも欲しい、が、考える時間も必要だろう。一晩悩んでくれて構わない。答えは明日の日の出に聞くとしよう」

「ああ。心遣い感謝する」

 

話が終わったと同時に応接間の一部に黒い空間ができる。なんらかの魔法である事は間違いないが、ジルクニフも初めて見るものだ。その黒い空間にアインズが片足を踏み入れた所で、やっとなんらかの転移魔法なのだとあたりをつける。

 

「アインズ様」

 

そのまま闇に消えようとしていたアインズを呼び止めたのは未だ伯爵の首を持ったままの金髪のメイドだった。

 

「この首はいかがいたしましょうか」

「それはジルクニフ皇帝に渡したものだ」

 

アインズの言葉でメイドはジルクニフに向き直るとそれを上に上げた。

ジルクニフとしてもいらない。そんな考えが珍しく顔に出ていたのだろう。メイドは恐れながら、とジルクニフに話しかけてきた。

 

「もし処分にお困りでしたら私が処分いたします」

 

その提案にジルクニフは頷いた。伯爵の家族にも首だけ帰ってくるよりも失踪としておいた方が何かと便利だ。

するとメイドはその首を箱から出し持ち上げ、自らの胸に抱いた。それを見ていた者全員が怪訝に眉をひそめる。するとジュワジュワという音と共に首が少しづつメイドの胸に埋もれていく。そしてついに髪の毛一本の痕跡も残さず、伯爵の首は消えてしまった。

 

「ごちそう様でした」

 

そう言って金髪のメイドは微笑むと主人であるアインズの後に続いて黒い空間の中に消えていく。全員が居なくなり、黒い空間が無くなってもしばらくジルクニフは呆けたようにそこにいた。正気に戻ったのは壁にかけられた時計が真夜中の鐘を鳴らした時だった。

 

 


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