楓の木の下でまた貴方に恋をする   作:かえるくん

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 大変お待たせしました。長くないですけど、どうぞ。


第七話

 窓の外から小鳥の囀りが聞こえる。目を開ければ部屋はカーテン越しに差し込む朝日で明るくなっていた。

 

「朝、か」

 

 ベッドからそっと降りてカーテンを開ける。部屋の明るさの度合いは一気に増した。姿見の前で自分の顔を確認する。案の定目は少しだけ赤く腫れていた。

 

「これ、どうしようかな」

 

 目元を触りながら呟く。昨日同様あの夢を見たのだ。新しくわかったことはなにもない。腫れは時間が経てばそのうちひくだろうがそれは結構先だろう。学校に着く前にちゃんと治ればいいが…、最悪化粧で隠すことにして制服に着替えてしまう。時間はいつもより早い。

 

 部屋を出て一階のリビングに降りる。お母さんは既に起きていて朝食を作っていた。私が起きてきたことに気付くと少し驚いた顔をする。

 

「あら、今日は早いわね」

「ちょっと目が覚めちゃったから」

「ご飯もうちょっと待ってね」

「うん」

 

 食器棚からコップをとり、作り置きしてあるお茶を注いで乾いた喉を潤す。

 

「あ、そうだ。お母さん今日夜いないから晩御飯は自分でなんとかしてくれる?」

 

 思い出したようにお母さんはそう言った。

 

「なんかあるの?」

 

 滅多に家を空けることがないので理由が気になってしまった。そんな私の疑問にお母さんはサラッと答えてくれる。

 

「ほら、もうすぐ近くで秋祭りがあるじゃない? いろはも昔は結構行ってたからわかるでしょう?」

「そういえばあったね、そんなの」

「お友達に誘われてそこで踊ることになったのよ。で、いつもはお昼に練習があるんだけどもうすぐ本番だから夜にやってみようってことになったの」

 

 楽しそうにお母さんは言った。心なしかフライパンの油が跳ねる音も調子よく聞こえる。

 

「祭りっていつなの?」

「次の日曜よ」

「明後日じゃん」

 

 今日は金曜日なので学校はひとまず終わりだ。明日はお昼から神社の掃除に参加する予定である。日曜は特に何もないので、そうなると先輩と祭り一緒に行けるかな。

 

 ソファーにぼふっと腰を下ろしそのまま横に倒れる。先輩との祭りを想像してつい愉快になってしまう。うつ伏せになって足をバタバタさせ、落ち着きを取り戻そうと試みる。

 

「何してるの」

 

 声のした方をみるとお母さんが朝食をのせた皿をもって奇行にはしる私を怪訝な顔をして立っていた。私は苦笑いだけ浮かべて言う。

 

「あはは、何でもない」

「変なの。まあさっさと食べちゃいなさい」

「はーい」

 

 起き上がって食卓の席につく。香ばしいパンの焼けた匂いと美味しそうなおかずの香りが朝の空腹を刺激する。私はたまらずそれらに手を伸ばした。

 

 

   _____________

 

 

 

 退屈な授業が終わり靴を履き替え、校舎の玄関から少し横に離れたところで先輩を待つ。昨日約束したからだ。私は時間通りに終わった授業の後すぐ教室を出てきたので、まだ来ない先輩は授業が長引いているのか、急遽SHRが入ったか。先程から続々と部活や家へと向かう生徒が出てきているのですぐ出てくるだろう。

 

 ぼうっと校舎から吐き出される生徒たちを眺める。次第にその数は減り途切れ途切れになりだした頃、ようやく待ち望んだアホ毛の男子生徒が現れた。先輩はキョロキョロ周りを見渡し、私の存在に気付くと駆け足でやって来る。

 

「悪い、待たせたな。突然先生に雑用頼まれて…」

「別に大丈夫ですよ」

「そうか。ありがとな」

 

 二人で顔を合わせて微笑み合う。遠くでランニングを始めた部活動生の掛け声が聞こえてきた。先輩は思い出したように鞄を漁りだす。

 

「どうしたんですか?」

「えーっとな、あ、あった。これ」

 

 私の質問を聞きながらも漁り続けていた先輩は何かを見つけると鞄から取り出した。

 

「雑用してて、気がかりでな。交換しとこうぜ」

 

 そう言って手に持っていたのはスマホだ。そういえば連絡先を交換していなかった。今週ずっと会っていたのにこのやり取りをしていなかったなんてつくづく不思議な関係である。

 

「そうですね。これ、私のアドレスです」

 

 自分の携帯の画面に表示して先輩に見せる。つけているストラップが動きの反動で回転しながら揺れた。先輩はぎこちない手つきでスマホの画面を叩き始める。

 

「……へたっぴですね」

「うっせ、慣れてないんだ」

 

 そんな先輩の様子が可笑しくてクスクス笑ってしまう。そうしていると、突然手に持っていた携帯が震えた。

 

「送っといたから。登録してくれ」

「了解でーす」

 

 新着メールの通知を見ると、よろしくという件名で見慣れない英数字が表示されていた。それを押して、名前の欄に先輩とだけ入力して登録する。連絡先一覧に移動して新しくできたばかりの項目にお気に入りをつけた。その一覧に移り、家族の名前の下に先輩とあることを確認して携帯をしまう。少しだけ、携帯が重くなった気がした。

 

「できました。バッチリです」

「おう。なんかあったら…、や、なくても好きに送ってくれていいぞ。俺のこいつは基本仕事しないからな」

 

 先輩は軽くスマホを左右に振ってそう言って笑った。

 

「先輩もしてくれていいですから。それに仕事させてあげてください」

「ああ、慣れんけど頑張ってみるわ」

 

 先輩がしまうのを待って歩き出す。知らないうちに掛け声はなくなり、変わりにバットの金属音が聞こえてくる。校門へ向けて歩く私を先輩が呼び止めた。

 

「いろは、ちょっと待て。今のうちに自転車の場所教えておくから、先に駐輪場行くぞ」

「そうでした。それ聞かなきゃ明日困っちゃいますね」

 

 歩く先輩の後をついていく。しばらくするとまだたくさん自転車が停まっている駐輪場についた。先輩は一つの自転車のサドルに手を置くと、これが俺のだと言い鍵を渡してくれる。私はその鍵をなくさないようにしまい、位置と自転車を記憶する。

 

 二人で駐輪場を後にし、校門を出た。車道側を歩く先輩の顔を横目で見る。その横顔に見とれていると、先輩が急にこちらをくるっと向いた。私はドキッとして顔をすぐさま正面に戻す。

 

「ん、どうかしたか?」

「い、いえ。何でもないですよー」

 

 先輩の言葉にしどろもどろになりながら答えた。車が一台私達の横を通りすぎていく。注意を逸らそうと逆に私が質問した。

 

「先輩も、どうかしました?」

「ああ、ほら、それ。いい感じだなって」

 

 そう言って先輩は鞄を持っている私の手元を指差す。そこに目を落とすと、この前リボンでぶら下げた黒猫がゆらゆらしていた。

 

「ふふん、でしょう? リボンってのがポイントです」

 

 少し持ち上げて先輩に見せつける。先輩は私の鞄に手を伸ばすと、掌にその猫を乗せた。

 

「うん。リボンのおかげか、唯一無二って感じがして、いいな」

 

 そんなやり取りをする二人の足元から伸びる影は、いつもより心なしか近い。また、車が一台通りすぎた。

 

 

   _____________

 

 

 

 先輩と社の階段に並んで座りながら作業をしている。昨日の天気は嘘みたいに今日の空は晴れ渡っていて、綺麗なオレンジ色だ。時偶気持ちのよい風が吹き、鳥の声が聞こえる。

 

「んー、こんなもんでいっかな」

 

 先輩は演説の内容が書かれた原稿用紙を両手で目の前に掲げなからそう呟いた。

 

「私もこれで大丈夫ですかね」

 

 紙の上に転がっている消ゴムのかすを手で払い落とす。目で一通り読み直していると、先輩が見せてみろと言うので持っていた原稿用紙を手渡した。しばらく先輩は紙に目を落とし、顔を上げ私の方を向き言う。

 

「別に問題はないだろう。一応来週の頭、一緒に会長に確認してみるか」

「そうですね。本番は来週の後半ですから時間はまだありますし」

「だな。読む練習は…、もう遅いし今度でいいか」

 

 先輩から原稿用紙を受けとり、ペンケースと一緒に鞄にしまう。先輩も隣で帰り支度を始めた。すると急に鳥の鳴き声が増し、周囲が騒がしくなる。私は周りを囲っている木々を見渡すが小鳥の影が見えるだけだ。

 

「これ、なんですか…」

 

 私のそっとした呟きに先輩は特に驚いた様子も見せずに言う。

 

「結構頻繁にあるんだが、そういえばお前は見たことなかったか」

 

 詳しく聴くために口を開こうとした時、一瞬の静寂が訪れる。私は言葉を飲み込んだ。途端、どばっと小さなたくさんの鳥達が飛び立った。神社の上空で一つの塊になったそれは、ジグザグ進みながら神社を離れていく。

 

「び、びっくりしたー」

「ははっ、まあなかなかの迫力だよな」

「どこへ行くんですかね」

「寝床があるここより大きい近くの森だろう」

 

 集団が飛んでいった方を見ながら二人で言葉を交わす。辺りはすっかり静かになってしまった。

 

「俺達も帰るか」

「はい…」

 

 風に揺られざわめく楓の木を背に、鳥居をくぐり先輩と階段を下りる。少し先をいく先輩の頭のてっぺんが見える。もう少しで下りきるところで声をかけた。

 

「先輩…」

「…なんだ?」

 

 階段を降りきった先輩は体ごと振り返って私の方を向く。まだ一段残っている私と目線がかっちりあった。

 

「日曜の夜、時間ありますか?」

「日曜? 普通に暇だが…。あ、そういや今度の日曜って」

 

 何かに気づいた先輩が答えを言ってしまう前に急いで言葉を吐き出す。

 

「あの、一緒に、祭り行きませんか?」

「いいぞ。俺も久々だが、行くか」

 

 先輩はすんなり了承してくれる。知らないうちに力が入り固くなった体からゆっくりと固さが抜けていく。残っていた一段を降りて先輩と並んで歩き出した。

 

「最後に行ったのはいつだったかなー。昔はよく行ってたと思うんだけど」

 

 先輩は首を捻りながらそんなことをいう。私と先輩の影が目の前に伸びていて、その影も首を傾げた。冷たい風が通りすぎる。

 

「私もです。なんで行かなくなったんでしたっけ」

「さー、でもそんなに昔じゃないような…」

 

 しばらく考えていたようだか先輩は諦めて普通に歩きだした。私も胸のつっかえを無理矢理押し込んでしまう。今は先の楽しみに目を向けていればいいじゃないかと、そう思った。

 

「祭り、楽しみですね」

「そうだな…」

 

 楽しげな二人は夕暮れの街に消えていく。東の空にうっすらと、もうすぐまん丸になりそうな月が顔を出していた。

 





 一週間あいてしまいました。少し忙しいのもありましたが、モチベの低下が理由ですかね。待っていてくださった方すいません、そしてありがとうございます。

 ではまた次回。

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