楓の木の下でまた貴方に恋をする   作:かえるくん

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 お待たせしました。どうぞ。


第五話

 昨日同様私は学校を急いで出る。しかし生徒会室に寄り会長と話をしていたため昨日よりは時間が圧倒的に遅い。グラウンドの方からは既に部活を始めた生徒達の掛け声、校舎のどこかからは吹奏楽の楽器の音色が聞こえてくる。校門を抜けるとそれは途端に小さくなった。私は神社への道を走る。次第に呼吸が荒くなり心臓は忙しなく全身に血を送り出す。手に持っている鞄が変に揺れて走りにくいので小脇に抱えることにした。ひたすらに走りながら私は先程の生徒会室でのやり取りを思い出す。

 

 

   _____________

 

 

 

 授業が終わり私は生徒会室へとやって来た。選挙に出て会長になったらやるということを伝えるためだ。扉を二回ノックして中からの返事を待つ。すぐに城廻先輩の間延びした声が聞こえたので私は扉を開け、一言いって生徒会室に入る。

 

「失礼します」

「あ、一色さん。こんにちは」

「こんにちは。今日はちょっとお伝えしたいことがあって…」

「うん。じゃあとりあえずここ座って」

 

 城廻先輩は自分のいる席の隣の椅子を引いて私が座るように促す。私はそれに従い一つ頭を下げ腰を掛けた。早速本題を切り出す。

 

「選挙のことなんですけど…」

「ごめんね。あれから一色さんの方は全然進展なくて」

 

 申し訳なさそうな顔をして俯きぎみになり城廻先輩は言う。私はそんな城廻先輩に手を小さく振る。

 

「あ、いえいえ、もう大丈夫ですよ。私選挙に出ることにしました。当選すれば会長もやります」

 

 私の言葉を聞いて城廻先輩ははっと顔を上げる。

 

「本当に?!」

「はい。もう覚悟しなきゃなって」

「うぅ、全然役にたたなくてごめんね。でもそれだと助かる。本当にありがとう」

 

 私の手をがっちりつかんで城廻先輩は言う。そして安堵の息を吐き、付け加える。

 

「奉仕部への依頼は折角頼んだけどキャンセルして、これで選挙は全部なんとかなるかも。他の役員も全部埋まったし」

「問題があったのって会長だけじゃないんですか?」

 

 どうやら私の他にも問題を抱えていたようだ。

 

「今年は全然立候補者がいなくて、会長だけじゃなくて他の役職も空きがあって困ってたの。副会長と会計は早めに埋まってたんだけど、他が全然来なくて。推薦人なしでもいいって募集をかけてたんだ」

「それで来たんですか?」

「昨日書記をやりたいって一年生の子が来て、今日の昼に何か空きが無いかって子も来て庶務を頼んだの」

「なるほど。それで全部埋まったと」

 

 私は軽く頷きながら答える。

 

「そうそう。今年はどの役職もかぶりがないからきっと皆当選すると思う。一色さんも選挙出たらほぼ確実に会長になっちゃうけど…、本当にいいの?」

「はい、もう決めましたしやりますよ。大丈夫です」

 

 特に間を開けることなくそう宣言する。ふと机の上の書類を見るといくつかの名前が並んでいるのに気付く。おそらく候補者の名前だろう。その中に気になる文字を見つけ、私はその紙を手に取る。

 

「これって候補者ですか?」

「うん。この人達が次期生徒会のメンバーになると思う」

「これは…」

 

 庶務の横にある名前を指さして城廻先輩に見せる。先輩は首をかしげ言う。

 

「比企谷君がどうかした? 知ってるの?」

「ですよね、これひきがやって呼びますよね」

「うん」

「二年生の?」

「うん」

「男ですか?」

「うん」

「…アホ毛?」

「そうそう。アホ毛の子」

 

 城廻先輩は私の畳み掛けるような質問に頷き答えてくれた。私は紙に書いてあるその名前を再び凝視する。比企谷八幡、それが先輩の名前らしい。そういえば下の名前はちゃんと聞いていなかった。びっくりしすぎるあまり周りの音が遠くなっていく。

 

 突然の体の揺れて正気に戻る。隣では城廻先輩が私の方を揺すって名前を呼んでいた。

 

「どうかした?」

「いえ! 別に何でもないですよ。今日はありがとうございました。失礼します!」

 

 私は生徒会室を飛び出していた。

 

 生徒会室に残された生徒会長は急速に遠ざかっていく足音を聞きながら首をこてんと傾けるのだった。

 

 

   _____________

 

 

 

 相も変わらず私は走っている。既に脇道は通りすぎ、もうすぐ石段が見えてくる。そこには見覚えのある自転車が停めてあった。一段とばしで石段を駆け上がる。体はすっかり熱くなっていて、木に挟まれた石段の冷たい空気が心地よい。

 

 鳥居を勢いよくくぐって境内に入る。社の昨日と同じ位置に座って本を読んでいる先輩を見つけた。その姿はなかなか様になっていてつい見とれてしまう。先輩は本から顔をあげ私の姿を確認すると右手を挙げた。それを見て私は現実に戻る。すぐさま駆けより先輩の横に鞄を置き、横を向いてここに来る間ずっと気になっていたことを口にする。

 

「先輩、選挙出るんですか!」

 

 先輩はぎょっとした顔すると鞄を漁り始める。

 

「なんでそれを知っているのかは置いといて、とりあえず落ち着け。これでも飲んで」

 

 そう言って取り出したのは天然水いろはす。私はそれをありがたく受け取り、礼を言ってから喉に流し込む。カラカラだった喉はすぐに潤い、荒かった呼吸も落ち着きを取り戻す。その間ずっと優しい風が吹いていた。ここはよく風が吹く。

 

「どうそれ。自販機で目についてつい買ってしまった」

 

 先輩は私の手にあるペットボトルを指さして言う。それを聞いて私は手に力を入れると、ボトルはベキベキと音をたてた。

 

「からかってるんですか?」

「ちょ、冗談? ギャグ? ユーモア?だって」

「全然おもしろくないですよ」

「そうか?」

 

 納得しない先輩に一つ似たような例をあげてみる。

 

「先輩が製鉄所跡地にいても面白くないでしょう?」

「確かに。全然面白くないわ」

「ほら」

「あはは、なれないことはするもんじゃないな」

 

 先輩は何事もなかったかの様にそう言って話を切り上げた。実際は何も飲み物を持っていなかった私にとって都合は良かったのだが…。置いていた鞄を持ち上げて座り、まだ少し熱い体を服をぱたぱたして冷ます。

 

「そういえば選挙ですよ。先輩本当に出るんですか?」

 

 それていた話を元に戻すと、先輩はそうだったと言ってから経緯を話始める。

 

「昨日帰ってから思ったんだよ。生徒会に入ればお前の負担も減らせるし会えるなーって。でも俺全然選挙当選する気がしなくて、選挙出なくてもいい役職ないか聞きに行ったんだ」

 

 先輩は一息置いて続ける。私は先輩の横顔を見ながら聞いていた。

 

「けど流石にそんな都合のいい役職なくてさ、でもまだ庶務が空席で残ってるって言うじゃんか。なら一か八かやって上手く行けばオッケー、ダメでもたまにお前を手伝いに行けばいいかなって俺の中でなった」

 

 そういう先輩は自信がないようだった。

 

「城廻先輩は皆当選するっていってましたけど」

 

 先輩がそんな様子である理由が知りたくて遠回りにそんな聴き方をした。

 

「俺結構悪評があってな。そのせいで上手くいくか怪しいんだ」

「なるほど」

「何か、聞かないのか?」

 

 私のリアクションが予想外だったのか先輩は不思議そうな、しかしどことなく怯えた様子で聞いてきた。

 

「特に聴く必要ないかなって。少しの間ですけど先輩と一緒にいて、楽しいんです。だから私は先輩がどんなことしてても気にしませんし、第一先輩がわけもなく悪いことするなんて思ってませんから。それにそんな顔して自分から悪評があるなんて言う人が、悪い人なんて思えませんよ」

 

 私はそう言って先輩に微笑みかける。そんな私を見て先輩は目を見開いた後、力なく笑った。弱く吹き続ける風が私達の髪を揺らす。木々は小さく囁いた。

 

「それより失敗することは大丈夫なんですか?」

「それは大丈夫だ。恥をかくことや笑われること、嫌われることにおいて俺はスペシャリストだからな。今更そんなの気にしようがない」

 

 先程とは打って変わって自信満々に先輩は言った。そんな先輩の姿が可笑しくてくすくす笑ってしまう。先輩も私につられて笑い出だした。それらは少しずつ加速し、静かな神社は楽しげな二人の笑い声で満たされる。

 

 

   _____________

 

 

 

 二人で選挙で使う原稿を作っているとすっかり日は傾いてしまった。真っ暗になる前に片付けを済ませて境内を出る。振り向いて人のいない神社を見ると少し切なくなった。今日の楽しく心地よい時間はもうすぐ終わりだ。

 

 先輩と並んで石段を下りる。二人の硬質な足音がその場に響いている。先輩は自転車の鍵を外しいつも通り鞄をカゴに入れるよう言ってくる。それに従い、礼を言ってから慣れた手つきで鞄を置いた。もうすぐ団欒が始まるであろう家々のそばを通って別れの地点へと向かう。先輩の通学路と私の通学路がぶつかる交差点がその場所だ。歩道は結構広く、花壇があって季節の花が植えられる。この時季はコスモスが色とりどりの花を咲かせている。

 

 街頭に照らされたそのコスモスが見えてきた。少ない光を浴びる花はどうしても物寂しさが拭えない。

 

「じゃあ、また明日です」

「ああ、明日な」

 

 カゴから自分の鞄を取り、お辞儀して先輩に背を向け歩き出す。後ろからは自転車が走り去る音がした。

 

 家に着き台所で夕飯を作っているお母さんに一声かけて2階の自分の部屋に入る。パチッと電気のスイッチを押すと真っ暗な中から部屋に置いてある物達が姿を現した。鞄を机の横に引っかけカーテンを締める。そして制服のままベッドにダイブし、仰向けに転がった。制服がシワになるので親に見つかったら怒られるのだがついやってしまう。

 

 顔を横にして机の上を向くと、昨日拾った黒い猫のキーホルダーの人形がだらしない姿をしている私を見つめているのが目に入った。

 

「あ、そうだ!」

 

 私は飛び上がり机の引き出しから綺麗なリボンを引っ張り出す。キーホルダーの壊れた部分をなんとか取り外してリボンを通し、しゃがんで横にかけてある鞄につけた。立ち上がり鞄を手に取り少し振り回して落ちないかを確認する。顔の高さまで上げ、ぶら下がっている黒猫と目を合わせ笑みを浮かべた。

 

「いろはー、ご飯できたわよー」

 

 一階から私を呼ぶお母さんの大きな声が聞こえた。鞄を元の位置戻しとりあえず返事をする。

 

「はーい、今行くー」

 

 私はとっとと着替えを済ませて部屋を飛び出し階段を駆け下りた。電気が消されて真っ暗になった部屋に、カーテンの隙間からわずかに外の光が差し込む。その淡い明かりは宙ぶらりんの黒猫を照らしていた。

 





 また次回。


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