光と影に咲き誇る英雄譚   作:トラソティス

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えー、もしかしたら八月は結構忙しくなるので、投稿が少し遅くなるかもしれません。
二日間に一回、てな感じで投稿してきましたが、ちょいと怪しくなってきたので、ご了承ください。
しかし一週間に一回は必ず投稿するので、お忘れ無き事。


94話「波乱の予感」

 

 

 

早朝、午前7時。

眠たげに瞼を擦るB組の生徒達は、マタタビ荘に集まり、担任のブラド先生の前に立っていた。

夜桜だけ眠気が無いのか、髪型も整えており、寝癖や服装の乱れなど見当たらず、他の者よりもきちんとしていた。

こんな早朝になぜB組の生徒達は呼び出されたのか、それはこの強化合宿の本題…

 

 

――「個性の強化」の為である。

 

 

ヒーロー科の授業では、個性を活かした戦闘訓練や、救助訓練、活用方法や技術、その他知識など身についたものの、個性そのものが伸びた訳では無い。

成長した所は先ほど述べた通り、他にも身体能力が僅かに上がっており体は鍛えられたものの、個性という身体能力に備わる器官そのものは成長してないのだ。

それを、強化する為、早朝から生徒達を呼び出し、訓練を行う訳なのだ。

 

「A組はもう既に始まってる、我々も遅れを取る訳にはいかない。

さぁ、気合を入れてやるぞ!」

 

「はい!!」

 

「はぁい…」

 

夜桜の声が大きく響き渡るものの、他のみんなは眠気で声が上がらない。

なぜ彼女は眠たく無いのか…常闇踏影と同じだ。

 

「皆んな、気合い入れましょう!たるんでますよ!」

 

「いやいや、夜桜。たるんでるんじゃなくて、夜桜が異常なんだよ…何でそんなに大声出せるんだよ…眠たくないのかい?」

 

「儂は忍ですから」

 

「あっはは!面白い事言うねェ!?

それを言うなら四季に美野里だって眠たげに欠伸してるじゃないかァ!

 

忍でも眠たいものは眠たいんだよ!忍と僕らヒーローを比較するな!」

 

「ホラ、物間。

普通に大声出せるじゃろ、それくらいの勢いで朝の返事くらいせんか」

 

「お前はお母さんかよ!!!」

 

もう睡魔も吹っ飛んだ気がした。

夜桜と話すと眠気吹っ飛ぶのか、なんか不思議、カフェインいらないんじゃないか?

 

「でも夜桜、昨日直ぐ寝ちゃったもんねー」

 

「まあ、習慣でのぅ。

儂は幼い頃から弟と妹を養うために、母親代わりになって家事全般こなしてたから」

 

夜桜がまだ小学生の頃、両親が共働きしてて、ろくに家に帰って来ることままならず、家事の仕事は全部彼女一人でこなしてたのだ。

当然、自分を除いて11人もの下の子達の面倒となるとそれはもう大変で大変で…

朝早く起きて、皆んなの分の朝食を用意しなくてはならなかった。

なので早起きはマスターしたのだ。

月閃でも、料理担当は彼女なので、朝食、昼食(弁当)、夕食の三食、全部彼女の役目なので、もうお母さんと呼んでも過言ではない(実際、夜桜の作る料理は美味いという意味もある)。

彼女こそ本当のビッ◯マムに相応しいのでは?

彼女達の雑談に気付いたブラドは、眉間に青筋を浮かべる。

 

「オイお前達!何してる付いて来い!

強化合宿はもう始まってるんだぞ!」

 

ブラドの怒号に皆んなは静まり恐縮する。

その外見的怖さと、彼の威圧を孕んだ言葉は、相手が誰だか理解しつつも体が反射的に反応し、硬直してしまう。

 

「前期はA組が襲撃事件の始まりとして色々目立っていたが…

後期は我々の番だ!

いいか?A組ではなく我々B組だ!忍学生という頼もしい仲間が此方にいる以上、死角も敗北もない!」

 

「せ、先生…!」

 

――不甲斐ない教え子で御免なさい!

 

B組の生徒達はブラド先生の漢気溢れたセリフに感激し、自然と流れる涙を飲む。

ブラド先生は相澤とは真反対な性格だ。

どんな生徒にも真っ直ぐと向き合い、熱血ゆえに生徒達に時に厳しく、優しい、情が豊かな熱血先生だ。

そこがブラド先生の長所であり、自慢できる点だ。

外見こそはヴィランっぽいが、根は優しいヒーローの先生だ。

 

「あの〜…個性を伸ばすと言っても…夜桜ちゃん達含めたら計23人…

そもそも忍学生たちどーするんですか?」

 

「あ〜…そーいやアタシ達忍だからね〜…個性伸ばすって話でもなければウチらはどーすんのセンセー?」

 

取蔭切奈に四季の疑問の声が上がる。

まず夜桜たち忍学生は個性がないので考えないとすると、個性強化の訓練は20人、つまり20通りあるわけで、何をどうすれば良いのか分からない、具体性が欲しい所だ。

かと言って夜桜たち忍学生はどうするのか。

何もしない…訳がないし、訓練と言っても彼女たちの訓練に付き合える人間がいるのかどうかさえ疑問だ。

ワイプシのあの二人は確かに強いが、二人と担任のブラドと相澤を入れると四人…それでも足りない気がする。

 

「説明は後だ、付いて来い…!」

 

しかしブラドは此処では教えず、「俺の背中に続け」と物語るように前へと歩いていく。

生徒たちも渋々とブラド先生の後ろに続いた。

 

 

 

 

 

 

先ほどでも述べたように、個性とは身体能力の一つであり、体の器官の一部。

筋肉が酷使すれば、筋繊維は千切れるように壊れ、再生し、強く太くなる。

個性も筋肉のそれと同じこと、使い続ければ強くなり、でなければ衰え弱くなる。

年齢や体の傷によって影響を与える個性もある。

当然、個性の使用規制が掛かった社会、個性の訓練なんて出来る訳がない。

ヒーロー志望の人間にしか出来ないこと。

つまり。

 

 

 

 

――限界突破。

 

 

 

 

B組達が目の前の光景に絶句した。

広間にA組の生徒と、半蔵学院の忍学生三名、計23名が、悲鳴をあげ、汗と血と涙を流し、猛特訓してるのだ。

尾白は尻尾を何度もなんども振るい、感覚が麻痺しながらも、振るい続ける。

それを耐え受けてるのが切島。

彼の個性は硬化、ガッチガチに体を固めて尾白の攻撃を耐えてるのだ。

体にヒビが入ってる為、訓練を開始してから今に至るまで延々とこれを続けてたのだろう。

峰田は頭から血を流し、目の前にはもぎもぎの山が積まれている。

まるで賽の河原の石積みみたく、ブツブツと聞き取れない声で何かを呟いてるあたり、相当精神が限界に達してる様子。

よく聞いてみると、「305、306…」と数字を数えてるようだ。

この数字は峰田のもぎもぎの数を表す。

もぎもぎは取ったそばから生えてきて、くっつく。

もぎりすぎると血が出るのだが、今の彼の顔は真っ赤な血に塗れてる。とても笑えない。

八百万と砂糖は一緒になって訓練をしてるのだが、これもまた何とも…

お菓子を食べながら八百万は何かを創り出し、砂糖は8kもあるダンベルを片手で鍛えている。

もう片方の手は大きなケーキをもぎ取って口に運んでいる。

大の甘党で糖分大好きな彼も、もうギブアップと言わんばかりの顔をしてる辺り、幸せな時間ではないことを現実的に突きつけられる。

柳生は何度も巨大烏賊を召喚し、木々を、岩を薙ぎ倒している。

しかし、柳生の顔色は悪く、青ざめており、息が荒く、冷や汗を流す。

 

忍学生は個性こそないが、秘伝忍法というものがある。

ゲームで言う必殺技だ。

それを個性と同じように、使い続けることにより、秘伝忍法による熟練度が上がり、忍法がより強くなるのだ。

他にも様々な忍法があるので、使いたいものは自由に使って良いとのこと。

絶・秘伝忍法は馬鹿デカイ体力を消費するので、何発も使えない。

なので、普通の忍法が丁度いいだろう。

飛鳥は二刀繚斬で何度も岩や巨木を切り捨ててるのだが、もう腕が上がらないのか、感覚が麻痺を覚える。

 

混沌な状況だった。

見るに耐えない痛々しい光景。

泣き叫ぶ生徒達。

 

B組はこれを、地獄絵図と呼んだ。

強化合宿なんて生易しい名前と相容れず、昨日の夕食と風呂が嘘のようだ。

 

個性訓練…その内容といえば。

許容上限のある発動者は上限の底上げ。

異形型・その他複合型は個性に由来する器官・部位の更なる鍛錬。

増強型は至ってシンプル・ひたすら個性を使い続けて訓練するのみ。

当然、個性だけでなく体を使って、それこそ身体能力も高めて。

 

通常なら肉体の成長に合わせて行うのだが、時間がないので無理矢理と言った形だ。

 

「でも、私ら入れると計46人…そんな人数相手に4人で管理できるの?」

 

「でも、昨日ピクシーボブが二人来るって言ってたわ」

 

拳藤の疑問に、思い出したように答える希乃子。

 

「そう!だからアチキらがいるのー!」

 

そこに陽気な女性の声が高く聞こえた。

声の主に振り向くと、マンダレイとピクシーボブ、そして昨日いなかった人物が二名登場する。

 

 

「煌めく眼でロックオン!」

 

「猫の手手助けやってくる!」

 

「どこからともなくやって来るゥ…」

 

「キュートにキャットにスティンガー!」

 

 

――これぞ、四位一体。

 

「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!」

 

 

フルバージョン。

マンダレイ、ピクシーボブに、昨日言ってたラグドールと虎が決めポーズを取る。

 

ラグドールの個性は『サーチ』。

目で見た人の情報が100人まで物分かり、居場所も分かれば弱点も分かる。

サポートキャラとして適任するヒーローだ。

マンダレイの個性は『テレパス』。

一度に複数の人間へ、直接脳へアドバイスを送る事が出来る。

ただし欠点なのが、それを聞いた人間が返信をする事が不可能だという事。

レスキューヒーローとして適任に値するヒーロー。

虎の個性は『軟体』。

常人では決して曲がることの出来ない体質、蛸のような軟体動物、つまり、体が非常に柔らかいのだ。

しかし、見た目はガッチガチの筋骨隆々で、露出してる筋肉が何とも…

外見からしてみれば、表情の硬いオッさんが、猫のコスプレをした痛い人に見える。

顔もとても怖いので、もう何というか、この人だけは別で悍ましさしか感じ取れない。

見た目からしてもう分かるだろうが、彼はパワーファイターとして、戦闘向きのヒーローだ。

彼なら並みのプロレスラー相手でも屁ではないだろう、どうでも良いが毎日プロテイン飲んでるようだ。

 

「増強型の者は我の元に来い!

我ーズブートキャンプはもう始まってるぞ――」

 

――古!!

 

虎の言葉に、B組の皆んなが心の中で大きく叫んだ。

そして後ろでは緑谷が辛い表情で体全体を使って筋肉を酷使し鍛えていた。

元々汗っかきなのだろうか、滝のように汗が流れ、表情も辛そう…見てるこっちが痛々しく感じる。

増強型、一名。緑谷出久。

多分、彼が一番辛いだろうな、だって一人なのだから。

飛鳥や柳生、雲雀は相澤先生が指導…つまり、忍学生の皆んなは相澤に指導されるのだろう。

まあ彼も個性なしで近接術や対人戦はそこらのヒーローよりもとても長けているので、指導する分、悪くない。

 

「小僧何してる!動きが遅いぞ!ペース上げろもっとォ!筋繊維千切れやァ!」

 

「イェッサァ!」

 

疲労により体が追いつかず、ペースが乱れ遅れる緑谷に、虎の喝が入る。

そして殴る蹴るの暴行を受け倒れるも、立ち上がり鍛錬…

端から見れば暴力に見えるが、これは個性強化の訓練なのだ。

…一応、個性強化の訓練だから。

 

「よし小僧!今だ個性使って撃ってこい」

 

「イ、イェッサァァ!!」

 

緑谷はつかさず、俊敏に個性ワン・フォー・オールを使用する。

5%調整したパワーで虎に思いっきり殴るも、あっさり避けられる。

そして「よォし!全然キレキレじゃないか!まだ鍛錬が足りんぞ小僧!」と先ほど猫パンチ?を食らったのにまたしても殴られる。

緑谷は身も心もボロボロだ。

 

「オィ?壁超えるんだろ?なァ?しろよウルトラ…今すぐしろよ越えろよウルトラぁ!壁越えちまえよウルトラァ!!!」

 

「イエッサアァアーーー!!」

 

――何これ。

もはや狂気しか感じない。

殴られ言われ、疲労のあまり頭がおかしくなったか?狂っちまったのか緑谷?

この現状、とてもじゃないが笑いすら浮かび上がって来ない。

あの物間でも息を詰まらせる。

自分たちにも、これが待ち構えてると想像すると…

忍学生も最初は俄然やる気もあったし、軽い気持ちで「挑戦するかぁ〜」みたいだったのだが、鬼畜な悪党教官の虎を見てしまえば、気力は失ってしまうのも、仕方のないこと。

しかし一同は知らないだろう…

筋骨隆々としたオッさんが、猫のコスプレをしてる痛い人だと情感を持ってしまうが、実は彼…元女性だと言うことを。

 

 

 

しかし彼女たちの指導は相澤の方、虎とは関係ないので大丈夫だと思いたいのだが…

 

 

「オイ飛鳥、この岩的確に斬れてねえぞ、ちゃんと正確に斬れ、はいプラス5回な」

 

「は、ハァイ!」

 

「雲雀、お前動き大雑把だ。

ちゃんと狙い定めて集中しろ――」

 

「で、でも雲雀もう疲れて…」

 

「ほぉ?疲れてる割には声が出るじゃねえか、じゃあグラウンド制限時間内付きプラス二倍な?」

 

「ええぇ!?」

 

「まだ声が出るな?んじゃ三倍か?」

 

「おい待て相澤先生、雲雀は何も悪くないだろ…だったら…」

 

「なんだ?柳生は10倍か?ん?」

 

「……」

 

もはやあの雲雀と柳生をこうもあっさりと、軽々しく黙らせてしまう相澤のスパルタ教育。

ダメだ、これ以上喋ったら体が朽ち果てる。

これ以上増やされたら堪らない。

二人が忍でも、所詮は学生…先生には逆らえないのだ。

忍学生の彼女らが、口も手も足も出ずに、唇を噛み締め、涙を飲むしかない。

そして忍学生や他の子達、B組全員、改めて思い知った。

相澤先生にだけは絶対に怒らせてはいけないと、でなければ死んでしまう。

タダでさえ30分しか経ってないのにこのへばりつき…今でやっとメニューが追いつけるのにこれ以上増やされると考えると、気が遠くなって自然と体の力が抜けてしまう感覚に陥る。

これを見ると霧夜先生の訓練が可愛く思えてきた。

あの人の訓練は厳しいけど、相澤先生だともう恐怖しかない。

相澤は相手が忍学生だとしても躊躇はないし、遠慮なくより厳しい指導を行う。

 

虎も相澤も、嫌だな…

 

 

 

なぜ夏休み一週間、林間合宿というイベントを使ってまでして個性強化するのか…

雄英が忙しいという私情もあるのだが、ヒーロー科の一年だけに人員を割くことが難しいからだ。

この四名の実績と広域カバーが可能な個性は、短期で全体の底上げをするのに、尤も合理的だからだ。

 

最も忍学生は特殊なので、相澤が見ることに。

今まで担任として忍学生を見てきたからこそ、彼が務まるのだ。

 

「うおおおっシャアああぁぁあああーー!!」

 

「よォし!良いぞ小僧、千切れ、伸ばせ、強くしろそのヘボ個性をォ!!!」

 

緑谷の雄叫びに応じるかのように、虎も大声で雄叫びを上げる。

緑谷の声が一番大きかったためか、皆んな一斉に振り向く。

 

 

「……」

 

個性強化で盛り上がってる?中、無数に広がる木々の陰から、覗く者が居た。

 

「…何が個性だよ、バーカ…」

 

出水洸汰。

彼からしてみれば、皆んな理解しかねない、気持ち悪い人種だった。

どいつもこいつも、個性だ個性だと口にして…

忍学生って言うお姉さん達みたいなのはアレが個性なのかどうなのか、マンダレイからは詳しくは聞いてないが、どの道ヒーローと同じ変わらないんだろう?

殺しあうことだって――

 

だから、嫌いなんだ。

彼も彼女達も、意味がわからない。

何でそこまでして、命を懸けてまで戦わなくちゃいけないのか…

いや、そんなの決まってる…

 

「そんなに個性をひけらかしたいのかよ――」

 

個性があるから、悪いんだ。

そんなものがあるから…大好きなパパとママは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

PM・4時。

ようやく個性強化による訓練は終了し、ここから夕食の時間になる。

個性強化の訓練を終えた少年少女達は、生力を失ったかのように、ヘロヘロ状態になっている。

これまでにない疲労感、体の自由が殆ど利かないし、今こうして動けるのでやっと…

しかし、個性強化訓練が終わったからと言い、自分たちの仕事がまだ終わった訳ではない。

 

「さァ!昨日言ったね?『世話焼くのは今日だけ』って!」

 

「己の飯くらい己で作れカレー!キャハハハ!!」

 

調理。

少年少女達にはまだこの仕事が残って居た。

昨日ピクシーボブが言った通り、昨日までは世話を焼くと言ったが、今日からは自身で食材を調理し料理を作らねばならないのだ。

目の前のテーブルの上に置かれてるのは何十人分の食材…山盛りにして積んである。

食材も限られてるので、上手く配当して作らねばならない。

食材は、人参、じゃがいも、白米、肉、カレールーなど、カレーのルーがある時点でもう決まってるようなものだ。

 

――皆んなでカレーか。

林間合宿ならではと言った感じで、とても合宿っぽい感じだ。

飯田が「さァ、世界一最高に美味いカレーを作ろうじゃないか!」と皆んなの代わりに代表として手を挙げ声を張る。

生徒達を引っ張ってくれるのはとても有り難いのだが、生憎彼らは疲れてるので、元気という文字のかけらもない。

 

「でもな、料理作るのあんま得意じゃないし…

このクラスの中で得意なヤツつったら?」

 

瀬呂の呟きに応じるように、皆んなも左右に視線を向ける。

この中で料理得意つったら…

 

「あ?」

 

爆豪勝己――。

皆んなの視線が一斉にして爆豪に集まる。

当然、何事もないのに急に自分に視線を向けられたら、不快な表情を立てるのも無理はなかろう、爆豪は「何見てんだテメェら!」と大声を張る。

 

「なぁ爆豪、お前ってカレー作れる?」

 

「ハァ?!何言ってんだクソ髪!テメェは小学生か、余裕で作れるわボケェ!」

 

爆豪は思わず掌を爆破させる、

よく見ると爆豪の腕はヒリヒリと赤く焼けていた。

個性の訓練によるものだとみられる。

なぜ皆んな爆豪を見るのか?

実は彼、センスがあるのだ。

それはヒーローによる才能だけでなく、日常でもその才能を輝かせている。

緑谷の話によると、小・中学の頃から成績は全てAランク。

調理実習の時なんか、彼が作った料理があまりにも美味すぎて、先生なんか「そこらに並ぶ店、それ以上に美味い」と評論した程だ。

爆豪はその話は覚えてるものの、皆んながソレを知ってることなど、彼には知るわけがなく、爆豪からしてみて皆んな「今日は一段と気色悪りぃ」――らしい。

 

しかし、何も調理が上手いのは必ずしもA組だけではない。

 

「ウチん所で上手いヤツって…あっ、夜桜か?」

 

「なぜ儂だと?」

 

「いや〜だってお前さ、朝ん時母親代わりとして弟と妹の面倒見てきたって言ってただろ?

もしかしたら夜桜って料理得意なんじゃないかな〜って、違ったか?」

 

よく見てるな。

そう、夜桜は家事全般こなしてるので、料理のことなどお茶の子さいさいだ。

しかも得意料理はハンバーグにスパゲッティ、カレー。

子供の好きそうな料理ばかりだが、兄妹達の世話をしてるのだから灼然な事だ。

 

「ええそうですよ、月閃でもしょっちゅう…と言うかほぼ儂が調理担当でしたからね、料理のことは任せなさい!

解らない事があったら儂に何でも聞いて下さい」

 

「え、夜桜一人でやってくれるんじゃないのかよ…」

 

「儂は別に問題ないですが、皆んなで協力しないといけません。

――チームワークが大切じゃ」

 

物間はため息をつく。

しかし夜桜は間違ってない。

これはチームワーク、全員が協力してカレーを作らねば意味がないし、夜桜一人に頼むのも悪い。

絆や友好関係を築くのに、これは持ってこいだ。

なんやかんやで、A組とB組は調理に取り掛かった。

 

 

 

調理が始まり、騒がしくなる。

A組なんかはほぼ爆豪の怒号が飛び放ち、喧騒に塗れていた。

 

「おいデカ乳!じゃがいもの芽まだ少し残ってんぞ!ちゃんと剥けクソが!」

 

「はうぅッ…!ご、ごめんなさい…」

 

「む、剥くって…エロいよね?」

 

「クソ葡萄。

お前本当に良い加減にしろよ、殺されてェか?協力する気ねぇなら帰って死ね」

 

「爆豪、聞いてくれ!人参って、ビタミン豊富なんだぜ!」

 

「だから何だアホ面!一々クッソどうでも良いこと自慢げに話すな!」

 

「爆豪、スルメイカ入れて良いか?」

 

「良い訳ねェだろがボケェ!カレーに何入れようとしてんだクソ眼帯!」

 

「ムッ、スルメイカを馬鹿にする者はスルメイカで泣く…スルメイカを馬鹿にするな」

 

「テメェの主張なんざ知るか!クソ葡萄同じくテメェもやる気ねえのか!

つーかスルメイカ入れてどうする気だ!皆んなの分考えろや!」

 

「あ、あの爆豪が…皆んなの気を遣ってる…だと…!?」

 

「醤油顔、後でこっち来い、ブッ殺してやっから、マジで」

 

「ちょっと皆んな元気過ぎだろ…」

 

A組の状況はカオスだった。

爆豪は元々気が荒いので、怒鳴り散らかすのは予想していたが、ここまで酷いと違う意味で地獄絵図にしか見えない。

まるで名のあるレストランの厨房みたいだ、店長は爆豪。

そんな意気軒昂な皆んなに、切島が呆れたように小声で呟く。

 

 

一方、B組は騒がしいという意味ではA組と同じだが、唯一違うと言えばそれは平穏の差だ。

B組はA組と違って穏やかで、爆豪みたく騒いだりしないのだ。

それもこれも、夜桜のお陰…と言うべきことか。

 

「夜桜〜、肉切ったよ」

 

「ではそこのボウルに入れて下さい」

 

「夜桜ちゃ〜ん!小大ちゃんと柳ちゃんと凡戸くんとね、人数分の人参全部切ったんだよ〜!」

 

「よしよし美野里、では拳藤さんが置いた肉の横に置いといて下さいね」

 

「は〜い!」

 

「ねェねェ夜桜、分かんないことあるんだけどさ」

 

「はい?何でしょう物間」

 

「このジャガイモの芽を切り取ったは良いんだけどさ、これ上手くA組のカレールーにぶち込みたいんだけど、どうすればバレずに済むかな?」

 

「先ずテメェの腐った性根を叩き入れることじゃな!!お前ホント、良い加減にしろォ!」

 

「ブハッ!?」

 

…若干、変わらない所もあるが(物間が原因で)。

それさえ除けば中々穏やかな一面だ、これぞ本当の意味でのチームワークと言った所か、しかも夜桜の動きに無駄がなく、爆豪と同じくそこらのレストラン以上の腕が立つ料理人だ。

 

よくよく考えると、爆豪と夜桜は良い勝負になるのでは?

デカ盛り美食大会はよ出さなきゃ。

なんて冗談はさておき、そろそろカレーが仕上がる頃で、カレーの美味そうな匂いが充満し、皆の食欲をすすらせる。

 

 

カレーを食する時間が始まり、一同は賑やかに談笑しながら、カレーをひたすら頬張っていた。

疲労と空腹状態の中、皆んなが作ったカレーを食べるのは何時もと違って新鮮で、口の中にカレーの美味さがいっぱいになるよう広がり、頬が落っこちてしまうほどだ。

何よりも良いのがこの程よいカレーの辛味。

カレーと言えばやはり辛口だろう、スパイスの効いたルーが、全ての食材を包み溶かすように、相性が良く、舌が喜ぶ。

辛口が苦手な人にとっては少々嫌かもしれないが、辛口か甘口かの多数決に分かれ、結果辛口になった。

特に爆豪は辛いものが大と呼ぶほど好んでおり、爆豪のカレーだけいやに真っ赤になっている。

コックカ◯サキに頼んだのかこのカレー、もう真っ赤すぎて見てるだけで舌が火傷しそうだ。

爆豪は自分の分だけ取ると、タバスコや一味、チリペッパーやカイエンペッパーなど、調味料を多く入れ、自分拘りカレーを作っていた。

もうこれはカレーと言うよりハバネロカレーと呼んでも良いだろう…もはやその域に達している。

都合よく調味料があったものだ。

因みに爆豪は必ずカレーを五辛以上食べるらしく、その割には舌の神経は良く、調理の際に味見役としてもしっかりと働いてた。

本当に何でもありかよかっちゃんは。

 

 

一方B組は、A組と違って辛口カレーではなく、甘口だった。

口の中に広がるは、コクのある甘みに爽やかな渋み、それらが兼ね備えた夜桜特性甘口カレーは、とても評論だった。

特に美野里や甘口の子達にとっては、手が止まらず箸が進み、何度も咀嚼していたい気分だった。

隠し味は砂糖と中濃ソース、砂糖はカレーの濃厚さを引き立て、コクと旨味がマッチして引き出す。

中濃ソースは砂糖と相性が良く、甘味やコク、旨味が深く加わり、砂糖とマッチを奏でるように効果を程よく引き立て、甘くまろやかなカレーが出来たのだ。

隠し味…ではないが、飲み物としても少し夜桜なりにチョイスしたのが、コーヒー。

コーヒーは実はカレーと相性が一番合う品物なのだ。

カレーの隠し味に入れるのも良いのだが、美野里を始めとしたコーヒーを嫌う者もいるので、飲物として選んだのだ。

飲物なら飲む人そうでない人に別れ、飲まない人は普通の水やお茶で済ませば問題ない。

コーヒーは勿論、無糖。

ミルクや砂糖など一切入れておらず、わざと苦味を取らせるように置いといたのだ。

甘口カレーと言っても辛口と違って、味に飽きてしまう人だっている。

なのでコーヒーという苦味を取ることにより、味に飽きず、甘味と苦味の相性を絡み合わせることで、カレーとコーヒーの素晴らしさを引き立てることが出来たのだ。

カレーなのにコーヒー…まるで白と黒のワルツだ。

 

A組は辛口でB組は甘口、成る程。

どうやら此処に至ってもお互いの存在が対になってるそうだ。

 

「カレー甘え!夜桜本当、お母ちゃんだ!」

 

「こっちはカレー辛えよ!いや、叫ぶほど辛いって感じじゃないけど、うん、カレー!カレーだけに」

 

「古いから、と言うか全然つまらないから」

 

「甘いのも良いが、辛いのも食べてみようかな?でも辛いの苦手だしな…」

 

「オイオイ無理すんなよ庄田、別に良いじゃねえか」

 

「俺たち美味いもんさえ食えれば問題ないもんな!」

 

「ヤオモモ結構ガッツクねー!」

 

「私の個性は脂質を様々な原子に変換し創造する事が可能ですので、沢山蓄えるほど沢山出せるのです」

 

「ふ〜ん…ウンコみてえ」

 

「瀬呂!ヤメろご飯中だぞ!!」

 

「ヤオモモちゃん、落ち込む事ないからね?ね!?」

 

「うぅ…飛鳥さん…私…私…そんな、ウンコだなんて……」

 

「ねーねー、コーヒー頂戴!」

 

「美野里ね!コーヒーでも砂糖とミルクいっぱい入れたらね、飲めるんだよ!」

 

「それってもうコーヒーじゃなくてコーヒー牛乳じゃ…」

 

「コーヒー牛乳もコーヒーだよ」

 

「え〜、でもコーヒーは苦味があってこそコーヒーだよ、異論は認めない」

 

A組もB組も祭りのようにとても賑やかで、気持ちが高ぶる。

笑い合い、はしゃぎあい、じゃれ合う。

この幸せな一時は自分たちがヒーローと忍としての立場を忘れさせ、ごく普通の学生として、楽しい合宿を味わい、高校生らしい青春を謳歌する。

学生でしか味わうことの出来ない幸せ…だからこそ、今、めいいっぱい楽しもう。

自分たちが生きてるこの時間が、この幸せが、永遠に続けばと…

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

ぐぅー。

お腹が空いた。

緑谷というヤツがカレーを持って来てくれたが、それを断った。

 

裏山。

誰も気付かないこの場所は景色が良く、辺りを一望出来る。

この場所は自分しか知らないので、ワイプシやマンダレイだって知らない。

ここは出水洸汰の秘密基地である。

緑谷が来たのは驚いたが、跡をついて来たらしく、厄介で気持ち悪いヤツだった。

別に跡をついて来たことに腹が立ってるのではなく、アイツの言ってた言葉がムカついてるんだ。

 

 

――そこまで否定しちゃうと、君が辛くなるだけだよ。

 

 

考えないように、と頭の中で無理やり振り払うも、チラホラとアイツの言葉がこびり付くかのように…残ってしまう。

何も知らないくせに、両親が死んだ辛さなど、分からない癖によく言えたものだ。

皆んなイかれてるよ、何が個性を引き延ばすだよ、本当に下らん。

 

そのせいで、大好きなパパとママは死んだんだ――

 

 

『洸汰、誕生日おめでとう!

ママとパパはね、大好きな洸汰が居てくれて幸せなんだよ。

仕事が忙しくて一緒に居られない時があるけど、それでも洸汰のこと愛してるからね――』

 

 

ママ。

 

 

『洸汰、お前が産まれた時はな、パパとママも一緒に泣いたんだぞ?

お前がパパ達の元に産まれてくれて、本当にありがとうな。

 

その誕生日として、お前にプレゼントだ――!』

 

 

パパ。

 

 

洸汰は帽子を取る。

このトゲのついた帽子は、パパが誕生日プレゼントで買ってくれた帽子だ。

大好きなパパとお揃いの、思い出がこもった帽子――

パパが悩みに悩んで、洸汰の為にと買ってくれた、大好きな帽子。

時折思い出す、パパとママの大好きな笑顔を、温もりを、そして家族の幸せを――

 

誕生日プレゼントを貰った時はそれは嬉しかった。

だって産まれて初めて、誕生日プレゼントを買って貰ったのだ。

その嬉しさと来たら、当時は喜んでた、はしゃいでた、嬉しくてどうしようもなかった。

ずっと、この時間が続いてれば、と今でも願う。

 

 

――でも、もう両親は帰ってこない。

市民を守った。

敵に殺された。

今でも思い出す、ニュースで放送された敵のの顔を――

僕はアイツが憎くて許せないし、個性という概念そのものも許せない。

だって個性があるから人は力をひけらかし、自由気ままに使おうとする。

個性があるから、敵は生まれる。

個性があるから、ヒーローは生まれる。

 

力が、人を狂わせる。

だから力なんて要らない、無くなっちゃえば良い。

それなのに、皆んな力を、個性をひけらかすが為にと、無理して強くなろうとする。

忍学生って言うのは、マンダレイから聞いたが、難しいことはよく分からなかった。

でも聞いてたなかだと、ヒーローと変わらないし、この目で見てハッキリ分かった。

アイツらもヒーローと同じで、狂っちまってるって。

何が力だよ、そんなものがあるから…そんな、要らないものがあるから――!!!

 

 

 

パパとママは死んだんだ――

 

 

 

 

 

パパとママは、水の個性『ウォーターホース』と呼ばれるヒーローだ。

 

 

「………クソ」

 

洸汰は苦虫を噛み殺す表情を立て、起き上がる。

このままずっといると怪しまれるし、無駄に人と関わってしまう…

怪しまれようがアイツらがどうなろうが、大して気にしないしどうでも良いが、詮索されて緑谷とか言うヤツみたく、誰かが秘密基地に来られても困る。

特にラグドールなんかは個性「サーチ」とかいう便利な能力があるので、見つけられたら嫌だ。

夜は暗いしもう遅い、マタタビ荘に戻ろう――

 

 

 

マタタビ荘についた洸汰は、帽子を被ったまま、音一つ立たない、物静かな廊下を歩く。

このまま自分の部屋に戻って寝よう。

そう思った時だ、曲がり角から一人の少女が飲み物を片手に持ちながら歩いて来た。

自分よりもずっと身長は上なので、お姉さん、と普通は呼ぶべきなんだろうが、関係ない。

少女が洸汰のことに気付くと、「あっ、洸汰くん?こんな所で何してるの?」と聞いて来た。

 

「なんだお前…」

 

名前は知らないので、つい素っ気ない態度で言葉を返す。

 

「あ、そっか。

自己紹介まだだったね…

私はね、飛鳥って言うんだよ。昨日は言いそびれたけど、よろしくね!」

 

この女の名前は飛鳥…

洸汰にとって相手の名前などどうでも良いし、前述の通り人と関わりを持ちたくない。

洸汰は足早とスルーするように、飛鳥の横を通過する。

 

「どうでも良い、お前らとの関わりなんざ糞食らえだ」

 

「うわぁ、幼い子とは言えいざそう言われるとショックだなぁ…」

 

普通の小さい子だったら、手を差し伸べて握手するんだろうな。

でも、違うんだよね洸汰くんは――

 

 

「ねえ洸汰くん。

洸汰くんはさ、何を求めてるの?」

 

 

――ピタッ。

 

飛鳥の言葉に洸汰は動を止める。

何を――と問われても、洸汰には分からなかった。

洸汰は自然に飛鳥の方へ顔を向ける。

飛鳥の顔はやけに真剣であり、洸汰の目を真っ直ぐ見つめてた。

唯一、頭の中で思い浮かぶのは、パパとママ、両親の姿だ。

洸汰が求めるのは両親だ、愛するパパとママ。

でも、二人は死んでしまった…

パパとママはもう帰ってこない。

それでも、洸汰にはどうしても忘れられない…大好きなパパとママのことを、どうしても考えてしまう。

 

個性(ちから)がなくなることだよ――」

 

だから、当然こうなる。

洸汰の口から放たれる言葉は、重みがあり、深い憎しみがこもっていた。

 

「お前も、お前らも、みーんなイカれてるよ。

そこまで強くなってまで、ひけらかしたいのか?バッカじゃねえの…

 

個性(ちから)があるからいけないんだろ。

個性(ちから)があるから、皆んな傷つきあって、殺しあうんだ。

 

なんでそんな事も分からないんだよ。

正義だとか悪だとかで、言い争ってさ…何が良いんだよ。

下らねえよお前ら全員――」

 

力がなければ、争う必要もない。

力がなければ、使う事もない。

力がなければ、傷つく事だってない。

 

「…なんか、昔の雪泉ちゃんに似てるね、洸汰くんって」

 

「あ?」

 

誰だソイツ。

なんて口にする前に、飛鳥は何か思い出すように語り出す。

 

「本当はあんまり人に言っちゃいけない事なんだけど…

昔の雪泉ちゃんもね、洸汰くんと同じ境遇に遭ったんだよ?大好きな両親を、悪に殺されたんだ――」

 

洸汰は思わず息を呑む。

同じ境遇者…ソイツが一体誰なのか知らないし、見た事もないが、少なくとも他の奴らとは違う…そんな気がした。

 

「洸汰くんのように、力そのものを否定してた訳じゃないんだけど…悪という存在そのものは否定してたよ」

 

昔の雪泉、学炎祭の頃の彼女の目は、洸汰と同じく憎しみを持っていた。

悪に対する憎悪、怒り、嫌悪、拒絶、様々な負の感情が、一つになるようその目に込められていた。

 

「悪があるからいけない、悪という存在そのものがあってはならない…

悪が無くなれば、人々は幸せになれる。

自分と同じ境遇者を生むことはないってね、その人のお爺ちゃんのこともあるんだけどさ、洸汰くんと同じ境遇者は、見てきたよ。

雪泉ちゃんだけじゃない、叢ちゃんに…この合宿に来てる夜桜ちゃんに四季ちゃん、美野里ちゃんも、そうなんだよ」

 

飛鳥は優しく、洸汰に話し出す。

洸汰の表情は、飛鳥を嫌うような目で睨んでいた。

境遇者…とはいえ、自分を誰かと同じような扱いは受けたくない。

でも飛鳥はそれを分かっても話す、それは、洸汰の為を思っての――

 

「皆んな、ひけらかしたいが為に、ヒーローになった訳じゃないんだよ?

洸汰くんも知ってると思うけどさ、私たちは忍学生でね、影から見守って、影で生きて影で死ぬの…

けど本当の影は誰にも知られずに見られずに、人を支えて守って生きてるんだよ。

皆んなが洸汰くんの思ってる人間じゃないってことは、分かってほしいな。

 

 

だからさ、洸汰くん。

 

 

――自分を否定しないで?

自分で自分を傷つけないで?

それは、見てる私も、辛いから…さ」

 

洸汰の顔は歪む。

緑谷と言い、飛鳥とか言うヤツまでも…

図星で、でもどこか心が温まるようで苦しむようで、何とも言えない感覚。

洸汰は大声で否定し叫び出す。

 

「うるせえよ!もう黙れよ!!俺のことなんかほっとけよ!

言ったろ俺はお前らとの関わりなんざ糞食らえだって!お前らのことなんか知らねえんだよ!!

 

俺の前から消えろよ!」

 

突き放すような言葉、飛鳥は一瞬面食らった顔をし洸汰を見つめていた。

洸汰はそう言い残すと、思いっきり走って行き、自分の部屋へ戻ると、私服のまま毛布にかぶって寝る。

毛布は顔まで覆い隠し、自分の弱さを、自分の心を隠すかのように…被る。

 

「……なんで、どいつもこいつも…皆んなこうなんだよ…」

 

洸汰には分からない。

なんで緑谷と言い、飛鳥と言い…何も知らないくせに――

 

 

 

 

 

 

「はぁ〜…」

 

飛鳥はため息をつく。

洸汰に言われた言葉に傷ついてるのではなく、自分では彼を変えれなかったことに悔やんでいた。

まあ言葉巧みで心を変えれるなら、誰だって苦労はしないのだが…

 

忍である自分は普通の立場なら真剣に闘い、命を懸けて、相手に本音をぶつけ、変わることが出来るのだが…

相手は一般人、しかも幼い子供、洸汰くんだ。

勝負云々の話しではないし、戦いなんて馬鹿げたことは決してしない。

するとしたら、煩くて熱血でどこか抜けてる焔ちゃんくらいだろう、相手が男だろうと女だろうと、老若男女区別しないのだから。

 

だから、言葉で変えることは出来なくとも、知って欲しかった。

ひけらかしたいが為に、ヒーローに、忍になりたい訳じゃないことを――それが、生きる全ての人々が望んでる訳ではないと。

 

しかし幼い彼には通じないし、これから先、彼はもっと苦しむことになるだろう…

そう考えると、胸が締め付けられるように苦しくなる。

 

「どうすれば…良いのかな?」

 

雪泉ちゃんならなんて言うんだろ?

雪泉ちゃんだけじゃない、他の皆んな、なんて言うんだろ?

 

「難しいなぁ…」

 

そうため息をつき、片手に持ってたいちごヨーゴルトを飲み終えると、ゴミ箱に捨てる。

そして女子部屋に入る。

部屋の中はとても騒がしく、聞いてるだけで心が晴れやかになる。

賑やかで楽しそうな女子の会話が聞こえる。

そう言えば今日は、B組の女子生徒も来てるのだ。

何でも峰田くんがまた覗きを…今度はB組の女風呂を覗こうとしたらしい。

荷物がその証拠、中には小型ドリルだのピッキングだのと、他にも覗く品物がわんさか入ってた。

ここまで用意周到にされてると、逆に引くしかない。

しかし当の本人はどこにいるか分からないが、少なくともワイプシの四人が監視してるのだろう。

そう言えば飲み物買ってた時、峰田くんらしい声が聞こえたのは気のせいか?

 

「あー!飛鳥おそーい!」

 

「ゴメンごめん芦戸ちゃん、飲み物買ってて、ついトイレにも行きたくなっちゃって」

 

芦戸は頬を膨らませるも、飛鳥は苦笑を返す。

因みに今B組と一緒に恋バナというものをしてる。

B組の生徒は全員いる訳ではなく、拳藤を始め、夜桜、美野里、四季、小大、塩崎、柳、そしてA組は全員。

これでも結構の人数で、うまい具合に部屋にスッポリ入れたのが不思議だ。

部屋の真ん中には美野里特製のお菓子が広げてある。

彼女の作ったお菓子は本当に甘くて美味しくて、皆んな大喜び。

 

話を戻すとして、気になる男子は誰だ?

とか、どういうタイプ?とか、妄想でキュンキュンとか、どの人と相棒になりたい?とか、色んな話題が出ては盛り上がっていた。

 

「あっ、もうこんな時間だな」

 

「うあーー!!補習行きたくないよ〜!うわあああぁぁぁん!」

 

拳藤が時計を見て時間を確認すると、芦戸は足をバタバタと暴れさせ、子供のように駄々をこねる。

 

「もっとキュンキュンしてたい!甘酸っぱいこの感覚…恋バナらしきもの全然してないよー!」

 

「いや芦戸ちん、そんなこんなを繰り返してこの時間なんだけど…」

 

「ん」

 

「四季ちゃん言わないで!だってだってぇ〜」

 

女子同士で盛り上がるのも、悪くないし、居心地が良いものだ。

飛鳥が苦笑してる中、柳生は窓の外をジッと見つめていた。

それも目を細めて。

 

「どーしたの柳生ちゃん?さっきから…」

 

「いや、気のせいか?誰かの気配がするんだが…」

 

「え?それってもしかして…?」

 

「もしやもしや…夏になるとやっぱそうなるの?」

 

柳生の言葉に、耳郎と葉隠が反応する。

この部屋には誰もいない、外出はこの時間帯では禁止だ。

 

「いやヤメテ!幽霊とかチョー苦手だから!」

 

「しかし、妙ですね…儂もそんな気がします…」

 

「夜桜ちんまで?」

 

夜桜は立ち上がり、窓に近づく。

女子たちは胸が高鳴る。

それは恋バナではなく、誰もいないはずのベランダに、誰かがいるかもしれないという、奇妙な感覚…夜は外出禁止…

 

となると…

幽霊とか?

幽霊を信じる人もいれば信じない人もいるし、怖い人もいればそうでない人もいて、霊感が強ければない人もいる。

流石に霊感が強い人はこのクラスにはいない。

しかし、外に気配がある…と考えるとやはり気になって仕方がない。

何より柳生と夜桜が冗談抜きで言うのはおかしいのだ…

だって彼女達は忍であり、気を察知することが出来るのだから。

 

夜桜は臆することなく、窓に手をやり鍵を開け開く。

 

 

しかし――

 

「……誰も、いませんね」

 

誰もいない。

気配はない、勘違いだったのだろうか?

疲れてるからか、見渡す限り、誰もいない。

ここにもし峰田が覗きをしてたら本気で秘伝忍法を使ってた所だが、その峰田すらもいない…となると、自分たちの思い違いだったようだ。

 

「なんだよもー!ゾクッとしたじゃーん!」

 

「柳生ちゃん、美野里たちを怖がらせないでよ!」

 

芦戸と美野里がブーイングをする。

柳生は「そ、そうか?すまん…怖がらすつもりは無かったんだが…」と出張する。

まあ疲れてるんだし、多分虫の音や動物の鳴き声で反応したんだろうし、別に峰田くんじゃなかった事だけでも喜ぶべきだ。

 

しかし、柳生は再び視線を向ける。

柳生は僅かに目を細める。

まるでまだ「そこに誰かいるのか?」という目つき…何か見えそうな気が……

しかし、柳生には見えるはずがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

忍び寄る悪意を持つ人間が、いることを――

 

 

宿泊施設から離れた場所、柳生が見つめていたその先は、闇が広がるばかりの暗い森。

虫の音や、動物の声すら聞こえない。

夏だというのに、この場所だけは、嫌に空気が冷たかった。

 

――ゴオォッ……

 

その時、嫌に物静かな空間に、一陣の風が吹く。

まるで威嚇するように通り過ぎた風が横切り、木々の葉は一枚落ちる。

崖の上からは景色が一望出来て、宿泊施設も一目で見れば丸分かりだ。

その崖の上に()()の人物が、見下ろしていた。

 

 

「――疼く、疼くぞ…早く行こうぜ!ウズウズが止まらねェ、暴れてェよ…!」

 

「ハァ〜…僕もう待ちきれない…あァ…お預け状態ってこの事なんだね?

ねーねー、摘み食いしちゃっても…良いよね?」

 

「良い訳ないでしょ、何を仰ってるのですか貴女は――」

 

「まだ尚早。それに、派手なことしなくて良いって、言ってなかったっけ?」

 

「えぇ〜?そんな事言ってましたかァ?」

 

「ああ、帰ってきた途端にボス面し始めやがってな、

 

今回はあくまで狼煙だ――」

 

 

一番前にいるギザギザの髪型をした、顔中ツギハギ男はこう言った。

 

 

 

「虚ろに塗れた英雄と忍たちが地に墜ちる――」

 

 

月の光が闇黒の森に差し込み、六人の姿が照らされ、映し出される。

顔中ツギハギ男、荼毘の背後にいるのは…

 

 

――黒いフードで体を覆い、表情のない無愛想な仮面を被る大男。

 

――荼毘と同じく、敵連合に赴き死柄木と対談してボクっ娘少女、鎌倉。

前見た時は、背に大鎌一本背負っていたのだが、今は二本背負っている。

 

――蒼色の短髪に、背中には逞しくもあり、美しくもある、長きに使い古された、歴戦の刀を背負う少女。

 

――ガスマスクに黒い学ランを着こなす、他の者と比べやや身長低めの少年。

 

――此方も同じく、荼毘・鎌倉と共に敵連合に赴いた、ブレザーを羽織る少女、トガヒミコ。

 

 

 

「俺たちの輝かしい未来の為のな――」

 

 

 

――深まる悪は、深い闇の中で生き、嘲笑う。

この時、誰も予想しなかった。

最悪な出来事が起こる事など――微塵たりとも思っていなかった。

 

 





ようやくここまで来れた!嬉しい!

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